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第四章 天命
第十五話 地の災い
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ぐらりと地面が揺れた。
思わず立っていられなくなったエタはこけそうになったが。
「ちょっと」
「大丈夫?」
ミミエルとシャルラに支えられた。
「う、うん。二人ともありがとう。でも、今の揺れ……」
「今頃天の牡牛と戦っているはずよね」
エタたちは囮部隊なので天の牡牛の討伐には参加しておらず、遠く離れた場所で待機している。
しかしそんな場所ですら揺れを感じる何かが起こったのだ。
これが天の牡牛との闘いと無関係であるとうそぶけるほど楽観的になれなかった。
トエラーは何が起こったのかわからなかった。突然轟音が響き、砂煙が舞った。それが晴れると、味方が消えた。
比喩ではない。
本当にいなくなった。地面を覆うほどの兵が瞬時に消え失せた。
「な、何が起こった……?」
茫然と呟くことしかできない。
そしてようやく、今まで多くの味方がいたはずの地面に大穴があいていることに気づいた。
「ま、まさか……落ちたのか!? あの穴に……いや、そもそもあの穴は……ひ!?」
言葉の初めは下を向いていたトエラーはやがて天を見上げた。
当然ながらそこには天の牡牛がいた。もうもうと立ち込める土煙をかき分けるように荒い鼻息を噴出させる。
それを見ただけで先ほどまで炎の如き熱さだった体は冷え切り、ガタガタと震えだす。
トエラーはようやく現実を認識した。
天の牡牛が一瞬にして地面に大穴を穿ち、味方を冥界に送り込んだのだと。
もしもここで彼が気を失ってしまったとしても彼を咎める者はいなかっただろう。
天の牡牛の覇気は神獣にふさわしく、それに睨まれて正気でいることは奇跡とさえ思えた。
だが彼は踏ん張った。
勇気ではない。
彼を支えたのは、責任感、あるいは恐怖だ。
ここで自分が立ち上がらなければウルクが亡国の憂き目に陥るかもしれない。天の牡牛の威容を目にした今だからこそ、これウルクに近づけてはならないという危機感が彼を突き動かした。
「う」
一歩前に出る。
天の牡牛の視線が突き刺さる気がした。
恐怖はいやおうなく増す。
しかし。
「うおおおおお!」
叫びながら、進み続ける。それがたとえ何の意味もない歩みであったとしても。
そして。
「はい失礼しますよ」
トエラーは横合いから頭に布を覆いかぶされた。
「!? もが……」
しばらく抵抗していたトエラーだったがやがてぐったりと倒れた。
布に何らかの掟が備わっていたのだろう。
「悪いね、将軍様。あんたに死なれちゃ責任を取る奴がいなくなる。ここからは敗戦処理だ」
彼はこの国の上層部から送り込まれた監視役であり、それゆえに状況を見据えた判断を行ったのだ。
そして彼は混乱している戦場に響くような大声を上げた。
「将軍様が負傷された! 我々はこれより撤退する!」
茫然としていた味方は我先にと逃げ出し始めた。見るも無残な潰走である。
「しっかし、話が違うぜ。天の牡牛は疲れたら弱くなるんじゃねえのか?」
彼の呟きが天の牡牛に聞こえたのかどうかはわからないが、大きな、ため息のような鼻息を一つ、放った。
思わず立っていられなくなったエタはこけそうになったが。
「ちょっと」
「大丈夫?」
ミミエルとシャルラに支えられた。
「う、うん。二人ともありがとう。でも、今の揺れ……」
「今頃天の牡牛と戦っているはずよね」
エタたちは囮部隊なので天の牡牛の討伐には参加しておらず、遠く離れた場所で待機している。
しかしそんな場所ですら揺れを感じる何かが起こったのだ。
これが天の牡牛との闘いと無関係であるとうそぶけるほど楽観的になれなかった。
トエラーは何が起こったのかわからなかった。突然轟音が響き、砂煙が舞った。それが晴れると、味方が消えた。
比喩ではない。
本当にいなくなった。地面を覆うほどの兵が瞬時に消え失せた。
「な、何が起こった……?」
茫然と呟くことしかできない。
そしてようやく、今まで多くの味方がいたはずの地面に大穴があいていることに気づいた。
「ま、まさか……落ちたのか!? あの穴に……いや、そもそもあの穴は……ひ!?」
言葉の初めは下を向いていたトエラーはやがて天を見上げた。
当然ながらそこには天の牡牛がいた。もうもうと立ち込める土煙をかき分けるように荒い鼻息を噴出させる。
それを見ただけで先ほどまで炎の如き熱さだった体は冷え切り、ガタガタと震えだす。
トエラーはようやく現実を認識した。
天の牡牛が一瞬にして地面に大穴を穿ち、味方を冥界に送り込んだのだと。
もしもここで彼が気を失ってしまったとしても彼を咎める者はいなかっただろう。
天の牡牛の覇気は神獣にふさわしく、それに睨まれて正気でいることは奇跡とさえ思えた。
だが彼は踏ん張った。
勇気ではない。
彼を支えたのは、責任感、あるいは恐怖だ。
ここで自分が立ち上がらなければウルクが亡国の憂き目に陥るかもしれない。天の牡牛の威容を目にした今だからこそ、これウルクに近づけてはならないという危機感が彼を突き動かした。
「う」
一歩前に出る。
天の牡牛の視線が突き刺さる気がした。
恐怖はいやおうなく増す。
しかし。
「うおおおおお!」
叫びながら、進み続ける。それがたとえ何の意味もない歩みであったとしても。
そして。
「はい失礼しますよ」
トエラーは横合いから頭に布を覆いかぶされた。
「!? もが……」
しばらく抵抗していたトエラーだったがやがてぐったりと倒れた。
布に何らかの掟が備わっていたのだろう。
「悪いね、将軍様。あんたに死なれちゃ責任を取る奴がいなくなる。ここからは敗戦処理だ」
彼はこの国の上層部から送り込まれた監視役であり、それゆえに状況を見据えた判断を行ったのだ。
そして彼は混乱している戦場に響くような大声を上げた。
「将軍様が負傷された! 我々はこれより撤退する!」
茫然としていた味方は我先にと逃げ出し始めた。見るも無残な潰走である。
「しっかし、話が違うぜ。天の牡牛は疲れたら弱くなるんじゃねえのか?」
彼の呟きが天の牡牛に聞こえたのかどうかはわからないが、大きな、ため息のような鼻息を一つ、放った。
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