稲荷狐となまくら侍 -明治あやかし捕物帖-

山口 実徳

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女学校の怪談①

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 女学校を前にして、リュウは困り果てていた。
「ここは男子禁制です。いかなるときでも入ってはなりません」
 手に負えないと神父に頼まれ、あやかし退治に来たものの、とんだ無駄足を食わされた。
 この真面目で気の強そうなシスターに何を言っても無駄に思える。手に負えないとは、そういう意味かと引き下がろうとしたときだ。
 コンコが得意気に校門をくぐり、すぐさまシスターに首根っこを押さえられた。

「僕はどっちでもないから、いいじゃないか!」
「嘘をおっしゃい! 子供だからって甘く見ませんよ!」
「子供じゃないや! 300年の稲荷狐だぞ!」
「また嘘をついて! こっちにいらっしゃい!」
 シスターにズルズルと手を引かれて、コンコは近くの小屋に連れられた。
 はじめはコンコが「うわぁ、何する、やめろ」と激しく抵抗する声が聞こえてきたが、しばらくすると尼が「……What's!?…oh…jesus……」と驚愕する声にすげ変わった。

 コンコだけが小屋から出てきた。しわくちゃのズボンを引きずるように歩き、シャツのボタンを留めながら、目を潤ませて鼻をスンスン鳴らしている。
「あの尼はどうした?」
「……あっちの神様にお祈りしてる……」
 校門の前から小屋の中を覗いてみると、確かにシスターひざまずいて手を組んでいた。

 これで選択肢はふたつになった。ふたりで大人しく帰るか
「僕ひとりで、あやかし退治!?」
「俺と会うまで、ひとりで退治したのだろう?」
「あのときは祠があったから……」
「俺はここで張っている。何かあれば祝詞を唱えて、ここまで逃げてくればいい。刀が光れば異変の証拠、そのときは必ず駆けつける」
 リュウは頼む! とコンコに両手を合わせた。これが本当の神頼みである。あのシスターにも見せてやりたい。

 コンコひとりで校舎に入り、真っ暗闇の廊下を恐る恐る進んでいった。
 御幣ごへいをすがるように両手で掴み、背中を丸めて肩をすくめ、狐耳はぺったりと畳まれて、尻尾はくるりと巻いている。
 リュウが入れないとわかったときに、どうして一緒に帰ろうとしなかったかな。
 どっちでもないからと得意になって、どうして学校に入っていったかな。
 シスターにひどい目に遭わされて、リュウにひとりで行けと言われて、身から出た錆だから自分を恨むしかないが、やりきれない気分で胸が苦しい。

「リュウがいれば怖くないのになぁ……」
 少しでも不安を払いたくて、思ったことを口に出したが、孤独を募らせるだけだった。

 そろりそろりと廊下を進むと、1枚の肖像画が目についた。異様な雰囲気が漂っており、尻込みしながらも見つめてしまう。
 絵の目玉がギョロリと動いて、コンコの視線とぶつかった。
「ぎゃああああああああああ!!」
 コンコは虚空から稲荷宝珠を無数に取り出し、ヤケクソになって投げつけた。ポコポコぶつかるだけで効いているようには見えないが、矢継ぎ早に飛んでくるので絵は動揺している。
「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
 泣きべそをかきながら絵に駆け寄って、御幣でバシバシ叩く。やはり絵には効かないようだが、これでもかと叩かれるので狼狽している。
「びゃああああああああああ!!」
 最後の仕上げに虚空から大量の護符を取り出して、絵も額縁も、その裏側にまでベタベタと貼り付けていた。

 二重三重に護符を貼り付けると、コンコの気が済んだようで、息切れしながら壺を取り出し床に置き、その口に額縁の角を当てた。
 コツコツ叩くと絵に取り憑いた悪霊がポトリと壺に落ちたので、蓋をして札を貼るとベッタリと座り込んで、深い深いため息をついた。
 祠が崩れかけてから、確かにコンコ自身の霊力は弱くなったが、祠があったときから毎度こんな調子だったのだ。

 突然、窓の外が白んだ。
 朝が来るには早すぎる、灯火があるような場所ではない。
 何だろうと見つめていると、景色が変わった。
 丸い穴がぽっかりと空いており、まるでコンコを見つめているようだ。穴の向こうも白く、短い節の連なりがそれを支えている。
 隣の窓はどうなんだろう?
 丸く曲がった白い柱が、節の連なりから生えていた。
 それは鯨ほどある人骨だった。

「ががが餓者髑髏がしゃどくろぉぉぉぉぉ!!」
 コンコは腰を抜かしてガクガク震えた。
 こんなに大きなあやかしは、リュウがいないと倒せない。怖い怖いもう帰りたいと思った矢先、餓者髑髏が指を使って窓を開けた。
 そうだ、祝詞だ。リュウに来てもらおう。
「たたたたた……」
 震えでまったく唱えられない。
 これで一巻の終わり、頭にはリュウと大好物のおいなりさんが渦巻いている。
 ところが、餓者髑髏には好機のはずだが、動く気配が微塵もない。

「ななな何をしに来たのかな!? 君は!?」
『ここは学校だろう? 人間の骨について教えてやろうと思ったんだ』
 思いの外、親切なあやかしだった。お陰でコンコの震えが止んだ。
「君は大きすぎるよ、それじゃあ学校に入らないじゃないか」
 餓者髑髏は『そうか』と言って、しおしおと人の背丈に縮んでいった。
「それと、ここはお医者さんの学校じゃないよ。骨は勉強しないと思うな」
 餓者髑髏は『そうか』と言って、ずぶずぶと地中に潜っていった。

 この手でいこうと、コンコは強く決心した。
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