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劇的美貌アフター①
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「お花見がしたいなぁ」
とコンコがつぶやいたので、リュウは意外そうな顔をした。
「僕がお花を見たいのが、そんなに変なの?」
「食い気しかないのかと思った。花を愛でることもあるのか」
失敬だな! とプンプン怒り出したが、桜にはまだ早い。そう言われたコンコは、やれやれと両手を広げて呆れる素振りだ。
「わかってないなぁ。咲いてから行くと決めたら遅いじゃないか」
「わかったわかった。桜が咲きはじめたら花見に行こう」
「お弁当を持ってだよ!」
「おいなりさんだろ? わかったわかった」
願いが通じて両手を上げて喜ぶコンコに、結局食い気ではないかとリュウは苦笑した。
しかし、花見にちょうどいい弁当箱などあっただろうか。
横浜に来てからコンコを迎えるまでの約9年、日陰者らしくコソコソとひとり暮らしをしていたから、花見などしたことがない。
花見に限らず、弁当を持ってぶらぶら出掛けたこともなく、腹が減ったら屋台を頼った。
弁当箱が無いかも知れない、と言うと諦めきれないコンコがあちこちを漁りはじめた。
床板までめくり、尻と尻尾を振りながら探していると「リュウも探してよ!」と、えらい剣幕で怒っている。
コンコの食い気には敵わないと、持っていれば仕舞いそうな場所をリュウも探すことにした。
「コンコ、やはり無いぞ」
「代わりになる箱でもいいんだよ」
「買うしかないか」
「買うと高いじゃないか、もったいないよ」
「これはどうだ」
「かたじけない」
渡されたのは黒塗りの箱だ。重箱ではなく一段だが、ふたりであれば手頃な大きさである。埃を被っているが傷はなく、洗えば使えそうだ。
埃を拭うと漆の艶が露わになった。ささやかながら金銀蒔絵や螺鈿も施されており、なかなか見事な出来栄えだ。
こんな見事な品、家のどこにあったのか。
被った埃から察するに、持ち主は前の家主ではないかと思ったが、ここはリュウだけではなく、日陰者ばかりが暮らす町だ。
そうか、前の家主は明治維新で没落した武家か庄屋だろう。親類が助けに入り、すぐにこの家を離れたのだ。これだけの品を忘れてしまうなら、そうに違いない。
しかし、それが誰だかは知らないし、わかったところで連絡の取りようがなさそうだ。
何にしても、もう10年が経つ。借りる体《てい》で使わせてもらうかと、ひとまず箱を洗うことにした。
ふりふり振られるコンコの尻尾が目に入った。そうだ、弁当箱が見つかったと知らせなければ、あばら家になるまで探し続ける。
「コンコ、見つかったぞ」
頭に埃をいっぱい載せたコンコが顔を上げた。パッと明るくなった顔は、箱を見るなり青ざめ、引きつり、リュウ目掛けて飛びかかった。
「開けちゃダメ!!」
コンコが箱を奪うと勢い余って蓋が飛び、煙がもうもうと立ち上り、あっという間に包まれた。
助けようとしたリュウだが「来ちゃダメ!!」と強く言われてしまい、唇を噛んでやきもきと足踏みをするしかない。
しばらくすると煙が晴れて、コンコの姿が露わになる……。
箱をしかと抱える腕は細く長く、それを掴む手は白魚のようだ。シャツでは抑えきれずボタンを弾き飛ばした豊かな胸は、抱えた箱では隠しきれない。たっぷりしていたズボンはパツパツで、丈が足りずに白い足首が露わになっている。腰回りは足りなかったのか、前のボタンが外れて開いてしまったが、箱のお陰で見えずにいる。
「リュウ……」
「……コンコ……なのか?」
切れ長の目が涙で潤み、桜のような小さな唇がふるふると震えた。艷やかな黒髪から生えた狐耳と、丸い尻から生えた尻尾で、コンコなのだと何とかわかった。
その美しさに目を奪われたリュウは、頬を染め凝り固まっていた。
スースーと冷える胸元に目を落としたコンコはギョッとして、抱えた箱をリュウに投げつけた。
「リュウの助平!」
「申し訳ない!」
箱で前を隠していたのだから、たわわな胸も脚の付け根も露わになった。
「破廉恥侍! 早く出ていけ!!」
「すまぬ! 申し訳ない!」
リュウは慌てて家を飛び出して、ピシャリと扉を閉めた。
……いや、これは俺が悪いのか……?
