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第28話・SWITCH②
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昭和二十一年四月、ベッスンからの贈り物が横浜港に荷揚げされたと連絡が入った。大きく数が多い贈り物は、立ち合う仁科が手配した貨物列車に載せられた。レイ中尉の指示により、そのうちひとつをアメリカ兵が荷解きすると、仁科は目を剥いて感嘆した。
エンジンだ。この堅牢な造りは、ディーゼルエンジン。
もうひとつを荷解きすると、運転台部分の外板が覗いた。その形状を目にした仁科が、通訳を介してレイ中尉に尋ねた。
「中尉、これは機関車ですか?」
「そうだ、入換機だ」
「待ってください。運ぶ前か、運んだ先で組み立て方を教えて頂かないと」
「オーケイ、仁科。ただ、我々はすぐに使いたい。この近くで一両を組み立てる、場所を用意しろ」
仁科は鉄道電話に走ると、躊躇う指でダイヤルを回して、大井工場に連絡をした。
大井工場に回送した列車から、RTOのアメリカ兵が一両分の荷物を下ろす。するとすぐさまひとつひとつ部品を改め、車輪を線路に載せるよう指示をした。
これに工員のひとりが、率先して作業を行った。ひとりでは手が足りないのは明らかなので、荷解きを見守っていた工員たちも加わり、作業の合間に彼を労った。
「工廠勤めがいて、助かるよ。何せ俺たちは、エンジンなど触っていないから」
「お力になれて、何よりです。大井は電車と客車の工場ですから、仕方ありません」
「いいや、それだけじゃないんだ。アメリカと戦争をはじめてから、液体燃料が民間に回らなくなってな。せっかく完成した新型エンジンも、無用の長物になっちまった」
鉄道用のエンジンがあったのか、と生まれも育ちも東京の彼は驚いていた。戦車の製造で触れていたから、あるならば是非とも見たいと強く願った。
次に、車輪を収める台車を組む。だがその構造に工員たちは目を見張った。
がらんと空いた中央部、車輪に噛まされた歯車、それは日頃から触れている電車と同じだったのだ。
次はこれだ、とアメリカ兵から指示を受け、工員が一斉に集まって荷を解く。
やはり電動機だ。ならば次が見たい、次の部品を見せてくれ、と逸る気持ちを押さえつつ、電動機を台車に収める。
「焦るな、次は台枠だ」
通訳が告げたレイ中尉の指示に従って、工員たちはふたつの台車に車体の基礎となる台枠を載せた。
さぁ、次だ。いよいよ機関部分のお披露目だ。
レイ中尉が木箱を指差すと、水を求める獣のように工員が集まり、次々と荷解きをする。
ディーゼルエンジン、発電機、見慣れていながら同じではない電気の制御装置。これは機構が複雑で断念した──。
「電気式ディーゼルだ」
と、ひとりの工員が感嘆すると、レイ中尉は日本の技術を垣間見て、にやりと嘲笑った。
鉄の骸になった日本の戦車に、レイ中尉は呆れていた。薄い装甲、細い砲身、そして見るからに非力なディーゼルエンジン。こんな程度のものしか作れないのかと蔑み、連合軍の勝利を確信していた。
そして、二度目の勝利をレイ中尉は味わった。
たかが入換機で感激する日本がどれだけ未熟か、同時に自動車や飛行機に押されるアメリカの鉄道に活路を見い出した。
鉄道から、日本を星条旗色に塗り替える。
レイ中尉の檄に押されて、電動機から電気配線を引き伸ばし、台枠に載せた制御装置に接続をする。そこから更に配線を伸ばして発電機、それとディーゼルエンジンの回転軸を繋いだ頃には、工廠勤めをしていた工員が陣頭指揮を執っていた。
その作業が進むたび、レイ中尉はみるみる青ざめていった。
早い、作業はもちろん、理解もだ。
軍用鉄道用の機関車だから、組み立ても修理もしやすいように作られている。それにしても彼らは、組み上げるのが早すぎる。はじめて触れる機関車に夢中になっているのもあるが、指示を待たずに自ら考えて手を動かしている。
指示役だったレイ中尉は、尋ねられてようやく口を開くようになっていた。
大井工場の熱気が最高潮に達したとき、レイ中尉は堪らなくなり、割れんばかりに声を張り上げた。
「Stop!!」
「止まれ! 止まれ! 止まれ!」
と、通訳がレイ中尉に続いて制す。工員は、きりのいいところを探して手を止めて、レイ中尉に正対した。
切れ切れの吐息の隙間で呟いた、レイ中尉の言葉を通訳が告げた。
「これ以上の作業は危険だ、怪我人が出る。休憩をして、気持ちを切り替えろ」
いいところだったのに、と落胆をして散り散りになる工員の隙間を縫って、仁科が機関車を観察している工員のひとりに歩み寄る。
「渉外室の仁科です。あなたは凄い、いつの間にか作業の中心に立っていた。工廠にいたと小耳に挟みましたが、何をされていたんですか?」
「戦車を……。戦地に送られるまでに、何でもやらされました」
ふたりで、据え付けられたディーゼルエンジンを見つめた。日本の鉄道と軍需を知るふたりは、技術の差を前にして、感服するしかない。
作りかけの機関車を見つめたまま、仁科が工員に尋ねた。
「お名前を教えて頂けますか?」
