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魔法使い
授業と治療
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……ひとまず、これで良かったのだろうか?
情況がまだよく呑み込めていないまでも、ルースは無理やり自分を納得させた。
まるで喧嘩を吹っ掛けてきたような、あの青年は、ルースに妹を治す魔法を教えると言った。オリヴィアが元気になるのなら、とにかく何を利用しようと構わない、魔法を教えてもらえるなら万々歳だ、とルースは考えた。
「ここは、魔法使い同士が交流する街」
ルースがここに来た経緯を話すと、青年――ノアと名乗った――は説明する。
「そこそこ大きな街には、ここに通じる扉がある。魔法使いが情報交換や取引を行う場所だよ。普通ではないのは、入り口と出口は違うこと。入り口は限られているが、出口はどこにでもある」
そう言って、ノアは適当な路地に入る。
「扉か、なければ壁を探す。この街では、壁の方が使いやすいね。例えば、ここ」
その路地は、ルースが入ってきたのと似たようなつくりで、大通りから入って、十歩ほど歩いたところが行きどまりになっている。
とんとん、とその行きどまりの壁を左手の甲で叩き、ノアは言う。
「君の来た場所を思い浮かべながら、ここに触れて」
ルースは言われるがまま、右手を伸ばして何の変哲もない壁に触れた。
「扉を思い描く」
ルースは目を閉じ、図書館の裏口、ここに繋がっていた小さな扉を心の中で思い浮かべる。手のひらからゆっくり と、熱のような振動のような波動が、徐々に広がっていくのを感じた。
「――押し開いて」
ルースは壁に当てた右手をわずかに前に押した。すると、呆気なく右手は支えを失い、ルースは前のめりになる。
ふわりと誰かの手がルースの腕の下にまわり、受け止めてくれたおかげで、彼は何とか倒れずに済んだ。
ルースが慌てて目を開けると、目の前にはいつのまにかあの小さな扉が出現し――ただし、あの鷲の顔をしたノッカーはついていない――、向こう側に開いていた。
確か、魔法使いの街に入るときは、こちら側に開いたのではなかったか。
その違和感はあるものの、その扉の開いた向こう側には、あの図書館の裏手の景色が見えて、すぐにその疑問は吹き飛んだ。
そして、自分を支えている腕にも気づく。扉は背が低いので、もしその腕が差し出されなければ、扉と共に向こう側に倒れこむのではなく、扉の上方の壁にぶつかっていたかもしれない。どちらも格好悪いことになっていただろう。
「……ありがとう」
ルースがお礼を言うと、ノアは頷いて腕を引いた。
「場所は合っている?」
ルースは頷き、少し屈んでその扉をくぐった。背後からノアもついてくる気配がする。彼はルースよりかなり背が高いので、より腰を屈めなければならないだろう。
図書館の敷地に入る前に繋いでおいた馬の所に行き、ルースはノアに言う。
「この馬で三刻の所に、妹がいる」
ノアは頷き、すぐに自ら馬を借りてきた。
何となく、彼は馬に乗れる人だとは予想していたが、その通りだったことにルースは安堵し、彼に先だって村へと馬を走らせる。
突然の客人――それも、医者にしてはとても若い、美貌の青年――に両親は驚いたものの、ルースは一言「魔法使い」とだけ言い、ノアを妹の部屋に案内した。
オリヴィアはルースが出て行った時と同じように、苦悶の表情を浮かべながら、赤い顔をして寝台に寝ていた。
ふむ、とノアはオリヴィアとルースの顔を見比べ、「失礼」とオリヴィアの手首に触れた。
まもなく、ノアはルースに尋ねた。
「君の妹は、よくこんな風に熱を出す?」
ルースは頷き、オリヴィアが倒れた経緯を説明した。
ノアは左手の人差し指を、自らの顎にやる。
「……今まで、彼女が熱を出した時、どういった対処をしていた?」
「俺の魔法が効いてくれれば、それで。あとは常備薬。医者や薬代も馬鹿にならないから。それで駄目なら、村の医者を呼んだり、薬を買う」
