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エクソシスト①
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延遼館と陸蒸気でのあやかし退治は、西洋人の間で密かな話題となった。
誰に問い合わせればいいのか。
高島嘉右衛門が雇っているらしい。
実は困っていることが……。
そのようにあやかし退治の依頼が来て、コンコとリュウは元町の崖の上、山手に向かった。
商館が立ち並ぶ関内や山下とは違って、山手は基本的には西洋人の住宅街だ。
住宅の他にはビール工場や煉瓦工場、浄水施設はあるものの、それらに携わらない日本人には、滅多に用事のない場所である。
門の前で家の者が出てくるのを待っていると、ひとりの西洋人が同じように立ち止まった。黒い服を着て、聖書と十字架を手にしている。神父か牧師か、いずれにせよ教会の者ということだけはわかる。
幕府から新政府に引き継がれていた禁教令は、居留地に暮らす外国人の強い要望により明治6年に廃止、キリスト教は黙許された。
一方、明治元年の神仏分離令、明治3年の陰陽寮廃止と天社禁止令による陰陽道禁止、明治5年の修験禁止令による山伏の還俗、明治6年には巫女禁断令により巫女の託宣禁止など、日本の在来信仰が規制された。
神道の国教化を目指したものだが、長く続いた信仰に敵うことなく挫折している。
何の用事があるのかと視線を浴びせていると、西洋人は意気揚々と話し掛けてきた。
「アナタたち、悪魔祓いに来たネ?」
独特な抑揚はあったものの流暢な日本語に安心しつつ、絡まれたことに狼狽した。
「熊? あやかし退治だよ?」
「コンコ、熊じゃない。悪魔だ」
西洋人は、アヤカシ? ワカラナイ? という態度をあからさまにとった。その様子にリュウは苛立ち、眉をピクリと動かした。
「お前こそ、何の用だ」
「ワタシ神父、エクソシスト」
「え……? 何だって?」
「エクソシスト、悪魔祓い、祈祷師」
そういうものが西洋にあるのかと驚かされた。
「神父さんは、お祓いに来たの?」
「Yes! ソウデス! アナタたちと一緒!」
まさかの二重契約に、リュウはギョッとした。一方コンコは愛想笑いをして見せて「神父さん、宜しくね!」と嬉しそうである。
信頼されていないようで不快だと思ったリュウは、館の主人に「どういうことだ!」と迫った。
あやかしか悪魔に困っている上、リュウを怒らせてしまったことに、主人はほとほと参った様子で説明をした。
西洋の言葉だったので、神父が通詞を務める。
「高島に頼んだ、通詞見つからナイ、日曜礼拝で相談した」
とまで訳すと
「だからワタシ通詞に来た、悪魔祓いも出来る。話したら頼まれたヨ」
と自分の言葉を言った。
この依頼主は不誠実だと、リュウの怒りが頂点に達した。ムッとしたまま踵を返し、黙って部屋を出ようとすると、リュウの袖を取ったコンコが引きずられた。
「ダ~メ~だ~よ~!」
「帰るぞ、コンコ。俺たちに用はない」
「困っているんだから助けないとぉ!」
「あの神父が助けるのだ」
「一度受けた話でしょう!? 途中で帰っちゃっていいの!?」
リュウは扉の前で立ち止まり、奥歯をギリッと噛みしめた。足が止まったことに安堵して、コンコがまぁまぁとなだめていた。
「みんなで力を合わせよう、商売敵も手を組めば仲間だよ」
「あやかし退治は商いではない!」
「まぁまぁ、文明開化で洋の東西は問わない時代なんだから。ね?」
「おサムライさん、お願いしマス」
リュウは渋々、宜しく頼むとだけ言った。
主人に連れられやって来たのは、書斎である。
中に入ると、西洋式の古い家具が整然と並んでいるが、日頃使っていないのだろうか、生活感がまるでない。
コンコがひとつひとつ見て回り、歴史の長さに感動していた。
「凄い大事にしているなぁ。この家具は西洋から持ってきたの?」
神父が通訳に入る。
「日本で商いすると決めて、屋敷を売った。代々伝わる家具は手放せないから、持ってきた。日本に骨を埋める覚悟ネ」
確かに年季が入っている。机も椅子も本棚も、深い飴色をしていて趣がある。しょっちゅう火事が起きて、古いものが残りにくい日本では、こういったものはなかなか見られない。
それに、異国に骨を埋める覚悟とは大したものだと、リュウは主人を見直した。
「この家具は何年くらい経っているの?」
「ワカラナイ、でも100年位と言ってマス」
100年かぁ……と300歳のコンコが感嘆した。
「他の部屋の家具も、同じくらいか」
「ここだけと言ってマス、他は横浜で買ったネ。本当に大事な家具を集めた部屋」
古い家具に見とれていると、部屋のそこかしこからカタカタカタと小刻みな音が鳴りはじめた。主人までもがカタカタと震えだし、ついには部屋を飛び出してしまった。
本棚から本が崩れ落ち、バサバサと音が立つと重厚な家具がふわりと浮かび、3人を取り囲むようにして部屋をぐるぐると回りだした。
「ポルターガイスト!!」
「何だそれは!!」
「悪霊の仕業! お祓いするヨ!」
神父がそう叫び十字架を掲げて聖書を開くと、落ち着き払ったコンコがキッパリと言い放った。
「違うよ」
