靴を落としたらシンデレラになれるらしい

犬野きらり

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家に帰宅すれば、
「ティアラ様、洗濯物を寄せてください」
とメイドに言われ、制服のままに裏庭にまわる。
弟のガッドとお父様が剣の稽古をしていた。
「今帰りか。もうそんな時刻か、執務に戻らなけばな」
と何か言い訳がましく私に告げてから家の中に入って行く。

別に仕事をしていないなんて思っていないけどね。
私だって、家計の厳しい所、学園に通わせてもらっているわけだから、まぁあの時はセオルド様の手前があったわけだけど。
本来なら私も従姉妹達のようにどこかの貴族の侍女になって行儀見習いをすれば給金も入って学園の費用もかからないわけだけど…。

「無理して行かなくても良いのにな…」

学園を卒業すれば、王宮に女官としての採用試験を受けれる道もあるけど、最近の巻き込まれる件について気が重くなった。
勉強よりもやはり縁探しが多い状況で、これからがむしゃらに勉強するべきなのかしら?

「本当に私、あの婚約に甘えて過ごして、靴を盗られて私も誰かにいい気味だと喜ばれているのかもしれない…」

同じ学園に通っているはずのセオルド様とは、全く会わない。避けているわけではないが学年が違うだけでこんなに会わないものなのかと思う。
考えてみれば、不思議だった。

それも気付いたのが婚約破棄されてからというね。

「本当に何も考えていなかったのね、私。酷い婚約者だったわ。可愛さのカケラもない。会いに行きもしない、必要不可欠な時だけなんて利用した…ハァ~あざといだの利用しているだの…悪意をぶつけられて悔しい、な。でも言い返せない」

呟いたのは、夕暮れの空。
消えそうで消えない心の棘のように残る罪悪感。

籠いっぱいの洗濯物は、空気が冷たいせいかひんやりしている。それは私により一層自分自身が駄目な人間に感じさせた。

「お嬢様、ありがとうございます。私が畳んでおきますね」
とメイドが籠を持って行った。
何となく手持ち無沙汰になり、寂しくて誰かに抱きしめて欲しくなってしまった。

私を見ている小さな瞳に思わず縋りつくように抱きしめた。
「お姉様痛いです。どうかされたのですか?」
こんな小さい弟に心配されるなんて駄目な子過ぎるわ…
「ありがとう、ガッド。おかげで元気出たわ。なんか最近積み重なった運の悪さに心が折れそうでね、でも姉様頑張るわ」
と言ってガッドを離した。

人の温もりって暖かい。

「お姉様?」
「気にしないで、着替えてくるわね」
と自部屋に向かった。


はあーーーー
今日も色々あった。
はあーーーー
長い溜息だって出るよね。

とりあえず、明日の朝にミンネ達やブランカ先輩に落とし靴の姫になった事を話して、パートナーじゃなくて白いハイヒールが副賞だと説明して、御礼だの恩人だのは有耶無耶にして、お茶会の日程と場所を決めて…

靴屋さんに行って、さっさと新しい靴をもらって終了しましょう。



翌日、私が一歩教室に入ると静まった。先程まで賑やかな声が聞こえていたのに。
嫌な間だ。たぶん早耳の人がいて、すでに情報公開という噂を、落とし靴の姫が誰になったか知っているんだろうな。

『何故私が』ってところだろうな。

「みんな、おはよう。昨日、生徒会室でアンケート答えたりして、私が最初に指定されていたキーワードを言ったら落とし靴の姫になったわ。副賞は白いハイヒールですって」
と私には珍しくハイテンションで言ってみた。

「凄いじゃない、ティア!」
とミンネが言ってくれた。
遠慮がちに周りの様子を見ながら…
教室内でもリアクションはばらばらだった。

教室の片隅ではやっぱり私に対して批判的な事を言う声も聞こえた。

そちらは見ない!
他の女生徒からも、
「副賞って、パートナーじゃなかったの?」
サマリアさんみたいな事を言われた。

みんな『そこ』が重要なポイントだったんだな。
まだ私に聞いてくれるだけ暖かいわ。
色々黙っていると余計に仲間内から誤解されてしまうことは理解出来たので、
「パートナーじゃないけどログワット様のご紹介の靴屋で白いハイヒールを頂けるのよ。昨日喜んでしまったわ」
と言えば、何故か安心したかのように、またなんやかんやと和気藹々と言葉が飛び交った。
『ログワット様』の靴屋という点が羨ましいけど妬むまでではないらしい…

女子のお洒落とかブランド意識がよくわからない。

なんとか教室内での雰囲気は保てたみたいでホッとした。
最近気を使うことばかりで嫌になってしまうのに引き攣りながらも笑っている私が、事勿れ主義だなと自分に呆れていた。