「君の魔法は効いた?」
直球で問われ、ルースは無意識に視線を逸らす。
「……たぶん、多少は。怪我を治すみたいにはいかないけど」
「そうだろうね」
ルースは思わずむっとして、視線をノアに戻したが、青年はその視線を気にする様子もなく、顎にやった人差し指を、反転させルースに向ける。
「じゃあ、私が教えよう」
ノアはルースと場所を交代して、彼にオリヴィアの手に触れさせる。
「外傷ではない時は、まず、患者の身体のどこかに触れる。場所はどこでもいいから」
ルースはオリヴィアの手首を握るような格好だ。
「それから、神経を患者に触れている部分に集中させる」
ルースは目を閉じ、言われたとおりにする。オリヴィアの肌は熱い。
「それから、患者の身体の方へ意識を移動させる。君も魔法使いだと自覚しているなら、他のものの感覚を共有したことがあるだろう。それを行う意識で」
例えば、犬のジャックの気持ちを汲み取るような感覚。ルースは元々、人間の気持ちにも敏感ではあるが、意識的に、感覚を共有しようとしたことはなかった。
ルースは自分が立っていることは頭ではわかっている、しかし、横になっているような感覚がした。そして、全身が熱い。
遠くでノアの涼やかな声が聞こえた。
「ただし、呑み込まれてはいけない。主観的ではなく、感覚を共有しながらも、客観的に。彼女の高熱の原因を探るんだ。君が、客観的に、違和感を探る。それが病の源だ」
客観的に感覚を共有する。その言葉は難しく、ルースは思わず眉根を寄せる。
しかし、段々と全身の暑さが和らいで、オリヴィアの感覚を感じながらも、高いところから俯瞰している鳥でいるような距離を保てるようになる。
ルースが見つけた違和感。
ルースは思わずといった調子で言葉を滑らせた。
「――心臓」
そう、とまた、涼やかなノアの声が響く。そして、オリヴィアの手首を握るルースの手に、冷たいものが触れた。
その途端、ルースの意識はオリヴィアとの感覚の共有から、自分一人に引き戻される。
はっとルースが目を開くと、彼の手に触れた冷たいものは、ノアの左手だった。
「取り敢えず、一旦戻ろう」
ノアはそう言って、ルースの手をオリヴィアの手首から外した。
「外傷ではない病の場合、そしてその原因がわからない場合、患者と感覚を共有して病の源を探るのが一般的だ。ただ、感覚の共有は、危険も伴う。あまり長くしないほうがいい。源がわかれば、ひとまず引きなさい」
ルースは頷いて、オリヴィアに触れた手のひらを見つめる。
「心臓……妹は、心臓が悪いということ?」
「心臓自体に問題があるわけじゃない」
ルースが目を上げると、ノアは彼を見返した。
「生命力が弱まっている。急激にエネルギーを失ったせいで、身体の自然治癒力が追い付いていないんだ」
「エネルギー……」
それは、聞き慣れない単語だった。振り返ると、ノアはルースにあまりなじみのない単語を喋る時があった。それは、育った環境の違いか、はたまた、魔法使いの中での用語なのか。
ノアは説明する。
「世界には目に見えないエネルギーがある。それは魔法使いと大きく関係している。それと同じように、生き物は、生きるための力がもともと備わっている。それを失えば、身体自体は損傷していなくても、いずれ身体にも影響が出て――今回、熱が出たように――死に至る」
「どうしたらいい?」
ルースは縋るように、ノアに問いかける。青年は言った。
「普通、その生命力、エネルギーは、他人が与えられるものじゃない。ただ、私たち魔法使いは――そのエネルギーを利用できる」
だから、とノアはルースを指さし、それからオリヴィアにその手を向ける。
「この世界のエネルギーを貰って、君の妹に注入するんだ」
「――どうやって」
「君は魔法を使う時、自分の身体の中に、何か力が集まってくるような感覚はない?」
聞かれて、ルースは頷く。
「あるけど」
