稲荷狐となまくら侍 -明治あやかし捕物帖-

山口 実徳

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劇的美貌アフター②

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 女の着物を巫女から借りようと、元町の神社に向かう道すがら。数え切れないほどの男たちがコンコを見ては、鼻の下を伸ばしていた。
「リュウ、みんな僕を見てるよぉ……」
 そう言われるリュウも、戸惑っていた。コンコを見た男たちが、次にはリュウに嫉妬するのだ。無数の恨みつらみが背中に刺さり、弁慶になった気分である。
「だいたい玉手箱なんか、どこにあったのさ」
「あれは探している最中、手渡されたのだ」
 コンコとリュウがハッと目を合わせ、ガックリと肩を落とした。
 また、ぬらりひょんの仕業だ……。

「家に帰って着物を取ってきます」
と、巫女が神社を後にした。
 大変なのは、たぬおである。
「本当にコンコさんなんですかぁ? うへへ」
 すっかりコンコに魅了されて、延々と頬ずりをしている。元々仲のいいふたりだから、コンコは嫌な顔ひとつしない。
「本当なんだよ。何とかならないかなぁ」
 たぬおはコンコの手を取り、つぶらな瞳を輝かせた。下心が見え見えだ。
「コンコさん、どうにもなりません。ずっとこのままでいて下さい」
 たぬおさんひどい! と泣きわめいた。今のは明らかにたぬおが悪い。

 次に高島を頼ったが、時が止まったように絶句した。思い出したように口を開いても「本当にコンコなのか?」と尋ねるだけだ。
「本当に僕だよ。ほら、耳と尻尾」
 尻尾を見せつけられて、目を背けた。一緒に尻の形が見えるからだ。
 高島は、調子を取り戻すために咳払いをした。
「コンコ、よくぞ身を呈してリュウさんを守ってくれたね。そうしなければ爺さんだ」
 確かに、高島の言う通りだ。コンコの心が少しだけ晴れ、瞳を潤ませ微笑むと、リュウも高島もたまらず目を背けた。

「困っているときに、こんな話で申し訳ないが、あやかし退治は出来るのだろうか」
 それは迂闊だったとリュウが刀を構え、コンコが巫女装束に変化した。どうやら霊力は失われていないらしい。
「リュウ、準備はいいかな?」
「うむ、頼んだぞ」
「高……」
 リュウは刀の霊力に吹き飛ばされて、身体を壁に激しく打ち付けた。
 大人になったことで、コンコの霊力がリュウには耐えきれないほど増してしまったのだ。

 やはり元の姿に戻るしかない、しかしその術がわからない。
 高島邸を後にして、しょんぼりうつむくコンコの肩を、リュウが強く抱いた。その真剣な眼差しに、コンコは驚きを隠しきれない。
「リュウ……?」
「……俺は、今のコンコの霊力に耐えられるよう精進する」
「それって……」
「時間は掛かるだろう。だが俺は今のコンコでも構わん。コンコがコンコであれば、それで良い」
 コンコは涙を流し、リュウの胸に飛び込んだ。寄せられた肩を抱き、背中をそっと撫でて、熱い涙を肌で感じた。

 激情が引いて、温かな気持ちになったコンコがリュウを見上げると、ふたりの視線は躊躇われることなく重なった。
「嬉しいよ、リュウ……」
「待たせてしまうかも知れんが、良いか?」
 コンコは唇を結んで、コクンとうなずいた。
「すまない……」
「いいんだ、僕にはリュウしかいないから」

 コンコの頭を撫でたリュウは、照れ隠しをするように空を仰いだ。
「しかし! 本当に浦島太郎の玉手箱があるとはなぁ」
 それを聞いたコンコは、ハッと目を見開いた。真剣な眼差しが向けられ、リュウは狼狽えた。
「本当にいたんだよ! 浦島太郎!」

 竜宮城から帰った浦島太郎は、両親を探すこととなる。武蔵国白幡に墓があると教えられ、そこに庵を結ぶ。浦島の死後、庵は観福寿寺となるが大政奉還の年に起きた火事で焼失し、明治6年には廃寺となってしまう。
 観福寿寺があった場所は、蓮法寺が大正15年に移り、浦島父子の供養塔と太郎の墓が引き継がれる。
 さて、竜宮城から持ち帰った観音像は神奈川宿本陣近くの慶運寺に移される。
 コンコとリュウは、観音様に頼ることにした。

 玉手箱を手にした住職は、目を丸くしていた。
「確かに当寺では浦島観音を祀っているが、これが玉手箱とは……」
 リュウも、浦島寺があることに絶句していた。
「もう少し先には、浦島太郎が足を洗った井戸も川もあるんだよ」
「観音堂は子年のみの開帳だ。今年は丑年だが、事情が事情なので、ひとつお願いしてみよう」

 観音像の前に座り、住職に経を唱えてもらう。その間、リュウは真剣に祈っているコンコを横目に見ていた。
 開帳の年ではないから、コンコは戻れないかも知れない。そうなれば、霊力に耐えられるようになるまで、あやかし退治が出来なくなる。
 それまで、どのような修行をすればいい。
 それまで、コンコはどのように過ごすのか。
 次の子年を待つ間、俺たちはどうなるのか。
 子年の開帳を待って読経しても、コンコが元に戻れなかったら……。

 コンコが視界から消えて、煙だけが残された。
 それを観音像がぽっかりと口を開けて、スゥッと吸い込んだ。
 視線を落とすと、べったりと座りポカンとしている見慣れた姿がそこにあった。
 消えたのではない、元の姿に戻ったのだ。
 前の身体に合わせた着物は緩く崩れ落ち、薄い肩が露わになった。

 コンコが事態を把握すると、真っ赤な顔を引きつらせ、微かな悲鳴を上げた。
「リュウの助平ー!!」
 次の瞬間、リュウを目掛けて玉手箱やら経机きょうづくえやら脇息きょうそくやら木魚やら、何から何まで飛んできた。
「コンコ! 香炉はやめろ!」

 住職から借りた子供の着物を身にまとい、心配を掛けた高島と、巫女とたぬおの元へ向かった。
「リュウ、何だか残念そうじゃない?」
「そんなことはない。コンコがコンコであれば、それで良い」
 少しムキになっているリュウを、コンコはニヤニヤと見つめていた。
「僕が男になっても、そう言ってくれるかな?」
 当然だ、と言うリュウは益々ムキになっているように見えて、コンコは悪戯っぽい笑いが抑えられない。
「何がおかしい……」
「そちらのご趣味もお有りなのかなって」
 コンコがニシシと笑って駆け出すと「散々泣いていた癖に!」と追いかけたリュウは思わず笑みがこぼれてしまうのだった。
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