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30話
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隼人の不安をよそに、スマートフォンの向こうから元気で勢いのある声が飛んできた。
『おう! 俺だ! 仕事は順調か?』
「はい、大丈夫ですけど」
『お前にドラマのオファーだ。刑事もので準主役だが引き受けるだろ? 刑事ドラマに出たいって言ってたよな』
「えっ!? はい、言いました! 出られるんですか?」
確かに刑事ドラマに出たいと発言したことはある。
そろそろ学生の役はキツい。刑事役とか硬派なものに出たい。
そう言ったのは落合が怪我して入院するよりずっと前。
同じ事務所のタレント数名と一緒に、社長と食事することになった時に話したことがあった。
どうやらその時のことを覚えていたらしい。
『そうか、よし決定だな』
「特番か何かですか?」
『2時間のスペシャルドラマだ。単発ものだが豪華なメンツが揃うぞ! 視聴率が良ければ続編も計画されてる。いい話だろ』
「ああ~、なるほど」
営業やマネージャーを通さずに社長から直接話が来るということは、これはもう引き受けることが前提の仕事だ。
きっとその作品に関わるお偉いさん、もしくはその身内に、隼人を推してくれる人がいるのだろう。
それはもちろん有り難い話ではあるし、刑事ドラマに出てみたいのは確かだが――。
「俺としても出演したいですが、一度仙崎さんと相談してからでもいいですか?」
色々あって忘れかけていたが、隼人は性欲をコントロール出来ないから芸能界の引退を考えていたのだ。
紆余曲折あったものの、仙崎から与えられた課題は一応毎日クリア出来ている。
自慰行為ではなく彼とのセックスで、だが。
幸せだから後悔はないが――。
(性欲自体は逆に強くなってると思うんだよな……)
仙崎と出会う以前は、オナニー自体あまりしなかった。
それが今やセックス三昧の毎日だ。
こんなに性欲が強くなっているのに、それを暴走させずに芝居を出来るのか分からない。
とにかく一度仙崎に判断を仰がないと、仕事は引き受けられない。
隼人はここまで一瞬で思考を巡らせて言葉を返す。
消極的な隼人に対して何を言われるだろうか、と思い身構えていたが、社長からの返事が戻ってこなかった。
『……――――』
「……? もしもし、社長?」
『………………』
隼人は思わずスマートフォンを耳から離して画面を見る。
まだ通話中だ。切れてはいない。
「もしもし? 電波悪いですか?」
『……いや、悪い。大丈夫だ』
電話越しに聞こえる声は、先程の元気さとは打って変わって歯切れが悪く動揺しているようだ。
こんな状態の社長は初めてだ。
「ええっと、それで仙崎さんに相談してから決めていいですか?」
『……ああ、うん。それでいい。撮影もまだまだ先出しな。ていうか、あれか? やっぱり仙崎さんがマネージャーをしてるのか?』
「はい?」
隼人の脳内に疑問符が浮かぶ。
いったい社長は何を言っているのだろう。修二さんをマネージャーとして引き合わせたのは社長だというのに。
「あの、それはどういう意味で――」
『あー、つまり今までずっと仙崎さんがお前のマネージャーとしてついていたのか? 誰かと交代しないで』
「はい、そうですけど……」
『まあそうだよな。別の奴があてがわれたとか連絡来てないしな。そうだよな。うん』
ようやく話が見えてきた。
社長は彼が誰かと交代することを前提として考えていたのだ。
「それって、仙崎さんからさらに別の人にマネージャーが変わる予定だった、ってことですか?」
『そりゃあそうだろ。仙崎さんは店のオーナーだぞ。わざわざお前のマネージャーをずっと続けてるとは思わねえよ』
社長の発言に、隼人は息を呑んで硬直した。
オーナー?
店って、アフロディーテの?
隼人は驚きのあまり、思ったままの言葉が口を出る。
「それ本当なんですか? 修二さんは、自分は裏方だって。人がいないから自分がきたって――」
『まあ間違ってはいない。仙崎オーナーが顔を出すのは大きめのイベントの時だけだからな。後は大物の客への挨拶ぐらいで基本的に表に出てくる人じゃない。他にもホテルやら複数経営してるしな。一つの店に肩入れはしないだろ』
「…………」
心のざわめく。
隼人の知らない、仙崎のベールが剥がされていく。
『人がいないのは単にタイミングが悪かったんだろう。俺もお前のことを依頼した時、店の子が来ると思ったら仙崎オーナーが事務所に来て驚いたし。ただあの時、人が用意できたら交代するようなこと言ってたはずなんだよな……』
そんなこと、隼人は聞いてない。
オーナーだとか、店やホテルの経営とか、なにも知らない。
何も聞かされていない。
『まあとにかく忙しい人だから、とっくに誰かと交代したと思ってたよ。店は羨ましいくらい優秀で見た目の良い奴らが揃ってるからな。誰が来てもマネージャーの代理は勤まったろうさ。仙崎オーナーはな、俺らみたいなランクの低い会員は滅多に会えない。せいぜい入会時に挨拶してもらえるぐらいだな』
仙崎のことをどこまで知っていると言えるのだろうか。
よく思い出してみても、彼のプライベートの話は殆ど聞いたことがない。
聞いたのは趣味とか好きな物がなかったということだけ。
一緒に住んでいて、恋人なのに?
