蒼すぎた夏

三日月の夢

文字の大きさ
13 / 18
episode3 傷をたどれば

episode3-4

しおりを挟む

 大学四年になり、待遇は契約社員だけれど、図書館への就職が内定した。
 暑い夏、やっとリクルートスーツを脱ぐことができた。

「家で内定祝いしてくれるって言ってて」

 付き合い始めた去年の夏もそうだったけれど、知哉さんには帰省する実家がないから、自分もなんとなく親元に帰らなくなっていた。土日もだいたい知哉さんと過ごしている。平日、急に午後の講義が休講になった時、ちょっと帰ったりはしている。
「たまには実家に帰りなよ」と、「俺に気を使わないで」と言われるけれど、「この前、平日に帰ったよ」とだけ報告していた。

「そうなんだ。俺もお祝いしないとね。実家にはいつ帰るの?」
「今度の土日」
「うん、わかった」

 日帰りではなく泊まるということだ。この夏は、お盆にも一泊している。

「廉の就職祝いで行ったレストラン、おいしかったから、今度行かない? 内定祝い」
「うん、ありがとう」

 三月の中旬に、知哉さんは北嶋に会った。一緒に行かないかと言われたけれど、大学の用事で忙しいふりをして断った。
 今は八月の終わりだから、北嶋は社会人になって五ヶ月が過ぎたわけだ。楽しく働いているだろうか。

 ポケットでスマホが震えた。

「あ、ちょうど母親から。土曜日、何時に来るかって」

 メールには、何を食べたいか、とも書いてある。

「早く会いたくて仕方ないんだろうね」
「うん……」

 一般的な若者がするような否定はせず、素直にうなずいた。家族がうるさく何かを言ってくることが少しわずらわしいだなんて、幸せなことなのだ。知哉さんは長いことひとりきりなのだから。
 返信をして待ち受け画面に戻ると、高校生の自分が斜陽しゃようを読んでいる。北嶋が描いた絵だ。北嶋の中では、もちろんこのことも忘れ去られているのだけれど。


 * * *


 新宿で乗り換え、千葉方面へ向かう。車窓から見える景色が段々と懐かしくなってくる。
 勤務先として決まった図書館は都内だから、今のひとり暮らしをしている家から通うほうが便利だ。けれど、一度だけ知哉さんに言われた。北嶋に再会した日だ。自分が卒業したら、うちの家族にきちんと話して一緒に住みたいと。知哉さんは今でもそう思っているのだろうか。
 男の人と付き合っていると、家族には話せていない。つい二週間ほど前にお盆で帰省した時、話そうかと少し思ったけれど、やはり話せなかった。おそらく今日も話せない。

「あれ、峰?」

 地元の駅で降りると声をかけられた。高二、高三の時のクラスメイトだ。

「あ、中田」
「久しぶりだな」

 中田も家へ帰るところなのだろうか、行く方向が同じで、一緒に歩くことになった。大学の話や、同級生の話、就職の話なんかをしていたが、ふと中田が言った。

「なんか、峰に会ったら、急に花火のこと思い出した」

 花火……。忘れられない夏の日。

「覚えてない? 高二の時の。先生に見つかって怒られたじゃん?」
「ああ、そうだっけ」
「峰って、あんまりそういうイベントに参加しなかったから、あの日峰も来ててめずらしいなって思ったから、なんか覚えてる」
「そう」
「誰がやろうって言い出したんだっけ」

 中田は首をひねって、夏の青空の下、記憶を辿たどっている。

 ――覚えていないのか。北嶋のこと。

「さすがに高三の時は、誰もやろうって言い出さなかったな」

 北嶋がいたら、やろうって言ったかもしれない。

「じゃあ、俺こっちだから。またな」

 まぶしい太陽の下、中田は去って行ったけれど、同じ太陽なのに、同じ海がそこにあるのに、もう青春などという言葉が似合う年ではないと気付かされる。
 北嶋と一緒だったら、一気に青春のあの日に戻れるのだろうか。

