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第5話・茶屋①
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呑みすぎて寝小便をしてしまった、と住職が罪を被って料理屋に謝ってくれた。が、やってしまったことには変わりないので、シュンとしたまま迎えの金剛と落ち合った。
あれから更にもう一回して腰が抜けしまった住職は、駕籠を頼んで谷中に帰った。その去り際、気を遣ってかけた言葉が恨めしいのと、もう頭が上がらないので、古木の年輪のような苦々しさが胸の中で渦巻いている。
それをそばで聞いた金剛は、何があったか尋ねてもいいのだろうか、あやめの心を折ってしまわないだろうか、しかし女将に告げるべき話であったならと、迷いの中を彷徨っていた。
店が遠くに見えたところで、やはり確かめるべきだと金剛は足を止めた。
「坊主の『気にするな』とは、何でしょう」
下から地面をえぐる低い声に、心の臓がきゅうっと絞まってしまう。金剛自身もわかっているから気をつけて発しているが、この声で聞かれると尋問を受けた気になってしまう。観念して、金剛を隙間に押し込んで、噛んだ唇をぼそぼそと開いた。
「……汚してしまいました」
「えっ!? それじゃあ、そのお代は……」
「寝小便だと、住職様が……」
金剛はひん剥いた目をほうっと緩めた。なんだ、小便かと安堵した。そして細めた肩を抱き、逸らす視線に目を重ねてきた。
「まだ日が浅いのでご存知ないでしょうが、色んな好事家がおられます。赦されたのですから、あまり気に病まぬよう」
紅をもぐもぐと嚙んでから、そうしなさいと強いられた気になって、コクンと深く頷いた。無理矢理に飲み込まされた言葉には、あらゆる好事家の相手をするとの含みもあって、身体の芯が寒くなった。
気を遣った金剛だったが、まだひとつだけ懸念が残った。それを水の中を潜らせるように、おずおずと慎重に尋ねてきた。
「それで、そのあと住職は……?」
「……気にするなと仰せになって……」
胸の前で、人差し指をそっと立てた。すると金剛は腹を抱えて身体を捩ってゲラゲラ笑った。
「あの坊主、とんでもねぇ野郎だ。今度呼ばれたら咥えさせて、飲ませてやるといい」
「そんな……罪を被ってくださったのに」
「言ったでしょう? 色んな好事家がいるんだと。何をやろうと喜ばれちまえば勝ち、それがこの商いの理でさぁ」
放たれた言葉から、牡丹兄さんが思い浮かんだ。もう一年と少ししたら年季が明ける歳だから、努力の甲斐なくたくましい身体になってしまった。こうなれば「女」としては呼ばれず「男」として座敷に上がり、後家や奥女中の相手をする。
だが、牡丹兄さんは座敷に上がると芸姑のように振る舞って、それでしたいことも出来るからと、今も「女」の仕事が多い。大変そうだが、好き勝手にやった結果だと楽しそうに笑っている。
年季が明けたら幇間になればいいのに、とみんなが口を揃えているが、当の牡丹兄さんは
「四六時中おべっかを使うのは嫌だ」
と、後家を抱いて日銭を稼ぐ、蚤取り侍を目指しているのだ。良くも悪くも縛られることを嫌うから、天賦の才も惜しげなくポイッと放ってしまう。
今はその牡丹兄さんに会いたくなかった。自分や金剛が黙っていても、のしかかる負い目を晒されて「小便を漏らした」とからかわれてしまいそうだ。
あっけらかんとしているから、人に対してもあっけらかんと接するのだ。
帰りましたと女将さんに告げると、金剛は割って入り「住職の寝小便の世話をしたそうだ」と報告をし、ちらりと目配せをしてきた。これで料理屋から小言を言われようとも、うちの店は対処が出来る。同時に金剛にも恩が出来てしまったから、近々同衾しなければならなくなった。
女将さんが引っ込んだので、金剛の耳に囁いた。
「今は嫌だよ。口で一回、下で二回もしたんだ」
「わかってまさぁ、あの坊主は好き者ですから」
救われたのに納得がいかない、そう燻らせながら階段を上がる。みんな仕事で出払っており、板間には誰もいなかった。
と、向かいの畳間の襖が開いた。お役人様の手入がなければ、こちらは年長者の寝床として使われている。襖を開けたのは、残念ながら牡丹兄さんだ。
「坊さんの相手、ご苦労だったね」
「ただ今、帰りました。兄さん、仕事は?」
「ちょいと悪くなっちまってね、暇をもらったんだよ。あんたも塗るかい?」
差し出されたのは軟膏だった。少し大きいものを二度も入れられたから、痛かったので助かった。
膏薬をつけようと伸ばした腕を掴まれて、畳間に引きずり込まれた。あっ、と驚いた隙に裏返されて裾は腰までまくられた。
「塗ってやるよ」
「え、いいよ」
遠慮は出来るが、拒絶は出来ない。やりたいならと突っ伏して身体を任せているうちに、牡丹兄さんの息が荒くなってきた。
「あやめ、こんなになっちまったよ」
兄さんは前に回って、眼前に怒張したものを見せつけてきた。誘われるがまま頬張って、牡丹兄さんでいっぱいにした。
裏側から先っぽへ舌を這わすと、艶っぽいため息が漏れて、薬を塗るのをやめてしまい横たわった。寝かせた頭のすぐ前に、指の腹で撫で回されてむくむくと膨れたものがあった。
「あやめ、してあげる」
「え!? いいって!」
遠慮は出来るが、拒絶は出来ない。咥えたものの味を見て、牡丹兄さんは身体を起こし、今にも泣きそうな顔に舌舐めずりした。
