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5.察してください(察した)
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まもなく、衛兵たちがやってきて、ランメルトは王宮の治療室に運ばれた。
そこは緊迫した空気が漂っている。医師たちが必死に手当てをしていたが、毒の影響で効果は見られなかった。
「傷口は縫合しましたが、回復薬を投じても意識が戻りません。呼吸がどんどん弱くなっていきます。相当強い毒のようですね」
王宮の医師たちは首を横に振った。
「そんな……」
アリスは彼の枕もとで、膝をついて涙を零す。
「アリス! あなたが回復薬を作りなさい!」
治療室に飛び込んできたデラニーが必死の形相で彼女を立ち上がらせ、薬草室に連れていった。
「無理よ……昨日の失敗を見たでしょ。デラニーの薬でも効かなかったらもう――」
「違うの! 私……どうしても一位になりたくて、アリスの小瓶に余計な薬草を混ぜたの。声をかけてアリスがよそ見している隙に……」
デラニーは絞り出すように告白する。
「今、なんて……?」
「アリスが頑張ってたのは知ってた。だから私、焦ってて……やっちゃいけないこと、しちゃった。ごめん!」
デラニーは涙ぐんで、薬草室の扉を開けた。
「材料はそろっているわ。心配だったら自分でも確認するといい。アリスの薬なら、もしかしたら……」
彼女が言い終えないうちに、アリスは素早くテーブルの上に目を走らせていた。
それから無言で薬草の調合を始める。材料、正確な量、混ぜる手順、調合の時間、すべては頭の中に入っている。
「ランメルト様、待っていていください」
手際よく調合を始めるアリスの手は震えていたが、絶対にランメルトを助けようと心を奮い立たせた。
彼女は薬を煮詰め、慎重に成分を調整し、全身全霊を込めて調合を続ける。
その過程で、ランメルトとのこれまでの時間を思い出す。彼の優しさ、彼の微笑み、そして自分への想い。アリスの心にあった想いが、薬に込められていく。
ーーランメルト様を失いたくない。
「お願い、この薬が効いて……」
最後に小瓶を握りしめて魔力を込めると、薬はわずかに金を帯びた色に変わった。
――練習の時とも昨日とも色が違う。でもレシピ通りだから自分を信じる!
急いで治療室に向かい、完成した薬をランメルトに飲ませると、彼の呼吸が少しずつ安定し、顔色も徐々に戻ってきた。
「おお……これは……!」
医師や王宮薬草師が目を瞠った。
「ランメルト様……どうか目を開けて……」
アリスは祈るように彼の大きな手を握り締めた。その指先がピクリと動き、彼女はハッと顔を上げる。
周囲の騎士たちが見守る中、ランメルトの目がゆっくりと開き、彼はゆっくりとアリスを見つめた。
「アリス……?」
彼の声が響くと、アリスは安堵の涙を流した。
「よかった……本当に、よかった……!」
ランメルトは彼女の手を優しく握り返し、微笑んだ。
「すまない。君のおかげで、助かった」
その瞳には感謝と愛情が溢れていた。アリスは、彼の無事を確認して胸がいっぱいになり、心の奥底から湧き上がる感情を抑えきれなかった。
「私、あなたのことが……本当に……」
言葉が詰まったが、ランメルトは優しく彼女の頬に触れた。
「俺も、君を大切に思っているよ」
周囲も二人のやりとりに感動してもらい泣きしている。
「よかったですねえ、ランメルト様」
ぐすぐすと泣き笑いしているのはリュカだった。
「ランメルト様。このブレスレットのご令嬢のために頑張って回復してくださいね」
アリスはポケットから箱を取り出して彼に渡した。
ランメルトへの想いを自覚した今、誰かへの贈り物をずっと持っているのはつらい。
「アリス……さっきの言葉で察してくれないのか……」
ランメルトは毒を受けた時よりも絶望的な顔になる。
周囲の人々は苦笑いし、リュカが盛大に噴き出した。
「これが似合うのは君だけだよ、アリス! 俺が好きなのは君なんだ!」
やけ気味に叫んだランメルトはそばにいたアリスの肩を抱き寄せる。
「へ……っ?」
ランメルトの深みのある温かいウッディな香りにふわりと包まれてアリスは顔を真っ赤にした。
「君の返事は?」
そう聞かれて、アリスは口をパクパクさせる。
「わ……たしも……同じ気持ちです」
かろうじてかすれた声で答えた。
「ありがとう。君を一生離さないから、そのつもりで」
ラピスラズリの輝きに似た瞳が細められ、アリスの唇に彼の唇が重なる。
嬉しさと恥ずかしさでベッドに顔を突っ伏したアリスの頭を、ランメルトが優しくぽんぽんと撫でた。
「いろいろ……心が追いつかないです……」
「顔を見せてくれないのか?」
「さ……」
「さ?」
「察してください!」
