迷宮攻略企業シュメール

秋葉夕雲

文字の大きさ
上 下
278 / 293
第四章 天命

第十九話 川中の戦い

しおりを挟む
 油膜に乗って軍勢は進む。
 砂煙ではなく、水しぶきが跳ねる。行軍の音は地響きではなく、豪雨のような水音。
 戦場とは思えないが、間違いなくここは修羅の巷だった。
 天の牡牛は油膜には乗れていない。おそらく体重が重すぎるせいでカロッサの掟でも浮かせることができなかったのだろう。
 水かさは天の牡牛の膝をわずかに濡らす程度だったが、もとより流れの速いイディグナに足を取られて思うように進めないようだった。
 それに対してカロッサの掟は水の流れに乗らない性質があったため、自由に水上を動き回ることができていた。
 めいめいの武器で天の牡牛の足を打つ。
 それに対して天の牡牛は鬱陶しそうに足を打ち払う。軽く振るっただけで一軍を掃討する力がある。
 間一髪のところでそれを躱す冒険者たち。
 その余波で大波が打ち寄せるが、水に浮く掟のおかげで溺れるものはいなさそうだ。
 地震の掟は使えないとはいえ、依然として圧倒的な肉体性能差がある。だがそれでも戦いは成立している。
 ここで天の牡牛に致命的な一撃を与えられず、上陸されては再び岩が降り、地面に大穴があく惨劇が待っている。
 だがそれは人間側の事情に過ぎない。
 戦いとは、お互いの事情と意地の押し合いでもある。

 ぶしゅう、と天の牡牛から鼻息が吹き出す。
 それと同時にまるで無人の野を行くように力強く足を踏み出す。川の中では不利と見たのか、ウルクの市民たちを無視して川を渡り切る覚悟を決めたようだ。
 それはトエラーたちにとって最も恐れていた事態だ。強引にでも突っ切られるのが一番厄介なのだ。
 あるいは最初から全軍で、川で待ち伏せしていればこのまま押し切れるだけの戦力があったのかもしれない。
 だがそれはもはやかなわない。
 故に、止められない。
 だから。

 敵の最も弱い部分を攻める。

「どうやらわたくしたちの出番のようですね」
「ええ。行きましょう」
 エタとシュメール、ラマトと『怒れる仮面』。
 それらの構成員は、軍全体の左翼、敵の右側に布陣していた。



 少し前。
 エタはラマトとシュメールの面々にトエラーと同じ説明をした。天の牡牛の……弱点について。
「天の牡牛は見た限り、掟を使う時に一度も右後ろ足を振り上げていません」
「それは、ある意味当然なのでは? 基本的に敵であるわたくしたちは前にいるわけですから」
「いいえ、ラマトさん。天の牡牛が岩を飛ばす場合は左右どちらかの前足。岩山を作り上げる場合は必ず左後ろ足を使います」
「……気づきませんでした。いえ、というかあれだけ離れていても、しかも戦いながら見えるのですか?」
「あたし、目はいいのよ。エタから頼まれて天の牡牛を観察してたの」
 淡々としたミミエルの口調が虚勢ではない真実味を感じさせた。
「なるほど。では、その右後ろ足にどのような意味が?」
「推測になりますが……おそらく右後ろ足に迷宮の核があるのではないでしょうか」
「核が……右足に?」
 ラマトは驚いていたがそれはミミエルやシャルラも同様だった。
 天の牡牛は迷宮だが見た目だけなら牛の姿をしている。だから迷宮の核も生物にとって重要な部位、例えば頭や心臓にあると思っていた……いや、思い込んでいた。
「はい。おそらく、右腰か右の太もも……その証拠に天の牡牛は右後ろ足を攻撃されると特に過敏に反応するようです」
 これは奇襲を仕掛けた部隊からの証言を照らし合わせて熟考した結論だった。
 ラマトは難しい顔をしていたが、ふっと笑顔になった。『怒れる仮面』という名前のギルド長にはふさわしくない花のような笑顔だった。
「迷宮の核に触れ迷宮を攻略する……冒険者にとって当たり前のことのはずが、敵の強大さに見誤っていたのは我々のようですね。これが難攻不落と言われる迷宮を攻略したエタリッツさんの洞察力ですか。驚くばかりです」
「ありがとうございます。ですが問題なのは……」
「ええ。どうやって動く迷宮である天の牡牛の右足までたどり着くかということですね」
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