「平木と申します」
「平木さん。この部品と一緒に大宮へ行き、作り方を伝えて頂けませんか?」
瞬間、空気が張り詰めた。仁科は、いつかの大井工場を思い出す。
「それは命令ですか? 総局の横暴だ!」
エンジンだ。この堅牢な造りは、ディーゼルエンジン。
もうひとつを荷解きすると、運転台部分の外板が覗いた。その形状を目にした仁科が、通訳を介してレイ中尉に尋ねた。
「中尉、これは機関車ですか?」
「そうだ、入換機だ」
「待ってください。運ぶ前か、運んだ先で組み立て方を教えて頂かないと」
「オーケイ、仁科。ただ、我々はすぐに使いたい。この近くで一両を組み立てる、場所を用意しろ」
仁科は鉄道電話に走ると、躊躇う指でダイヤルを回して、大井工場に連絡をした。
大井工場に回送した列車から、RTOのアメリカ兵が一両分の荷物を下ろす。するとすぐさまひとつひとつ部品を改め、車輪を線路に載せるよう指示をした。
これに工員のひとりが、率先して作業を行った。ひとりでは手が足りないのは明らかなので、荷解きを見守っていた工員たちも加わり、作業の合間に彼を労った。
「工廠勤めがいて、助かるよ。何せ俺たちは、エンジンなど触っていないから」
「お力になれて、何よりです。大井は電車と客車の工場ですから、仕方ありません」
「いいや、それだけじゃないんだ。アメリカと戦争をはじめてから、液体燃料が民間に回らなくなってな。せっかく完成した新型エンジンも、無用の長物になっちまった」
鉄道用のエンジンがあったのか、と生まれも育ちも東京の彼は驚いていた。戦車の製造で触れていたから、あるならば是非とも見たいと強く願った。
次に、車輪を収める台車を組む。だがその構造に工員たちは目を見張った。
がらんと空いた中央部、車輪に噛まされた歯車、それは日頃から触れている電車と同じだったのだ。
次はこれだ、とアメリカ兵から指示を受け、工員が一斉に集まって荷を解く。
やはり電動機だ。ならば次が見たい、次の部品を見せてくれ、と逸る気持ちを押さえつつ、電動機を台車に収める。
「焦るな、次は台枠だ」
通訳が告げたレイ中尉の指示に従って、工員たちはふたつの台車に車体の基礎となる台枠を載せた。
さぁ、次だ。いよいよ機関部分のお披露目だ。
レイ中尉が木箱を指差すと、水を求める獣のように工員が集まり、次々と荷解きをする。
ディーゼルエンジン、発電機、見慣れていながら同じではない電気の制御装置。これは機構が複雑で断念した──。
「電気式ディーゼルだ」
と、ひとりの工員が感嘆すると、レイ中尉は日本の技術を垣間見て、にやりと嘲笑った。
鉄の骸になった日本の戦車に、レイ中尉は呆れていた。薄い装甲、細い砲身、そして見るからに非力なディーゼルエンジン。こんな程度のものしか作れないのかと蔑み、連合軍の勝利を確信していた。
そして、二度目の勝利をレイ中尉は味わった。
たかが入換機で感激する日本がどれだけ未熟か、同時に自動車や飛行機に押されるアメリカの鉄道に活路を見い出した。
鉄道から、日本を星条旗色に塗り替える。
レイ中尉の檄に押されて、電動機から電気配線を引き伸ばし、台枠に載せた制御装置に接続をする。そこから更に配線を伸ばして発電機、それとディーゼルエンジンの回転軸を繋いだ頃には、工廠勤めをしていた工員が陣頭指揮を執っていた。
その作業が進むたび、レイ中尉はみるみる青ざめていった。
早い、作業はもちろん、理解もだ。
軍用鉄道用の機関車だから、組み立ても修理もしやすいように作られている。それにしても彼らは、組み上げるのが早すぎる。はじめて触れる機関車に夢中になっているのもあるが、指示を待たずに自ら考えて手を動かしている。
指示役だったレイ中尉は、尋ねられてようやく口を開くようになっていた。
大井工場の熱気が最高潮に達したとき、レイ中尉は堪らなくなり、割れんばかりに声を張り上げた。
「Stop!!」
「止まれ! 止まれ! 止まれ!」
と、通訳がレイ中尉に続いて制す。工員は、きりのいいところを探して手を止めて、レイ中尉に正対した。
切れ切れの吐息の隙間で呟いた、レイ中尉の言葉を通訳が告げた。
「これ以上の作業は危険だ、怪我人が出る。休憩をして、気持ちを切り替えろ」
いいところだったのに、と落胆をして散り散りになる工員の隙間を縫って、仁科が機関車を観察している工員のひとりに歩み寄る。
「渉外室の仁科です。あなたは凄い、いつの間にか作業の中心に立っていた。工廠にいたと小耳に挟みましたが、何をされていたんですか?」
「戦車を……。戦地に送られるまでに、何でもやらされました」
ふたりで、据え付けられたディーゼルエンジンを見つめた。日本の鉄道と軍需を知るふたりは、技術の差を前にして、感服するしかない。
作りかけの機関車を見つめたまま、仁科が工員に尋ねた。
「お名前を教えて頂けますか?」
「平木と申します」
「平木さん。この部品と一緒に大宮へ行き、作り方を伝えて頂けませんか?」
瞬間、空気が張り詰めた。仁科は、いつかの大井工場を思い出す。
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