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11。皇帝一家とご対面
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ドレスのデザインだけは素敵だった。
夜空に瞬く星々を思わせる、深い静寂の中で輝く宝石のような色合いで、私の肌を柔らかく包み込んでいる。
シルクの生地は光を受けて淡い光沢を放ち、歩を進めるたびに流れる水のようにしなやかに揺れた。その裾には微かな銀糸が織り込まれていて、まるで月明かりが波紋のように広がっているかのように美しい。
「リンネア様、とてもお似合いです」
侍女たちが満足そうに頷いているが、こちらは息をするのに精いっぱいでそれどころではなかった。
「では次はアクセサリーとお履き物と、お化粧と……」
「まだあるの~!?」
――ここでぶっ倒れなかった私を、誰か褒めて。
その後、どこかのお姫様みたいな装いに仕上がったリンネアは、祝賀会が開かれるという大広間に向かっていた。
王族や彼らに招待された限られた人しか入れないというバルコニー席があるというので、そちらを目指し、衛兵に案内されている。
ただでさえ裾の長いドレスは足元が見えなくて不安なのに、その足には踵の高い靴を履かされていた。リンネアはぬいぐるみを片手で抱きながら、もう片方の手でドレスの裾を摘まみ、エリダと共にひたすら慎重に長い通路を歩いているのだ。
「リンネア様、お着きになりましたよ。皆様お揃いのようです」
エリダに言われて顔を上げると、通路の先に、数人が立っていた。
一人は会ったばかりなのですぐにわかる、あの冷血皇帝ラーシュだ。
黒を基調とした詰襟の礼服を身に着け、黄金の勲章がついた深紅のサッシュをかけている。緻密な金の刺繍が施された光沢のある濃紺のマントは床につくほど長く、謁見室で会った時よりも皇皇《きらきら》しい。
冷たい印象は受けるが、たしかに見目麗しい。これで優しい言葉を紡いでくれたら冷血皇帝などとは呼ばれないだろうに。
彼のそばには壮年の男女と、背の高い青年と利発そうな若い女性。こちらを見ている全員から発せられるオーラが眩しくて、リンネアは怯んでしまう。
「我々を待たせるとはいい度胸だな」
ラーシュから凍てつく言葉が飛び出すが、こちらも好きで遅れたわけではない。
「まさか、こんな格好をさせられるとは思っていなかったので」
リンネアは彼の目の前までやってくると、ひきつった笑いを浮かべた。
「まあ。お兄様に言い返す人なんて初めて見たわ」
若い女性は金色の長い睫毛の乗った目をぱちぱちと瞬いた。
リンネアよりも年下に見えるが、今「お兄様」と言ったということは、彼女は彼の妹、そして皇女ということだ。そして、たぶん他の者も彼の家族なのだろう。
「あなたが、聖剣を抜いた乙女か。あれ、聖剣は持ってきていないの?」
ラーシュの後ろに立っている色素の薄い金髪の青年が、きょとんと目を丸くする。
リンネアはぎくりとした。しかし彼女が言い訳を考えるより先に、別の人物が口を開く。
「お前たち、名前も名乗らずに無礼だぞ」
白髪交じりの壮年の男性が二人をたしなめてからこちらを向き、目尻にしわを浮かべて握手を求めてきた。
「失礼した、聖剣を抜きし乙女よ。私はハーラル・ウルリク・フロド・ヴァロケイハス。ラーシュの父だ」
「は、はじめまして……リンネア・ライネです」
畏れ多いと思いながらも、リンネアはおずおずとそれに応じる。
ラーシュの父――すなわち先代の皇帝。堂々たる雰囲気は陛下に負けていない。
リンネアは小さく震えた。
「リンネアさん。私がラーシュの母のイングリッドよ。こちらはラーシュの弟のアスゲイルと妹のユーリア。あなたのご家族は? 一人で皇妃選定の儀にいらしたの?」
イングリッドは声も雰囲気も温かいのでほっとした。
「家族はいません。私一人です。ファルクス村から半月前に出てきて、たまたま今日ここでお祭りをやっていると聞いて参加しました」
そう答えるとイングリッドは目を瞠って、ハーラルと顔を見合わせていた。
「偶然? 運命? 惹かれ合う二人……ってこと?」
きゃあっと小さく悲鳴を上げたのはユーリアだ。
年の頃は村長の孫娘と同じくらいだろうか。なかなか元気のある女性だ。
「たまたまか、やはりあなたは特別なのかもね。そのぬいぐるみも」
アスゲイルに指摘されて、リンネアは慌てて深紅の焔獣を両腕で抱きしめた。
「もうそろそろいいだろう? 皆を待たせている」
ラーシュはため息交じりに会話を遮る。
――はいはい、そうでした。私が遅れてきたせいですね。
リンネアはじとりと不満そうにラーシュを睨んだ。
「では、参ろうか」
ハーラルがそばにいた侍従に声をかけると、扉の前に立っていた二人の衛兵が厚みのある大きな扉を両方から開いた。
途端に中から盛大なファンファーレが鳴り響き、リンネアはびくっと肩を震わせる。
「リンネア様。わたくしは大広間の方で待機しておりますね。のちほどまた」
そう言って後ろの控えていたエリダが深く頭を下げて行ってしまう。
残されたのは皇帝一家と田舎娘だけ。不安しかない。
