2 / 18
episode1
塁①-2
しおりを挟む◆ 塁 ①-2 ◆
A球団の本拠地は西東京にある。年間のおよそ百五十試合のうち半分がホームゲーム、半分が相手チームの球場で戦うビジターゲームだ。半分がホームゲームといっても本拠地以外で行われることもあるため、塁は本拠地のすぐ側ではなく都心に住む選択をした。関東での試合ならば高速道路でどこへでも行きやすいし、今日のようにチームメイトとの飲み会――合コン――も結局この近辺ですることがほとんどなので生活しやすい。
西麻布でタクシーを降りる。普段から華やかな街にクリスマスムードが加わり、すれ違う人々の浮かれた気分が伝わってくる。冬の陽はとっくに沈んでいるのに明るすぎる街。
店に入り帽子とマスクを取るとすぐに個室へと案内される。時間になると全員がそろった。
今夜の飲み会は、チームの先輩が三人と塁、それから後輩が二人来ている。女性陣は女子アナがほとんどでグラビアアイドルも来ていた。女の子もぴったり六人いるのだが、塁はその六人ともと面識があった。面識……、というのか、ぶっちゃけやったことがある。
――今夜は先約があると言って帰らないと。
塁は同じ女を二度は抱かない。……そう言うとプレイボーイ的な格好良さがあるかもしれないが、実のところは抱けないのである。何故だか本能が拒絶する。塁にも理由はわからない。いや、本当は薄々気付いている……、かもしれない。
とりあえずはっきりしていることは、何人の女性と関係を持とうと結婚願望が湧かないということだ。
いつものように塁のまわりに女の子たちが寄ってくる。塁は外国のビールを飲み、女の子たちはやたらと見た目がかわいらしいカクテルを飲んでいる。
先輩たちがどの子を狙っているかを見極めてうまく誘導するのが塁の仕事だと思っている。
「矢本さんのお陰で俺、一軍でやれてるから」
「そうなんですかぁ」
「俺が調子悪かった年、矢本さんが自主練付き合ってくれて、たぶんそのあと監督に俺のこと『調子が戻ってる』とか口添えしてくれたんだ。じゃないとあの年は絶対二軍だった」
自主練を一緒にしたことはある。ただそれだけだ。矢本はどちらかと言えば夜遊びを教えてくれる先輩だ。
別に嫌いではない。遊び歩くのが好きでも本業でしっかりと結果を出す。バックグラウンドがどうであれ、塁のまわりにいる人たちはプロフェッショナル集団だ。
塁の画策通りその女の子は矢本と話を始めた。
――賢い女だ。そういうの嫌いじゃないぞ。
その子が今日、塁に二度目のお持ち帰りをされたかったのは明白だ。けれど彼女は矢本が自分を気に入っていること、後輩である塁が先輩の矢本を立てようとしていること、それに気付き塁に味方してくれたようだ。今夜どこまで付き合うのかは知らないが、「ナイスプレイ」と塁は心の中でつぶやく。
先輩全員がお目当ての子と二軒目へ無事に移動し塁はホッとする。
残りの女の子から誘われたが、予定通り「先約があるんだ」と言って家路についた。
こういう言動がどこからか広まるようだ。遊んでいるようだが塁には本命がいると週刊誌に書かれる。しかしカメラマンたちはその写真を撮ることができない。それはそうだ。本命の彼女などいないのだから。だからまた、遊びたい盛りで結婚はまだだろうなどと書かれる。もう長いことこんな状態だ。
女子アナ――ではなくても良いのだけれど――あたりと結婚して、相手は仕事を辞めて栄養士の資格を取ってくれて健康面を支えてくれる。そうなるとなんとなく野球選手はまわりから安心される。この世界に六年もいればそういった空気を感じるようになる。
誰が小日向選手をゲットするか、といった見出しの記事はもう見飽きた。それと同時に妙なプレッシャーが塁の心に生まれた。
今はまだ「遊びたい盛り」で済むからいいけれど、それは何歳まで通用するのか。プロ野球選手は夢だった。でも、こんなにも世間から恋愛や結婚について関心を持たれるなんて、結婚願望のない、いや、おそらく女性に興味のない塁にはちょっと恐怖だ。就く職業を間違えたかもしれない。そんなことを思ってしまう。
「結婚、結婚って、考えが古くないか?」
帰宅して大きな独り言をつぶやく。
必要なら栄養士を雇うことだってできるし、現に今はジムで塁の体調に合わせた弁当を手配している。遠征の日は滞在先のホテルで栄養管理された食事が出る。
テレビをつけるとさっきも見た男性アイドルグループが出ている。今度は歌番組だ。
「めっちゃ忙しそうだな」
ラヴィアン・ローズという名前のグループである。四人グループで、塁と同世代か少し年下だ。彼らの先輩にあたる国民的アイドルグループがヴァン・ブラン・カシスといって、どちらもカクテルの名前からつけられたようだ。
ラヴィアン・ローズは「薔薇色の人生」という意味である。夢を与える彼らにぴったりだと塁は思う。
年の瀬ならではの歌番組だから、新曲の披露ではなく過去のヒット曲を歌っている。塁がカラオケでよく歌う曲も流れた。
自然と口ずさんでいていつの間にか嫌なことは忘れていた。
――アイドルってすごいんだな。
ジムに行けなかった分、地味に腹筋をしながら時計の針は零時を過ぎた。
0
お気に入りに追加
20
あなたにおすすめの小説
ちょっと大人な体験談はこちらです
神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な体験談です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。


百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。


イケメン彼氏は年上消防士!鍛え上げられた体は、夜の体力まで別物!?
すずなり。
恋愛
私が働く食堂にやってくる消防士さんたち。
翔馬「俺、チャーハン。」
宏斗「俺もー。」
航平「俺、から揚げつけてー。」
優弥「俺はスープ付き。」
みんなガタイがよく、男前。
ひなた「はーいっ。ちょっと待ってくださいねーっ。」
慌ただしい昼時を過ぎると、私の仕事は終わる。
終わった後、私は行かなきゃいけないところがある。
ひなた「すみませーん、子供のお迎えにきましたー。」
保育園に迎えに行かなきゃいけない子、『太陽』。
私は子供と一緒に・・・暮らしてる。
ーーーーーーーーーーーーーーーー
翔馬「おいおい嘘だろ?」
宏斗「子供・・・いたんだ・・。」
航平「いくつん時の子だよ・・・・。」
優弥「マジか・・・。」
消防署で開かれたお祭りに連れて行った太陽。
太陽の存在を知った一人の消防士さんが・・・私に言った。
「俺は太陽がいてもいい。・・・太陽の『パパ』になる。」
「俺はひなたが好きだ。・・・絶対振り向かせるから覚悟しとけよ?」
※お話に出てくる内容は、全て想像の世界です。現実世界とは何ら関係ありません。
※感想やコメントは受け付けることができません。
メンタルが薄氷なもので・・・すみません。
言葉も足りませんが読んでいただけたら幸いです。
楽しんでいただけたら嬉しく思います。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる