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第四章 天命
第十四話 夕暮れの戦い
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最初に天の牡牛と戦ってから三日。
エタたちは囮としての務めを全うしていた。
それと同時に、明確な変化にも気づいていた。
「弱くなってるわね」
ぽつりとミミエルが呟く。
今回はかなり近づいたのだが、初日に比べれば岩の雨は激しくなかった。
最終的に天の牡牛が岩の壁を作り上げて撤退するという流れは変わらないものの、それまでかなり時間を使って相手の疲労を誘えた。
作戦は成功と言ってよいだろう。
「そうだね。それとミミエル……」
「うん。できるだけあの牛の動きを観察したわよ。あたしが見た限りだと……あいつ、右後ろ脚だけは振り上げたことがなかったわ。でも、何の意味があるの?」
「……確信はないけど……うん、でも、討伐部隊には伝えようと思う」
比喩抜きでこの一戦にウルクの興亡がかかっている。
ほんの少しでも勝率は上げておきたかった。
大地が夕焼けに照らされ、赤く染まる。
普段ならば物寂しさを感じさせる光景だったが、決戦を控えている現在では不吉な色に見えてならない。
彼ら……天の牡牛の討伐部隊は大軍でありながら可能な限り身を隠していた。彼らがいたのは天の牡牛のねぐら近くとみられていた場所だ。天の牡牛はザグロス山脈に沿うように、北側からこのねぐらに近づく習慣があったらしく、ねぐらの北側あたりに部隊を伏せていた。
そして同時に、重い地響きが近づいてきていることも気づいていた。
決戦の時は、まさに今。
誰もが固唾をのんで時を待つ。
悠然と歩を進める天の牡牛を目にし、それでも平静を保てた彼らは称賛されるべきだろう。
そして。
「攻撃開始だ!」
熱に浮かされるようなトエラーの言葉と同時に角笛が吹き鳴らされる。
めいめいの掟、あるいは武器で天の牡牛に攻撃する。
天の牡牛は天地を裂くような叫びをあげた。
思わず耳を塞ぎそうになったトエラーは責任感でそれを止め、再び叫ぶ。
「効いているぞ! 攻め続けろ!」
トエラーが正確に戦況を把握していたとは言い難いが、それは事実だった。
攻撃の数々は天の牡牛の頑健な皮膚を抉り、巨獣は足元から血を流していた。特に、誰かの掟なのか巨大な槍は天の牡牛の右太ももを切り抉った。
しかしもちろん相手は天を衝かんばかりの巨体だ。傷はわずかでしかない。
だが、大木も根元を切り落とせば倒れるように、その攻撃は決して無意味ではない。
だからこそ。
天の牡牛は本気になった。
「おい……なんだこれ?」
ふと、とある冒険者が気づいた。
ぴゅうぴゅうと風が吹いている。
だがおかしい。その風は上に向かって吹いている。
北風も南風も、あるいは嵐でさえも風というのは横に吹くものだ。だからこれは風ではない。ふと上を向く。
そこには天の牡牛の顔があった。
「まさか、これは風じゃなくて、呼吸、か?」
誰だって思いっきり息を吸い込んで埃を吸ったことはある。
だがまさか、はるか頭上にあるはずの天の牡牛の吸気がここまで届くとは思うまい。
ふと、天の牡牛と目が合う。
それがまるで、獲物を見つけた獣のように感じた彼は、思わず立ちすくむ。
そして、右前足を振り上げた天の牡牛は、そのまま足を振り下ろし……瞬間、神の怒りとしか思えないほどの衝撃と轟音が響いた。
エタたちは囮としての務めを全うしていた。
それと同時に、明確な変化にも気づいていた。
「弱くなってるわね」
ぽつりとミミエルが呟く。
今回はかなり近づいたのだが、初日に比べれば岩の雨は激しくなかった。
最終的に天の牡牛が岩の壁を作り上げて撤退するという流れは変わらないものの、それまでかなり時間を使って相手の疲労を誘えた。
作戦は成功と言ってよいだろう。
「そうだね。それとミミエル……」
「うん。できるだけあの牛の動きを観察したわよ。あたしが見た限りだと……あいつ、右後ろ脚だけは振り上げたことがなかったわ。でも、何の意味があるの?」
「……確信はないけど……うん、でも、討伐部隊には伝えようと思う」
比喩抜きでこの一戦にウルクの興亡がかかっている。
ほんの少しでも勝率は上げておきたかった。
大地が夕焼けに照らされ、赤く染まる。
普段ならば物寂しさを感じさせる光景だったが、決戦を控えている現在では不吉な色に見えてならない。
彼ら……天の牡牛の討伐部隊は大軍でありながら可能な限り身を隠していた。彼らがいたのは天の牡牛のねぐら近くとみられていた場所だ。天の牡牛はザグロス山脈に沿うように、北側からこのねぐらに近づく習慣があったらしく、ねぐらの北側あたりに部隊を伏せていた。
そして同時に、重い地響きが近づいてきていることも気づいていた。
決戦の時は、まさに今。
誰もが固唾をのんで時を待つ。
悠然と歩を進める天の牡牛を目にし、それでも平静を保てた彼らは称賛されるべきだろう。
そして。
「攻撃開始だ!」
熱に浮かされるようなトエラーの言葉と同時に角笛が吹き鳴らされる。
めいめいの掟、あるいは武器で天の牡牛に攻撃する。
天の牡牛は天地を裂くような叫びをあげた。
思わず耳を塞ぎそうになったトエラーは責任感でそれを止め、再び叫ぶ。
「効いているぞ! 攻め続けろ!」
トエラーが正確に戦況を把握していたとは言い難いが、それは事実だった。
攻撃の数々は天の牡牛の頑健な皮膚を抉り、巨獣は足元から血を流していた。特に、誰かの掟なのか巨大な槍は天の牡牛の右太ももを切り抉った。
しかしもちろん相手は天を衝かんばかりの巨体だ。傷はわずかでしかない。
だが、大木も根元を切り落とせば倒れるように、その攻撃は決して無意味ではない。
だからこそ。
天の牡牛は本気になった。
「おい……なんだこれ?」
ふと、とある冒険者が気づいた。
ぴゅうぴゅうと風が吹いている。
だがおかしい。その風は上に向かって吹いている。
北風も南風も、あるいは嵐でさえも風というのは横に吹くものだ。だからこれは風ではない。ふと上を向く。
そこには天の牡牛の顔があった。
「まさか、これは風じゃなくて、呼吸、か?」
誰だって思いっきり息を吸い込んで埃を吸ったことはある。
だがまさか、はるか頭上にあるはずの天の牡牛の吸気がここまで届くとは思うまい。
ふと、天の牡牛と目が合う。
それがまるで、獲物を見つけた獣のように感じた彼は、思わず立ちすくむ。
そして、右前足を振り上げた天の牡牛は、そのまま足を振り下ろし……瞬間、神の怒りとしか思えないほどの衝撃と轟音が響いた。
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