侍従が高らかに王族の入場を宣言し、彼らは順に進んでいった。
夜空に瞬く星々を思わせる、深い静寂の中で輝く宝石のような色合いで、私の肌を柔らかく包み込んでいる。
シルクの生地は光を受けて淡い光沢を放ち、歩を進めるたびに流れる水のようにしなやかに揺れた。その裾には微かな銀糸が織り込まれていて、まるで月明かりが波紋のように広がっているかのように美しい。
「リンネア様、とてもお似合いです」
侍女たちが満足そうに頷いているが、こちらは息をするのに精いっぱいでそれどころではなかった。
「では次はアクセサリーとお履き物と、お化粧と……」
「まだあるの~!?」
――ここでぶっ倒れなかった私を、誰か褒めて。
その後、どこかのお姫様みたいな装いに仕上がったリンネアは、祝賀会が開かれるという大広間に向かっていた。
王族や彼らに招待された限られた人しか入れないというバルコニー席があるというので、そちらを目指し、衛兵に案内されている。
ただでさえ裾の長いドレスは足元が見えなくて不安なのに、その足には踵の高い靴を履かされていた。リンネアはぬいぐるみを片手で抱きながら、もう片方の手でドレスの裾を摘まみ、エリダと共にひたすら慎重に長い通路を歩いているのだ。
「リンネア様、お着きになりましたよ。皆様お揃いのようです」
エリダに言われて顔を上げると、通路の先に、数人が立っていた。
一人は会ったばかりなのですぐにわかる、あの冷血皇帝ラーシュだ。
黒を基調とした詰襟の礼服を身に着け、黄金の勲章がついた深紅のサッシュをかけている。緻密な金の刺繍が施された光沢のある濃紺のマントは床につくほど長く、謁見室で会った時よりも皇皇《きらきら》しい。
冷たい印象は受けるが、たしかに見目麗しい。これで優しい言葉を紡いでくれたら冷血皇帝などとは呼ばれないだろうに。
彼のそばには壮年の男女と、背の高い青年と利発そうな若い女性。こちらを見ている全員から発せられるオーラが眩しくて、リンネアは怯んでしまう。
「我々を待たせるとはいい度胸だな」
ラーシュから凍てつく言葉が飛び出すが、こちらも好きで遅れたわけではない。
「まさか、こんな格好をさせられるとは思っていなかったので」
リンネアは彼の目の前までやってくると、ひきつった笑いを浮かべた。
「まあ。お兄様に言い返す人なんて初めて見たわ」
若い女性は金色の長い睫毛の乗った目をぱちぱちと瞬いた。
リンネアよりも年下に見えるが、今「お兄様」と言ったということは、彼女は彼の妹、そして皇女ということだ。そして、たぶん他の者も彼の家族なのだろう。
「あなたが、聖剣を抜いた乙女か。あれ、聖剣は持ってきていないの?」
ラーシュの後ろに立っている色素の薄い金髪の青年が、きょとんと目を丸くする。
リンネアはぎくりとした。しかし彼女が言い訳を考えるより先に、別の人物が口を開く。
「お前たち、名前も名乗らずに無礼だぞ」
白髪交じりの壮年の男性が二人をたしなめてからこちらを向き、目尻にしわを浮かべて握手を求めてきた。
「失礼した、聖剣を抜きし乙女よ。私はハーラル・ウルリク・フロド・ヴァロケイハス。ラーシュの父だ」
「は、はじめまして……リンネア・ライネです」
畏れ多いと思いながらも、リンネアはおずおずとそれに応じる。
ラーシュの父――すなわち先代の皇帝。堂々たる雰囲気は陛下に負けていない。
リンネアは小さく震えた。
「リンネアさん。私がラーシュの母のイングリッドよ。こちらはラーシュの弟のアスゲイルと妹のユーリア。あなたのご家族は? 一人で皇妃選定の儀にいらしたの?」
イングリッドは声も雰囲気も温かいのでほっとした。
「家族はいません。私一人です。ファルクス村から半月前に出てきて、たまたま今日ここでお祭りをやっていると聞いて参加しました」
そう答えるとイングリッドは目を瞠って、ハーラルと顔を見合わせていた。
「偶然? 運命? 惹かれ合う二人……ってこと?」
きゃあっと小さく悲鳴を上げたのはユーリアだ。
年の頃は村長の孫娘と同じくらいだろうか。なかなか元気のある女性だ。
「たまたまか、やはりあなたは特別なのかもね。そのぬいぐるみも」
アスゲイルに指摘されて、リンネアは慌てて深紅の焔獣を両腕で抱きしめた。
「もうそろそろいいだろう? 皆を待たせている」
ラーシュはため息交じりに会話を遮る。
――はいはい、そうでした。私が遅れてきたせいですね。
リンネアはじとりと不満そうにラーシュを睨んだ。
「では、参ろうか」
ハーラルがそばにいた侍従に声をかけると、扉の前に立っていた二人の衛兵が厚みのある大きな扉を両方から開いた。
途端に中から盛大なファンファーレが鳴り響き、リンネアはびくっと肩を震わせる。
「リンネア様。わたくしは大広間の方で待機しておりますね。のちほどまた」
そう言って後ろの控えていたエリダが深く頭を下げて行ってしまう。
残されたのは皇帝一家と田舎娘だけ。不安しかない。
侍従が高らかに王族の入場を宣言し、彼らは順に進んでいった。
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