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9話
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隼人は目の前に座って食事をとっている仙崎の様子をうかがう。
「お弁当美味しいですね。量もあって味も良い」
「俺もこのロケ弁好きだよ。おかずの味が濃いからご飯が進む」
一見和やかに会話をしつつも隼人の内心はそわそわしていた。
隼人の秘密をどこまで知っているのかすぐにでも聞き出したかったが、流石に食事中にする話ではない。
隼人は仙崎が食べ終わるタイミングを今か今かと見計らっていたのだ。
(それにしても箸の持ち方がすごく綺麗)
長く骨張った指が、巧みに箸を使ってご飯を口に運んでいる。その所作は優雅さを感じるほどだ。
隼人は芸能界に入ったとき、箸の持ち方が汚いと言われて頑張って治したことがあった。苦労して箸の使い方を学んだが、仙崎の動きを見ていると自分はまだまだだと思ってしまう。
そして男らしい長い指が隼人のアレを――。
そこまで考えてしまい隼人は頭を振って邪念を散らす。
なんてことを考えてるんだ。
今食事中だぞ。
「隼人さん、どうかしましたか?」
「なんでもない。あはは……」
隼人は笑って誤魔化したが、耳が熱い。
彼を見ているとどうしてもエッチなことが浮かんでしまう。とても気持がよかったのだから、意識してしまうのは仕方がない。あそこまで気持よく達したのは初めてだ。
「ごちそうさまでした」
仙崎の声で現実に戻る。彼は綺麗に食べ終わって弁当の蓋を閉じていた。
このタイミングを逃すわけにはいかない。
隼人も残りのご飯を口一杯にいれて、ペットボトルのお茶で流し込む。
隼人は空になったペットボトルを机に力強く置いて、その勢いのまま話しを切り出した。
「ふう、俺も終わり! ところで仙崎さん、話があるんだけど。午前中のことで」
「はい、詳しいことは後回しにしてしまいましたから、私に答えられることでしたら何でも答えますよ」
仙崎の口調はどこまでも穏やかなもので、本当に何でも答えてくれそうだ。
「仙崎さんは俺のこと、どこまで知ってるの? 社長から何か聞いた?」
「隼人さんのことはマネージャー代理の依頼を受けたときに社長から少し伺っています。性的なことで悩んでいると」
「やっぱり知ってたんだね」
ネットや業界で噂が流れていたわけではなくて隼人は少し安心した。自分でエゴサーチしても見つからなかったからまだ隠せているようだ。
それにしても仙崎の言葉に少し引っかかりを覚えた。配属や移動ではなくて、依頼と彼は言った。なんだか距離のある言い方に思えて、試しに聞いてみた。
「もしかして仙崎さんは事務所の社員じゃないの?」
「ええ、私は芸能事務所の人間ではありません。やはり社長からは何も聞かされていませんか?」
「何も聞いてない。落合マネージャーが入院中だから誰かしら別の人がついてもおかしくなかったけど」
隼人は仙崎のことを何も聞かされていなかった。事前の連絡もなかったし、社長室で対面したときがほんとうに初めてだった。
仙崎がスーツの内ポケットから金属製の名刺入れを取り出して、隼人に黒い名刺を一枚差し出した。触り心地のいい黒い名刺には、金色の箔押しで『アフロディーテ』という文字と仙崎の名前が印字されていた。この名刺は大人っぽいというか、怪しげな雰囲気がする。黒い紙を使っているからだろうか。
「私は事務所の社長の依頼で『アフロディーテ』から派遣されて隼人さんのマネージャーにつきました」
「アフロディーテ……、どっかの神様の名前だっけ。派遣会社なの?」
「ギリシア神話の神様ですね。私のようにキャストを派遣することもありますが、『アフロディーテ』は会員制の風俗店です」
「えっ!? 風俗店!? 仙崎さんが?」
