マネージャーに性欲管理されてます

大安大吉

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2話

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 映画の残りのシーンも無事に撮り終えた隼人は、社長に呼び出されて事務所の社長室に来ていた。

 隼人の所属する事務所は芸能界でもかなりの大手事務所だ。俳優やタレント、アイドルやまだ世に出ていない養成所の人間を含めるとかなりの数の人間が所属している。それだけ大きな会社なだけあって大都会の中心に大きな自社ビルを所有しており、その最上階が社長室になっていた。
 
 部屋に通されたものの社長はまだいない。 
 見るからに高価な家具やインテリアで彩られた部屋は、少々派手さがあるもののうまくまとめられていてセンスの良さが垣間見える。
 たまに常人には理解できない絵画や、ガラクタに見える美術品が置いてあることもあるが今日はないようだ。感想を求められても今の疲れ切った隼人の脳はうまい言葉を返せないのでなくてよかったと心から思う。 

「はあ――。なんとかクランクアップしたな」

 隼人は深いため息をつきながら疲れきった体をソファーに沈めてぼんやりと大都会の夜景を眺める。

 芝居をするのは好きだ。
 でも性欲が暴走することがないように立ち回るのはほんとうに疲れてしまう。
 とくに今回の映画の撮影中にマネージャーが足を滑らせて転倒し、足を骨折して入院することになったときはどうなるかと思った。

(落合さん、おっちょこちょいだからなー。いつか何かやらかすとは思ってたけど)

 落合さんは隼人より四歳年上の男性マネージャーだ。明るく陽気で少し天然なところもあるが憎めない人で、友人のような関係性だ。
 隼人の体質のことも若いのだから仕方がないと言って笑い飛ばしつつ、性欲を処理しなければならない隼人のために人払いするなど気を回してくれた。落合さんが抜けた穴は大きく、トイレや楽屋にこもる理由が誰かにバレるのではないかと気が気ではなかった。
 ただ代理のマネージャーを手配すると言った事務所の提案を断ったのは隼人だ。隼人の体質はマネージャーと社長を含めてほんとうに限られた人間しか知らない。あの時は緊急性があったので社長を通す前に人事が動く可能性があり、もし女性マネージャーが来てしまった場合この体質の説明なんてできないので断ったのだ。それに男女関係なく隼人の体質を知る人間が増えるのを回避したかった。

「いろいろあったけど引退すればもうそれも終わりだな」

 この作品を最後にして、ドラマと映画の仕事は断ってモデルやタレントの仕事に絞る。映画が公開されたら番宣のためにいくつか番組に出演して、映画の公開が終了したら引退発表。
 これで綺麗に終われるだろう。
 演技さえしなければ発情状態にならないけれど、役者の仕事ができないのに業界にいるのは辛い。だから完全に業界から離れるのだ。
 これでいいはずだ。
 応援してくれた人や支えてくれた人たちには申し訳ないが、これが一番いい終わり方なのだ。

 ガチャ、という音がして社長室の扉が開く。
 隼人が思わず腰を上げると社長が意気揚々と入ってきた。

「よう! 隼人、お疲れ!」
「お疲れ様です、社長」

 社長はそのままの勢いで隼人の対面のソファーに座ると煙草に火をつけ始めた。

「撮影は終ったか? どうだ出来は?」
「はい、終了しました。手応えはあります」
「それはなにより! んじゃ次の仕事なんだが――」
 
 とんとん拍子で次の仕事の話に移りそうになって、隼人は慌てて社長の発言に割り込んだ。

「ま、待ってください! 前にも話しましたが俺ほんとに引退しようと思ってて――」

 今回の作品の撮影中でも頻繁に発情してしまったことを必死に説明して自分自身の危険性を訴える。

「万が一を起こす前に辞めたいんです。真剣に考えて出した答えなんです」
「お前はまだそんなことを言ってんのか! ただの疲れマラだろ! 大丈夫だって! 若いときはそんなもんなんだって!」
「でも――」
「そもそも引退したとしてその後はどうすんだ。隼人、お前今年で25歳だろ。一般人なら大半の人間がもう社会人としてバリバリ働いてるんだぞ」
「うっ……」

 隼人は痛いところを突かれて言葉が出ない。考えなかったわけではないが、いざ突きつけられるとうろたえてしまう。 

「舞台の頃を含めれば中学生のころから芸能の世界にいたことになる。まともなバイト経験もないお前が会社の歯車になって働ける自信はあるのか?」
「……それは、頑張るしかないというか……」

 ぐうの音も出ないとはこのことだ。
 社長の言うことはもっともな意見で、隼人自身も直視しないように避けていた問題だ。引退した後の将来の不安も考えなかったわけではない。
 しかし隼人も考え抜いて出した答えなのだ。社長にはこの業界にスカウトしてもらった恩があるが、隼人にも引けないものは引けないのだ。
 誰も不幸にしないための最善なのだから。