 ――峰セレクト、聴きたい。

 もし、同じ台詞せりふを繰り返されても、あの日の自分はいない。北嶋にとって自分は、ただ『兄貴の恋人』。


 * * *


 母親の作った料理がたくさん並ぶ食卓。来年、妹が大学受験だから、多少は家の中がぴりぴりとしているみたいだけれど、幸せな家族の夕げだ。

「私の合格祝いはレストランがいいー」
「レストラン?」
「友達がこの間、イタリアンレストランに家族で行ったんだって。おいしかったってー」
「たまにはそういうのもいいかもね。母さんも大変だろうし」

 知哉さんが内定祝いにレストランへ行こうと言ってたっけ。嬉しそうに娘のわがままを聞いている父親を見ていて思った。こういうのが家族なんだなと。
 何かしてもらうことをいつも遠慮してしまうけれど、明日、戻ったら、「この間言ってたレストラン、連れてって」と、知哉さんに言おうと思った。
 そう、北嶋は自分のことを覚えていないのだから、もし三人で会うことがあっても、知哉さんの弟として接して、ただただ知哉さんの恋人でいようと、何故だかこの時、決心した。

 ――いつか、知哉さんの家族になろう。

 寝る前に、実家に置いたままの高校の卒業アルバムが目についた。ちょうどベッドに寝た時に見えるところに置いてあったからだ。
 そっと手を伸ばしかけてやめた。
 ページを開いても、そこには北嶋はいないから。好きだった人が、卒業前に転校すると、こういう気持ちなのだ。
 卒業をテーマに歌われている流行はやりの曲が、当時から共感できなかった。たいていが、『卒業アルバムの君は』とか言っているからだ。『卒業アルバムの君』が笑っていようと静かにこっちを見ていようと、どう表現されてもぴんと来ない。そこにさえしないのだ。自分の高校生活に本当に存在したのか、それすら疑わしくなる。夢だったのではないかと。
 現に、北嶋のことを忘れていた同級生。あの夏、北嶋は本当に堤防に腰かけていたっけ。夜風に吹かれて少し振り向いて笑ったっけ。
 いっそ卒業アルバムなんかいらない。
 こんなふうにもやもやするのも、今回の帰省で最後にしよう。
 アルバムを本棚から抜いて、背表紙が奥になるようにひっくり返して戻した。

 ――忘れたい。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【完結】ベイビーダーリン ~スパダリ俳優は、僕の前でだけ赤ちゃん返りする~

粗々木くうね
BL
「……おやすみ。僕の、かわいいレン」 人気俳優の朝比奈(あさひな)レンは、幼馴染で恋人の小鳥遊 椋(たかなし むく) の前でだけ赤ちゃんに戻る。 癒しと愛で満たす、ふたりだけの夜のルーティン。 ※本作品に出てくる心の病気の表現は、想像上のものです。ご了承ください。 小鳥遊 椋(たかなし むく) ・5月25日生まれ 24歳 ・短期大学卒業後、保育士に。天職と感じていたが、レンのために仕事を辞めた。現在はレンの所属する芸能事務所の託児所で働きながらレンを支える。 ・身長168cm ・髪型:エアリーなミディアムショート+やわらかミルクティーブラウンカラー ・目元:たれ目+感情が顔に出やすい ・雰囲気:柔らかくて包み込むけど、芯があって相手をちゃんと見守れる 朝比奈レン(あさひな れん) ・11月2日生まれ 24歳 ・シングルマザーの母親に育てられて、将来は母を楽させたいと思っていた。 母に迷惑かけたくなくて無意識のうちに大人びた子に。 ・高校在籍時モデルとしてスカウトされ、母のためにも受けることに→芸能界デビュー ・俳優として転身し、どんな役も消化する「カメレオン俳優」に。注目の若手俳優。 ・身長180cm ・猫や犬など動物好き ・髪型:黒髪の短髪 ・目元:切れ長の目元 ・雰囲気:硬派。口数は少ないが真面目で礼儀正しい。 ・母の力になりたいと身の回りの家事はできる。

【完】君に届かない声

未希かずは(Miki)
BL
 内気で友達の少ない高校生・花森眞琴は、優しくて完璧な幼なじみの長谷川匠海に密かな恋心を抱いていた。  ある日、匠海が誰かを「そばで守りたい」と話すのを耳にした眞琴。匠海の幸せのために身を引こうと、クラスの人気者・和馬に偽の恋人役を頼むが…。 すれ違う高校生二人の不器用な恋のお話です。 執着囲い込み☓健気。ハピエンです。

