マネージャーに性欲管理されてます

大安大吉

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34話

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「まずは早急に引っ越しましょう。隼人は部屋や立地に何かこだわりはありますか?」
「何もないよ。静かならどこでもいい」

 住所が一般人に知れ渡ってしまった以上、安全面でかなりの問題だ。
 隼人自身もそうだが、他のマンションの住民のためにも隼人達はこの部屋を立ち退かなければならない。
 少なくない思い出があるが、感傷に浸る時間はない。

「わかりました。引越し業者への手配は私がしておきますね。出来れば今日中にはここを離れたいのですが…。隼人は今夜お母様は確実にいらっしゃると思いますか?」
「絶対に来る。これでもし家にあげないと外で騒ぎ始めると思う」
「わかりました。ではお母様との話し合いが終わってお見送りをしたら我々も移動しましょう。隼人が本気でお母様と縁を切るなら、会うのは今夜が最後になるでしょう。言いたいことは言っておいた方がいい」
「……うん、考えとく」

 言いたいことはたくさんある。
 その全てをぶつけてやらないと気がすまない。
 怒りで腸が煮えくり返るとはまさにこのことだ。
 壁とか何かを殴りたくなる。
 けれど、いざあの人の前に立つと足がすくんで何も言えなくなりそうな予感があった。
 隼人は怒りも少しの不安も抑え込んで家を出た。
 

 
 
 そしてこの日は壮絶な一日になった。

「「「「キャーーーー!!!」」」」
「隼人さんだ!! ヤバい本物だ!! 」
「握手して下さい!!」
「写真良いですか!?」
「○○テレビです。藤村さん、ファンを自宅に呼んでいるのは事実ですか?」
「週刊○○です。今ネットで話題の女性についてなにか一言!」
「隼人さんー! こっち見てー!」

 隼人達が乗っている車は、収録のあるビルについてすぐ大勢の女性たちとカメラのレンズに取り囲まれた。
 人が多すぎて前進できず、駐車場への入口が塞がれてしまっている。
 出待ちがいるのはいつものことだが、明らかにいつもより人数が多い。
 そんな群衆を抑えるため、やはりいつもの倍以上の数の警備員が対応にあたっている。

「なんで!? マンションはわかるけど、なんでこっちもこんなにいんの!? てかマスコミもいるし!」

 隼人は一向に進まない車の中で、焦燥感にかられながら運転席の仙崎を見る。
 彼は目の前の人だかりに冷たい目をやると、無表情のまま解説を始める。

「おそらく隼人の住所が漏れたことでタガが外れたのでしょう。事務所の方針でミステリアスさを出すために隼人のプライベート情報はあまり表に出ていません。そのため一部の熱狂的なファンがストーカーになったのですが、大多数のファンは少ない情報で我慢していた。そこへ昨夜のネットの書き込みです」

 母によるファンを煽るような書き込み。
 女性名のアカウントでそんなことを書いたのだ。当然炎上するだろう。
 普通の人から見れば、まさか俳優の母親がやるとは思わない。真っ先に思い浮かぶのは彼女か、セフレか、隼人に近付けたファンか。
 どちらにせよファン達の間で燻っていた火種に油が注がれたのだ。自分も少しでも隼人に近付きたくてここに集まっているということだろう。

「ああ、くそっ! 修二さん、俺ここで降りるよ」
「隼人!? 危険です。もう少し待っていたほうが――」
「昼の番組は生放送でしょ? このままじゃ遅刻するし、俺が建物に入っちゃえば人が減って車入れられようになるよ」
「それはそうかもしれませんが…」
「大丈夫、俺がファン達を誘導するよ。楽屋で合流しよ」
「……わかりました。気をつけて」

 隼人は心配な表情を浮かべる仙崎をおいて、その場で車から降りる。
 いっせいに沸き起こる黄色い声。
 フラッシュがいくつも焚かれて隼人の姿を記録していく。
 隼人は『藤村隼人』に切り替えて、営業用の爽やか笑顔を浮かべて全員に届くように声を張る。

「……――――。はーい、みんな! ここだとちょっと迷惑になっちゃうから横にズレよう。みんな出来るよね?」
「「「はーい!」」」
「写真は撮ってもいいよ! でも時間がないからサインはごめんね? 取材は事務所を通して下さい。ノーコメントです。ハイタッチならするよ。俺が建物に入るまでね。はい、並んで並んで」
 
 隼人の声かけで人集りが我先にと並び始める。
 隼人はある程度並び終わるのを見届けると、さっそくファンが差し出す手にハイタッチをしながら建物に向かう。
 笑顔を振りまいてビルの入り口をくぐり、最後にウインク一つ投げてファンとマスコミの前から姿を消した。
 
「なんとかなった。帰るまでには人の数減るといいけど」

 隼人はエレベーターに向かいながら安堵の溜息をついた。
 だが騒動はこれだけでは終わらなかった。



「――というわけで、VTRで紹介されました今話題の絶品オムライスをスタジオに用意しました。藤村さん、お味の感想をお願いします」
「はい、いただきます! んっ、ん~、うわー美味しい! ふわふわで口の中であっという間に消えていくのに卵の味が凄く濃厚! ご飯部分も凄く美味しくて、お互いの味を高めていますね! これはペロッと食べられちゃいます!」