仙崎の衝撃的な発言に隼人は思わず大きな声を出してしまう。
まさか彼が夜の仕事の人だとは。
名刺から漂ってくる怪しげな雰囲気は気のせいではなかったようだ。
「男もいるの!? ……そういえば女性向けの風俗店もあるって聞いたことがあるかも。でもなんでマネージャーに? あっ! まさか社長もお客さんなの?」
混乱のあまり矢継ぎ早に言葉が口から出てしまう。もともと隼人はそういったお店は利用したことがないので、色々と脳内の整理が追いつかない。そんな隼人を面白そうに眺めている仙崎の目線に気づいているが反応できない。
「隼人さんの予想通り、社長は当店のお客様です。『アフロディーテ』では男女共に在籍していて、お客様も男性女性問わずご利用頂けます。そして性別に関係なくお客様の要望にそった子がお相手をします。本番はNGですが時には性欲のお世話だけでなく、お客様の昼のお仕事をお手伝いをすることもありますね」
よくある依頼は海外で通訳や秘書代わりをしてもらいながら性欲の処理も、ということらしい。高級店だけあって『アフロディーテ』に在籍している人たちは能力の高い人ばかりのようで、本番以外の行為ならどんな要望にも答えられるそうだ。
なるほど、社長もお客なのか。いや社長のプライベートなんて別に知りたくないけど。
「あー、わかってきた。俺が相談できる相手がいないから社長が気を使って仙崎さんのところに頼んだってことか」
「はい。社長からは隼人さんの性的なお悩みを解決しながらマネージャー業の代理を、というご依頼がありました。隼人さんが性欲を上手くコントロールできず、芸能界引退まで考えていると」
「……全くもってその通りです」
「ちなみに風俗店を利用したことはありますか?」
「ない。情報が漏れたら怖いし、気になるけど利用する勇気がない」
社長は隼人の話なんてまともに聞いてないと思っていたがどうやら違うらしい。
ほんとにあの社長は食えない人だ。いい加減な人に見えて鋭いところもあるし才能を見抜く目も持っている。隼人も社長に見出されてここにいるから何も言えない。
「じゃあ午前中のことは――」
「あの時は隼人さんが辛そうだったので、説明もなしに触れてしまいました。すみません、怖かったですよね」
仙崎がとても申し訳なさそうに謝ってきた。心からの謝罪だということが伝わってきて、隼人はたじたじになってしまう。
「全然大丈夫だから。少し驚いたけど、おかげでその後の撮影は順調にいったし、俺が興奮してるってバレずにすんだから」
何よりもすごく気持ちよかった。頭がとろけてしまうのではないかと思ったほどだ。
それに隼人が性的な興奮をしているなんてことが周囲に広まっていたら、気味悪がられて変態だと思われても仕方がない。とくに今回は撮影スケジュールが過密で、彼がいなかったら休憩中に処理を終わらせられずに撮影を遅らせていただろう。もしくはどこかのタイミングでスタッフたちにバレていただろう。だからほんとうに抜くのを手伝ってもらって助かった。
ものすごく恥ずかしかったけど。
「隼人さん。隼人さんのお悩みがデリケートな問題というのはわかっています。だからこそ社長からの言葉ではなく、隼人さんの口からお聞きしてもいいですか?」
「うん、わかった。あの、このことは誰にも言わないでほしいんだけど」
「もちろんです。守秘義務がありますし、信用の問題ですから決して秘密を漏らすことなどありません。ネットに書き込むこともいたしません」
仙崎に力強く断言されて隼人はホッとした。
彼なら本当に秘密を守ってくれるだろう。
仙崎の言葉はとても真摯で信用できると思えた。
隼人は芝居終わりに性的な興奮をしてしまうことをずっと悩んでいた。自分のせいで落合マネージャーに余計な仕事を増やしてしまう罪悪感があったし、社長に話しても笑って流されるしで根本的な解決というのが見えなかった。