次は被害者の会に報告だわ、フゥー全く、何故私がこんな羽目にあっているのか、靴擦れを我慢してパーティー終了後すぐに帰れば良かっただけ。
そう言い聞かせていた。

油断するとセレナさんを恨みそうだから。結局証拠はない。


諦めてブランカ先輩の元へ行き、
「この度は、イベントの姫様に選ばれました」
と言えば、大層驚かれて、
「えぇ!?ティアラ様が…
やっぱり、侯爵令嬢だからかしら?パートナーの話は?もしかして婚約者の話とか来ているのかしら?」

へ?
やっぱり階級的な噂か
何故婚約者…


「ブランカ先輩、話している内容がわかりませんわ」
と聞くと、

ブランカ先輩は小声で
「私は、王太子殿下や公爵令息、シリル殿下以外の生徒会メンバーとは、同学年でしょう。話題になっているのよ、つぎの婚約者は誰かって。勿論みんな高位貴族だから早く決めなければいけないけど元婚約者も同学年の状態だったからね、色々横の関係はすでに出来ているの。ましてお相手レベルになる高位貴族になれば、その数は限られていて、なら同学年外で見つける方が、夫人会のグループや殿下達もセレナさんとの関係をそんな知られていない…まぁゴタゴタ話的なアレを詰められないで済むという点で、そんな噂話が出ているのよ。そこで一年の高位貴族が選ばれたら、それは噂に拍車をかけるわけよ」

はあ?
そんな噂話があったなんて…

パートナーから婚約者の打診じゃないかとみんな疑っていたということ…
その真相を聞きたかったようだ。だから同じ侯爵位のログワット様の靴屋を紹介されたという話は、夢物語よりも現実的だったのかしら。不思議ね、ログワット様なら、ありえないけど婚約者として許されるのかしら?

「みんなの感覚がよくわかりませんわ」
と呟けば、
「なんだかんだ結局、令嬢はみんなお姫様を夢を見るってことよ!王太子殿下のパートナーになったと聞けば、かなり意地悪されたかもしれないわね」
とサラッと恐ろしい事を言われた。

「そんなに王太子殿下のファンっていらっしゃるのですか?」
と聞けば、
「まぁ、ティアラ様はご覧になってあまり感じませんか?間近で見れば卒倒するほどのイケメンじゃありませんか?もちろん勉学、剣、何をされても一流、あの方と婚姻すれば、ご婦人方の頂点に立つわけでしょう!夢じゃありませんか?」

「イケメンは確かに思います。凄いなぁ的な感じもして緊張します、ご婦人方の頂点に立ちたいとは思いませんね」
と答えた。

だから、そんな言いがかりな噂は消えて欲しいと願ってしまう。

「でも一年生には僻まれてしまうのではないかしらね。生徒会メンバーとの交流が持てる称号が手に入ったのだから」
と言われ、
「サマリアさんが、怖いですね」
とボソッと言った。

「まぁ、そうなの!興味があるわ。一年生女生徒の戦いね。恋に障害はつきものよ、ティアラ様。お相手は誰?学園新聞で紹介させてくださいな」
と笑っている。

「笑いごとじゃないんですよ、当事者は。副賞の件でしつこかったですからね。ログワット様の靴屋で白のハイヒールをプレゼントされると聞いてどこまで納得してくれたのやら…」

「そう」
と言葉は言うが、私を見ずに走り書きのメモを取っているブランカ先輩。

「やめて下さいよ、学園新聞に書くのは!余計なトラブルは困ります」

「新たなネタいいえ情報はお茶会の戦術でしょうよ、ティアラ様!私達は新たな戦地に飛び込む若人ですわ。手札はたくさんある方が贔屓にされるわよ」

「ご令嬢の情報交換の場とは習っておりますが、私自身がネタにされるのは違いますわ!」
と言えば、

「確かに私が面白おかしく言われるのは聞くに耐えられませんわね」
と納得してくれたのかと思えば、
「しかし、この話は今話題のネタ。それを当事者から聞けるというのはかなりの純度の高いネタじゃないですか。求めらるのよね~」

ブランカ先輩ったら酷いわ…

「では、お茶会の話に変えさせてください。私、招待客をこの学園の警備員のクランさんにお願いしたいと思っております。お二人のご希望通り年上でイケメンです」
と言えば、
「警備員さんですか…まぁ、初めてですから緊張しない方がよろしいですわね」
と急に上から目線のような…

「では、月末の木の日の放課後にしましょう。金の日より学園のサロンの空きがあるそうなの。予約を入れるわ。サマリアさんは無反応だから、欠席ね」
と言うブランカ先輩。情報を満遍なく収集しているのが窺えた。

「はい、ではお伝えします」
と一礼してやっと報告が終わったと安心した。
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