「まあ落ち着けって。ちゃんと対策を考えてきたから」
「えっ? 対策?」

 隼人の脳内には芸能界の引退しか頭になかったため、いきなり社長の口から飛び出した言葉に理解が追い付かない。
 隼人が疑問符を飛ばしていると、社長がソファーから立ち上がり社長室の扉を開けて廊下に向かって誰かに呼びかけた。

「おーーい。入ってこいよ」

 社長が部屋に迎え入れた人物は、スーツを着た男性だった。
 年は30歳半ばぐらいだろうか。身長は隼人より高く、190センチはありそうな体格だ。ただ身長が高いだけでなく適度に体を鍛えているようで、バランス良く筋肉がついていて背筋も綺麗に伸びて姿勢が良い。
 スタイリング剤で軽く流し上げられた髪は清潔感があり、知的で整っている顔立ちは男女問わずイケメンだと評価されるだろう。爪も革靴もきちんと手入れをされており、高そうなスーツを嫌味なく着こなしている。

(モデルか? いや、見たことないな。事務所にこんな社員いたっけ?)
 
 隼人の所属事務所は規模が大きいので知らない社員がいてもおかしくはない。しかし街を歩けば誰もが振り向くようなこんな逸材を社長はただの社員として雇用したのだろうか。
 隼人もソファーから立ち上がって挨拶をするために初めて見る男に近づく。

「隼人、この人は仙崎修二せんざきしゅうじさん。今日からお前のマネージャーな」
「はじめま――はっ!? マネージャー!? いや俺引退するって――」
「大丈夫、大丈夫! いろいろ上手くやってくれるから。マネージャーやるのは初めてだけどな」

 社長に勢いよく肩をポンポンと叩かれるが隼人には意味がわからない。

「いやいやいや、上手くってなんですか!」

 当初の想定とは違うことが起こりすぎて混乱する。
 辞めるって言っているのに新人マネージャーが来て何が何だかわからない。どうやら隼人が思い描いていた道筋が大きく外れたのはわかるが、何故こうなってしまったのか。状況の整理がつかないでいるところに仙崎と紹介された人物が右手を差し出してきた。

「はじめまして。仙崎修二と申します。臨時で藤村さんのマネージャーを勤めさせていただきます。よろしくお願いします」

 見た人すべてを恋に落とすような完璧な笑顔で握手を求められて、隼人はつい右手を差し出してしまった。

「あっ、はい。藤村です。よろしくお願いします」

(今のどたばたを見てたのに動じてない。肝が据わってる人なんだな)

 仙崎さんへの第一印象は、優しそうに見えて偉い人が相手でも物怖じのしない大人だ。
 そして隼人より大きな体格の仙崎は、もしものとき隼人を力ずくで抑えられそうではある。整った容姿に高身長な彼は、隼人から見てもただのマネージャーにしておくのは勿体ない気がする。
 隼人は自分の問題を忘れてついまじまじと仙崎を観察してしまう。

「よし! 顔合わせ終わり! じゃあ俺は帰るわ」

 社長が勢いよく自分の手を叩いてこの場の終了を知らせる。

「ちょっ! 待ってくださいよ」

 さっさと帰ろうとする社長を隼人は引き留めようとする。

「入院中の落合の代理だ。ま、優秀な人だから大丈夫だろ。あ、俺だ。帰るから車回してくれ」

 社長は隼人と喋りながら内線を使って帰りの車の手配をさせた。
 もう完全にお開きなのだ。隼人がこれ以上何を言っても社長の考えは変わらないだろう。

「あっ、そうだ。仙崎さんの件は急に決まったんでな。社員寮の空きがない。隼人、お前んちの客室に泊めてやってくれ」
「はぁ!?」
「隼人の契約している物件は広くて部屋も多いだろ。あそこはお前用に寮として借りているところだから会社名義だし、そもそも泊める友達もいなくて使ってないだろ」
「ぐっ……、まあ、はい……」
「んじゃあそういうことで、お疲れ!」

 すでに夜の十時を回っているのに疲れを感じさせない速さで社長は部屋から出ていった。
 隼人はガクッと肩を落として社長の意見に流されることに決めた。社長を説得するのはまた次の機会に持ち越しだ。
 どっと疲れた隼人は仙崎がこちらを見ている視線に気づいた。
 目が合うとニコッと笑顔で返された。
 この人絶対モテるだろうな、なんて考えながら帰宅の提案をする。

「えっと、じゃあ俺たちも帰りますか」
「はい、お世話になります」
「あの、こちらこそよろしくお願いします」

 
 こうして隼人の人生が一変する日々が幕を開けた。
 
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