プロローグでケリをつけた乙女ゲームに、悪役令嬢は必要ない(と思いたい)

犬野きらり

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59 王子1は遅れてやってくる

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「この~、退けって」
と中年騎士が上半身を起こすと同時に、私の尻が地面についた。
それほど痛みはない。手を上げた中年騎士に叩かれるかと思えば、ラザリーさんが外套を騎士に向かって投げた。

ヤバい、かっこいい!
惚れてしまう!

お父様は片足にしがみついたままで、外套を払い除ける時、騎士の手が私から離れた。
昔ラーニャから教わった蓑虫ゴロゴロの受け身で逃げる。
身体やドレスが汚れるなんて関係ない。まず逃げなきゃ。

馬の駆ける音と、怒鳴り声!
「ミルフィーナ!ミルフィーナ!」

馬に乗った人の黒い髪が揺れていた。
すぐに中年騎士に剣先を合わせたが、中年騎士はそれに対応出来ず、ただゆっくり手を上げた。


状況を説明したいと思います。

ダルン侯爵家馬車小窓一部破損、馬少々興奮状態。
反対側馬車一台横転、馬一頭負傷。
メイド地面に顔面から着地、どこかの骨負傷動かない。
中年騎士両手上げたまま。
横転した箱の中にヒロイン1号とその婚約者?在中。
私の父様、中年騎士の足にしがみついた状態で気を失っている。

悪役令嬢、頭から足の先まで土埃まみれ、足の裏切傷有、腕掴まれた跡痣あり。

ヒロイン2号、満面の笑顔で手を振っている。

王子1、しょんぼりしている。
その護衛、中年騎士確保。

アン?
何これ!
こんなの絶対物語的におかしいよね?
普通、王子様が助けるよね!
誘拐犯とか盗賊とか海賊とか?

めちゃくちゃ活躍したのは、ヒロイン2号ですけど?
何一体、なんで今頃になって…

「ごめん、ミルフィーナ」

別に謝って欲しいわけじゃないから。別に何もないし、関係ないから。

「そんなこと言わないで欲しかったりはするけど、ミルフィーナの言う通り、全く役に立たなかった。そこの令嬢の足元にも及ばないよ」
「そこの令嬢じゃなくて、ラザリーさんです」

「いや、ミルフィーナ、君もヒロイン2号とか呼んでいたよ」

「まさか」
とラザリーさんを見れば、首を上下に振った。でも笑顔で手を振っている。

「また、心のうちを呟いていたのね」

ハアー

「あの、ミルフィーナ、私の手を取ってくれないかな?ずっと目の前に差し出しているんだけど」
黒い髪の前髪からその少し赤色を感じる瞳は私を見ながら、困った顔をする。

「知りませんよ。私は、自分で立ち上がれますから!別に手紙が来ないとかペンダントを取りに来ないとか思ってないですから」
と言って本当に自分で立ち上がる。

あっ、靴が脱げているんだわ。
とキョロキョロしていれば、ラザリーさんが、
「はい、ミルフィーナ様~」
と私の脱げた靴を差し出してくれた。

「なんて素晴らしい子、大好きかも~。ラザリーさんどうしたの?学校の時はこんな気の効いた令嬢ではなかったじゃない!」
と思うままに声に出して言っていた。

「え~そうですか?照れますね~、一応、私も叔父様の領地で牛の世話をしながら、豚や鳥の声を聞きながら飼育してました~」
とラザリーさん。

ん?これが成長理由?
牛の世話と豚と鳥の声を聞くこと?
全くわからないかも。

「ラザリーさん、あなたのおかげで私、命が助かったわ。本当にありがとうございます。あなたがこの場にいてくれて良かったわ」
と手を取って感謝を表す。

そして、ラザリーさんは、チラッとヒョーガル王子を見ながら、
「あの~、剣術大会で優勝した、めちゃくちゃ強い人ですよね~?何故強いのに駆けつけるの遅いんですか?」
と言った。

「ラザリーさんの言う通りです」
と目の前の王子様を見た。

言葉の暴力とどうか捉えてくれて構わない。
私達は抉るよ、王子様だろうが関係ない、寂しいとか一切ね、連絡くれないとかね恨んでないよ。来るのが遅いとか…
眉毛が下がった。イケメンだから何しても許されると思うなよ!