あれだけ気持ち良かったのだ。
仙崎さんはきっとこの道のプロなのだろう。
隼人の悩みを相談するには頼もしい人だ。
「俺、演技が終わるといつもムラムラしちゃうんだ。役が抜けて自分に戻った瞬間に性欲が湧き上がってくるっていうか」
「必ず演技が終わった後なのですか?」
「うん。芝居以外の仕事ではなんともないんだけど」
「では、お芝居以外の日常において自慰行為の頻度はどのくらいですか?」
「ほとんどしないし、したいとも思わない。それよりも寝たい気持ちが強いかな。ありがたいことに仕事が忙しくて」
隼人は仙崎の目を見ながら率直に答えて悩みを打ち明ける。
いくつかの質問を終えた後、仙崎は「なるほど」と呟いて、目を閉じて思考し始めた。
仙崎が真剣に考えてくれている。そのことだけでもすごく嬉しい。
「試してみなければわかりませんが、隼人さんのお悩み解決のための案があります」
「ほんと!?」
「はい。ですが今はスケジュールがとても大変なので、これは映画の撮り直しが終わってからにしましょう」
「あー、確かに。今は手一杯かも」
今日だって日付が変わるまで時間がかかることが決まっている。これが数日続く予定なのだ。これで他にもトラブルがあればもっと長引くだろう。
隼人には今何かを始められる余裕がない。
「ひとまず今は撮影に集中してもらって、その間に昂ぶってしまうことがあれば私がお手伝いします」
「う、うん。でも、自分でできるときは自分でするよ」
仙崎がその手のことに慣れている人だとしてもさすがに恥ずかしい。ちゃんと自分で済ませるときは自分でする。そう宣言すると彼もにっこり笑って応じてくれた。
「わかりました。それではこれから共に解決を目指して頑張りましょう」
「うん。よろしくお願いします」
仙崎に手を差し出され隼人は握手を交わす。
この人ならほんとに悩みを解決してくれるかも。
そんな期待が込み上げてきて自然と握手する手にも力が入る。
手と手が離れると、「では早速」と言いながら仙崎はおもむろに立ち上がって隼人の背後へ回り込んできた。
隼人は事態が飲み込めず後ろにいる仙崎に目を向けようと頭を反らす。すると仙崎が身をかがめて隼人の耳元で囁いた。
「お昼休憩に入る前、少し昂ぶっていましたよね」
仙崎の発言に隼人の鼓動が跳ねる。
気づかれていた。
「……今は、治まったから……」
「ですがこの後も撮影は続きます。今のうちに処理しておいたほうがいいのでは?」
「それは……そうなんだけど」
「休憩時間も残り少ないですし、私がお手伝いしたほうがいいと思うのです。共演者やスタッフに迷惑をかけたくないのでしょう?」
「……うん」
仙崎の言っていることは正しい。
仙崎は隼人の直ぐ側に膝をつくと隼人を下から覗き込む。
「恥ずかしがらなくていいんですよ。お仕事で最高のパフォーマンスをするためです」
自分が恥ずかしいと思って躊躇しているのは確かだが、なぜか心がざわめく感じがする。
「どうぞ私に任せてください」
その言葉は前回の休憩時にも言っていた。
そしてとろけるような今まで味わったことのない快楽を与えられたのだ。思い出すだけで体の奥底が熱くなる気がする。
思考が麻痺しているかのようで、仙崎の提案に何も反論できない。
そもそも仙崎の言っていることが正しいから否定する材料なんて見つからないのだろう。
隼人はぼんやりとした状態で判断を下す。
「わかった。お願い」
「はい、よろこんで。たくさん気持ちよくして差し上げますね」
仙崎が隼人の右手を取って両手で包み込む。暖かく大きな手から優しさが伝わってくる。
彼の瞳には隼人の問題に真剣に向き合ってくれる誠実さを感じる。
それなのに何故だろう。
なぜか一抹の不安を覚えた。
なんだか薄ら寒いもので首筋を掴まれたような。
(ただの気のせいだ)
きっと彼の瞳の奥がとても深くて、なんだか吸い込まれそうな気分になっただけ。