 隼人は仙崎と無事合流すると、バラエティー番組の収録に挑んだ。
 ネットの騒動を知っているスタッフや共演者から、半ば腫れ物扱いされながら隼人は自分の仕事をこなしていく。
 居心地の悪さを感じつつ一切気付かないふりをして食レポに全力投入していると、何やらカメラの後方の様子が変だ。
 誰もが音を立てないように動いているが、スタッフ達が慌ただしく走り回っている。
 生放送の出演はそこまで多くないが、それでもいつもの収録では見ない光景だ。
 ついには収録を見守っていた仙崎さえもスタッフに耳打ちされてスタジオを離れていく。

(……なんだろう。嫌な予感がする)

 隼人はその答えを収録が終わってすぐに知らされた。
 
「えっ!? 俺のファンが入ってきたの!?」
「はい、関係者と偽って侵入したそうです。こことは別のスタジオに入ろうとしているところを押さえられ、隼人に会いたかったからと口にしているそうです」 
「…………」

 今の収録は生放送。
 万が一スタジオまで入られていたらとんでもない放送事故だ。
 それにこっちが無事でも別の現場に迷惑がかかってしまった。
 頭と胃がキリキリと痛む。
 隼人の予想を超えて事態が悪化していっている。

「……そのスタジオの人達に謝りに行こう。ここの現場の人にも心配かけたし、もっと上の人にも会えるようなら謝罪しに行く」
「わかりました。一緒に行きましょう」

 そうして隼人は出演した番組の制作陣と共演者、ファンが侵入しそうになったスタジオの関係者に頭を下げに回った。
 半数は笑顔で気にしてないと受け流してくれたり、同情の念を向けてもらったりした。
 しかしネットの誇大した噂を信じた人、番組の製作に情熱を持っている人達には、あからさまに無視されるか冷たい目を向けられた。随分楽しんでいるようだね、と皮肉混じりの言葉を言われることもあった。
 彼らの態度から、もう次の仕事に呼ばれることはないと容易に察することが出来た。



「疲れた……」

 隼人は用意されていた楽屋に戻ると、ぐったりと机に突っ伏した。
 色々とやらかしてしまう芸能人は比較的多い。
 今まで自分はそうはならないようにと立ち回ってきたのに、たった一晩で一気に崩れてしまった。
 取り扱い注意のレッテルを貼られ、独特な目線を送られる立場は隼人の精神をごりごりと削っていく。

「お疲れ様でした。隼人の大人の対応は大変素晴らしかったですよ」
「……うん」

 仙崎の励ますような声に、隼人は疲れ切った顔で苦笑いを返す。
 全てが自分のせいとは隼人も思っていないが、今まで誤魔化してきたツケが一気に押し寄せてきたとは感じていた。
 鉛のように重くなった身体は、ほんの少し動かすのも億劫だ。
 
「……次って何だっけ? 時間があるならちょっと寝ても――」

 隼人の希望を断ち切るように着信音が鳴る。
 仙崎の持つマネージャー用のスマートフォンだ。
 隼人は仙崎が素早く電話に出る様子を目で追いながら、苦虫を噛み潰したような顔でそれを見守った。
 この状況での電話は、もう悪い内容の知らせだと嫌でもわかる。
 案の定、彼は社長からですと告げるとスマートフォンをスピーカー状態にしてテーブルに置いた。
 
『おう、無事か?』
「お疲れ様です社長。今回の件、ご迷惑をかけて申し訳ありません」
『いや、うちの社員が住所をバラしたのが悪い。そのあたりは教育を徹底させる。だが、お前の親は相変わらずヤバイな』
「……申し訳ありません」
『まあいい。とりあえずこの後の仕事は全て中止だ。明日以降のスケジュールも全て白紙になった』
「………」

 最悪の予想が全て現実になっていく。
 
「……そんなに炎上してますか?」
『ああ。そっちでも不法侵入が出たようだが、事務所の方でも起こってな。あとお前の目撃情報がある店や撮影で利用したことのある店からクレームがきた。ファンが押し寄せて営業妨害になってるってな』
「……」
『それとこれはまだ確認中だが、お前と共演したことのある女優達のところに脅迫メールや殺害予告が届いているそうだ。裏でお前と遊んでるんじゃないかってな』

 ああ、これはもうダメだ。
 もはや隼人個人や事務所でどうにか出来るレベルを超えている。

『騒動が鎮静化するまで当分仕事はなしだ。声明は事務所から出すからお前は大人しくしてろ。迷惑をかけちまった他の事務所の対応もこっちでする。外出も出来るだけ控えろ。自宅待機…、は危ないか。どっかホテルに泊まっとけ』
「……はい」

 足元が崩れて深い穴に落ちていくような気がした。
 喉の奥から胃液が込み上げそうになる。

『それとこの前話したドラマのオファーだが、撮影が始まるまでに騒ぎが収まらなければ別の俳優を起用する』
「……」

 当たり前のこと、わかっていたことだ。
 でもいざ言われると目の前が暗くなる。
 表舞台に立てない人間の方が多いこの業界。
 いつだって代役はいるのだ。

『いい機会だ。お前は今のうちに親のことを解決しとけ。また足引っ張られるだろうし、次はもっと取り返しのつかない事態になる。そうなったらもう庇えないぞ』
「…………。はい、わかりました」

 通話を終えた画面には、死人のような顔が写っていた。



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