「騒動の話を聞いて、慌てアルフィンを追いかけたら、馬車に乗ったと言うし、すぐに現場に証拠を押さえようとしたら、御者が東宮に向かう外庭で縛られていたのを発見した。事情を聞いたら、ダルン侯爵家の御者で騎士に襲われたというから、すぐに出発した」
と言い訳のように言った。

何て言うか、久しぶりに会えたなら、もっと感動的で情緒的な再会で、ペンダントを返すと思っていた。

でも私の口から出る言葉は、
「こちらに連れてこられなかったらすれ違ってましたよ」
と一言も二言も余計な文句口調。
本当は、全部八つ当たり…

もうしゃがみ込んでしまったよ、黒豹で、トモホーク王国の王子様が


そして、視線を感じる。
痛い、痛い、視線。ヒョーガル王子の側近か、護衛か…
この騎士の睨みは、王子付き護衛の装備系攻撃ですか?
私の言いがかりってわかってますよ!

「ハアー、ミルフィーナ、すまなかった。全て問題解決して、その迎えに行きたかった。そうだね、手紙、手紙で事情を知らせたりするべきだったな。なんか最高の形で迎え入れたいと思った。まさかこんな形でミラン国の悪巧みにミルフィーナが巻き込まれるなんて、想像もつかなかった。全て私の先読み、先見がなかった」
としゃがみ込んだ姿勢から、私を見上げる。
黒豹というより、黒犬。
お座りしている。太陽にあたるオレンジ色の瞳がキラキラしている。

可愛い過ぎる。
何、これ、イケメン、が、
可愛い~

駄目よ、ミルフィーナ、許しては駄目!葛・藤

「へぇ~ミルフィーナ様~、この方、ミルフィーナ様の婚約者様~?」
とラザリーさんが、私の横で話しかけてきた。ラザリーさん、いたのね。

完全に、二人だけの世界の気がしていた。こんな誘拐騒ぎがあったのに!

「ち、違うわ!ラザリーさん」

ヒョーガル王子は、立ち上がった。スラッとした手足が、また一段と長くなって、背が高くなって、…かっこよくなって…

駄目よ!ミルフィーナ、これは罠よ、恋の罠。
この緊張と恐怖からの解放、その安堵、これが極限状態、罠よ。

ロマンス小説でよく出てくる一目惚れのシーン。そんなの現実にあるわけないって、
でもね、約二年ぶりの再会。
知り合いなの。そう、顔も声も体型も知っているの、
初めてじゃないの、

なんで、
なんで、
かっこいいのよ、可愛いのよ!

ズルイ、これは絶対狡い。
失恋していて、やっぱりまた恋をするなんてあり得ない!

と思いたかったのに、その顔でその瞳に見つめられたまま笑顔を向けられたら、あんなに怖かったのが、なんでか吹き飛ぶぐらいに、

「会いたかったんですよ!」

と言葉が出た。

「うん」
ヒョーガル王子は、それだけ言って、私の土埃まみれの顔も髪も払わず、身体こと抱きしめた。

私の顔は、ヒョーガル王子の胸に押し当てられた。
心臓の音が、聞こえる。
鼓動が早い、凄い早い。きっと私もだな。
そんな音に生きている事を実感する。

周りがガタン、ガタガタ、と音がする。
最後、ドンッと。

この感動シーンを邪魔しないで欲しい。
と思っていれば、

甲高い声が、
「ミルフィーナ姉様、酷いわ。助けてって言ったじゃないですか~!
その方誰ですか~!!!」

距離があってもしっかり聞こえる声。流石ヒロイン。
私は、ヒョーガル王子の胸につけた顔を残念ながら自ら剥がし、アリサさんを見る。

ハア~
ドレスを揺らしながら走ってくるヒロイン。私と違って土埃もなく綺麗な状態だ、流石ヒロイン!

最後このドタバタの中で生まれたラブロマンスな部分を根こそぎ持っていく気か!?とわかるほどアリサさんの顔は高揚し光り輝くほど生き生きしていた。

「まぁ、まぁ、ミルフィーナ姉様、誰ですの!このかっこいい方は!姉様とどういったご関係?いえ、それよりもどちら様ですの?」
と得意の顔を引き上目遣いで聞いてくる。

凄い、走っても息も乱れずに、あざと可愛いを演じられる、それこそ乙女ゲームのヒロインです。
私の演技が酷いのを理解した。アリサさんの10%のヒロイン力も表せなかったことだ。

「あぁ、これが侯爵家の問題と言っていた義妹だったな。エルフィンが一から十まで説明してくれたよ。アリサ嬢、はじめましてヒョーガル・トモホークだ」

「きゃぁーかっこいいです。私アリサ・ダルンです。15歳、もうじき16歳です。よろしくお願いします」

とうとう、ダルン侯爵家で会うことが出来なかった使用人ヒョウさんと初対面が叶ったアリサさんでした。
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