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ガス燈②
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列車はとっくに終わっており、駅も客車も真っ暗で、陸蒸気の火も落とされている。
「客車には油灯というのが着いているんだ。あの屋根にある筒型のやつだよ」
『その油灯とやらを、わしらに灯せと言うのだな? よかろう』
並んだ狐火が客車めがけてスイスイと飛び込むと、細かく並んだ四角い窓が次から次へと明るくなっていった。
「おお、これはいい。あやかしを活かすとは名案だ」
「封じるばかりが能じゃないよ、神様になるあやかしだっているんだから」
それがコンコの方針なのかとリュウは頷いて、一瞬にして煌々と光った客車をほれぼれと見つめていた。
「夕暮れ時に鉄道員さんが屋根を歩いて、ひとつひとつ油灯を灯しているんだよ。その間、列車は走れない。大変だし時間がもったいないんだ」
すると、ありもしない客車の灯りが点いた。
コンコとリュウが「あっ!」と声を上げると、窓の灯りは線路に沿って動き出し、新橋に向かう線路を転がりはじめた。
駅舎から鉄道員たちが大慌てで飛び出し、加速していく窓の灯りを追いかけた。
海上線路まで走ったところで窓の灯りは忽然と消え、勢い余った鉄道員たちは海へと落ちていった。
客車の狐火を呼び戻してから、横浜港にやってきた。
悪戯はするものの、コンコの言うことをちゃんと聞くのが面白い。
「蒸気船の灯火になってみない?」
『あの浮かんでおる黒い船じゃな? よかろう』
狐火はスイスイと消えていき、蒸気船の窓が煌々と灯っていった。
すべての狐火が船に乗ったところで、コンコがこっそりと耳打ちをした。
「船が気に入ったようだったら、そのまま異国に行ってもらおうと思うんだ」
行った先では迷惑だろうが、とりあえず横浜からはいなくなる。異国には異国のあやかしがいるだろうから、狐火たちも苦労することだろう。
ともかく、稲荷狐のコンコが狐火に怒っているのは間違いない。
しかし居心地がよければ悪戯放題するだろう、異国には申し訳ないことだ。感情に任せて無責任に押し付けるのは、良くないと思ったリュウは「なぁ、コンコやはり……」と言って絶句した。
港に視線を戻すと、凄まじい数の蒸気船が海を埋めていたのだ。
混乱を招くから乗り物はダメだと言って、元町まで歩いてきた。
律儀に1列に並んだ狐火は、どいつもこいつも提灯を持っていて何とも滑稽である。
「元町百段か」
一直線の階段が崖に貼り付いていた。この上に浅間神社が建っており、横浜に暮らす人々の憩いの場となっている。
「さあ、灯籠になってみてよ。日本のあやかしだったら、日本のものじゃないとね」
『よかろう、灯籠は慣れたものじゃ』
すっかり見慣れてしまったが、狐火はスイスイ飛んでいき、階段横で灯籠に化けていった。
1段目を踏みしめて、本物かどうかを確かめてから上がっていった。
「悪戯好きだが1列に並んだり提灯を持ったり、案外律義な奴らなのだな」
「狐というのは、あやかしだろうとお行儀のいいものだからね」
祠を失い家に転がり込んできた日頃のコンコを思い返して、そうだろうかと考えた。が、狐火のせいで機嫌が悪いし、拗ねると面倒なのでリュウは黙っておくことにした。
「あやかしと言えど、コンコの言うことは聞くのだな」
「僕が稲荷狐だから、わきまえているんだよ。狐の中でも、僕は神様だから」
と言ったところで、偽灯籠に釣られたコンコは階段を踏み外し、斜面を転がり落ちていった。
「もう頭にきた!! リュウ! 刀を構えて!!」
激怒するコンコは、まともに祝詞を唱えられるのだろうかと、リュウは不安で仕方ない。
「稲荷狐を欺くとは、何ということをしてくれる! あいつら絶対に許さない! 地獄に落として毛皮を剥いで、みんなまとめて狐汁にしてくれる!」
