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第四章 天命
第十七話 勝機
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監視役の冒険者から、今までのことを将軍に説明してほしいと連れられた天幕の中には憔悴しきったトエラーがいた。もちろん彼だけではなく、彼の付き人は手当てをする神官らしき人物もいた。
「あ、ああ、エタリッツ君か……」
たくましい体躯は折れ曲がり、目にはくまがくっきりと彫り込まれていた。
「トエラー様。ご無事で何よりです」
礼を失しないように注意するが、そんなことを気にする余裕はトエラーにはなかった。
「無事なものか……たくさんの仲間が死んでしまった」
ふと、エタはザムグたちが自分を残して死んだときのことを思い出した。今のトエラーの気持ちはよくわかる。
だからこそ、彼には立ち直ってもらわなければならない。
「お疲れとは思いますが……これからどういたしますか?」
「どうもこうもない。せめて、ウルクだけは守らねば……ウルクまで退いて城壁を盾にして戦えば……」
エタは自分の不明を恥じた。
トエラーはまだ折れてはいない。少なくとも戦う意志は残っている。本人がどう思っているかはわからないが、確かに彼は将軍にふさわしい人物と言えた。
「いえ。それは悪手です。天の牡牛を迎え撃つべき場所は別にあります」
「どういうことかね?」
「実は、天の牡牛が前回退却した理由が判明しました」
「ほ、本当なのかね!?」
トエラーは大洪水のさなかに天に浮かぶ船を見たような歓喜に満ちた表情だった。
もし前回天の牡牛が退いた条件を今回も満たせば天の牡牛は同じことをするはずなのだ。
「はい。前回……と言っても大昔ですが、天の牡牛が退いた翌日に季節外れの大雨が降ったそうです」
「雨? それだけかね?」
「はい。それだけです。ですが、今回も前回も、天の牡牛が活動中は一度も雨が降っていません」
「!」
現在メソポタミアは乾季であり、雨が降ることは少ない。とはいえ全くないわけではない。そのため雨が降る直前に突然撤退したというのは偶然にしてはできすぎている。
「地面がぬかるんでいると掟が使えないのか、湿気の影響があるのか、それはわかりませんが天の牡牛にとって水は害があるのでしょう」
「で、では、恵みの雨が降るまで耐えれば……」
「そうなります。ただ、少なくとも明日は雨が降りません。これは僕が貸りている掟によって判明しています」
エタはザムグの掟、『明日の天気を知る』掟によって少なくとも野営地近辺に雨は降らないと分かっている。
そして、天の牡牛が明日ウルクに到達しないと断言することは誰にもできない。
「万事休すか……」
「いいえ。我々に雨を呼ぶことはできません。ですが……水のある場所に行くことならできます」
はっとトエラーは伏せていた顔を上げる。エタが何を言わんとしているか察したのだ。
「そうです。前回の戦いでもそこを渡るときに天の牡牛は掟を使わなかったそうです。もちろんたまたまという可能性もありますし、こちらからも簡単に攻められる場所ではありませんが……」
メソポタミアとは川の間という意味である。
それが意味する通り、この地域は二つの川に囲まれている。
だからメソポタミアの陸側から内に侵入するためにはどちらかの川を絶対に渡らなければならない。
そしてザグロス山脈とウルクの間にある川はティグリス川。この時代での名前は。
「流れの速い河。そこで天の牡牛を迎え撃ちましょう」
「あ、ああ、エタリッツ君か……」
たくましい体躯は折れ曲がり、目にはくまがくっきりと彫り込まれていた。
「トエラー様。ご無事で何よりです」
礼を失しないように注意するが、そんなことを気にする余裕はトエラーにはなかった。
「無事なものか……たくさんの仲間が死んでしまった」
ふと、エタはザムグたちが自分を残して死んだときのことを思い出した。今のトエラーの気持ちはよくわかる。
だからこそ、彼には立ち直ってもらわなければならない。
「お疲れとは思いますが……これからどういたしますか?」
「どうもこうもない。せめて、ウルクだけは守らねば……ウルクまで退いて城壁を盾にして戦えば……」
エタは自分の不明を恥じた。
トエラーはまだ折れてはいない。少なくとも戦う意志は残っている。本人がどう思っているかはわからないが、確かに彼は将軍にふさわしい人物と言えた。
「いえ。それは悪手です。天の牡牛を迎え撃つべき場所は別にあります」
「どういうことかね?」
「実は、天の牡牛が前回退却した理由が判明しました」
「ほ、本当なのかね!?」
トエラーは大洪水のさなかに天に浮かぶ船を見たような歓喜に満ちた表情だった。
もし前回天の牡牛が退いた条件を今回も満たせば天の牡牛は同じことをするはずなのだ。
「はい。前回……と言っても大昔ですが、天の牡牛が退いた翌日に季節外れの大雨が降ったそうです」
「雨? それだけかね?」
「はい。それだけです。ですが、今回も前回も、天の牡牛が活動中は一度も雨が降っていません」
「!」
現在メソポタミアは乾季であり、雨が降ることは少ない。とはいえ全くないわけではない。そのため雨が降る直前に突然撤退したというのは偶然にしてはできすぎている。
「地面がぬかるんでいると掟が使えないのか、湿気の影響があるのか、それはわかりませんが天の牡牛にとって水は害があるのでしょう」
「で、では、恵みの雨が降るまで耐えれば……」
「そうなります。ただ、少なくとも明日は雨が降りません。これは僕が貸りている掟によって判明しています」
エタはザムグの掟、『明日の天気を知る』掟によって少なくとも野営地近辺に雨は降らないと分かっている。
そして、天の牡牛が明日ウルクに到達しないと断言することは誰にもできない。
「万事休すか……」
「いいえ。我々に雨を呼ぶことはできません。ですが……水のある場所に行くことならできます」
はっとトエラーは伏せていた顔を上げる。エタが何を言わんとしているか察したのだ。
「そうです。前回の戦いでもそこを渡るときに天の牡牛は掟を使わなかったそうです。もちろんたまたまという可能性もありますし、こちらからも簡単に攻められる場所ではありませんが……」
メソポタミアとは川の間という意味である。
それが意味する通り、この地域は二つの川に囲まれている。
だからメソポタミアの陸側から内に侵入するためにはどちらかの川を絶対に渡らなければならない。
そしてザグロス山脈とウルクの間にある川はティグリス川。この時代での名前は。
「流れの速い河。そこで天の牡牛を迎え撃ちましょう」
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