靴を落としたらシンデレラになれるらしい

犬野きらり

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王宮(クラードside)

「クラード様、執務もありますが、見習い騎士と同メニューをすることになります。基礎体力や剣だけでなく、掃除、洗濯、馬の世話、武具の手入れなど新人として差別なく行います。フランについては、野営の方に見習い騎士として付いていっていますね。執務がないだけでほぼ同じ内容です」
とにこやかな笑顔で、わざわざ私の執務室で明日からの予定を話すレイヤード公爵。
この執務の量を見て言っているのか!

「騎士団の訓練については事前に説明も受けてわかっております、公爵。シリル様の見送りも無しですか?」
と聞けば、
「はい、簡単な送別会として今日ご家族で夕食を食べ三日後、出発です」

「いくら何でも卒業式から一週間も経ってないぞ。準備だって出来てないだろう、無茶苦茶だ。あまりにも王弟として蔑ろにされすぎだ」

「いえ、準備は、話を受けていただいてからすでに一カ月は経っておられますし、まずはお見合いですから…こちらも陛下がお決めになったこと、そして一年ほどあちらの文化や経営、付き合い方など学ばれて、婚姻は早くても6年後になりますから、何度かお戻りにはなる予定です。それより殿下自身、心を入れ替え律していただかないと。今のあなたに求心力はありませんよ。そして今もある執務、件の令嬢との時間を作るのに先延ばした案件ばかり」
と淡々と言う。

「ハァーー、わかっている。見抜けない間抜け、女の口車にのって校則を変え、令嬢や夫人会からは不信感が強いだったな。毎日毎日苦情がくれば、私だってわかる。ハァーーー、シルベルトは?」

「ああ、我が家の愚息は、公爵領に行きましたよ。あの子が苦手とする姉のマーガレットが待ち構えておりますよ、あちらでは」

「マーガレット嬢は、婚姻され辺境伯で幸せに暮らしているとシルベルトから聞いていたが?」

「ああ、色々聞きつけたようで、妻に手紙が届きまして、二人でどうもやり取りをしたようです。マーガレットはとても今回のこと興味があるようで…
随分と詳しく知りたがっておりますね。セレナ嬢、淫魔、黒魔術と知り合いの学者に調査結果も取り寄せ、医師達ともやり取りしたそうです。口で姉に勝てはしないですし、精神的にガリガリと削られてしまいそうですね。マーガレットは医師として勉強もしましたし、あの子に任せてみようと決断しました。
どちらにせよ今回の件は、精神的に弱かった殿下達全員に責任があるわけですから、まずは身分を捨て一兵卒からというのが陛下の判断ですので、全員死にものぐるいで頑張ってください」

「…ああ、わかっている」
と頷けば、公爵は出て行った。

高く積まれた執務の書類。
手伝ってくれる側近もみんな散り散り。深い溜息を吐いても仕事は減らない。

「人を気にしている場合じゃないか。とにかく、今は目の前のことをこなしていこう」


レイヤード公爵領(シルベルトside)

「姉上、私には、領地経営の財務書類を確認したりしなければいけなくて、お茶を飲んでいる時間はありません。辺境伯の元に帰られた方が…」

「ハァー、シル、私聞いたのだけど、セレナという女生徒の手中に落ちたそうね。王太子殿下の側近でもあり、公爵家の嫡男のあなたが!」

「それは…」

「あら。言い訳?側近が落とされたら王太子殿下は盾を失うわね。誰が悪かったのかしら?誰がこの件の戦犯かしら?」

「それは…」
冷や汗が止まらない。

「なんてね、シル、姉として私は、あなたと一緒に語らいたいだけなのよね~。
何でも正気に戻るきっかけが、靴に付いた血だの匂いだの言っていたって、医師の資格を持つ私には興味深い話なの。色々結果を取り寄せて、匂いに深く感じるなんて変態みたいよね…
実際の所はどうなの、私にわかりやすく説明してちょうだい」
威圧感を出されている。

「えっ!?説明ですか」

「そうよ、あなたの口から直接聞きたいわ」
引く気はない…な、姉上は。

ハァーー
「…セレナの黒魔術で頭と心が支配されて」

「はい、嘘よね、淫魔でしょう!もう一度最初から!」

「姉上、勘弁を!」
と言っても、姉の目は、マジだ。
これは何だ、拷問か。

「セレナが淫魔で頭と心を支配されて」

「どうやって支配されたの?具体的に!」

「えっ、待ってください姉上、それは」

「姉に言えない恥ずかしいことしたの?結構責任ある立場のシルベルトが?自分で自分のした事を言葉にしなさい、言えないぐらい恥ずかしいことしたわけ?それなら今後あなたは自分のすることを言葉にしなさい、いくらでも聞いたあげるわ、私はあなたの姉だからね。勿論私は検査や調査の結果は知っています。嘘を吐いたらわかるから。それにここから逃げているようでは、あなたは全く変わらない、また失敗するのではないかしら?さあ、説明を」