「そんな風にして、一旦自分にその力を集め、それからさっきみたいに、君の妹の身体に触れて、その力を流し込む」
物は試しだ、とノアは言って、今度もルースの手を取って、再びオリヴィアの手首を握らせた。
しかし、今度は、ノアの手はルースから離れなかった。補助してくれるつもりなのかもしれない。
魔法を使うには、目を閉じたほうがやりやすいので、ルースは気にせず、再び瞼を下ろす。
目を閉じると、感覚が鋭敏になる。空気に触れる場所、触れない内面までも、何かに包まれているような、何かを発しているような、逆に何かを向けられているような、そんな説明しがたい感覚が、ルースの身体と心を満たす。それはもしかすると、水の中で泳いでいる感覚に似ているかもしれない。水中ほどの圧力はないが。
言葉にしづらい、目に見えない、また、触れられない何か、しかし、見えなくとも触れられなくとも存在する何か、それを自分の方へ向けさせる。
自分を圧迫するような感覚が強くなり――しかし、苦しくも痛くもない――じんわりとした熱に似て熱ではないものが体中を満たしていく。
「そのくらいで」
ノアの指示が聞こえた。それに従い、ルースは体中を満たす熱に似た力を、オリヴィアの手首を掴む右手の方へ流す。
その辺りに添えられていたノアの手に力がわずかに入ったのをルースは感じた。まるで、力の流れの軌道を修正するかのように。
そのおかげかどうか、ルースは少しだけ安心して、自らの身体に集めた力を右手から外へ流す。
「充分」
と、再びルースの手がオリヴィアから引きはがされた。
ルースが目を開けると、ノアがにこりと笑った。それは冷笑でも嘲笑でもない、称賛の笑みだ。
「初めてにしては上手だね」
ん、と傍らのオリヴィアが声を発した。慌ててルースが彼女の顔を覗き込むと、まだ顔は赤いものの、苦しげな表情は抜け、呼吸も安定するようになっている。
「すぐに熱が下がるわけじゃない。だけど、この分だと、半日経てば熱も完全に下がり、彼女も目を覚ますだろう」
ルースはほっとして、深い息を吐いた。
――いつでもオリヴィアを守る、その約束を、何とか破らずに済んだみたいだ。
情況がまだよく呑み込めていないまでも、ルースは無理やり自分を納得させた。
まるで喧嘩を吹っ掛けてきたような、あの青年は、ルースに妹を治す魔法を教えると言った。オリヴィアが元気になるのなら、とにかく何を利用しようと構わない、魔法を教えてもらえるなら万々歳だ、とルースは考えた。
「ここは、魔法使い同士が交流する街」
ルースがここに来た経緯を話すと、青年――ノアと名乗った――は説明する。
「そこそこ大きな街には、ここに通じる扉がある。魔法使いが情報交換や取引を行う場所だよ。普通ではないのは、入り口と出口は違うこと。入り口は限られているが、出口はどこにでもある」
そう言って、ノアは適当な路地に入る。
「扉か、なければ壁を探す。この街では、壁の方が使いやすいね。例えば、ここ」
その路地は、ルースが入ってきたのと似たようなつくりで、大通りから入って、十歩ほど歩いたところが行きどまりになっている。
とんとん、とその行きどまりの壁を左手の甲で叩き、ノアは言う。
「君の来た場所を思い浮かべながら、ここに触れて」
ルースは言われるがまま、右手を伸ばして何の変哲もない壁に触れた。
「扉を思い描く」
ルースは目を閉じ、図書館の裏口、ここに繋がっていた小さな扉を心の中で思い浮かべる。手のひらからゆっくり と、熱のような振動のような波動が、徐々に広がっていくのを感じた。
「――押し開いて」
ルースは壁に当てた右手をわずかに前に押した。すると、呆気なく右手は支えを失い、ルースは前のめりになる。
ふわりと誰かの手がルースの腕の下にまわり、受け止めてくれたおかげで、彼は何とか倒れずに済んだ。
ルースが慌てて目を開けると、目の前にはいつのまにかあの小さな扉が出現し――ただし、あの鷲の顔をしたノッカーはついていない――、向こう側に開いていた。
確か、魔法使いの街に入るときは、こちら側に開いたのではなかったか。