隼人は仙崎に極上の快楽を与えられて何もかもを絞り尽くされた。そして疲労感を感じながらもスッキリした状態で残りの撮影に望むことになった。
「お弁当美味しいですね。量もあって味も良い」
「俺もこのロケ弁好きだよ。おかずの味が濃いからご飯が進む」
一見和やかに会話をしつつも隼人の内心はそわそわしていた。
隼人の秘密をどこまで知っているのかすぐにでも聞き出したかったが、流石に食事中にする話ではない。
隼人は仙崎が食べ終わるタイミングを今か今かと見計らっていたのだ。
(それにしても箸の持ち方がすごく綺麗)
長く骨張った指が、巧みに箸を使ってご飯を口に運んでいる。その所作は優雅さを感じるほどだ。
隼人は芸能界に入ったとき、箸の持ち方が汚いと言われて頑張って治したことがあった。苦労して箸の使い方を学んだが、仙崎の動きを見ていると自分はまだまだだと思ってしまう。
そして男らしい長い指が隼人のアレを――。
そこまで考えてしまい隼人は頭を振って邪念を散らす。
なんてことを考えてるんだ。
今食事中だぞ。
「隼人さん、どうかしましたか?」
「なんでもない。あはは……」
隼人は笑って誤魔化したが、耳が熱い。
彼を見ているとどうしてもエッチなことが浮かんでしまう。とても気持がよかったのだから、意識してしまうのは仕方がない。あそこまで気持よく達したのは初めてだ。
「ごちそうさまでした」
仙崎の声で現実に戻る。彼は綺麗に食べ終わって弁当の蓋を閉じていた。
このタイミングを逃すわけにはいかない。
隼人も残りのご飯を口一杯にいれて、ペットボトルのお茶で流し込む。
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「ふう、俺も終わり! ところで仙崎さん、話があるんだけど。午前中のことで」
「はい、詳しいことは後回しにしてしまいましたから、私に答えられることでしたら何でも答えますよ」
仙崎の口調はどこまでも穏やかなもので、本当に何でも答えてくれそうだ。
「仙崎さんは俺のこと、どこまで知ってるの? 社長から何か聞いた?」
「隼人さんのことはマネージャー代理の依頼を受けたときに社長から少し伺っています。性的なことで悩んでいると」
「やっぱり知ってたんだね」
ネットや業界で噂が流れていたわけではなくて隼人は少し安心した。自分でエゴサーチしても見つからなかったからまだ隠せているようだ。
それにしても仙崎の言葉に少し引っかかりを覚えた。配属や移動ではなくて、依頼と彼は言った。なんだか距離のある言い方に思えて、試しに聞いてみた。
「もしかして仙崎さんは事務所の社員じゃないの?」
「ええ、私は芸能事務所の人間ではありません。やはり社長からは何も聞かされていませんか?」
「何も聞いてない。落合マネージャーが入院中だから誰かしら別の人がついてもおかしくなかったけど」
隼人は仙崎のことを何も聞かされていなかった。事前の連絡もなかったし、社長室で対面したときがほんとうに初めてだった。
仙崎がスーツの内ポケットから金属製の名刺入れを取り出して、隼人に黒い名刺を一枚差し出した。触り心地のいい黒い名刺には、金色の箔押しで『アフロディーテ』という文字と仙崎の名前が印字されていた。この名刺は大人っぽいというか、怪しげな雰囲気がする。黒い紙を使っているからだろうか。
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「えっ!? 風俗店!? 仙崎さんが?」
仙崎の衝撃的な発言に隼人は思わず大きな声を出してしまう。
まさか彼が夜の仕事の人だとは。
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「男もいるの!? ……そういえば女性向けの風俗店もあるって聞いたことがあるかも。でもなんでマネージャーに? あっ! まさか社長もお客さんなの?」
