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第四章 天命
第九話 陣形
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「当たり所が悪けりゃ死ぬ。良くても戦闘不能だな」
「ごほ……そうなると陣形みたいなものは組めないな」
アタブとカロッサが冷静に分析する。人間同士の戦争はしばらく起こっていないが、知識として戦術は知っている。
だがそれはあくまでも人間相手に有効な戦術だ。
迷宮攻略において……それも文字通り天災の如き魔獣が相手では役に立たない。
「基本的には散兵戦術を採用します。ギルドや企業ごとに班分けし、敵の攻撃がギリギリ届く距離まで近づく。敵が我々を一度でも攻撃すれば全力で逃げる。それを繰り返します」
「待て待て。天の牡牛が追ってきたらどうするんだ」
「その心配はありません」
アタブの疑問にエタが答える。
「以前の戦いでは天の牡牛は目につく相手に攻撃することはあっても積極的に追ってきたりしないようです」
「ごほ……じゃあどういう目的を持っているんだ?」
「ウルクに直進してきます。おそらくウルクの破壊が目的なのでしょう。ただし……」
「ただし? なんだよ」
「戦って疲労すると東に撤退します」
「ごほ……東に天の牡牛のねぐらのようなものがあるということか?」
「はい。前回の戦いではその寝床を突き止める余裕がありませんでしたが、今回は違います」
全員に意識が共有されたところでラマトがまとめに入る。
「まず我々囮組が天の牡牛と交戦し、相手を疲労させます。その後、攻撃組が寝床を突き止め、疲労している天の牡牛を攻撃します」
準備は迅速に進められた。
これほど大掛かりな戦いともなれば捧げものなど何らかの儀式が行われるのが通例だが、それよりも天の牡牛の迎撃を優先し、一刻も早くウルクを出発するべきとの意見があったために見送られた。
それでも士気は低くない。
むしろ高い。
天の牡牛という比類なき強敵が相手であるため尻込みするかと思いきや、むしろ今こそ我々の力を見せるのだと奮い立つ冒険者が多かった。
それになにより天の牡牛は一度退けられている。だからこそ楽観的とまではいかないまでも負けないという予想を多くの人がしていたのだ。
ただし。
それも天を衝かんばかりの巨体を目にする前までの話。
中天に座す日輪。
からからに乾いた風。
砂に潜むトカゲは岩陰に隠れ。
矮小なる人々は大いなる獣を前にして立ちすくんだ。
ずん、ずんと鳴り響く地響き。それはゆっくりと 近づいてくる。
想像したことがあるだろうか。
まだはるか遠くにあるはずの山が自ら近づいてくる様子を。
徐々に迫りくる影を。
できるはずがない。
そして人にとって未知とは恐怖であり、恐怖とは人々の足を止める枷である。
現実を目にした人々は顔をこわばらせ、足を止めてしまっていた。
「口だけの奴らはだらしないわね」
かなり間隔をあけて部隊が配置されているためエタからは豆粒のようにしか見えないが、ミミエルの目にはその顔色さえもはっきりと見えているのだろう。
「でもこれはよくないわね。みんな委縮してる」
厳しい指摘をしたのは暫定的にシュメールに所属しているシャルラだ。彼女はみだりにウルクを出られない立場だが、この未曽有の危機に対して猫の手も借りたい状況だったのだ。
「そうだね。こういう時は多少強引にでも……」
「進まなければいけない、ですね」
たおやかな声が背後から聞こえた気がした。エタは片耳が聞こえないため、今一つ音の方向がわかりづらくなっていた。
「ラマトさん。何か御用ですか?」
「難しいことではありません。このまま人間の軍隊が相手ならにらみ合っているだけでも意味はありますが相手は大いなる獣。人の道理は通じません」
「先に動くべきだと?」
「はい。あなた方のアラッタでの活躍を今ひとたび、見せていただきたいのです」
「ごほ……そうなると陣形みたいなものは組めないな」
アタブとカロッサが冷静に分析する。人間同士の戦争はしばらく起こっていないが、知識として戦術は知っている。
だがそれはあくまでも人間相手に有効な戦術だ。
迷宮攻略において……それも文字通り天災の如き魔獣が相手では役に立たない。
「基本的には散兵戦術を採用します。ギルドや企業ごとに班分けし、敵の攻撃がギリギリ届く距離まで近づく。敵が我々を一度でも攻撃すれば全力で逃げる。それを繰り返します」
「待て待て。天の牡牛が追ってきたらどうするんだ」
「その心配はありません」
アタブの疑問にエタが答える。
「以前の戦いでは天の牡牛は目につく相手に攻撃することはあっても積極的に追ってきたりしないようです」
「ごほ……じゃあどういう目的を持っているんだ?」
「ウルクに直進してきます。おそらくウルクの破壊が目的なのでしょう。ただし……」
「ただし? なんだよ」
「戦って疲労すると東に撤退します」
「ごほ……東に天の牡牛のねぐらのようなものがあるということか?」
「はい。前回の戦いではその寝床を突き止める余裕がありませんでしたが、今回は違います」
全員に意識が共有されたところでラマトがまとめに入る。
「まず我々囮組が天の牡牛と交戦し、相手を疲労させます。その後、攻撃組が寝床を突き止め、疲労している天の牡牛を攻撃します」
準備は迅速に進められた。
これほど大掛かりな戦いともなれば捧げものなど何らかの儀式が行われるのが通例だが、それよりも天の牡牛の迎撃を優先し、一刻も早くウルクを出発するべきとの意見があったために見送られた。
それでも士気は低くない。
むしろ高い。
天の牡牛という比類なき強敵が相手であるため尻込みするかと思いきや、むしろ今こそ我々の力を見せるのだと奮い立つ冒険者が多かった。
それになにより天の牡牛は一度退けられている。だからこそ楽観的とまではいかないまでも負けないという予想を多くの人がしていたのだ。
ただし。
それも天を衝かんばかりの巨体を目にする前までの話。
中天に座す日輪。
からからに乾いた風。
砂に潜むトカゲは岩陰に隠れ。
矮小なる人々は大いなる獣を前にして立ちすくんだ。
ずん、ずんと鳴り響く地響き。それはゆっくりと 近づいてくる。
想像したことがあるだろうか。
まだはるか遠くにあるはずの山が自ら近づいてくる様子を。
徐々に迫りくる影を。
できるはずがない。
そして人にとって未知とは恐怖であり、恐怖とは人々の足を止める枷である。
現実を目にした人々は顔をこわばらせ、足を止めてしまっていた。
「口だけの奴らはだらしないわね」
かなり間隔をあけて部隊が配置されているためエタからは豆粒のようにしか見えないが、ミミエルの目にはその顔色さえもはっきりと見えているのだろう。
「でもこれはよくないわね。みんな委縮してる」
厳しい指摘をしたのは暫定的にシュメールに所属しているシャルラだ。彼女はみだりにウルクを出られない立場だが、この未曽有の危機に対して猫の手も借りたい状況だったのだ。
「そうだね。こういう時は多少強引にでも……」
「進まなければいけない、ですね」
たおやかな声が背後から聞こえた気がした。エタは片耳が聞こえないため、今一つ音の方向がわかりづらくなっていた。
「ラマトさん。何か御用ですか?」
「難しいことではありません。このまま人間の軍隊が相手ならにらみ合っているだけでも意味はありますが相手は大いなる獣。人の道理は通じません」
「先に動くべきだと?」
「はい。あなた方のアラッタでの活躍を今ひとたび、見せていただきたいのです」
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