「……社長でランクが低いんですか」
正直、どうでもいい質問だった。
でもこの嫌な不安から意識を逸したかった。
『ああ、俺なんか全然だ。アフロディーテはな、本当にごく一部のセレブしか会員になれない超高級店なんだよ。だから必然的に色んな業界のトップの人間だけが集まる。政治、経済、スポーツ、他にも色々と。もちろん海外からもSPを連れてる客が来るような、とにかく凄い店なんだ。あそこはどんな要望も叶えてくれるから国内外問わずマジで人気の店だ』
社長からの情報は、意識を逸らすどころか隼人をどんどん不安にさせた。
俺も会員になるまで苦労したぜ、なんて聞こえてきたが、右から左へ聞き流して思考の深みへ落ちていく。
まだ恋人になって少ししか経っていないから、何も言ってないだけってことあるかも知れない。
そもそも仙崎の本職のことを知ったとして、隼人に出来ることなんて何もない。
だからあえて伏せられていたということもあるかも。
でもそんな凄いお客を相手にする従業員の人達は、きっと眉目秀麗で頭脳明晰に違いない。
隼人よりも付き合いが長くて、見た目も頭も良い人達に修二さんを盗られてしまうなんてことも――。
いや実際に付き合っていた人もいるのでは?
『おい! 聞いてるのか!?』
「あっ、はい、聞いています」
『お前な、マジで仙崎オーナーを怒らせるようなことはするなよ。さっきも言ったが、店のお客たちは超VIPの富裕層で権力もある人間ばかり。その人脈を使える仙崎さんは、その気になれば国だって動かせるんじゃないかって言われるほどだ。だからあの人は裏ではこう呼ばれている。“帝王”ってな』
怖い人だから絶対に怒らせるなよ、そう念押しされて電話はきれた。
隼人は社長との通話を終えて、ぐったりとベッドに倒れ込む。
社長は電話の最後まで、菓子折り持って挨拶するべきかどうかと言っていたが、早々に切り上げさせてもらった。
色んな想いが浮かんでは、ぐちゃぐちゃに混ざって隼人を苦しませる。
一方的に恋人の仕事に口を挟むのは良くない。
でも何も言ってもらえないのも……。
「どうして言ってくれなかったの!? 仕事と俺、どっちが大事なんだ! なんて面倒くさい奴は絶対に嫌われるし……」
不安はあるが、彼に愛されているという自覚はある。
少なくとも騙されているとか、何か悪いことに利用されているのは思わない。
(修二さんが俺のことを好きなのは伝わってくるし、本職の話を聞いても俺も修二さんのことが好きなのは変わらない)
何も聞かなかったことにして、知らないふりをするのが一番ではないだろうか。
ぼんやりと考えていると、部屋のドアが開かれる。
隼人がパッと身を起こすと、仙崎が電話を終えて戻ってきた。
「ご飯できましたよ」
「あ、うん。食べる」
隼人は仙崎の後についてリビングに行く。
彼の情報を人づてに聞いてしまい、なんだか気まずさがある。
そんな隼人の気持ちとは別に、彼の後ろ姿に何時もと違う雰囲気を感じた。
(なんか、ピリついてる?)