耳まで夕陽のように真っ赤に染めたアリスの悲鳴に近い返事が、治療室に響き渡ったのだった。
おしまい♪
そこは緊迫した空気が漂っている。医師たちが必死に手当てをしていたが、毒の影響で効果は見られなかった。
「傷口は縫合しましたが、回復薬を投じても意識が戻りません。呼吸がどんどん弱くなっていきます。相当強い毒のようですね」
王宮の医師たちは首を横に振った。
「そんな……」
アリスは彼の枕もとで、膝をついて涙を零す。
「アリス! あなたが回復薬を作りなさい!」
治療室に飛び込んできたデラニーが必死の形相で彼女を立ち上がらせ、薬草室に連れていった。
「無理よ……昨日の失敗を見たでしょ。デラニーの薬でも効かなかったらもう――」
「違うの! 私……どうしても一位になりたくて、アリスの小瓶に余計な薬草を混ぜたの。声をかけてアリスがよそ見している隙に……」
デラニーは絞り出すように告白する。
「今、なんて……?」
「アリスが頑張ってたのは知ってた。だから私、焦ってて……やっちゃいけないこと、しちゃった。ごめん!」
デラニーは涙ぐんで、薬草室の扉を開けた。
「材料はそろっているわ。心配だったら自分でも確認するといい。アリスの薬なら、もしかしたら……」
彼女が言い終えないうちに、アリスは素早くテーブルの上に目を走らせていた。
それから無言で薬草の調合を始める。材料、正確な量、混ぜる手順、調合の時間、すべては頭の中に入っている。
「ランメルト様、待っていていください」
手際よく調合を始めるアリスの手は震えていたが、絶対にランメルトを助けようと心を奮い立たせた。
彼女は薬を煮詰め、慎重に成分を調整し、全身全霊を込めて調合を続ける。
その過程で、ランメルトとのこれまでの時間を思い出す。彼の優しさ、彼の微笑み、そして自分への想い。アリスの心にあった想いが、薬に込められていく。
ーーランメルト様を失いたくない。
「お願い、この薬が効いて……」
最後に小瓶を握りしめて魔力を込めると、薬はわずかに金を帯びた色に変わった。
――練習の時とも昨日とも色が違う。でもレシピ通りだから自分を信じる!
急いで治療室に向かい、完成した薬をランメルトに飲ませると、彼の呼吸が少しずつ安定し、顔色も徐々に戻ってきた。
「おお……これは……!」
医師や王宮薬草師が目を瞠った。
「ランメルト様……どうか目を開けて……」
アリスは祈るように彼の大きな手を握り締めた。その指先がピクリと動き、彼女はハッと顔を上げる。
周囲の騎士たちが見守る中、ランメルトの目がゆっくりと開き、彼はゆっくりとアリスを見つめた。
「アリス……?」
彼の声が響くと、アリスは安堵の涙を流した。
「よかった……本当に、よかった……!」
ランメルトは彼女の手を優しく握り返し、微笑んだ。
「すまない。君のおかげで、助かった」
その瞳には感謝と愛情が溢れていた。アリスは、彼の無事を確認して胸がいっぱいになり、心の奥底から湧き上がる感情を抑えきれなかった。
「私、あなたのことが……本当に……」
言葉が詰まったが、ランメルトは優しく彼女の頬に触れた。
「俺も、君を大切に思っているよ」
周囲も二人のやりとりに感動してもらい泣きしている。
「よかったですねえ、ランメルト様」
ぐすぐすと泣き笑いしているのはリュカだった。
「ランメルト様。このブレスレットのご令嬢のために頑張って回復してくださいね」
アリスはポケットから箱を取り出して彼に渡した。
ランメルトへの想いを自覚した今、誰かへの贈り物をずっと持っているのはつらい。
「アリス……さっきの言葉で察してくれないのか……」
ランメルトは毒を受けた時よりも絶望的な顔になる。
周囲の人々は苦笑いし、リュカが盛大に噴き出した。
「これが似合うのは君だけだよ、アリス! 俺が好きなのは君なんだ!」
やけ気味に叫んだランメルトはそばにいたアリスの肩を抱き寄せる。
「へ……っ?」
ランメルトの深みのある温かいウッディな香りにふわりと包まれてアリスは顔を真っ赤にした。
「君の返事は?」
そう聞かれて、アリスは口をパクパクさせる。
「わ……たしも……同じ気持ちです」
かろうじてかすれた声で答えた。
「ありがとう。君を一生離さないから、そのつもりで」
ラピスラズリの輝きに似た瞳が細められ、アリスの唇に彼の唇が重なる。
嬉しさと恥ずかしさでベッドに顔を突っ伏したアリスの頭を、ランメルトが優しくぽんぽんと撫でた。
「いろいろ……心が追いつかないです……」
「顔を見せてくれないのか?」
「さ……」
「さ?」
「察してください!」
耳まで夕陽のように真っ赤に染めたアリスの悲鳴に近い返事が、治療室に響き渡ったのだった。
おしまい♪
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