靴を落としたらシンデレラになれるらしい

犬野きらり

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35元婚約者(セオルド)

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シルベルト様がいなくなり一眠りしていると、部屋の中で先生と男性の声がした。
ゆっくり話す男性の声は聞いたことがある口調だ。この人は、上手く相手の言葉を汲んでいるようで誘導しているような…

「ティアラさんは眠っているのよ、また後で来たらどうかしら?」

「確かにそうですね。ただ婚約者としては心配なんです。先生。どうして彼女がそんな場面に遭遇しなきゃいけなかったのかと。彼女の心の傷をもし話して楽になるなら…先生にも話せないことがあったならと心配しています」

「そう、ね。婚約者なら付き合いも長いわね」

婚約者?
誰の…

薄いカーテンの隙間から見えたのは、セオルド様…何故ここに?
今、卒業パーティー中のはず、だからシルベルト様は出て行かれた。

どうして彼は私がここにいることも、そんな場面に遭遇って何故知っているの?

あの場にいたの?

なんで?

一つの考えが浮かんだ。
もしかして、セオルド様が今回の件関わっていたりする?
まさか…そんなに恨まれていたとか。考えなくても割に合わない婚約で、破棄した今、お金をただ我が家に貢いだ家になった状態だ…

少し前から、何度かこちらを見ていたような…記憶がある。

突然の婚約破棄じゃない限り、私のしてきたことを省みることもなかった…
何もしてあげてないもの、私に文句だって言いたいだろうし、それにきちんと彼と向き合わなかった。

震えてくるのは、傷つけられる怖さ?それとも言われる言葉の辛辣さ?ただ身体が何かを感じて震える。

私もしっかり向き合わないといけない。自分の後悔に…謝って、それから?
わからないけど、まず謝ろう!
ベッドの周りの薄いカーテンを開ける。

「あぁ、ティアラ!無事だったんだね!安心したよ」

第一声が怒鳴られると思っていたので拍子抜けだった。
私の勘違い?
でも、この人こんなに胡散臭く笑う人だったかしら?何か変な感じ。

「どうして、ここに?」
思わず出た言葉。
私ったらまず謝ろうって決めていて開けたのに、何故そんなことを聞いたのかしら?身体が勝手に身構える。

「あぁ、さっきシルベルト様に会ってね、ティアラを運んだと聞いて、居ても立っても居られなくて来てしまったよ。あぁ、馬車壊れたんだろう。安心していい、私が送るよ」

そう言ったセオルド様は、歪んだような笑顔を見せた。私にはそんな風に見えた。セオルド様ってこんな顔だったかしら?

何故馬車が壊れた事を知っているのだろう。今、聞いた?そんな細かな事まで?確かに同じ学年だけど、公爵令息と伯爵令息が気軽に話す関係とは思えない…

あの方は、生徒会メンバーと仲が良くて…
私を誰にも触らせないように貴重品のように抱えられて…
さっきの事を思い出して頬が熱くなる。あんな事されるなんて。


「ティアラ?」

「あのセオルド様わざわざお越しくださりありがとうございます。しかし私は大丈夫ですので、卒業パーティーにお戻りください」
と言えば、歪んだ笑顔のまま、
「良かったよ!ティアラ、大丈夫そうなんだね。何言っているんだ、パートナーの君がいなければ意味がないよ。少し話は出来るかい?婚約者同士の大切な話があるんだ」
と言われた。

元婚約者だよ。
卒業パーティーのパートナーじゃないでしょう!

言っていいのかなぁ、なんか婚約者を強調しているのがとても怖い。
更に身構えて、身体が強張る。

何か変だわ。セオルド様が凄く変。

「まだ足が痛いので後日ではいかがでしょう?」
ここには先生がいる。少し安心だけど、彼の主張する婚約者の言葉を否定するのは、先生の目もあって嘘を暴くみたいで可哀想な気がした。そしてこれまでの引け目みたいなものが、彼を否定出来ない。何故そんなことをいうのかは、わからないけど。

イリーネ様に誤解されない為?それなら逆効果な気がする…

「ティアラ、すまない。少しでいいんだ。私も時間がなくて…頼むよ、ね」
笑顔は崩していないけど、かなり目が語っている。逃がさないと。

卒業パーティーよりも大事な話?
違和感は警報が鳴り響くぐらいですよ。

「ここでは?」
と妥協案を提示してみた。

「頼む、その…内緒事なんだ」

こんなに引き下がらないセオルド様は初めてだった。いつもダンスは一曲、淡白に最低限の触れ合いや会話のみ。あんな歪んだ笑顔も初めて見た。
わざと作った笑顔…
いつも淡々としていたイメージがあるこの二年間。

何だろう、凄く嫌な感じ。もしかして彼の後ろには、イリーネ様やカミューラ様がいるのかも…
セオルド様は今まで内緒事なんて言った事は無い。
その二人に脅されているとか…

