蒼すぎた夏

三日月の夢

文字の大きさ
2 / 18
episode1 蒼すぎた夏

episode1-2

しおりを挟む
 家族会議というほどでもないけれど、最近よく、父親と母親と、進路のことを話し合っている。たまに妹も入ってくる。

「いいなぁ、お兄ちゃん。ひとり暮らし」
「まだ受かってないから」
「でも、滑り止めまで全部、東京の大学じゃん」

 ここからだと、東京へ通えなくはない。二時間弱かかるというだけだ。けれど、大学の近くでひとり暮らしをするという方向で話は進んでいる。それから、この夏から、三駅先の大きな街にある予備校へ通うことも決まった。大学は、図書館司書の資格を取れるところを考えている。

有紗ありさはだめだぞ。ひとり暮らしなんて」
「なんでー?」

 娘が心配で仕方ない父親、子供たちがおいしいと言った料理を週一で作る母親、たまに喧嘩けんかしながらも妹の勉強を見たりしてあげる兄、わがままは言うけれど家族のムードメーカーである妹。ごく平凡であり、だからこそ幸せな家族なんだ。そんなこと、思ったことなかった。北嶋が転校してくるまでは。

 ――今、何してるんだろう。

 たまに話す仲だといっても、携帯番号さえ知らない。北嶋にとって自分は、なんとなく話をするクラスメイトなだけなのだろう。
 家庭が訳ありだとうわさされているが、誰かに嫌なことを言われたり、北嶋がつらい思いをしていないといい。そんなことを願う。願いはそれだけ。もっと近付きたいだなんて望まないから、それだけは叶えてほしい。神様なんて信じていないのに、こういう時だけ都合よく、そんな願い事をしてしまう。


 * * *


「峰」
「あれ、今日は部活行かないの?」

 放課後の教室というのは、休み時間とも少し違って、その日の授業から解き放たれた笑顔であふれている。

「やっぱ、いいかなって」
「そう」

 北嶋は運動神経もいいし、転校してきてから、いくつもの部活を体験していた。いつまで仮入部しているんだと、みんなから言われている。

「俺も今日から帰宅部」
「みんな残念がるよ」
「あ、これ。ノートありがと」

 昨日きのう貸した数学のノートを返された。

「それ、何聴いてんの?」

 帰ろうとしていたから、音楽プレイヤーからつながったイヤフォンを片耳にだけ入れていた。
 ちょっと返事が遅れた。太宰治を読んでいた昨日とのギャップがあるかもしれない。

「あ、えっと、……ヴァン・ブラン・カシス」

 男性アイドルグループだ。アイドルといっても、今では国民的アイドルになって、別に老若男女、誰が聴いていてもおかしくはないとは思うけれど、少し恥ずかしい。

「あー、俺も好き。最新のアルバム?」
「ううん、……好きな曲だけチョイスして入れてる」
「えー、峰セレクト? 聴きたい」

 北嶋は、もう片方のイヤフォンを耳に入れた。ひとつ前の席に、後ろ向きに座って、期待したような目でこちらをにこにこと見ている。
 音楽プレイヤーを再生した。
 自分の椅子に座っている。北嶋が前の席からこちらを向いて一緒にイヤフォンを耳に入れている。高校二年の五月の放課後。好きかもしれないと少し気になっていた存在から、一気に恋に落ちるには、じゅうぶんな状況だと思った。

「廉ー、一緒に帰ろうよー」

 北嶋はすぐに友達に呼ばれて、「また聴かせて」とイヤフォンを返しながら言った。
 返されたイヤフォンと数学のノート。置き去りにされたのは、それらや自分ではなく、芽生えてしまった恋心だった。


 * * *


 帰宅して、テスト勉強をしていた。そういえば北嶋は、あの数学の問題は解けたのだろうか。自分の途中式でわかったかなと気になって、貸していたノートを開く。

 ――え、これは……。

 ノートの端に、イラストが描かれていた。本を読んでいる男子高校生の絵だ。コミカルなタッチで、本には『斜陽しゃよう』と書かれている。うちの学校の制服だし、それはどう見ても自分だった。
 描いたのは北嶋だよな。絵、うまいな。どうして描いたんだ? そんなことが、ぐるぐる、ぐるぐると、頭の中を巡る。

 ――それにしても似ている。

 やっと落ち着いてそんなふうに思った時、スマホで写真を撮っていた。光の加減や向きが納得いくまで何度も撮って、少し迷った後、結局、待ち受け画面に設定した。
 たぶん、誰にも見られないし、いいよな。
 見つめていると、やがて画面が暗くなるから、スマホの電源を押して、暗くなってはまた押して、それを何度も繰り返していた。
 思わぬ贈り物に心が弾んだ。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【完結】ベイビーダーリン ~スパダリ俳優は、僕の前でだけ赤ちゃん返りする~

