迷宮攻略企業シュメール

秋葉夕雲

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第四章 天命

第十八話 流れの速い河

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 天の牡牛を迎え撃つ準備は直ちに進められた。
 本当にウルクの興亡の瀬戸際であるのだから誰もが必死だ。睡眠すらとらずに作業するものも多かった。
 エタとしては逃亡兵が出るのではないかと危惧していたが、それはほとんどなかった。
 敗戦ののちに軍が瓦解するというのはよくある話なので意外だった。話を聞くと、ウルクに残っている家族の安否を気遣っている人が多かった。
 あるいは、この土壇場になって誰もが危機感を共有し始めたのかもしれない。口先でもなく、絵物語でもなく、現実にウルクは今まさに滅びようとしているのだと。
 だからこそ、エタも一つの危険を冒すことを決めた。
 命を担保にしたのだ。
 もしも天の牡牛が川に入っても掟を使えるのであれば、あるいはもう一つの仮説が間違っているのならば、死罪でも構わないと。
 トエラーはエタの予想に納得してくれたのだが、実務を行っていた人間はなかなか納得してくれなかったため、こういう方法を取ったのだ。
 無論、シュメールの面々には伝えていない。もしも伝えていれば今すぐにでもエタを拉致監禁する……というのは冗談だが、契約を反故にしようとしただろう。

 太陽が真上に差し掛かろうとする時間に。
 それはやってきた。
 ずしんと、振動が響くたびに、大きく、近づいてくる。
 もう何度も感じたそれだが、慣れることはない。
 天の牡牛は目視できる距離に近づいていた。
「いよいよね」
 ミミエルがぽつりとつぶやく。
 エタたちを含め、残りの全戦力はイディグナの対岸で待機している。
 天の牡牛はいよいよ川に差し掛かる。わずかに速度を落とし、どこか逡巡するような様子でイディグナに前足をつけ、さらに後ろ足まで水に浸かる。
 恐るべきはその巨体だ。川に入っても胴体が水にぬれることはない。
「いまだ! 攻撃開始!」
 疲労困憊であるはずのトエラーが号令をかける。
 まずアタブの強弓が天の牡牛の眉間めがけて放たれる。風を切り裂いた弓は天の牡牛の顔に命中したが、それだけではひるみすらしない。
 だが。
「反撃してこない。やはり、川の中では掟は使えない!」
 歓声が上がる。
 あれだけ手を焼いた投石が一切ない。明らかに無防備であった。
「ごほ、では私の出番ですね」
 カロッサがそう呟き携帯粘土板から自らの掟を取り出す。
 とても大きな、カロッサの胸ほど、太さは腹より三回りは大きな水瓶だった。
 それを自分のギルド『紅の絆』の冒険者たちと協力して川に流し込む。
 水瓶の中身は油だ。
 その油は水面に染みわたり、光を反射する膜を作っていく。
「ごほ、では……足を踏み出しましょうか」
 とん、とカロッサは水面に立った。
「ごほ、これが私の掟、『水面に浮かぶ』油。どうぞ皆様、存分に戦ってください」
 うおおおお、と今日一番の歓声が上がる。
 当たり前だが人間は泳ぎながら戦えるほど器用ではない。
 そのため川に入った天の牡牛と戦うためには対岸から飛び道具を用いるしかないと思われたのだが……この掟の存在により川の中にいる天の牡牛へ近接攻撃が可能になった。
 とはいえこの掟の効果時間を過ぎれば川底に沈んでいく。
 綱渡りであることに違いはなかった。
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