その違和感はあるものの、その扉の開いた向こう側には、あの図書館の裏手の景色が見えて、すぐにその疑問は吹き飛んだ。
そして、自分を支えている腕にも気づく。扉は背が低いので、もしその腕が差し出されなければ、扉と共に向こう側に倒れこむのではなく、扉の上方の壁にぶつかっていたかもしれない。どちらも格好悪いことになっていただろう。
「……ありがとう」
ルースがお礼を言うと、ノアは頷いて腕を引いた。
「場所は合っている?」
ルースは頷き、少し屈んでその扉をくぐった。背後からノアもついてくる気配がする。彼はルースよりかなり背が高いので、より腰を屈めなければならないだろう。
図書館の敷地に入る前に繋いでおいた馬の所に行き、ルースはノアに言う。
「この馬で三刻の所に、妹がいる」
ノアは頷き、すぐに自ら馬を借りてきた。
何となく、彼は馬に乗れる人だとは予想していたが、その通りだったことにルースは安堵し、彼に先だって村へと馬を走らせる。
突然の客人――それも、医者にしてはとても若い、美貌の青年――に両親は驚いたものの、ルースは一言「魔法使い」とだけ言い、ノアを妹の部屋に案内した。
オリヴィアはルースが出て行った時と同じように、苦悶の表情を浮かべながら、赤い顔をして寝台に寝ていた。
ふむ、とノアはオリヴィアとルースの顔を見比べ、「失礼」とオリヴィアの手首に触れた。
まもなく、ノアはルースに尋ねた。
「君の妹は、よくこんな風に熱を出す?」
ルースは頷き、オリヴィアが倒れた経緯を説明した。
ノアは左手の人差し指を、自らの顎にやる。
「……今まで、彼女が熱を出した時、どういった対処をしていた?」
「俺の魔法が効いてくれれば、それで。あとは常備薬。医者や薬代も馬鹿にならないから。それで駄目なら、村の医者を呼んだり、薬を買う」
「君の魔法は効いた?」
直球で問われ、ルースは無意識に視線を逸らす。
「……たぶん、多少は。怪我を治すみたいにはいかないけど」
「そうだろうね」
ルースは思わずむっとして、視線をノアに戻したが、青年はその視線を気にする様子もなく、顎にやった人差し指を、反転させルースに向ける。
「じゃあ、私が教えよう」
ノアはルースと場所を交代して、彼にオリヴィアの手に触れさせる。
「外傷ではない時は、まず、患者の身体のどこかに触れる。場所はどこでもいいから」
ルースはオリヴィアの手首を握るような格好だ。
「それから、神経を患者に触れている部分に集中させる」
ルースは目を閉じ、言われたとおりにする。オリヴィアの肌は熱い。
「それから、患者の身体の方へ意識を移動させる。君も魔法使いだと自覚しているなら、他のものの感覚を共有したことがあるだろう。それを行う意識で」
例えば、犬のジャックの気持ちを汲み取るような感覚。ルースは元々、人間の気持ちにも敏感ではあるが、意識的に、感覚を共有しようとしたことはなかった。
ルースは自分が立っていることは頭ではわかっている、しかし、横になっているような感覚がした。そして、全身が熱い。
遠くでノアの涼やかな声が聞こえた。
「ただし、呑み込まれてはいけない。主観的ではなく、感覚を共有しながらも、客観的に。彼女の高熱の原因を探るんだ。君が、客観的に、違和感を探る。それが病の源だ」
客観的に感覚を共有する。その言葉は難しく、ルースは思わず眉根を寄せる。
しかし、段々と全身の暑さが和らいで、オリヴィアの感覚を感じながらも、高いところから俯瞰している鳥でいるような距離を保てるようになる。
ルースが見つけた違和感。
ルースは思わずといった調子で言葉を滑らせた。
「――心臓」
そう、とまた、涼やかなノアの声が響く。そして、オリヴィアの手首を握るルースの手に、冷たいものが触れた。
その途端、ルースの意識はオリヴィアとの感覚の共有から、自分一人に引き戻される。
はっとルースが目を開くと、彼の手に触れた冷たいものは、ノアの左手だった。
「取り敢えず、一旦戻ろう」
