上 下
20 / 42
第六章

1.手紙

しおりを挟む
「君を苦しめる者は誰もいなくなった」



 朝日の中、フェザンは深い眠りに落ちているアルエットの柔らかなストロベリーブロンドを指にひと房絡めて掬うとそっと口づけた。



 目尻に乾いた涙の跡があり、そこにキスすると微かに瞼が動いたが、覚醒する様子はない。白い肌には赤い花びらのような模様があちこちに散りばめられている。言うまでもなくフェザンの独占欲の印だ。



 囚われのアルエットを迎えに行き、恐怖や不安を取り除いてやるだけのつもりだったのに、結局一度や二度だけでは足らず朝まで抱き潰してしまった。



「こんなはずでは……」



 しばらくは目を覚ましそうにない彼女を見て、そっと起き上がる。





 アルエットが故郷を焼かれ見知らぬ場所まで連れてこられて、疲労困憊だということはわかっていたはずのに、彼女の純粋でいじらしい姿を見たら自制が利かなくなってしまった。 



(素直過ぎて天使としか思えない、いや、情欲をかき立てる小悪魔か……どっちでもかわいいに決まっているが)



 乱れる彼女の姿を思い出すと、再び熱が籠り始める。

 頭を冷やそうと浴室に向かい、床に散らばった衣服を身に着けていると、アルエットのドレスのそばに何か落ちているのを見つけて、それを拾い上げた。



「手紙――?」



 宛名を見てハッとする。



「親愛なるセヴランへ……」



 思いつきで拝借した名前だったが、案外と気に入っていた。

 封を切り、中の文章に目を落とす。



『大好きなセヴラン

 あなたはまだミスダールにいるのかしら?

 今、私の国はクライノート帝国に侵攻され、何もかも失ってしまいそう。

 もう一度あなたに会いたかったけど、難しいかもしれない。

 私の名前はリエルではなく、エグマリン国の王女――アルエット・リュシュ・サリアン。

 あなたにこの名で呼んでもらいたかった。



 毎日星に祈っているの。

 もう一度セヴランに会わせてください、セヴランと手を繋いで歩いていける未来をくださいって。

 万が一、ここで命が経たれたとしても、私は光となっていつまでもあなたを照らしているわ。

 

 もしも、私を見つけてくれたら抱きしめてほしい。

 私の居場所はセヴランの腕の中だから。

 壊れるくらい愛して――

 私のすべてをあなたに捧げるから。

 永遠にセヴランを想っているから。

 リエルことアルエットより』





「アルエット……」



 愛しさがこみ上げてきて便箋を持つ手が震えた。



 離れている間、アルエットを想わない日はなかった。それが彼女も同じ気持ちでいてくれたのだと思うとこれ以上の僥倖はない。



 アルエットを救いたかったのもあるが、国をも巻き込んでしまったことが正しかったのかは今はわからない。



 だが、後悔はしていない。



 帝国を総べるということはそういうことなのかもしれない。正しいのか正しくないのか、いくら考えても答えは出ない。誰かにとっての幸せは誰かにとっての不幸かもしれない。



 命を賭して守る価値があるかどうか、フェザンの前にあるのはそれだけだ。

 その理屈でいくと、「最前線で戦う覚悟があるか」という父の言葉は正しかったのだろう。



 もう傷つかなくていい未来を、いつまでも笑っていてくれる未来をアルエットに約束しよう。

 静かに便箋を封筒に戻すと、フェザンは寝室に引き返した。



 まだ眠っているアルエットのそばに横になると、彼女が寝返りを打って腕の中にその身を委ねてきた。



「俺の居場所は君の瞳の中だ」



 フェザンはアルエットの瞼に口づけを落とし、ぎゅっと抱きしめた。
しおりを挟む
感想 3

あなたにおすすめの小説

後宮の棘

香月みまり
キャラ文芸
蔑ろにされ婚期をのがした25歳皇女がついに輿入り!相手は敵国の禁軍将軍。冷めた姫vs堅物男のチグハグな夫婦は帝国内の騒乱に巻き込まれていく。 ☆完結しました☆ スピンオフ「孤児が皇后陛下と呼ばれるまで」の進捗と合わせて番外編を不定期に公開していきます。 第13回ファンタジー大賞特別賞受賞! ありがとうございました!!

月の後宮~孤高の皇帝の寵姫~

真木
恋愛
新皇帝セルヴィウスが即位の日に閨に引きずり込んだのは、まだ十三歳の皇妹セシルだった。大好きだった兄皇帝の突然の行為に混乱し、心を閉ざすセシル。それから十年後、セシルの心が見えないまま、セルヴィウスはある決断をすることになるのだが……。

逃げて、追われて、捕まって

あみにあ
恋愛
平民に生まれた私には、なぜか生まれる前の記憶があった。 この世界で王妃として生きてきた記憶。 過去の私は貴族社会の頂点に立ち、さながら悪役令嬢のような存在だった。 人を蹴落とし、気に食わない女を断罪し、今思えばひどい令嬢だったと思うわ。 だから今度は平民としての幸せをつかみたい、そう願っていたはずなのに、一体全体どうしてこんな事になってしまたのかしら……。 2020年1月5日より 番外編:続編随時アップ 2020年1月28日より 続編となります第二章スタートです。 **********お知らせ*********** 2020年 1月末 レジーナブックス 様より書籍化します。 それに伴い短編で掲載している以外の話をレンタルと致します。 ご理解ご了承の程、宜しくお願い致します。

【完結】冷酷眼鏡とウワサされる副騎士団長様が、一直線に溺愛してきますっ!