混乱のあまり矢継ぎ早に言葉が口から出てしまう。もともと隼人はそういったお店は利用したことがないので、色々と脳内の整理が追いつかない。そんな隼人を面白そうに眺めている仙崎の目線に気づいているが反応できない。
「隼人さんの予想通り、社長は当店のお客様です。『アフロディーテ』では男女共に在籍していて、お客様も男性女性問わずご利用頂けます。そして性別に関係なくお客様の要望にそった子がお相手をします。本番はNGですが時には性欲のお世話だけでなく、お客様の昼のお仕事をお手伝いをすることもありますね」
よくある依頼は海外で通訳や秘書代わりをしてもらいながら性欲の処理も、ということらしい。高級店だけあって『アフロディーテ』に在籍している人たちは能力の高い人ばかりのようで、本番以外の行為ならどんな要望にも答えられるそうだ。
なるほど、社長もお客なのか。いや社長のプライベートなんて別に知りたくないけど。
「あー、わかってきた。俺が相談できる相手がいないから社長が気を使って仙崎さんのところに頼んだってことか」
「はい。社長からは隼人さんの性的なお悩みを解決しながらマネージャー業の代理を、というご依頼がありました。隼人さんが性欲を上手くコントロールできず、芸能界引退まで考えていると」
「……全くもってその通りです」
「ちなみに風俗店を利用したことはありますか?」
「ない。情報が漏れたら怖いし、気になるけど利用する勇気がない」
社長は隼人の話なんてまともに聞いてないと思っていたがどうやら違うらしい。
ほんとにあの社長は食えない人だ。いい加減な人に見えて鋭いところもあるし才能を見抜く目も持っている。隼人も社長に見出されてここにいるから何も言えない。
「じゃあ午前中のことは――」
「あの時は隼人さんが辛そうだったので、説明もなしに触れてしまいました。すみません、怖かったですよね」
仙崎がとても申し訳なさそうに謝ってきた。心からの謝罪だということが伝わってきて、隼人はたじたじになってしまう。
「全然大丈夫だから。少し驚いたけど、おかげでその後の撮影は順調にいったし、俺が興奮してるってバレずにすんだから」
何よりもすごく気持ちよかった。頭がとろけてしまうのではないかと思ったほどだ。
それに隼人が性的な興奮をしているなんてことが周囲に広まっていたら、気味悪がられて変態だと思われても仕方がない。とくに今回は撮影スケジュールが過密で、彼がいなかったら休憩中に処理を終わらせられずに撮影を遅らせていただろう。もしくはどこかのタイミングでスタッフたちにバレていただろう。だからほんとうに抜くのを手伝ってもらって助かった。
ものすごく恥ずかしかったけど。
「隼人さん。隼人さんのお悩みがデリケートな問題というのはわかっています。だからこそ社長からの言葉ではなく、隼人さんの口からお聞きしてもいいですか?」
「うん、わかった。あの、このことは誰にも言わないでほしいんだけど」
「もちろんです。守秘義務がありますし、信用の問題ですから決して秘密を漏らすことなどありません。ネットに書き込むこともいたしません」
仙崎に力強く断言されて隼人はホッとした。
彼なら本当に秘密を守ってくれるだろう。
仙崎の言葉はとても真摯で信用できると思えた。
隼人は芝居終わりに性的な興奮をしてしまうことをずっと悩んでいた。自分のせいで落合マネージャーに余計な仕事を増やしてしまう罪悪感があったし、社長に話しても笑って流されるしで根本的な解決というのが見えなかった。
あれだけ気持ち良かったのだ。
仙崎さんはきっとこの道のプロなのだろう。
隼人の悩みを相談するには頼もしい人だ。
「俺、演技が終わるといつもムラムラしちゃうんだ。役が抜けて自分に戻った瞬間に性欲が湧き上がってくるっていうか」
「必ず演技が終わった後なのですか?」
