ひとひらの花びらが

山口 実徳

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第3話・谷中①

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 客がついたと告げられて、どちらの着物で行けばいいのか女将さんに尋ねると、女物に決まっているだろうと返された。まだ若いから、男として商売はしない。
 それなら今、纏っているからすぐ出られると階段を降り、玄関先で待ち構えている金剛と並び、通りへと出た。

 腕っぷしに覚えのある金剛は、座敷までの往復で暴漢などから陰間の身を守っている。また、男子を陰間に仕上げる心得もあるので、あやめはもちろん山吹、牡丹、桔梗兄さんにとって、はじめての相手でもある。若さのせいか山吹などは、幸か不幸か客そっちのけで、この金剛に入れあげている。

 道中で、強い眼差しを感じて足を止めた。金剛が睨みを利かせたその先には、こちらを見つめる元服したての武士がいた。身を翻して熱視線から逃れると、金剛が肩で風を切って若侍に迫っていった。
「お武家様が一体、何のご用ですかい?」
 下からえぐるドスを利かせた声であっても、若侍は落ち着き払って涼しげに
「幼馴染に似ていたもので、失敬した」
と返して立ち去った。金剛はフンと鼻息を鳴らし、陰間の誰にでも向ける熱い眼差しを送った。これに山吹は参ってしまったのだろうか。
「もう、大丈夫でさぁ。参りましょう、ご住職がお待ちです」

 金剛が言ったとおり、今日の客は住職だ。禁制となった陰間茶屋が湯島で営めているのは、徳川将軍家の庇護下にある上野寛永寺の僧侶が利用していたからだ。
 そのそばにある谷中の僧侶も、地の利を活かして利用する。今日の住職というのも、谷中のどこかの寺の住職だった。
 しかしまぁ、座敷の代金とは別に一刻で一分金を支払うような住職だ、どんな阿漕な手を使いお布施を募っているのかと、眉をひそめずにはいられない。

 料理屋に上がり屋号を告げると、女中が上から下までじろじろ見てから、部屋へと導く。金剛はこの間、陰間茶屋へと戻ってほかの務めを待っている。
 すると女中が、聞えよがしに嫌味を呟く。
「お部屋を汚されては、困りますので」
 言葉が突いて出てしまいそうで、ぐっと唇を噛み締めた。女将さんの言いつけであったが、身支度はもちろん食べるものにも気を遣っているし、今朝は軽く少なく済ませている。お陰で胃袋は空っぽで粉も出ない。今日のお勤めが終わったらお腹いっぱい食べようと、ただそれだけを考えていた。

 部屋の前で女中と別れ、膝をついて襖を開ける。三つ指ついて島田を下げると、老獪でいかにも好色そうな声で「面を上げなさい」と言われた。
 顔を上げると、声そのままの老いた僧侶が少ない膳をつっついていた。
「入ったばかりだそうじゃないか。さぁさ、近くへ寄りなさい」
 部屋へ入り襖を閉めて、小股で住職のそばに腰を下ろす。そばで見ると肌艶がよく張りがあり、遠目で見たより若かった。それが証拠に、緩く組まれた胡座の付け根は、法衣の裏で期待にむくむく膨れている。

 しかし、立場を利用して花代はおろか座敷代まで出し渋った、ケチなお役人様とは違う。金子を弾んで寛げる部屋で、時間をたっぷり設けてくれたのだ。焦らず愉しませてあげないと申し訳ないし、何より馴染になってもらわなければ、新入り陰間としてつらい。
 まずは一献と酒、もとい般若湯を猪口に注いだ。

 住職はそれを飲み干して、五臓六腑から満足していた。
「美味いねぇ。観音菩薩にお納め頂いたせいだろうか、尚のこと美味いねぇ」
「あら、観音様でございますか?」
「観音様は間違いかい? ちょいと、見せてはくれないだろうか」
 やれやれ、もうはじまったのかと仁王立ちして、着物を下からまくり上げた。

「いやはや、これは何とも愛らしい観世音菩薩立像じゃないか」
 生臭坊主と蔑んではみたものの、熱い視線を浴びせられると、信徒を見下ろす立像がぴくりぴくりと踊ってしまう。
「若いのは、いいねぇ。はてさて、拙僧の菩薩は何だろうか、見定めてはくれぬだろうか」
 住職が立ち上がるので、入れ替わりに膝をついて法衣をめくる。さっきよりも膨らんでいて、これが入ってくるのかと淡い不安を感じてしまう。

「まぁ、ご立派ですこと。でも私、仏様には詳しくございませんので、色々を教えてくださいまし」
「いいだろう、説法は僧侶としての務めだ」
 住職は畳んだ脚をぴたりと閉じて、般若湯を手に取った。ハッとして、腰を浮かせて手の平で制す。
「まだ十四ですので……お付き合い出来ず、申し訳ございません」
「ああ、すまなかった。ぬるくなった茶があるが、それでは如何かな?」
 はい、と答えるより先に、住職は両のももが作った谷間に冷めた茶を注いでいった。きつく締めたせいだろうか、一滴として漏れていない。

 腰を折り、住職の脚の中へと首を下ろす。そして猫のように茶を啜り、飲み干したところで肌に残る茶を舐め取った。右へ左へ、膝から脚の付け根へと揺れる島田が、住職の金剛杵をいじくり回す。遥か高みを登りつめ頂点に突き立てられた金剛杵、それを舌で舐め回してから、歯を立てぬよう開いた口で先から根元へ咥えていった。
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