神父とリュウが声を揃えて「はっ?」と言ったが、コンコは畏怖することなく冷静だ。
「付喪神だよ」
悪魔と思ったものを神と言われて、神父の頭は疑問符で埋め尽くされた。
誰に問い合わせればいいのか。
高島嘉右衛門が雇っているらしい。
実は困っていることが……。
そのようにあやかし退治の依頼が来て、コンコとリュウは元町の崖の上、山手に向かった。
商館が立ち並ぶ関内や山下とは違って、山手は基本的には西洋人の住宅街だ。
住宅の他にはビール工場や煉瓦工場、浄水施設はあるものの、それらに携わらない日本人には、滅多に用事のない場所である。
門の前で家の者が出てくるのを待っていると、ひとりの西洋人が同じように立ち止まった。黒い服を着て、聖書と十字架を手にしている。神父か牧師か、いずれにせよ教会の者ということだけはわかる。
幕府から新政府に引き継がれていた禁教令は、居留地に暮らす外国人の強い要望により明治6年に廃止、キリスト教は黙許された。
一方、明治元年の神仏分離令、明治3年の陰陽寮廃止と天社禁止令による陰陽道禁止、明治5年の修験禁止令による山伏の還俗、明治6年には巫女禁断令により巫女の託宣禁止など、日本の在来信仰が規制された。
神道の国教化を目指したものだが、長く続いた信仰に敵うことなく挫折している。
何の用事があるのかと視線を浴びせていると、西洋人は意気揚々と話し掛けてきた。
「アナタたち、悪魔祓いに来たネ?」
独特な抑揚はあったものの流暢な日本語に安心しつつ、絡まれたことに狼狽した。
「熊? あやかし退治だよ?」
「コンコ、熊じゃない。悪魔だ」
西洋人は、アヤカシ? ワカラナイ? という態度をあからさまにとった。その様子にリュウは苛立ち、眉をピクリと動かした。
「お前こそ、何の用だ」
「ワタシ神父、エクソシスト」
「え……? 何だって?」
「エクソシスト、悪魔祓い、祈祷師」
そういうものが西洋にあるのかと驚かされた。
「神父さんは、お祓いに来たの?」
「Yes! ソウデス! アナタたちと一緒!」
まさかの二重契約に、リュウはギョッとした。一方コンコは愛想笑いをして見せて「神父さん、宜しくね!」と嬉しそうである。
信頼されていないようで不快だと思ったリュウは、館の主人に「どういうことだ!」と迫った。
あやかしか悪魔に困っている上、リュウを怒らせてしまったことに、主人はほとほと参った様子で説明をした。
西洋の言葉だったので、神父が通詞を務める。
「高島に頼んだ、通詞見つからナイ、日曜礼拝で相談した」
とまで訳すと
「だからワタシ通詞に来た、悪魔祓いも出来る。話したら頼まれたヨ」
と自分の言葉を言った。
この依頼主は不誠実だと、リュウの怒りが頂点に達した。ムッとしたまま踵を返し、黙って部屋を出ようとすると、リュウの袖を取ったコンコが引きずられた。
「ダ~メ~だ~よ~!」
「帰るぞ、コンコ。俺たちに用はない」
「困っているんだから助けないとぉ!」
「あの神父が助けるのだ」
「一度受けた話でしょう!? 途中で帰っちゃっていいの!?」
リュウは扉の前で立ち止まり、奥歯をギリッと噛みしめた。足が止まったことに安堵して、コンコがまぁまぁとなだめていた。
「みんなで力を合わせよう、商売敵も手を組めば仲間だよ」
「あやかし退治は商いではない!」
「まぁまぁ、文明開化で洋の東西は問わない時代なんだから。ね?」
「おサムライさん、お願いしマス」
リュウは渋々、宜しく頼むとだけ言った。
主人に連れられやって来たのは、書斎である。
中に入ると、西洋式の古い家具が整然と並んでいるが、日頃使っていないのだろうか、生活感がまるでない。
コンコがひとつひとつ見て回り、歴史の長さに感動していた。
「凄い大事にしているなぁ。この家具は西洋から持ってきたの?」
神父が通訳に入る。
「日本で商いすると決めて、屋敷を売った。代々伝わる家具は手放せないから、持ってきた。日本に骨を埋める覚悟ネ」
確かに年季が入っている。机も椅子も本棚も、深い飴色をしていて趣がある。しょっちゅう火事が起きて、古いものが残りにくい日本では、こういったものはなかなか見られない。
それに、異国に骨を埋める覚悟とは大したものだと、リュウは主人を見直した。
「この家具は何年くらい経っているの?」
「ワカラナイ、でも100年位と言ってマス」
100年かぁ……と300歳のコンコが感嘆した。
「他の部屋の家具も、同じくらいか」
「ここだけと言ってマス、他は横浜で買ったネ。本当に大事な家具を集めた部屋」
古い家具に見とれていると、部屋のそこかしこからカタカタカタと小刻みな音が鳴りはじめた。主人までもがカタカタと震えだし、ついには部屋を飛び出してしまった。
本棚から本が崩れ落ち、バサバサと音が立つと重厚な家具がふわりと浮かび、3人を取り囲むようにして部屋をぐるぐると回りだした。
「ポルターガイスト!!」
「何だそれは!!」
「悪霊の仕業! お祓いするヨ!」
神父がそう叫び十字架を掲げて聖書を開くと、落ち着き払ったコンコがキッパリと言い放った。
「違うよ」
神父とリュウが声を揃えて「はっ?」と言ったが、コンコは畏怖することなく冷静だ。
「付喪神だよ」
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