狐が狐を狐汁にするとは、物騒な話だ。
歯ぎしりをして地団駄を踏んでキイキイと怒り狂う様は、とてもじゃないが神様には見えない。
リュウは手の平ひとつでコンコを制して、不敵にほくそ笑んでみた。
「コンコ、俺に考えがある」
悪戯好きの狐火を、一体どうするつもりなのだろう。リュウの考えが見当もつかないと、コンコは首をひねったまま、無数の狐火と一緒に横浜港に戻ってきた。
「狐火、堤の先に灯竿が見えるか」
灯竿とは、後に言う灯台のことである。防波堤の先端に高い柱があって、その頂点で赤い光を灯している。
『ほう、今度はあれになれと言うのじゃな』
コンコが不安そうな顔でリュウの袖を引いた。
灯竿などで悪戯をされては、船が座礁、衝突、沈没してしまう。
しかしリュウは、任せておけと自信たっぷりに笑ってみせた。
「待て、狐火。あの灯りは油灯や灯籠と比べものにならないほど光が強い。まずは、ここで試してみないか」
そうか、と言った狐火は1か所に集まりだして煌々と光を放った。
「まだだ、狐火。もっと強い光でないと、灯竿に化けることなどできないぞ」
遠巻きに見ていた狐火たちも、矢継ぎ早に加わっていく。
「もっとだ。文明開化を欺くなど、そう簡単にはいかないぞ!」
すべての狐火が集まると、目を閉じてもわかるほどの光になった。こんなに強い光は、お天道様の他に見たことがない。
「コンコ! 今だ!」
祝詞が聞こえると狐火たちは、放つ光から首を出してハッとした。
次の瞬間、リュウの振るった刃が狐火たちを横一文字に斬り捨てた。
目も眩むほどの閃光を放った狐火は、燐寸の火ほどの炎になって、恨めしそうに揺らめいていた。
「さすがリュウ、狐火を欺くとは頭いいね」
コンコが手を掲げると、虚空から素焼きの壺が現れた。小さくなった狐火を納めて蓋をして、札を貼って封印完了だ。
「それでコンコ、そいつは一体どうするのだ」
「もう少しで夜が明けるから、高島さんにお話ししよう」
一晩掛かってしまったことに深いため息をつくリュウを連れて、コンコは高島邸へと向かっていった。
「客車には油灯というのが着いているんだ。あの屋根にある筒型のやつだよ」
『その油灯とやらを、わしらに灯せと言うのだな? よかろう』
並んだ狐火が客車めがけてスイスイと飛び込むと、細かく並んだ四角い窓が次から次へと明るくなっていった。
「おお、これはいい。あやかしを活かすとは名案だ」
「封じるばかりが能じゃないよ、神様になるあやかしだっているんだから」
それがコンコの方針なのかとリュウは頷いて、一瞬にして煌々と光った客車をほれぼれと見つめていた。
「夕暮れ時に鉄道員さんが屋根を歩いて、ひとつひとつ油灯を灯しているんだよ。その間、列車は走れない。大変だし時間がもったいないんだ」
すると、ありもしない客車の灯りが点いた。
コンコとリュウが「あっ!」と声を上げると、窓の灯りは線路に沿って動き出し、新橋に向かう線路を転がりはじめた。
駅舎から鉄道員たちが大慌てで飛び出し、加速していく窓の灯りを追いかけた。
海上線路まで走ったところで窓の灯りは忽然と消え、勢い余った鉄道員たちは海へと落ちていった。
客車の狐火を呼び戻してから、横浜港にやってきた。
悪戯はするものの、コンコの言うことをちゃんと聞くのが面白い。
「蒸気船の灯火になってみない?」
『あの浮かんでおる黒い船じゃな? よかろう』
狐火はスイスイと消えていき、蒸気船の窓が煌々と灯っていった。
すべての狐火が船に乗ったところで、コンコがこっそりと耳打ちをした。
「船が気に入ったようだったら、そのまま異国に行ってもらおうと思うんだ」
行った先では迷惑だろうが、とりあえず横浜からはいなくなる。異国には異国のあやかしがいるだろうから、狐火たちも苦労することだろう。
ともかく、稲荷狐のコンコが狐火に怒っているのは間違いない。