どことなく、彼から怖さや気迫のようなものを感じる。
「修二さん、なんかあった?」
社長の忠告が頭をよぎるが、この範囲は大丈夫なはず。
隼人はそう判断して素直に聞いてみた。
すると仙崎は少しの疲れを見せて、隼人に微笑んだ。
「隼人は鋭いですね。少し店の方でトラブルがありまして、キャストがお客様を怒らせたらしくて」
「それって修二さんが行ったほうがいいの?」
「まあそうですが、私は隼人の側にいるべきです。店のことは店長が何とかしてくれるでしょう」
「そう……」
隼人は少しの間、瞳を閉じて考える。
社長の話が本当なら、仙崎は『アフロディーテ』のオーナー。オーナーのところに連絡が来たトラブルというのは、それなりに厄介な問題なのではないか。
隼人は目を開けて仙崎を見る。
彼が側にいてくれないのは寂しい。
でも――。
隼人は一つ深呼吸をして覚悟を固める。
「修二さん、俺のことは大丈夫だから、お店の方に行きなよ」
「隼人?」
「お店の人、困って修二さんに電話をかけてきたんでしょ? 俺は事務所で取材を受けるだけだし、一人でも大丈夫だよ。……ただ、その代わりっていうか、家に帰ったら俺だけを見て欲しいなって」
隼人は顔を赤らめて仙崎を見つめた。
社長の話は聞かなかったことにしよう。
仙崎の足を引っ張るようなことはしたくない。
その上で彼に愛されたい。
「隼人、あなたは本当に素敵ですね。今ここで抱いてしまいたいぐらいです」
「ほんと? 嬉しい!」
「お言葉に甘えて、少し対応してきますね」
「うん。あとね、俺にドラマのオファーがあって、刑事役だし出演したいんだけど……」
性欲を暴走させずに演じられるのか。
隼人の不安をすぐに理解した仙崎は、優しく微笑んで断言する。
「隼人はもう大丈夫ですよ。少なくとも以前のようになることはないでしょう」
「……本当に大丈夫かな?」
隼人には性欲をコントロール出来るようになった自覚が全くない。だから何故彼がそう判断するのか分からない。
「ええ、間違いなく。隼人も自分の状態を知るにはいい機会です。それにやりたい役なのでしょう? それなら引き受けるべきです。もしもの時には私がいますから」
仙崎は力強く断言する。
彼の言葉は、および腰になっていた隼人の背中を押していく。
そうだ。やってみなければ分からない。
童顔だと言われる隼人には、刑事役なんてそう来ない。
ならばここで掴みに行くべきだ。
「わかった。社長にはオッケーだって返事しとく。めっちゃ楽しみ!」
「隼人が楽しそうで何よりです。今日隼人を一人にさせてしまう埋め合わせは、後で必ずします」
「えへへっ、わかった。期待してる」
仙崎に甘い口付けを与えられ、隼人もそれを受け入れる。
キスを交わしながら隼人は確信する。
やっぱり俺は彼に愛されている。
だから何も心配することなんてない。
隼人は自分から舌を絡めて深く繋がりあう。
そしてその日隼人は事務所まで車で送ってもらい、久しぶりに一人だけで仕事に挑むことになった。
『おう! 俺だ! 仕事は順調か?』
「はい、大丈夫ですけど」
『お前にドラマのオファーだ。刑事もので準主役だが引き受けるだろ? 刑事ドラマに出たいって言ってたよな』
「えっ!? はい、言いました! 出られるんですか?」
確かに刑事ドラマに出たいと発言したことはある。
そろそろ学生の役はキツい。刑事役とか硬派なものに出たい。
そう言ったのは落合が怪我して入院するよりずっと前。
同じ事務所のタレント数名と一緒に、社長と食事することになった時に話したことがあった。
どうやらその時のことを覚えていたらしい。
『そうか、よし決定だな』
「特番か何かですか?」
『2時間のスペシャルドラマだ。単発ものだが豪華なメンツが揃うぞ! 視聴率が良ければ続編も計画されてる。いい話だろ』
「ああ~、なるほど」
営業やマネージャーを通さずに社長から直接話が来るということは、これはもう引き受けることが前提の仕事だ。
きっとその作品に関わるお偉いさん、もしくはその身内に、隼人を推してくれる人がいるのだろう。
それはもちろん有り難い話ではあるし、刑事ドラマに出てみたいのは確かだが――。
「俺としても出演したいですが、一度仙崎さんと相談してからでもいいですか?」
色々あって忘れかけていたが、隼人は性欲をコントロール出来ないから芸能界の引退を考えていたのだ。
紆余曲折あったものの、仙崎から与えられた課題は一応毎日クリア出来ている。
自慰行為ではなく彼とのセックスで、だが。
幸せだから後悔はないが――。
(性欲自体は逆に強くなってると思うんだよな……)
仙崎と出会う以前は、オナニー自体あまりしなかった。