「うん。芝居以外の仕事ではなんともないんだけど」
「では、お芝居以外の日常において自慰行為の頻度はどのくらいですか?」
「ほとんどしないし、したいとも思わない。それよりも寝たい気持ちが強いかな。ありがたいことに仕事が忙しくて」
隼人は仙崎の目を見ながら率直に答えて悩みを打ち明ける。
いくつかの質問を終えた後、仙崎は「なるほど」と呟いて、目を閉じて思考し始めた。
仙崎が真剣に考えてくれている。そのことだけでもすごく嬉しい。
「試してみなければわかりませんが、隼人さんのお悩み解決のための案があります」
「ほんと!?」
「はい。ですが今はスケジュールがとても大変なので、これは映画の撮り直しが終わってからにしましょう」
「あー、確かに。今は手一杯かも」
今日だって日付が変わるまで時間がかかることが決まっている。これが数日続く予定なのだ。これで他にもトラブルがあればもっと長引くだろう。
隼人には今何かを始められる余裕がない。
「ひとまず今は撮影に集中してもらって、その間に昂ぶってしまうことがあれば私がお手伝いします」
「う、うん。でも、自分でできるときは自分でするよ」
仙崎がその手のことに慣れている人だとしてもさすがに恥ずかしい。ちゃんと自分で済ませるときは自分でする。そう宣言すると彼もにっこり笑って応じてくれた。
「わかりました。それではこれから共に解決を目指して頑張りましょう」
「うん。よろしくお願いします」
仙崎に手を差し出され隼人は握手を交わす。
この人ならほんとに悩みを解決してくれるかも。
そんな期待が込み上げてきて自然と握手する手にも力が入る。
手と手が離れると、「では早速」と言いながら仙崎はおもむろに立ち上がって隼人の背後へ回り込んできた。
隼人は事態が飲み込めず後ろにいる仙崎に目を向けようと頭を反らす。すると仙崎が身をかがめて隼人の耳元で囁いた。
「お昼休憩に入る前、少し昂ぶっていましたよね」
仙崎の発言に隼人の鼓動が跳ねる。
気づかれていた。
「……今は、治まったから……」
「ですがこの後も撮影は続きます。今のうちに処理しておいたほうがいいのでは?」
「それは……そうなんだけど」
「休憩時間も残り少ないですし、私がお手伝いしたほうがいいと思うのです。共演者やスタッフに迷惑をかけたくないのでしょう?」
「……うん」
仙崎の言っていることは正しい。
仙崎は隼人の直ぐ側に膝をつくと隼人を下から覗き込む。
「恥ずかしがらなくていいんですよ。お仕事で最高のパフォーマンスをするためです」
自分が恥ずかしいと思って躊躇しているのは確かだが、なぜか心がざわめく感じがする。
「どうぞ私に任せてください」
その言葉は前回の休憩時にも言っていた。
そしてとろけるような今まで味わったことのない快楽を与えられたのだ。思い出すだけで体の奥底が熱くなる気がする。
思考が麻痺しているかのようで、仙崎の提案に何も反論できない。
そもそも仙崎の言っていることが正しいから否定する材料なんて見つからないのだろう。
隼人はぼんやりとした状態で判断を下す。
「わかった。お願い」
「はい、よろこんで。たくさん気持ちよくして差し上げますね」
仙崎が隼人の右手を取って両手で包み込む。暖かく大きな手から優しさが伝わってくる。
彼の瞳には隼人の問題に真剣に向き合ってくれる誠実さを感じる。
それなのに何故だろう。
なぜか一抹の不安を覚えた。
なんだか薄ら寒いもので首筋を掴まれたような。
(ただの気のせいだ)
きっと彼の瞳の奥がとても深くて、なんだか吸い込まれそうな気分になっただけ。
隼人は仙崎に極上の快楽を与えられて何もかもを絞り尽くされた。そして疲労感を感じながらもスッキリした状態で残りの撮影に望むことになった。
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