占領列車 -Occupied train-

山口 実徳

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第4話・MRS④

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 ベッスンが指し示したのは、上野の山に埋没している出入口だった。それは固く閉ざされ、人の気配がまるでない。しかしその様相に、ベッスンの勘が走ったのだ。
「あれは駅だ、地下鉄Subwayか?」
「京成電鉄という私鉄の駅です。我々、運輸省の駅ではありません」
「しかし、この線路のそばを走っている。あの駅に客車を隠しているのではないか?」
 やはりMRSは、豪華な客車を探している。そう悟って口を噤んでから意を決し、蓮城はひた隠しにしていた秘密を語った。

「あの地下駅を接収し、我々の線路幅ゲージに敷き直して客車を仕舞いました。指令設備も搬入しましたが、出入りのない地下駅は換気しないので、失敗に終わっています」
 つまり避難した客車が仕舞ってある、という意味だ。1号御料車を守るためには、やむを得ない犠牲だと差し出す覚悟を含ませた。

 しかしベッスンは降りた高架ホームから動こうとせず、東京駅から寄り添いながら列車が来ない線路を見つめて、蓮城に尋ねた。
「ずっと見ていたが、列車が来なかった。これは何に使っている」
「後続の邪魔になってしまうので、折り返しの列車を引き上げています」
「列車は走っていないのか?」
「回送か、貨物列車のみです」

 ベッスンは翻訳を聞くと、地図や路線図だけではわからないことがあるのだと、固く頷いた。
「ここは、もういい。鉄道の工場が見たい」
 それを聞いた蓮城は駅事務室へと走り、鉄道電話の受話器を奪い、大宮工機部に連絡をした。
「鉄道総局渉外室の蓮城です、連合軍一行が視察に向かいます。変わったことがあれば、渉外室に電話をください」
 縋るようなその声に、電話の相手は力強く頷いていた。

 大宮駅に隣接する大宮工機部、それは貨車も客車も機関車までも修繕、製造する機能を有していた。が、被災した車両の多さと物資不足で、その能力を発揮出来ずにいた。今は、差し出すと決まった客車を整備するのが関の山である。

 整備を終えた病客車に、ベッスンらが乗車する。
 片側を通路にし、それ以外の客室はすべて畳敷きになっている。編み込まれたイグサに触れて、ひんやりとした柔らかさを手の平で感じた。
「蒸し暑い日本の気候に合っているが、私たちには合うだろうか。これはもう走れるのか?」
「走れます。明日の試運転に備えて、今日のうちに山ノ内埠頭へと回送します」

 それだけ聞くとベッスンはきびすを返し、もう十分だと言わんばかりに自動車へと戻っていった。工機部職員が追い縋り、おずおずと予定を確かめる。
「次は新宿駅で、お間違いございませんか?」
「そうだ、それから立川に行きたい」
 そう言い残されて、工機部職員らは血相を変えて事務所に走り、焦る気持ちを露わにしたまま渉外室に電話をかけた。

「立川だって!? そんな馬鹿な!」
 怒鳴り上げた蓮城は一方的に電話を切ると、すぐさま東京駅へと走っていった。ベッスンの予定外の行動と、乗った電車の遅さに苛立ちながら、じっと神田川を睨みつける。
 新宿から中央線で、立川。そこまで行けば八王子は目と鼻の先、東浅川駅はすぐそばだ。1号御料車を目にすれば、欲しいと言うに決まっている。他は差し出しても構わないから、それだけは手を付けずにいてくれないか。

 新宿駅事務室でベッスンの所在を尋ねると、まだ到着していないという。駅長と助役に事情を話し、彼らの到着を岩のように待ち構える。
 そのうち、東京駅で目にした自動車が砂埃を巻き上げながら駅前へと乗りつけてきた。畏れ多くもという間合いを保ち、颯爽と降りるベッスンに嘆願をする。
「大宮工機部から連絡を受けました。立川の視察を願われたそうですが、そうしますと他を回ることが出来なくなります」
戦闘機Fighterを作った立川には行けない、そういうことか?」

 眉を下げたベッスンよりも、吊り上がった通訳の目尻が駅長や助役を狼狽させた。蓮城は感情を押し殺し、ひとりでそれに抗った。
「今回は鉄道の視察です。立川の視察に価値がないとは申しませんが、准将の仰る要望では趣旨が異なってしまいます。それでは本分を果たせません」
「では、厚木は? どんな駅か、飛行場までの距離はどれほどか、知っておきたい」
「厚木も、新宿からでは距離があります。これ以降の視察をしないと仰るのなら、構いませんが」
 蓮城とベッスンが睨み合った。思いのほか友好的だと互いに感じていたが、つい先頃まで刃を交えた相手なのだと思い返し、しばらく無言で対峙した。

 降参したのは、ベッスンだった。少し仰け反って両手を開き、参ったと身体で表した。
「勝手を言って、すまなかった。予定では両国、市川、品川、そして鶴見だな?」
「いえ、新鶴見です。操車場がありますので、我が国の機関車をご覧になって頂きます」
 その案内に、ベッスンは身体を歪めて破顔した。先ほどまでの緊迫感はほろほろと砕け、ふたりの間に信頼感が生まれていった。

「日本の鉄道は任せる、そう言ったのは私だ。予定通りに視察しよう」
「それでは、新宿駅をご案内しましょう。どうぞ、こちらへ」
 蓮城と駅長の案内で、ベッスン以下MRS一行は新宿駅へと入っていった。
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