ああ、これで今日は三回目だと寝かせた腰を突き出して、ふたつの丘を手の平で開いた。
あれから更にもう一回して腰が抜けしまった住職は、駕籠を頼んで谷中に帰った。その去り際、気を遣ってかけた言葉が恨めしいのと、もう頭が上がらないので、古木の年輪のような苦々しさが胸の中で渦巻いている。
それをそばで聞いた金剛は、何があったか尋ねてもいいのだろうか、あやめの心を折ってしまわないだろうか、しかし女将に告げるべき話であったならと、迷いの中を彷徨っていた。
店が遠くに見えたところで、やはり確かめるべきだと金剛は足を止めた。
「坊主の『気にするな』とは、何でしょう」
下から地面をえぐる低い声に、心の臓がきゅうっと絞まってしまう。金剛自身もわかっているから気をつけて発しているが、この声で聞かれると尋問を受けた気になってしまう。観念して、金剛を隙間に押し込んで、噛んだ唇をぼそぼそと開いた。
「……汚してしまいました」
「えっ!? それじゃあ、そのお代は……」
「寝小便だと、住職様が……」
金剛はひん剥いた目をほうっと緩めた。なんだ、小便かと安堵した。そして細めた肩を抱き、逸らす視線に目を重ねてきた。
「まだ日が浅いのでご存知ないでしょうが、色んな好事家がおられます。赦されたのですから、あまり気に病まぬよう」
紅をもぐもぐと嚙んでから、そうしなさいと強いられた気になって、コクンと深く頷いた。無理矢理に飲み込まされた言葉には、あらゆる好事家の相手をするとの含みもあって、身体の芯が寒くなった。
気を遣った金剛だったが、まだひとつだけ懸念が残った。それを水の中を潜らせるように、おずおずと慎重に尋ねてきた。
「それで、そのあと住職は……?」
「……気にするなと仰せになって……」
胸の前で、人差し指をそっと立てた。すると金剛は腹を抱えて身体を捩ってゲラゲラ笑った。
「あの坊主、とんでもねぇ野郎だ。今度呼ばれたら咥えさせて、飲ませてやるといい」
「そんな……罪を被ってくださったのに」
「言ったでしょう? 色んな好事家がいるんだと。何をやろうと喜ばれちまえば勝ち、それがこの商いの理でさぁ」
放たれた言葉から、牡丹兄さんが思い浮かんだ。もう一年と少ししたら年季が明ける歳だから、努力の甲斐なくたくましい身体になってしまった。こうなれば「女」としては呼ばれず「男」として座敷に上がり、後家や奥女中の相手をする。
だが、牡丹兄さんは座敷に上がると芸姑のように振る舞って、それでしたいことも出来るからと、今も「女」の仕事が多い。大変そうだが、好き勝手にやった結果だと楽しそうに笑っている。
年季が明けたら幇間になればいいのに、とみんなが口を揃えているが、当の牡丹兄さんは
「四六時中おべっかを使うのは嫌だ」
と、後家を抱いて日銭を稼ぐ、蚤取り侍を目指しているのだ。良くも悪くも縛られることを嫌うから、天賦の才も惜しげなくポイッと放ってしまう。
今はその牡丹兄さんに会いたくなかった。自分や金剛が黙っていても、のしかかる負い目を晒されて「小便を漏らした」とからかわれてしまいそうだ。
あっけらかんとしているから、人に対してもあっけらかんと接するのだ。
帰りましたと女将さんに告げると、金剛は割って入り「住職の寝小便の世話をしたそうだ」と報告をし、ちらりと目配せをしてきた。これで料理屋から小言を言われようとも、うちの店は対処が出来る。同時に金剛にも恩が出来てしまったから、近々同衾しなければならなくなった。
女将さんが引っ込んだので、金剛の耳に囁いた。
「今は嫌だよ。口で一回、下で二回もしたんだ」
「わかってまさぁ、あの坊主は好き者ですから」
救われたのに納得がいかない、そう燻らせながら階段を上がる。みんな仕事で出払っており、板間には誰もいなかった。
と、向かいの畳間の襖が開いた。お役人様の手入がなければ、こちらは年長者の寝床として使われている。襖を開けたのは、残念ながら牡丹兄さんだ。
「坊さんの相手、ご苦労だったね」
「ただ今、帰りました。兄さん、仕事は?」
「ちょいと悪くなっちまってね、暇をもらったんだよ。あんたも塗るかい?」
差し出されたのは軟膏だった。少し大きいものを二度も入れられたから、痛かったので助かった。
膏薬をつけようと伸ばした腕を掴まれて、畳間に引きずり込まれた。あっ、と驚いた隙に裏返されて裾は腰までまくられた。
「塗ってやるよ」
「え、いいよ」
遠慮は出来るが、拒絶は出来ない。やりたいならと突っ伏して身体を任せているうちに、牡丹兄さんの息が荒くなってきた。
「あやめ、こんなになっちまったよ」
兄さんは前に回って、眼前に怒張したものを見せつけてきた。誘われるがまま頬張って、牡丹兄さんでいっぱいにした。
裏側から先っぽへ舌を這わすと、艶っぽいため息が漏れて、薬を塗るのをやめてしまい横たわった。寝かせた頭のすぐ前に、指の腹で撫で回されてむくむくと膨れたものがあった。
「あやめ、してあげる」
「え!? いいって!」
遠慮は出来るが、拒絶は出来ない。咥えたものの味を見て、牡丹兄さんは身体を起こし、今にも泣きそうな顔に舌舐めずりした。
ああ、これで今日は三回目だと寝かせた腰を突き出して、ふたつの丘を手の平で開いた。
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