十七歳の心模様

須藤慎弥
BL
好きだからこそ、恋人の邪魔はしたくない… ほんわか読者モデル×影の薄い平凡くん 柊一とは不釣り合いだと自覚しながらも、 葵は初めての恋に溺れていた。 付き合って一年が経ったある日、柊一が告白されている現場を目撃してしまう。 告白を断られてしまった女の子は泣き崩れ、 その瞬間…葵の胸に卑屈な思いが広がった。 ※fujossy様にて行われた「梅雨のBLコンテスト」出品作です。

雪色のラブレター

hamapito
BL
俺が遠くに行っても、圭は圭のまま、何も変わらないから。――それでよかった、のに。 そばにいられればいい。 想いは口にすることなく消えるはずだった。 高校卒業まであと三か月。 幼馴染である圭への気持ちを隠したまま、今日も変わらず隣を歩く翔。 そばにいられればいい。幼馴染のままでいい。 そう思っていたはずなのに、圭のひとことに抑えていた気持ちがこぼれてしまう。 翔は、圭の戸惑う声に、「忘れて」と逃げてしまい……。

鎖に繋がれた騎士は、敵国で皇帝の愛に囚われる

結衣可
BL
戦場で捕らえられた若き騎士エリアスは、牢に繋がれながらも誇りを折らず、帝国の皇帝オルフェンの瞳を惹きつける。 冷酷と畏怖で人を遠ざけてきた皇帝は、彼を望み、夜ごと逢瀬を重ねていく。 憎しみと抗いのはずが、いつしか芽生える心の揺らぎ。 誇り高き騎士が囚われたのは、冷徹な皇帝の愛。 鎖に繋がれた誇りと、独占欲に満ちた溺愛の行方は――。

愛おしい、君との週末配信☆。.:*・゜

立坂雪花
BL
羽月優心(はづきゆうしん)が ビーズで妹のヘアゴムを作っていた時 いつの間にかクラスメイトたちの 配信する動画に映りこんでいて 「誰このエンジェル?」と周りで 話題になっていた。 そして優心は 一方的に嫌っている 永瀬翔(ながせかける)を 含むグループとなぜか一緒に 動画配信をすることに。 ✩.*˚ 「だって、ほんの一瞬映っただけなのに優心様のことが話題になったんだぜ」 「そうそう、それに今年中に『チャンネル登録一万いかないと解散します』ってこないだ勢いで言っちゃったし……だからお願いします!」  そんな事情は僕には関係ないし、知らない。なんて思っていたのに――。 見た目エンジェル 強気受け 羽月優心(はづきゆうしん) 高校二年生。見た目ふわふわエンジェルでとても可愛らしい。だけど口が悪い。溺愛している妹たちに対しては信じられないほどに優しい。手芸大好き。大好きな妹たちの推しが永瀬なので、嫉妬して永瀬のことを嫌いだと思っていた。だけどやがて――。 × イケメンスパダリ地方アイドル 溺愛攻め 永瀬翔(ながせかける) 優心のクラスメイト。地方在住しながらモデルや俳優、動画配信もしている完璧イケメン。優心に想いをひっそり寄せている。優心と一緒にいる時間が好き。前向きな言動多いけれど実は内気な一面も。 恋をして、ありがとうが溢れてくるお話です🌸 *** お読みくださりありがとうございます 可愛い両片思いのお話です✨ 表紙イラストは ミカスケさまのフリーイラストを お借りいたしました ✨更新追ってくださりありがとうございました クリスマス完結間に合いました🎅🎄

後宮の男妃

紅林
BL
碧凌帝国には年老いた名君がいた。 もう間もなくその命尽きると噂される宮殿で皇帝の寵愛を一身に受けていると噂される男妃のお話。

平凡ワンコ系が憧れの幼なじみにめちゃくちゃにされちゃう話(小説版)

優狗レエス
BL
Ultra∞maniacの続きです。短編連作になっています。 本編とちがってキャラクターそれぞれ一人称の小説です。

処理中です...