姉上は私を追い込む。

「セレナが淫魔で粘膜交換すると、彼女に頭も心も支配されるという状態、私の場合は随分と視野が狭かったと思います。あの頃の記憶が今でも曖昧でぼんやり、それなのにセレナへの情欲だけは高い状態でした」

「粘膜交換って具体的には?」

「…キスを三回ほど」
「へぇ~、舌を絡めて交換したのね、シルベルトが。へぇ~一回でどのぐらいしたの?」

「数えてませんよ、セレナが舌を絡ませてきたとしか」

「そう、随分とご令嬢に良いようにされたってわけね、続けて」

「助けてくれたのが、階段から靴擦れを起こした女生徒が落とした靴が当たって、まず匂いがして、何か全身に巡る風的な異変を感じて血の部分を触ったら熱く視界がクリアになって」

「待って、そこね。一番最初に感じたのは、匂いなの?何の?」

「えっ、そうですね、何の匂い?靴ですかね」

「へぇ、靴の匂いで…具体的にはどんな匂い、皮?」

「えっ!」
あぁ逃がさない目をしている。

「靴じゃなかったかも…血でしょうか?」

「血ね?では、私がここで例えば針で刺したら、シルベルトは匂いがするの?」
と聞かれた。

血の匂いはするだろう、多分。
「はい」
と答えると

「では、実験をしてみましょう。針を持ってきて」

「姉上、やめてください。そんなこと」

「そんなことですって!ここが重要なのよ。あなたの中で思い込みや刷り込みが出来上がっている可能性が高いのよ」

「血、そうじゃないかも…その女生徒の足の匂いがした気がするんです!それが最初に解放してくれた気がする」

「そう、それは思い込みじゃなくて?」

「姉上は何を言っているのですか?」

「シルベルト、匂いと言ったのはあなただけだそうね。みんな淫魔からの解放は血だったと報告を受けたわ、よく考えて、あの時どういう状況だったの?あなたは思い込みや刷り込みを受けてない?だってそんな一瞬で足の匂いなんてするかしら?…ただの変態よ、今のあなた…父様も母様も心配しているのよ、勿論使用人から報告を受けていて母様なんて、あなたが靴に対して異常性があるのではないかと心配しているわ。今までそんなことはなかったでしょう。あの日を境に変態になった自覚はある?」



「…あぁ、あります。性的にちょっと足が…」
と言えば、姉上はめちゃくちゃ嫌な顔を私に一度見せてから、深い溜息をついた。

「もう一度よく考えて、あの時の状況、靴があなたを解放するきっかけだったのはわかったけど、それはどうして?これは医師として聞いているの?思い出して、考えて」

「ハイヒールが上から落ちてきて、しゃがみこむぐらい痛かった。あの時、視覚は涙が浮かんでぼやけていて、見えなかった。痛みが強くて、五感が機能したのは、耳、鼻、口…で階段を降りて来て」

「そう、痛みによって遮られた情報を得ようと、耳や鼻は人の気配を察知するのに敏感になっていたのかも」

「確かに、次に…」

最初からまた説明した。

「シルベルト、あなたが納得するまで毎日この時間は続きます。明日はもっときちんと説明出来るように」



この姉上との質問と答えるを毎日毎日繰り返された。
毎日蒸し返されるダメージ部分を何度も何度も説明していく。
精神は削られ、でもだんだんと冷静になってあの日を、振り返るようになった。

「あの時、痛みと視界は涙で歪んで女生徒の顔は見えなかった。匂いは、誰かの気配を探ろうとして、血は精神干渉を解呪してくれた時の熱を感じて、目の前に立った女生徒は黒のタイツを履いてなくて真っ白な足を曝け出していた。頭の中で葛藤していました。理解が追いつかない中、視覚は涙と白い足、嗅覚と触覚が熱さと解放される勢いにのまれる感覚」

「そうね、だいぶ変態からまともに説明できるようになったわね、始めの頃なんて酷かったわ、美味しそうだの真っ白な滑らかな肌とか言っちゃって…
確かにあの日救われたのかも知れないけど、靴や足に救われたわけじゃないのよ。血に触れることによってよ。随分と気持ち悪くその日を印象付けていたから、どんどんそちらの思いに引っ張られたんじゃないの?真実は形を変えるわ、自分の都合のいい記憶として、覚えておいてシルベルト」

「はい姉上、ありがとうございます」
と言えば、
「本当に母様に心配かけないでよね」
と思いっきり肩を叩かれた。

「流石姉上、力がお強い」

「そういう余計なことは黙っているのが紳士でしょうが!一言多い、飲み込め!」
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