しかし居心地がよければ悪戯放題するだろう、異国には申し訳ないことだ。感情に任せて無責任に押し付けるのは、良くないと思ったリュウは「なぁ、コンコやはり……」と言って絶句した。
港に視線を戻すと、凄まじい数の蒸気船が海を埋めていたのだ。
混乱を招くから乗り物はダメだと言って、元町まで歩いてきた。
律儀に1列に並んだ狐火は、どいつもこいつも提灯を持っていて何とも滑稽である。
「元町百段か」
一直線の階段が崖に貼り付いていた。この上に浅間神社が建っており、横浜に暮らす人々の憩いの場となっている。
「さあ、灯籠になってみてよ。日本のあやかしだったら、日本のものじゃないとね」
『よかろう、灯籠は慣れたものじゃ』
すっかり見慣れてしまったが、狐火はスイスイ飛んでいき、階段横で灯籠に化けていった。
1段目を踏みしめて、本物かどうかを確かめてから上がっていった。
「悪戯好きだが1列に並んだり提灯を持ったり、案外律義な奴らなのだな」
「狐というのは、あやかしだろうとお行儀のいいものだからね」
祠を失い家に転がり込んできた日頃のコンコを思い返して、そうだろうかと考えた。が、狐火のせいで機嫌が悪いし、拗ねると面倒なのでリュウは黙っておくことにした。
「あやかしと言えど、コンコの言うことは聞くのだな」
「僕が稲荷狐だから、わきまえているんだよ。狐の中でも、僕は神様だから」
と言ったところで、偽灯籠に釣られたコンコは階段を踏み外し、斜面を転がり落ちていった。
「もう頭にきた!! リュウ! 刀を構えて!!」
激怒するコンコは、まともに祝詞を唱えられるのだろうかと、リュウは不安で仕方ない。
「稲荷狐を欺くとは、何ということをしてくれる! あいつら絶対に許さない! 地獄に落として毛皮を剥いで、みんなまとめて狐汁にしてくれる!」
狐が狐を狐汁にするとは、物騒な話だ。
歯ぎしりをして地団駄を踏んでキイキイと怒り狂う様は、とてもじゃないが神様には見えない。
リュウは手の平ひとつでコンコを制して、不敵にほくそ笑んでみた。
「コンコ、俺に考えがある」
悪戯好きの狐火を、一体どうするつもりなのだろう。リュウの考えが見当もつかないと、コンコは首をひねったまま、無数の狐火と一緒に横浜港に戻ってきた。
「狐火、堤の先に灯竿が見えるか」
灯竿とは、後に言う灯台のことである。防波堤の先端に高い柱があって、その頂点で赤い光を灯している。
『ほう、今度はあれになれと言うのじゃな』
コンコが不安そうな顔でリュウの袖を引いた。
灯竿などで悪戯をされては、船が座礁、衝突、沈没してしまう。
しかしリュウは、任せておけと自信たっぷりに笑ってみせた。
「待て、狐火。あの灯りは油灯や灯籠と比べものにならないほど光が強い。まずは、ここで試してみないか」
そうか、と言った狐火は1か所に集まりだして煌々と光を放った。
「まだだ、狐火。もっと強い光でないと、灯竿に化けることなどできないぞ」
遠巻きに見ていた狐火たちも、矢継ぎ早に加わっていく。
「もっとだ。文明開化を欺くなど、そう簡単にはいかないぞ!」
すべての狐火が集まると、目を閉じてもわかるほどの光になった。こんなに強い光は、お天道様の他に見たことがない。
「コンコ! 今だ!」
祝詞が聞こえると狐火たちは、放つ光から首を出してハッとした。
次の瞬間、リュウの振るった刃が狐火たちを横一文字に斬り捨てた。
目も眩むほどの閃光を放った狐火は、燐寸の火ほどの炎になって、恨めしそうに揺らめいていた。
「さすがリュウ、狐火を欺くとは頭いいね」
コンコが手を掲げると、虚空から素焼きの壺が現れた。小さくなった狐火を納めて蓋をして、札を貼って封印完了だ。
「それでコンコ、そいつは一体どうするのだ」
「もう少しで夜が明けるから、高島さんにお話ししよう」
一晩掛かってしまったことに深いため息をつくリュウを連れて、コンコは高島邸へと向かっていった。
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