とにかくコンコと話さなければ何も進まない。リュウの着物を着るよう扉越しに指示をした。
男の着物を着れば、若侍にでも見えるだろう。
そんなことは、なかった。
見ているだけで、胸の早鐘が鳴ってしまう。
見なければいい。そう思うだろうが、戸惑いに潤んだ瞳、キュッと結んだ口元、透き通るような白い肌に、恥ずかしそうに染まる桃色の頬。
視線を逸らしても豊かで張りのある胸、折れてしまいそうなほど締まった腰、果実のように丸い尻、堅く閉ざされて盛り上がった太股、それらを恥じらい必死に隠そうとする白く細く長い指。
かつて遊郭に務めていたリュウも、これほどの美女は見たことがない。
どこを見れば良いのかと、リュウの視線は泳ぎ回っている。
リュウは生唾を飲み込んでから、コンコに問いかけた。
「あの箱は、もしや……」
「……浦島太郎の玉手箱」
人なら年寄りになるところ、300歳の稲荷狐は子供の姿から大人になった、というわけだ。
リュウには、ひとつの疑問があった。
「コンコ、いつ女になると決めたのだ?」
「そんなの知らないよ! 僕は、どっちでもないのに!」
ワンワンと突っ伏して子供のように泣く美女は異様ではあったが、これは紛れもなくコンコだと納得することも出来た。
とコンコがつぶやいたので、リュウは意外そうな顔をした。
「僕がお花を見たいのが、そんなに変なの?」
「食い気しかないのかと思った。花を愛でることもあるのか」
失敬だな! とプンプン怒り出したが、桜にはまだ早い。そう言われたコンコは、やれやれと両手を広げて呆れる素振りだ。
「わかってないなぁ。咲いてから行くと決めたら遅いじゃないか」
「わかったわかった。桜が咲きはじめたら花見に行こう」
「お弁当を持ってだよ!」
「おいなりさんだろ? わかったわかった」
願いが通じて両手を上げて喜ぶコンコに、結局食い気ではないかとリュウは苦笑した。
しかし、花見にちょうどいい弁当箱などあっただろうか。
横浜に来てからコンコを迎えるまでの約9年、日陰者らしくコソコソとひとり暮らしをしていたから、花見などしたことがない。
花見に限らず、弁当を持ってぶらぶら出掛けたこともなく、腹が減ったら屋台を頼った。
弁当箱が無いかも知れない、と言うと諦めきれないコンコがあちこちを漁りはじめた。
床板までめくり、尻と尻尾を振りながら探していると「リュウも探してよ!」と、えらい剣幕で怒っている。
コンコの食い気には敵わないと、持っていれば仕舞いそうな場所をリュウも探すことにした。
「コンコ、やはり無いぞ」
「代わりになる箱でもいいんだよ」
「買うしかないか」
「買うと高いじゃないか、もったいないよ」
「これはどうだ」
「かたじけない」
渡されたのは黒塗りの箱だ。重箱ではなく一段だが、ふたりであれば手頃な大きさである。埃を被っているが傷はなく、洗えば使えそうだ。
埃を拭うと漆の艶が露わになった。ささやかながら金銀蒔絵や螺鈿も施されており、なかなか見事な出来栄えだ。
こんな見事な品、家のどこにあったのか。
被った埃から察するに、持ち主は前の家主ではないかと思ったが、ここはリュウだけではなく、日陰者ばかりが暮らす町だ。
そうか、前の家主は明治維新で没落した武家か庄屋だろう。親類が助けに入り、すぐにこの家を離れたのだ。これだけの品を忘れてしまうなら、そうに違いない。
しかし、それが誰だかは知らないし、わかったところで連絡の取りようがなさそうだ。
何にしても、もう10年が経つ。借りる体《てい》で使わせてもらうかと、ひとまず箱を洗うことにした。
ふりふり振られるコンコの尻尾が目に入った。そうだ、弁当箱が見つかったと知らせなければ、あばら家になるまで探し続ける。
「コンコ、見つかったぞ」
頭に埃をいっぱい載せたコンコが顔を上げた。パッと明るくなった顔は、箱を見るなり青ざめ、引きつり、リュウ目掛けて飛びかかった。
「開けちゃダメ!!」
コンコが箱を奪うと勢い余って蓋が飛び、煙がもうもうと立ち上り、あっという間に包まれた。
助けようとしたリュウだが「来ちゃダメ!!」と強く言われてしまい、唇を噛んでやきもきと足踏みをするしかない。
しばらくすると煙が晴れて、コンコの姿が露わになる……。
箱をしかと抱える腕は細く長く、それを掴む手は白魚のようだ。シャツでは抑えきれずボタンを弾き飛ばした豊かな胸は、抱えた箱では隠しきれない。たっぷりしていたズボンはパツパツで、丈が足りずに白い足首が露わになっている。腰回りは足りなかったのか、前のボタンが外れて開いてしまったが、箱のお陰で見えずにいる。
「リュウ……」
「……コンコ……なのか?」
切れ長の目が涙で潤み、桜のような小さな唇がふるふると震えた。艷やかな黒髪から生えた狐耳と、丸い尻から生えた尻尾で、コンコなのだと何とかわかった。
その美しさに目を奪われたリュウは、頬を染め凝り固まっていた。
スースーと冷える胸元に目を落としたコンコはギョッとして、抱えた箱をリュウに投げつけた。
「リュウの助平!」
「申し訳ない!」
箱で前を隠していたのだから、たわわな胸も脚の付け根も露わになった。
「破廉恥侍! 早く出ていけ!!」
「すまぬ! 申し訳ない!」
リュウは慌てて家を飛び出して、ピシャリと扉を閉めた。
……いや、これは俺が悪いのか……?
とにかくコンコと話さなければ何も進まない。リュウの着物を着るよう扉越しに指示をした。
男の着物を着れば、若侍にでも見えるだろう。
そんなことは、なかった。
見ているだけで、胸の早鐘が鳴ってしまう。
見なければいい。そう思うだろうが、戸惑いに潤んだ瞳、キュッと結んだ口元、透き通るような白い肌に、恥ずかしそうに染まる桃色の頬。
視線を逸らしても豊かで張りのある胸、折れてしまいそうなほど締まった腰、果実のように丸い尻、堅く閉ざされて盛り上がった太股、それらを恥じらい必死に隠そうとする白く細く長い指。
かつて遊郭に務めていたリュウも、これほどの美女は見たことがない。
どこを見れば良いのかと、リュウの視線は泳ぎ回っている。
リュウは生唾を飲み込んでから、コンコに問いかけた。
「あの箱は、もしや……」
「……浦島太郎の玉手箱」
人なら年寄りになるところ、300歳の稲荷狐は子供の姿から大人になった、というわけだ。
リュウには、ひとつの疑問があった。
「コンコ、いつ女になると決めたのだ?」
「そんなの知らないよ! 僕は、どっちでもないのに!」
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