楠結衣
恋愛
触ると人の心の声が聞こえてしまう聖女リリアンは、冷酷と噂の副騎士団長のアルバート様に触ってしまう。 (リリアン嬢、かわいい……。耳も小さくて、かわいい。リリアン嬢の耳、舐めたら甘そうだな……いや寧ろ齧りたい……) 遠くで見かけるだけだったアルバート様の思わぬ声にリリアンは激しく動揺してしまう。きっと聞き間違えだったと結論付けた筈が、聖女の試験で必須な魔物についてアルバート様から勉強を教わることに──! (かわいい、好きです、愛してます) (誰にも見せたくない。執務室から出さなくてもいいですよね?) 二人きりの勉強会。アルバート様に触らないように気をつけているのに、リリアンのうっかりで毎回触れられてしまう。甘すぎる声にリリアンのドキドキが止まらない! ところが、ある日、リリアンはアルバート様の声にうっかり反応してしまう。 (まさか。もしかして、心の声が聞こえている?) リリアンの秘密を知ったアルバート様はどうなる? 二人の恋の結末はどうなっちゃうの?! 心の声が聞こえる聖女リリアンと変態あまあまな声がダダ漏れなアルバート様の、甘すぎるハッピーエンドラブストーリー。 ✳︎表紙イラストは、さらさらしるな。様の作品です。 ✳︎小説家になろうにも投稿しています♪

【完結】うっかり異世界召喚されましたが騎士様が過保護すぎます!

雨宮羽那
恋愛
 いきなり神子様と呼ばれるようになってしまった女子高生×過保護気味な騎士のラブストーリー。 ◇◇◇◇  私、立花葵(たちばなあおい)は普通の高校二年生。  元気よく始業式に向かっていたはずなのに、うっかり神様とぶつかってしまったらしく、異世界へ飛ばされてしまいました!  気がつくと神殿にいた私を『神子様』と呼んで出迎えてくれたのは、爽やかなイケメン騎士様!?  元の世界に戻れるまで騎士様が守ってくれることになったけど……。この騎士様、過保護すぎます!  だけどこの騎士様、何やら秘密があるようで――。 ◇◇◇◇ ※過去に同名タイトルで途中まで連載していましたが、連載再開にあたり設定に大幅変更があったため、加筆どころか書き直してます。 ※アルファポリス先行公開。 ※表紙はAIにより作成したものです。

【完結】愛を知らない伯爵令嬢は執着激重王太子の愛を一身に受ける。

扇 レンナ
恋愛
スパダリ系執着王太子×愛を知らない純情令嬢――婚約破棄から始まる、極上の恋 伯爵令嬢テレジアは小さな頃から両親に《次期公爵閣下の婚約者》という価値しか見出してもらえなかった。 それでもその利用価値に縋っていたテレジアだが、努力も虚しく婚約破棄を突きつけられる。 途方に暮れるテレジアを助けたのは、留学中だったはずの王太子ラインヴァルト。彼は何故かテレジアに「好きだ」と告げて、熱烈に愛してくれる。 その真意が、テレジアにはわからなくて……。 *hotランキング 最高68位ありがとうございます♡ ▼掲載先→ベリーズカフェ、エブリスタ、アルファポリス

愛の重めな黒騎士様に猛愛されて今日も幸せです~追放令嬢はあたたかな檻の中~

二階堂まや
恋愛
令嬢オフェリアはラティスラの第二王子ユリウスと恋仲にあったが、悪事を告発された後婚約破棄を言い渡される。 国外追放となった彼女は、監視のためリアードの王太子サルヴァドールに嫁ぐこととなる。予想に反して、結婚後の生活は幸せなものであった。 そしてある日の昼下がり、サルヴァドールに''昼寝''に誘われ、オフェリアは寝室に向かう。激しく愛された後に彼女は眠りに落ちるが、サルヴァドールは密かにオフェリアに対して、狂おしい程の想いを募らせていた。

【本編完結】副団長様に愛されすぎてヤンデレられるモブは私です。

白霧雪。
恋愛
 王国騎士団副団長直属秘書官――それが、サーシャの肩書きだった。上官で、幼馴染のラインハルトに淡い恋をするサーシャ。だが、ラインハルトに聖女からの釣書が届き、恋を諦めるために辞表を提出する。――が、辞表は目の前で破かれ、ラインハルトの凶悪なまでの愛を知る。

処理中です...