ユリアーノ先輩の件もある。もしかしてセオルド様も何か事情があって、困っているのかも。

どうしよう。

…謝ったら許してくれるだろうか?
そんなことを思っていた。
そして一向に退く様子を見せないセオルド様に折れた。

「わかりました。先生すみません。少し場所を変えて話してきます。すぐ戻りますから…」
シルベルト様には心配しないでと伝えて下さい、、、
と言おうとしていた。
あの方が絶対戻ってくるなんて、確信はないし、私達はそんな信頼関係もない。
今日は、たまたま助けてもらっただけの間柄。

何考えているのよ、私は。

「ええ、わかったわ」
先生はそれほど私達のやり取りに興味はなかったようで、こちらを見てもいなかった。

まだ痛みはあるけど、腫れが引いてきたのか引きずって歩くことはなかった。

「セオルド様、隣の教室でよろしいのでは?今日は皆様パーティーに行かれていないですよ」
と聞くと、
「うん?中庭で話したい。いつもミンネ子爵令嬢達とお昼を食べたりしているだろう。解放的な場所の方が話せると思う。ティアラとはちゃんと本音で話したいんだ。最後のお願いだよ。今まで私から何かを強請ったことはないだろう?ビルド家にお金を強請られても」

わかっていた事だったけど、こうも直に言われるなんて…思わず唾を飲みこんだ。

「失礼しました。セオルド様の仰る通りです」
顔も身体も強張った。
借金の肩代わりをしてもらった事は知っている。しかし今まで彼からお金の話を言われた事はなかった。最初に両親にこの婚約の話を聞かされた時、嫌ならやめてもいいと言われたのに頷いたのも私。人畜無害、どこかでそう思って侮っていたのかもしれない。

お父様がブリジット家とどんな風に契約していたのかもわからない。私はまた一人で付いていって失敗したのだろうか。
『怖い』
が私の身体に押し寄せる。

それが動きに出たのだろうか?

「フフ、ティアラ、この私が怖い?歩幅が小さく遅くなっているよ…そんな風に感情を見せるなんて珍しいね。あぁ怯えた目をしているな。
本当にきちんと話したいだけなんだよ。二人で…」
手を差し出された。まるでダンスを今から踊るみたいに。セオルド様は、何か楽しいようで満面の笑顔になっていた。

「その手はイリーネ様に向けて下さい」
私は、セオルド様の手は取らなかった。

「フフ、釣れないな。ここでいいな。この中庭でよくティアラは昼食を食べて、その後、ミンネ嬢達と別れて図書室に行っているよね。今、お気に入りの本は歌劇や演劇の題材になっている原作、劇を見に行く周りの令嬢と話がついていけないから読んでいるのかい?誘ってくれれば見に行ったのに…」
機嫌良く軽やかに話される。

「何故そんなことを…」
私はこの人をやっぱり勘違いしている。心がこの人を怖いと叫ぶ。
駄目だ、何か変!

距離を、取らなければ。

私が後ろに一歩退いた。それを見たセオルド様は、急に苦しそうに私に手を伸ばしながら、
「君は一度も私に甘えない…アクセサリーが欲しいともドレスが欲しいとも化粧品、髪飾り、何も言わない。ケーキが食べたいとも劇を見に行きたいとも言ったことがない。私は何?紙の上の婚約者?君にとって何?」

いつもの顔でもない。酷く苦しそうな顔をしていた。ただ私から視線を外さない。


「それは、借金の肩代わりをしてくれて、それ以上を望むのは申し訳ないと」

「何が、フッ、私と婚約破棄して随分と羽振りが良いようじゃないか?オーダーメイドの靴を何足も作ってシルベルト様に贈ってもらって。やっぱり公爵家には甘えられる?伯爵位を馬鹿にしていたわけか?」

大きな声が痛くて怖い。

グッと手に力を入れた。
「まさかそんな風に一度も思ったことはありません!セオルド様には感謝しかありません。私が無理せずありのままで過ごさせていただけた二年間なのですから。後悔ばかりでした。セオルド様に気も遣わず失礼ばかりで考えることも放棄していた私で恥ずかしかった。だから心から詫びたかったんです。最低な婚約者でごめんなさいと」


すると顔を振った。
そしてまた私に手を伸ばす。
逃げろと頭からの指令があるのに、震える足が動かない。
「違う、違うんだ。私は、私は詫びて欲しいのではなくて、ティアラ、君に甘えて、私を頼って欲し…」
「ティアラ嬢、どこだ!どこにいる!返事を」

何ごと?そんな切羽詰まりで呼ばれるなんて。思わず、
「えっ、はい、ここにいます!!」
と言った?

この声のおかげで震えが止まり、私は後ろに一歩退くことができた。
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