粗々木くうね
BL
「……おやすみ。僕の、かわいいレン」 人気俳優の朝比奈(あさひな)レンは、幼馴染で恋人の小鳥遊 椋(たかなし むく) の前でだけ赤ちゃんに戻る。 癒しと愛で満たす、ふたりだけの夜のルーティン。 ※本作品に出てくる心の病気の表現は、想像上のものです。ご了承ください。 小鳥遊 椋(たかなし むく) ・5月25日生まれ 24歳 ・短期大学卒業後、保育士に。天職と感じていたが、レンのために仕事を辞めた。現在はレンの所属する芸能事務所の託児所で働きながらレンを支える。 ・身長168cm ・髪型:エアリーなミディアムショート+やわらかミルクティーブラウンカラー ・目元:たれ目+感情が顔に出やすい ・雰囲気:柔らかくて包み込むけど、芯があって相手をちゃんと見守れる 朝比奈レン(あさひな れん) ・11月2日生まれ 24歳 ・シングルマザーの母親に育てられて、将来は母を楽させたいと思っていた。 母に迷惑かけたくなくて無意識のうちに大人びた子に。 ・高校在籍時モデルとしてスカウトされ、母のためにも受けることに→芸能界デビュー ・俳優として転身し、どんな役も消化する「カメレオン俳優」に。注目の若手俳優。 ・身長180cm ・猫や犬など動物好き ・髪型:黒髪の短髪 ・目元:切れ長の目元 ・雰囲気:硬派。口数は少ないが真面目で礼儀正しい。 ・母の力になりたいと身の回りの家事はできる。

【完】君に届かない声

未希かずは(Miki)
BL
 内気で友達の少ない高校生・花森眞琴は、優しくて完璧な幼なじみの長谷川匠海に密かな恋心を抱いていた。  ある日、匠海が誰かを「そばで守りたい」と話すのを耳にした眞琴。匠海の幸せのために身を引こうと、クラスの人気者・和馬に偽の恋人役を頼むが…。 すれ違う高校生二人の不器用な恋のお話です。 執着囲い込み☓健気。ハピエンです。

十七歳の心模様

須藤慎弥
BL
好きだからこそ、恋人の邪魔はしたくない… ほんわか読者モデル×影の薄い平凡くん 柊一とは不釣り合いだと自覚しながらも、 葵は初めての恋に溺れていた。 付き合って一年が経ったある日、柊一が告白されている現場を目撃してしまう。 告白を断られてしまった女の子は泣き崩れ、 その瞬間…葵の胸に卑屈な思いが広がった。 ※fujossy様にて行われた「梅雨のBLコンテスト」出品作です。

雪色のラブレター

hamapito
BL
俺が遠くに行っても、圭は圭のまま、何も変わらないから。――それでよかった、のに。 そばにいられればいい。 想いは口にすることなく消えるはずだった。 高校卒業まであと三か月。 幼馴染である圭への気持ちを隠したまま、今日も変わらず隣を歩く翔。 そばにいられればいい。幼馴染のままでいい。 そう思っていたはずなのに、圭のひとことに抑えていた気持ちがこぼれてしまう。 翔は、圭の戸惑う声に、「忘れて」と逃げてしまい……。

鎖に繋がれた騎士は、敵国で皇帝の愛に囚われる

結衣可
BL
戦場で捕らえられた若き騎士エリアスは、牢に繋がれながらも誇りを折らず、帝国の皇帝オルフェンの瞳を惹きつける。 冷酷と畏怖で人を遠ざけてきた皇帝は、彼を望み、夜ごと逢瀬を重ねていく。 憎しみと抗いのはずが、いつしか芽生える心の揺らぎ。 誇り高き騎士が囚われたのは、冷徹な皇帝の愛。 鎖に繋がれた誇りと、独占欲に満ちた溺愛の行方は――。

愛おしい、君との週末配信☆。.:*・゜

立坂雪花
BL
羽月優心(はづきゆうしん)が ビーズで妹のヘアゴムを作っていた時 いつの間にかクラスメイトたちの 配信する動画に映りこんでいて 「誰このエンジェル?」と周りで 話題になっていた。 そして優心は 一方的に嫌っている 永瀬翔(ながせかける)を 含むグループとなぜか一緒に 動画配信をすることに。 ✩.*˚ 「だって、ほんの一瞬映っただけなのに優心様のことが話題になったんだぜ」 「そうそう、それに今年中に『チャンネル登録一万いかないと解散します』ってこないだ勢いで言っちゃったし……だからお願いします!」  そんな事情は僕には関係ないし、知らない。なんて思っていたのに――。 見た目エンジェル 強気受け 羽月優心(はづきゆうしん) 高校二年生。見た目ふわふわエンジェルでとても可愛らしい。だけど口が悪い。溺愛している妹たちに対しては信じられないほどに優しい。手芸大好き。大好きな妹たちの推しが永瀬なので、嫉妬して永瀬のことを嫌いだと思っていた。だけどやがて――。 × イケメンスパダリ地方アイドル 溺愛攻め 永瀬翔(ながせかける) 優心のクラスメイト。地方在住しながらモデルや俳優、動画配信もしている完璧イケメン。優心に想いをひっそり寄せている。優心と一緒にいる時間が好き。前向きな言動多いけれど実は内気な一面も。 恋をして、ありがとうが溢れてくるお話です🌸 *** お読みくださりありがとうございます 可愛い両片思いのお話です✨ 表紙イラストは ミカスケさまのフリーイラストを お借りいたしました ✨更新追ってくださりありがとうございました クリスマス完結間に合いました🎅🎄

後宮の男妃

紅林
BL
碧凌帝国には年老いた名君がいた。 もう間もなくその命尽きると噂される宮殿で皇帝の寵愛を一身に受けていると噂される男妃のお話。

平凡ワンコ系が憧れの幼なじみにめちゃくちゃにされちゃう話(小説版)

優狗レエス
BL
Ultra∞maniacの続きです。短編連作になっています。 本編とちがってキャラクターそれぞれ一人称の小説です。

処理中です...