冤罪で追放した男の末路

菜花
ファンタジー
ディアークは参っていた。仲間の一人がディアークを嫌ってるのか、回復魔法を絶対にかけないのだ。命にかかわる嫌がらせをする女はいらんと追放したが、その後冤罪だったと判明し……。カクヨムでも同じ話を投稿しています。

原産地が同じでも結果が違ったお話

よもぎ
ファンタジー
とある国の貴族が通うための学園で、女生徒一人と男子生徒十数人がとある罪により捕縛されることとなった。女生徒は何の罪かも分からず牢で悶々と過ごしていたが、そこにさる貴族家の夫人が訪ねてきて……。 視点が途中で切り替わります。基本的に一人称視点で話が進みます。

【完結】そして、誰もいなくなった

杜野秋人
ファンタジー
「そなたは私の妻として、侯爵夫人として相応しくない!よって婚約を破棄する!」 愛する令嬢を傍らに声高にそう叫ぶ婚約者イグナシオに伯爵家令嬢セリアは誤解だと訴えるが、イグナシオは聞く耳を持たない。それどころか明らかに犯してもいない罪を挙げられ糾弾され、彼女は思わず彼に手を伸ばして取り縋ろうとした。 「触るな!」 だがその手をイグナシオは大きく振り払った。振り払われよろめいたセリアは、受け身も取れないまま仰向けに倒れ、頭を打って昏倒した。 「突き飛ばしたぞ」 「彼が手を上げた」 「誰か衛兵を呼べ!」 騒然となるパーティー会場。すぐさま会場警護の騎士たちに取り囲まれ、彼は「違うんだ、話を聞いてくれ!」と叫びながら愛人の令嬢とともに連行されていった。 そして倒れたセリアもすぐさま人が集められ運び出されていった。 そして誰もいなくなった。 彼女と彼と愛人と、果たして誰が悪かったのか。 これはとある悲しい、婚約破棄の物語である。 ◆小説家になろう様でも公開しています。話数の関係上あちらの方が進みが早いです。 3/27、なろう版完結。あちらは全8話です。 3/30、小説家になろうヒューマンドラマランキング日間1位になりました! 4/1、完結しました。全14話。

ある国立学院内の生徒指導室にて

よもぎ
ファンタジー
とある王国にある国立学院、その指導室に呼び出しを受けた生徒が数人。男女それぞれの指導担当が「指導」するお話。 生徒指導の担当目線で話が進みます。

ある平民生徒のお話

よもぎ
ファンタジー
とある国立学園のサロンにて、王族と平民生徒は相対していた。 伝えられたのはとある平民生徒が死んだということ。その顛末。 それを黙って聞いていた平民生徒は訥々と語りだす――

「おまえを愛することはない!」と言ってやったのに、なぜ無視するんだ!

七辻ゆゆ
ファンタジー
俺を見ない、俺の言葉を聞かない、そして触れられない。すり抜ける……なぜだ? 俺はいったい、どうなっているんだ。 真実の愛を取り戻したいだけなのに。

学園長からのお話です

ラララキヲ
ファンタジー
 学園長の声が学園に響く。 『昨日、平民の女生徒の食べていたお菓子を高位貴族の令息5人が取り囲んで奪うという事がありました』  昨日ピンク髪の女生徒からクッキーを貰った自覚のある王太子とその側近4人は項垂れながらその声を聴いていた。  学園長の話はまだまだ続く…… ◇テンプレ乙女ゲームになりそうな登場人物(しかし出てこない) ◇ふんわり世界観。ゆるふわ設定。 ◇なろうにも上げています。

もう、終わった話ですし

志位斗 茂家波
ファンタジー
一国が滅びた。 その知らせを聞いても、私には関係の無い事。 だってね、もう分っていたことなのよね‥‥‥ ‥‥‥たまにやりたくなる、ありきたりな婚約破棄ざまぁ(?)もの 少々物足りないような気がするので、気が向いたらオマケ書こうかな?

処理中です...