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第六章
1.手紙
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「君を苦しめる者は誰もいなくなった」
朝日の中、フェザンは深い眠りに落ちているアルエットの柔らかなストロベリーブロンドを指にひと房絡めて掬うとそっと口づけた。
目尻に乾いた涙の跡があり、そこにキスすると微かに瞼が動いたが、覚醒する様子はない。白い肌には赤い花びらのような模様があちこちに散りばめられている。言うまでもなくフェザンの独占欲の印だ。
囚われのアルエットを迎えに行き、恐怖や不安を取り除いてやるだけのつもりだったのに、結局一度や二度だけでは足らず朝まで抱き潰してしまった。
「こんなはずでは……」
しばらくは目を覚ましそうにない彼女を見て、そっと起き上がる。
アルエットが故郷を焼かれ見知らぬ場所まで連れてこられて、疲労困憊だということはわかっていたはずのに、彼女の純粋でいじらしい姿を見たら自制が利かなくなってしまった。
(素直過ぎて天使としか思えない、いや、情欲をかき立てる小悪魔か……どっちでもかわいいに決まっているが)
乱れる彼女の姿を思い出すと、再び熱が籠り始める。
頭を冷やそうと浴室に向かい、床に散らばった衣服を身に着けていると、アルエットのドレスのそばに何か落ちているのを見つけて、それを拾い上げた。
「手紙――?」
宛名を見てハッとする。
「親愛なるセヴランへ……」
思いつきで拝借した名前だったが、案外と気に入っていた。
封を切り、中の文章に目を落とす。
『大好きなセヴラン
あなたはまだミスダールにいるのかしら?
今、私の国はクライノート帝国に侵攻され、何もかも失ってしまいそう。
もう一度あなたに会いたかったけど、難しいかもしれない。
私の名前はリエルではなく、エグマリン国の王女――アルエット・リュシュ・サリアン。
あなたにこの名で呼んでもらいたかった。
毎日星に祈っているの。
もう一度セヴランに会わせてください、セヴランと手を繋いで歩いていける未来をくださいって。
万が一、ここで命が経たれたとしても、私は光となっていつまでもあなたを照らしているわ。
もしも、私を見つけてくれたら抱きしめてほしい。
私の居場所はセヴランの腕の中だから。
壊れるくらい愛して――
私のすべてをあなたに捧げるから。
永遠にセヴランを想っているから。
リエルことアルエットより』
「アルエット……」
愛しさがこみ上げてきて便箋を持つ手が震えた。
離れている間、アルエットを想わない日はなかった。それが彼女も同じ気持ちでいてくれたのだと思うとこれ以上の僥倖はない。
アルエットを救いたかったのもあるが、国をも巻き込んでしまったことが正しかったのかは今はわからない。
だが、後悔はしていない。
帝国を総べるということはそういうことなのかもしれない。正しいのか正しくないのか、いくら考えても答えは出ない。誰かにとっての幸せは誰かにとっての不幸かもしれない。
命を賭して守る価値があるかどうか、フェザンの前にあるのはそれだけだ。
その理屈でいくと、「最前線で戦う覚悟があるか」という父の言葉は正しかったのだろう。
もう傷つかなくていい未来を、いつまでも笑っていてくれる未来をアルエットに約束しよう。
静かに便箋を封筒に戻すと、フェザンは寝室に引き返した。
まだ眠っているアルエットのそばに横になると、彼女が寝返りを打って腕の中にその身を委ねてきた。
「俺の居場所は君の瞳の中だ」
フェザンはアルエットの瞼に口づけを落とし、ぎゅっと抱きしめた。
朝日の中、フェザンは深い眠りに落ちているアルエットの柔らかなストロベリーブロンドを指にひと房絡めて掬うとそっと口づけた。
目尻に乾いた涙の跡があり、そこにキスすると微かに瞼が動いたが、覚醒する様子はない。白い肌には赤い花びらのような模様があちこちに散りばめられている。言うまでもなくフェザンの独占欲の印だ。
囚われのアルエットを迎えに行き、恐怖や不安を取り除いてやるだけのつもりだったのに、結局一度や二度だけでは足らず朝まで抱き潰してしまった。
「こんなはずでは……」
しばらくは目を覚ましそうにない彼女を見て、そっと起き上がる。
アルエットが故郷を焼かれ見知らぬ場所まで連れてこられて、疲労困憊だということはわかっていたはずのに、彼女の純粋でいじらしい姿を見たら自制が利かなくなってしまった。
(素直過ぎて天使としか思えない、いや、情欲をかき立てる小悪魔か……どっちでもかわいいに決まっているが)
乱れる彼女の姿を思い出すと、再び熱が籠り始める。
頭を冷やそうと浴室に向かい、床に散らばった衣服を身に着けていると、アルエットのドレスのそばに何か落ちているのを見つけて、それを拾い上げた。
「手紙――?」
宛名を見てハッとする。
「親愛なるセヴランへ……」
思いつきで拝借した名前だったが、案外と気に入っていた。
封を切り、中の文章に目を落とす。
『大好きなセヴラン
あなたはまだミスダールにいるのかしら?
今、私の国はクライノート帝国に侵攻され、何もかも失ってしまいそう。
もう一度あなたに会いたかったけど、難しいかもしれない。
私の名前はリエルではなく、エグマリン国の王女――アルエット・リュシュ・サリアン。
あなたにこの名で呼んでもらいたかった。
毎日星に祈っているの。
もう一度セヴランに会わせてください、セヴランと手を繋いで歩いていける未来をくださいって。
万が一、ここで命が経たれたとしても、私は光となっていつまでもあなたを照らしているわ。
もしも、私を見つけてくれたら抱きしめてほしい。
私の居場所はセヴランの腕の中だから。
壊れるくらい愛して――
私のすべてをあなたに捧げるから。
永遠にセヴランを想っているから。
リエルことアルエットより』
「アルエット……」
愛しさがこみ上げてきて便箋を持つ手が震えた。
離れている間、アルエットを想わない日はなかった。それが彼女も同じ気持ちでいてくれたのだと思うとこれ以上の僥倖はない。
アルエットを救いたかったのもあるが、国をも巻き込んでしまったことが正しかったのかは今はわからない。
だが、後悔はしていない。
帝国を総べるということはそういうことなのかもしれない。正しいのか正しくないのか、いくら考えても答えは出ない。誰かにとっての幸せは誰かにとっての不幸かもしれない。
命を賭して守る価値があるかどうか、フェザンの前にあるのはそれだけだ。
その理屈でいくと、「最前線で戦う覚悟があるか」という父の言葉は正しかったのだろう。
もう傷つかなくていい未来を、いつまでも笑っていてくれる未来をアルエットに約束しよう。
静かに便箋を封筒に戻すと、フェザンは寝室に引き返した。
まだ眠っているアルエットのそばに横になると、彼女が寝返りを打って腕の中にその身を委ねてきた。
「俺の居場所は君の瞳の中だ」
フェザンはアルエットの瞼に口づけを落とし、ぎゅっと抱きしめた。
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