ノアはそう言って、ルースの手をオリヴィアの手首から外した。
「外傷ではない病の場合、そしてその原因がわからない場合、患者と感覚を共有して病の源を探るのが一般的だ。ただ、感覚の共有は、危険も伴う。あまり長くしないほうがいい。源がわかれば、ひとまず引きなさい」
ルースは頷いて、オリヴィアに触れた手のひらを見つめる。
「心臓……妹は、心臓が悪いということ?」
「心臓自体に問題があるわけじゃない」
ルースが目を上げると、ノアは彼を見返した。
「生命力が弱まっている。急激にエネルギーを失ったせいで、身体の自然治癒力が追い付いていないんだ」
「エネルギー……」
それは、聞き慣れない単語だった。振り返ると、ノアはルースにあまりなじみのない単語を喋る時があった。それは、育った環境の違いか、はたまた、魔法使いの中での用語なのか。
ノアは説明する。
「世界には目に見えないエネルギーがある。それは魔法使いと大きく関係している。それと同じように、生き物は、生きるための力がもともと備わっている。それを失えば、身体自体は損傷していなくても、いずれ身体にも影響が出て――今回、熱が出たように――死に至る」
「どうしたらいい?」
ルースは縋るように、ノアに問いかける。青年は言った。
「普通、その生命力、エネルギーは、他人が与えられるものじゃない。ただ、私たち魔法使いは――そのエネルギーを利用できる」
だから、とノアはルースを指さし、それからオリヴィアにその手を向ける。
「この世界のエネルギーを貰って、君の妹に注入するんだ」
「――どうやって」
「君は魔法を使う時、自分の身体の中に、何か力が集まってくるような感覚はない?」
聞かれて、ルースは頷く。
「あるけど」
「そんな風にして、一旦自分にその力を集め、それからさっきみたいに、君の妹の身体に触れて、その力を流し込む」
物は試しだ、とノアは言って、今度もルースの手を取って、再びオリヴィアの手首を握らせた。
しかし、今度は、ノアの手はルースから離れなかった。補助してくれるつもりなのかもしれない。
魔法を使うには、目を閉じたほうがやりやすいので、ルースは気にせず、再び瞼を下ろす。
目を閉じると、感覚が鋭敏になる。空気に触れる場所、触れない内面までも、何かに包まれているような、何かを発しているような、逆に何かを向けられているような、そんな説明しがたい感覚が、ルースの身体と心を満たす。それはもしかすると、水の中で泳いでいる感覚に似ているかもしれない。水中ほどの圧力はないが。
言葉にしづらい、目に見えない、また、触れられない何か、しかし、見えなくとも触れられなくとも存在する何か、それを自分の方へ向けさせる。
自分を圧迫するような感覚が強くなり――しかし、苦しくも痛くもない――じんわりとした熱に似て熱ではないものが体中を満たしていく。
「そのくらいで」
ノアの指示が聞こえた。それに従い、ルースは体中を満たす熱に似た力を、オリヴィアの手首を掴む右手の方へ流す。
その辺りに添えられていたノアの手に力がわずかに入ったのをルースは感じた。まるで、力の流れの軌道を修正するかのように。
そのおかげかどうか、ルースは少しだけ安心して、自らの身体に集めた力を右手から外へ流す。
「充分」
と、再びルースの手がオリヴィアから引きはがされた。
ルースが目を開けると、ノアがにこりと笑った。それは冷笑でも嘲笑でもない、称賛の笑みだ。
「初めてにしては上手だね」
ん、と傍らのオリヴィアが声を発した。慌ててルースが彼女の顔を覗き込むと、まだ顔は赤いものの、苦しげな表情は抜け、呼吸も安定するようになっている。
「すぐに熱が下がるわけじゃない。だけど、この分だと、半日経てば熱も完全に下がり、彼女も目を覚ますだろう」
ルースはほっとして、深い息を吐いた。
――いつでもオリヴィアを守る、その約束を、何とか破らずに済んだみたいだ。
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