それが今やセックス三昧の毎日だ。
こんなに性欲が強くなっているのに、それを暴走させずに芝居を出来るのか分からない。
とにかく一度仙崎に判断を仰がないと、仕事は引き受けられない。
隼人はここまで一瞬で思考を巡らせて言葉を返す。
消極的な隼人に対して何を言われるだろうか、と思い身構えていたが、社長からの返事が戻ってこなかった。
『……――――』
「……? もしもし、社長?」
『………………』
隼人は思わずスマートフォンを耳から離して画面を見る。
まだ通話中だ。切れてはいない。
「もしもし? 電波悪いですか?」
『……いや、悪い。大丈夫だ』
電話越しに聞こえる声は、先程の元気さとは打って変わって歯切れが悪く動揺しているようだ。
こんな状態の社長は初めてだ。
「ええっと、それで仙崎さんに相談してから決めていいですか?」
『……ああ、うん。それでいい。撮影もまだまだ先出しな。ていうか、あれか? やっぱり仙崎さんがマネージャーをしてるのか?』
「はい?」
隼人の脳内に疑問符が浮かぶ。
いったい社長は何を言っているのだろう。修二さんをマネージャーとして引き合わせたのは社長だというのに。
「あの、それはどういう意味で――」
『あー、つまり今までずっと仙崎さんがお前のマネージャーとしてついていたのか? 誰かと交代しないで』
「はい、そうですけど……」
『まあそうだよな。別の奴があてがわれたとか連絡来てないしな。そうだよな。うん』
ようやく話が見えてきた。
社長は彼が誰かと交代することを前提として考えていたのだ。
「それって、仙崎さんからさらに別の人にマネージャーが変わる予定だった、ってことですか?」
『そりゃあそうだろ。仙崎さんは店のオーナーだぞ。わざわざお前のマネージャーをずっと続けてるとは思わねえよ』
社長の発言に、隼人は息を呑んで硬直した。
オーナー?
店って、アフロディーテの?
隼人は驚きのあまり、思ったままの言葉が口を出る。
「それ本当なんですか? 修二さんは、自分は裏方だって。人がいないから自分がきたって――」
『まあ間違ってはいない。仙崎オーナーが顔を出すのは大きめのイベントの時だけだからな。後は大物の客への挨拶ぐらいで基本的に表に出てくる人じゃない。他にもホテルやら複数経営してるしな。一つの店に肩入れはしないだろ』
「…………」
心のざわめく。
隼人の知らない、仙崎のベールが剥がされていく。
『人がいないのは単にタイミングが悪かったんだろう。俺もお前のことを依頼した時、店の子が来ると思ったら仙崎オーナーが事務所に来て驚いたし。ただあの時、人が用意できたら交代するようなこと言ってたはずなんだよな……』
そんなこと、隼人は聞いてない。
オーナーだとか、店やホテルの経営とか、なにも知らない。
何も聞かされていない。
『まあとにかく忙しい人だから、とっくに誰かと交代したと思ってたよ。店は羨ましいくらい優秀で見た目の良い奴らが揃ってるからな。誰が来てもマネージャーの代理は勤まったろうさ。仙崎オーナーはな、俺らみたいなランクの低い会員は滅多に会えない。せいぜい入会時に挨拶してもらえるぐらいだな』
仙崎のことをどこまで知っていると言えるのだろうか。
よく思い出してみても、彼のプライベートの話は殆ど聞いたことがない。
聞いたのは趣味とか好きな物がなかったということだけ。
一緒に住んでいて、恋人なのに?
「……社長でランクが低いんですか」
正直、どうでもいい質問だった。
でもこの嫌な不安から意識を逸したかった。
『ああ、俺なんか全然だ。アフロディーテはな、本当にごく一部のセレブしか会員になれない超高級店なんだよ。だから必然的に色んな業界のトップの人間だけが集まる。政治、経済、スポーツ、他にも色々と。もちろん海外からもSPを連れてる客が来るような、とにかく凄い店なんだ。あそこはどんな要望も叶えてくれるから国内外問わずマジで人気の店だ』
社長からの情報は、意識を逸らすどころか隼人をどんどん不安にさせた。
俺も会員になるまで苦労したぜ、なんて聞こえてきたが、右から左へ聞き流して思考の深みへ落ちていく。
まだ恋人になって少ししか経っていないから、何も言ってないだけってことあるかも知れない。
そもそも仙崎の本職のことを知ったとして、隼人に出来ることなんて何もない。
だからあえて伏せられていたということもあるかも。
でもそんな凄いお客を相手にする従業員の人達は、きっと眉目秀麗で頭脳明晰に違いない。
隼人よりも付き合いが長くて、見た目も頭も良い人達に修二さんを盗られてしまうなんてことも――。
いや実際に付き合っていた人もいるのでは?
