【完結】名前もない悪役令嬢の従姉妹は、愛されエキストラでした

犬野きらり

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15兄弟

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「頼みます。フランツ兄様に会わせてください」
いくら頼んでも王妃から許しが出ない。逆に機嫌を損ねてもいる。これでは、アーシャとの約束が果たせない。
「カイル頑張っているそうだなぁ」
「国王様!」
父様であっても既に国王だ、滅多に会えないが、わざわざ声をかけてくれた。
「騎士達も驚いていた。カイルがこんなに出来るとはと」
「ありがとうございます」
「どうした、少し声が荒くなっていたぞ」
「フランツ兄様に会わせて頂きたいのです。共に心に傷を負った者同士、心からの会話が出来るでしょう。傷を見せ合うことも話せることも出来るかもしれないです。フランツ兄様が心配なんです」
と必死に訴えた。
「驚いたな!カイル、変わったな。顔付きが男らしくなった。鍛えているからか精神的にも余裕が生まれたか?兄を気遣うか…他を思いやる心は素晴らしいと思う。わかった、私が間を受け持つ。兄弟仲良くだ」
「はい、ありがとうございます」

後日、国王は、言葉通りお茶の時間を設けてくれた。フランツ兄様は、私に会いたくないと言っているらしく、私は突然の訪問という形だ。
「きっと、兄様は私の傷を見ると思い出すからだろうな」
アーシャのあの時の言葉を思い出した。心の傷を負った、兄様は目には見えない傷を負ったんだ、私に会えないほど。

「なんで、カイルがここに?」
と慌て、椅子を倒して背を向けて逃げようとする。
兄様の背中は小さく震えていた。
その瞬間、私は兄様の背中に飛びついた。
「大丈夫です、兄様。私は、怒ってもいませんし、味方です。大丈夫、私は今鍛えているんです。陰口を言われようとも、力で圧倒してやろうって決めて、今騎士達に鍛えてもらっているので、兄様のことをいじめる奴だって、私がガツーンとやりますよ」
と兄様の背中にしがみつきながら、言った。アーシャに言われた通り、素直に自分の思いを。
兄様の背中に感じてた震えが止まった。

しがみついた手を離して兄様の横顔を見た。凄い顔色だ。白く、表情がない。
「兄様、どうしたのですか?顔色が悪い、眠れないですか?」
と聞けば、表情が見えない顔で、
「カイルは眠れるのか?」
と言った。
「あぁ、私は、ドミルトン男爵領に行ってから眠れるようになったよ。目のまわりのクマも取れた。運動をしてよく食べる当たり前のことをして眠れるようになった」
「…それは、良かったな。私は薬を飲んで寝ている」
兄様は、冷たく私を突き離した。言葉に抑揚も感情もない。アーシャが言った心の傷は、兄様にとって頑丈に蓋をしたものらしい。でも、私はこの気持ちがわかる。投げやりなのだ、生きるということに。
「困ったなぁ」
と言えば、兄様の肩が揺れる。兄様は、明るく優しい。困ったことをなんでも聞いてくれていた。
ここがチャンスだと思った。
「私には剣を相手にしてくれる者がいない。騎士達ばかりでは、体格差がありすぎて、成長の度合いが測れません」
と言えば、
「学友を用意されているだろう」
「全員断りました。みんな私の悪口を言うからです」
と言えば、また少し後退りをして、肩が揺れた。
「悪かった。エリオンを寄越す」
と言われたが、
「嫌です。兄様が相手をしてください。あの恐怖を一緒に体験した兄様なら、信じられます」
「体験したからこそ、カイルの傷を見て普通じゃいられない」
「普通?私だって傷つきましたよ。兄様のせいにもした。兄様を庇わなければって思っていたよ。でもね、さっきいないって言ったけど本当は、私にも学友が一人いるんだ。いや、出来た。心を助けてくれて、私達をあの日助けてくれた友達。村人達は、生きる為に狩猟をして怪我もするし、命懸けだ、傷ぐらい名誉の負傷だと教えてくれた。貴族の世界にそのルールは当てはまらないけど、それでもあそこでは、普通で楽しく暮らせることがわかった。だから私は、大丈夫だよ。学友に頼まれたのです私は、フランツ王子様も助けてあげてと、だから何度でも兄様にしがみついていくよ。約束だから、兄様に寄り添えるのは、私だけだから」
「カイル、何言っているんだ。少しもわからないよ」
「同じ怖い体験したんだ、悪夢だって見るし、震える。苦しいけど、生きている以上、私達は強くならないといけない」
「…それもカイルの学友からの助言か」
「あぁ、同じ歳なのに、凄いんだ。賢いと言うのかな、兄様のように勉強ができるわけではなくて、なんて言うか、いつの間にか手のひらで踊らされているような感じ」
「ふん、興味ない」
「兄様、やっと片方だけ眉毛が動きましたね。表情が読めました。少し知りたいのですか?」
「興味ない、失礼する」

「兄様、今日から一緒に勉強することになりました。よろしく」
「カイル王子様、大丈夫ですか?難しいのではありませんか?」
「エリオンか、大丈夫だ。アーシャも歴史には興味があると言っていた。今度会った時教えてあげて驚かそうと思う」
「アーシャと会う約束をされているのですか?」
「いや、してないが、学友だからな。何かの時には呼ぼう」
「学友だから呼んでいいわけないだろう?入り口のチェックは厳しんだ」
「兄様、今日は頬と眉が上がりましたよ。少しずつ頬に血色が戻ってきてますね」
「…今日はここまでだ」

一体、カイルはどうしたんだ。あの傷を隠さなくなった。多方向から、あの変色した傷が気味が悪い、あんなに可愛いかったカイル様じゃないとか聞く。私のせいだ。カイルだって耳にしているから、こないだまで私と目も合わさなかったじゃないか。今もあの傷を見れば、私の身体は膠着する。震える。
あの傷は、私の責任だ。
私が王都にカイルを引っ張っていかなければ。私が警備騎士に騙されなければ、私がもっと周りを見ていれば、盗賊だと気づければ。
私がもっと!
ハァー王妃も言っていたが私の責任は重い。カイルは、死にそうになった、それは事実だ。
私が舐められているから事が起きた。私は、第一王子、しっかりしなければならない。

今日もカイルがどこからか現れた。しつこい。

今日は剣術の練習に突然カイルが参加した。正直、驚いた。あの私の後ばかりついて真似ばかりしていたカイルが、木刀を私に当てた。信じられない。カイルは本当に強くなっている。

カイルの手を見た。皮が剥けていた。努力している証拠だ。悪口や陰口をガツーンとやっつけると言っていたが、本気なのか?
必要以上に話さない、話せないが、一体カイルに何があったんだ。

「エリオン、カイルが…剣術で強くなった、どうしてだ」
何を馬鹿な事をエリオンに聞いているんだ。エリオンとカイルは、ついこの間、歴史の授業に一緒に学び始めた程度。私は何を聞いているんだ。エリオンも驚いているじゃないか。
「何でもない、忘れてくれ」
部屋から出て行こうとすれば、
「恐れながら、フランツ王子。我が従姉妹アーシャ・ドミルトンの影響かと思います。随分とドミルトン男爵領で仲良く遊んでいたそうですし、会話の節々にアーシャの名前が出てきます」
エリオンは、不機嫌だ。何をそんなに。
「カイルとアーシャという従姉妹が仲良くすることがエリオンは気に食わないのか?」
真っ赤な顔で否定するエリオン。
「なんだ、兄様笑っているじゃないか」
いつのまにかカイルがいた。
ハァ、笑っている、感情を読まれるなと散々王妃から忠告を受けた。
「まさか」
「ハハッ兄様自然に笑ってましたよ私の経験上、笑った日は、悪夢を見ません。今日は、きっと薬無しで眠れます」
カイルが言った。
「失礼する」
何を言っているんだカイルは、笑えば悪夢は見ないだと!信じられるか、そんなこと。

鏡に映る私の顔は、生気が抜けているようだ。真っ白に目と鼻と口がある。浮かんでいるようで気味が悪い。
「カイルが気味が悪いだって、私の方がよっぽど気味が悪いじゃないか」
耳に入ってくる陰口は、いつも通りの奴らが、たいした意図もなく私達の心を抉ってくる。奴らは自覚すらない。

奴らはきっと変わらない。

なら、私はどうする?
そうだ、最近のカイルは、生き生きしている。何かに向かってなのか?楽しそうに懸命に剣を振る姿を思い出す。
カイルは私よりずっと強いんだな。

「今日、薬はいらない」
侍女に言うとベッドに入った。
寝れなかったら、それでもいい。カイルの言葉を信じてみた。

すぐに寝つけない。目を閉じれば、エリオンの不機嫌な顔、あいつあんな顔するんだ。飄々と私に意見なんて言わずに後ろに控える。宰相の息子だから私の側にいる。カイルは、剣術を懸命にやるようになって、傷が増えた。事件の傷よりも手の皮の方を気にしているようだ。
「一体なんだっていうんだ」

カイルの言う通り、薬が無くても悪夢を見なかった。
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