『おい! 聞いてるのか!?』
「あっ、はい、聞いています」
『お前な、マジで仙崎オーナーを怒らせるようなことはするなよ。さっきも言ったが、店のお客たちは超VIPの富裕層で権力もある人間ばかり。その人脈を使える仙崎さんは、その気になれば国だって動かせるんじゃないかって言われるほどだ。だからあの人は裏ではこう呼ばれている。“帝王”ってな』
怖い人だから絶対に怒らせるなよ、そう念押しされて電話はきれた。
隼人は社長との通話を終えて、ぐったりとベッドに倒れ込む。
社長は電話の最後まで、菓子折り持って挨拶するべきかどうかと言っていたが、早々に切り上げさせてもらった。
色んな想いが浮かんでは、ぐちゃぐちゃに混ざって隼人を苦しませる。
一方的に恋人の仕事に口を挟むのは良くない。
でも何も言ってもらえないのも……。
「どうして言ってくれなかったの!? 仕事と俺、どっちが大事なんだ! なんて面倒くさい奴は絶対に嫌われるし……」
不安はあるが、彼に愛されているという自覚はある。
少なくとも騙されているとか、何か悪いことに利用されているのは思わない。
(修二さんが俺のことを好きなのは伝わってくるし、本職の話を聞いても俺も修二さんのことが好きなのは変わらない)
何も聞かなかったことにして、知らないふりをするのが一番ではないだろうか。
ぼんやりと考えていると、部屋のドアが開かれる。
隼人がパッと身を起こすと、仙崎が電話を終えて戻ってきた。
「ご飯できましたよ」
「あ、うん。食べる」
隼人は仙崎の後についてリビングに行く。
彼の情報を人づてに聞いてしまい、なんだか気まずさがある。
そんな隼人の気持ちとは別に、彼の後ろ姿に何時もと違う雰囲気を感じた。
(なんか、ピリついてる?)
どことなく、彼から怖さや気迫のようなものを感じる。
「修二さん、なんかあった?」
社長の忠告が頭をよぎるが、この範囲は大丈夫なはず。
隼人はそう判断して素直に聞いてみた。
すると仙崎は少しの疲れを見せて、隼人に微笑んだ。
「隼人は鋭いですね。少し店の方でトラブルがありまして、キャストがお客様を怒らせたらしくて」
「それって修二さんが行ったほうがいいの?」
「まあそうですが、私は隼人の側にいるべきです。店のことは店長が何とかしてくれるでしょう」
「そう……」
隼人は少しの間、瞳を閉じて考える。
社長の話が本当なら、仙崎は『アフロディーテ』のオーナー。オーナーのところに連絡が来たトラブルというのは、それなりに厄介な問題なのではないか。
隼人は目を開けて仙崎を見る。
彼が側にいてくれないのは寂しい。
でも――。
隼人は一つ深呼吸をして覚悟を固める。
「修二さん、俺のことは大丈夫だから、お店の方に行きなよ」
「隼人?」
「お店の人、困って修二さんに電話をかけてきたんでしょ? 俺は事務所で取材を受けるだけだし、一人でも大丈夫だよ。……ただ、その代わりっていうか、家に帰ったら俺だけを見て欲しいなって」
隼人は顔を赤らめて仙崎を見つめた。
社長の話は聞かなかったことにしよう。
仙崎の足を引っ張るようなことはしたくない。
その上で彼に愛されたい。
「隼人、あなたは本当に素敵ですね。今ここで抱いてしまいたいぐらいです」
「ほんと? 嬉しい!」
「お言葉に甘えて、少し対応してきますね」
「うん。あとね、俺にドラマのオファーがあって、刑事役だし出演したいんだけど……」
性欲を暴走させずに演じられるのか。
隼人の不安をすぐに理解した仙崎は、優しく微笑んで断言する。
「隼人はもう大丈夫ですよ。少なくとも以前のようになることはないでしょう」
「……本当に大丈夫かな?」
隼人には性欲をコントロール出来るようになった自覚が全くない。だから何故彼がそう判断するのか分からない。
「ええ、間違いなく。隼人も自分の状態を知るにはいい機会です。それにやりたい役なのでしょう? それなら引き受けるべきです。もしもの時には私がいますから」
仙崎は力強く断言する。
彼の言葉は、および腰になっていた隼人の背中を押していく。
そうだ。やってみなければ分からない。
童顔だと言われる隼人には、刑事役なんてそう来ない。
ならばここで掴みに行くべきだ。
「わかった。社長にはオッケーだって返事しとく。めっちゃ楽しみ!」
「隼人が楽しそうで何よりです。今日隼人を一人にさせてしまう埋め合わせは、後で必ずします」
「えへへっ、わかった。期待してる」
仙崎に甘い口付けを与えられ、隼人もそれを受け入れる。
キスを交わしながら隼人は確信する。
やっぱり俺は彼に愛されている。
だから何も心配することなんてない。
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