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第四章 天命
第五話 緊急避難
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このウルクという都市がいつからあるのか正確に知っているものは当のウルクの住人でさえ知らない。
いや、賢者アトラハシスであれば知っているかもしれないが、彼は必要な知識を与えることはあっても知識をひけらかすような真似はしない。
だがそれでも千年以上前から続くイシュタル神に認められた大都市であることは疑いようがない。
対外的にも、住民もそう思っている。
それは過去から続く歴史と伝統であり、未来へと紡がれていく文化でもある。
つまりどんなことがあっても、どんな魔物に襲われても、どんな災害に見舞われても、ウルクという都市は永遠に続いていく。
それを疑っていない。
しかしエタは知っている。
永遠に続く繁栄などないことを。
人がいつか死ぬように都市もまたいつか滅びることを。
こんなことを考えるウルクの民はほとんどいない。神々の恩寵を受けるウルクが滅びるはずはないと思っている。だからこそ、万が一の場合市民を避難させるためにはウルクの民以外の力が必要になるはずだった。
金色の髪の、はるか未来で修道服と呼ばれる服装に身を包んだ少女……リリーは訪ねてきたエタから用件を聞くと不愉快そうに眉を曲げた。
「お前なあ。私がウルクの連中を嫌ってることはわかってんだろ?」
リリーはかつてトラゾスという神を奉じる集団を率いていたが、トラゾスは壊滅し、現在は孤児たちの面倒を見ながら暮らしている。
エタとも浅からぬ因縁があり、表面上は友好的に接しているものの、こうして向かい合うと棘のある言葉が飛んでくる。
「うん。でも、君は都市の外で暮らす術に長けている」
「人の話聞く気あんのか? 私はウルクが滅びようがどうでもいいっつーの」
「そうなるとあの子たちはますます苦労することになるよ」
リリーが面倒を見ている子供たちは数人だが、それでも彼女たちが働けるようになるまで野外生活を送るのは厳しい。
「お前なあ」
エタの脅迫にリリーが静かな怒りの炎を灯した。
「そうまでして自分たちが生き延びてえのか? 人の意志を踏みにじってまで?」
「うん。誇りや意地で救える命よりも、知識と経験で救える命の方が多いからね」
ためらわずに涼しい顔で断言するエタに、チッ、とリリーは舌打ちした。
「……私たちが昔使ってた集落がいくつかある。数百人くらいなら……」
「ううん、それじゃ足りないよ。本当にウルクが壊滅してしまったら日々の暮らしすらままならない人々がもっと現れる」
リリーはエタの言いたいことを汲んだ。
「私にしてほしいのは場所や物の提供じゃなくて、荒野にほっぽり出されても暮らしていける知識を与えることなのか」
「そうだね。本当に万が一の場合に備えて、生き残る術を教えてほしい」
「私の言うことを聞く奴がいるのかよ」
「あてはあるよ」
エタはためらうことなく断言した。
リリーもそれで根負けしたのだろう。
「わあったよ。報酬くらいはもらうぞ」
「もちろん」
煉瓦造りの家から出る。
まだまだ厳しい陽射しがウルクの町並みを照らしている。
家から出た二人……正確にはリリーを見ると子供たちが明るい顔で彼女に歩み寄った。
「お姉ちゃん!」
「お話おわった?」
わらわらとリリーに群がる子供たち。それに対してエタは親の仇のように睨まれた。
実際に似たようなものなので不快には思わなかった。
いや、賢者アトラハシスであれば知っているかもしれないが、彼は必要な知識を与えることはあっても知識をひけらかすような真似はしない。
だがそれでも千年以上前から続くイシュタル神に認められた大都市であることは疑いようがない。
対外的にも、住民もそう思っている。
それは過去から続く歴史と伝統であり、未来へと紡がれていく文化でもある。
つまりどんなことがあっても、どんな魔物に襲われても、どんな災害に見舞われても、ウルクという都市は永遠に続いていく。
それを疑っていない。
しかしエタは知っている。
永遠に続く繁栄などないことを。
人がいつか死ぬように都市もまたいつか滅びることを。
こんなことを考えるウルクの民はほとんどいない。神々の恩寵を受けるウルクが滅びるはずはないと思っている。だからこそ、万が一の場合市民を避難させるためにはウルクの民以外の力が必要になるはずだった。
金色の髪の、はるか未来で修道服と呼ばれる服装に身を包んだ少女……リリーは訪ねてきたエタから用件を聞くと不愉快そうに眉を曲げた。
「お前なあ。私がウルクの連中を嫌ってることはわかってんだろ?」
リリーはかつてトラゾスという神を奉じる集団を率いていたが、トラゾスは壊滅し、現在は孤児たちの面倒を見ながら暮らしている。
エタとも浅からぬ因縁があり、表面上は友好的に接しているものの、こうして向かい合うと棘のある言葉が飛んでくる。
「うん。でも、君は都市の外で暮らす術に長けている」
「人の話聞く気あんのか? 私はウルクが滅びようがどうでもいいっつーの」
「そうなるとあの子たちはますます苦労することになるよ」
リリーが面倒を見ている子供たちは数人だが、それでも彼女たちが働けるようになるまで野外生活を送るのは厳しい。
「お前なあ」
エタの脅迫にリリーが静かな怒りの炎を灯した。
「そうまでして自分たちが生き延びてえのか? 人の意志を踏みにじってまで?」
「うん。誇りや意地で救える命よりも、知識と経験で救える命の方が多いからね」
ためらわずに涼しい顔で断言するエタに、チッ、とリリーは舌打ちした。
「……私たちが昔使ってた集落がいくつかある。数百人くらいなら……」
「ううん、それじゃ足りないよ。本当にウルクが壊滅してしまったら日々の暮らしすらままならない人々がもっと現れる」
リリーはエタの言いたいことを汲んだ。
「私にしてほしいのは場所や物の提供じゃなくて、荒野にほっぽり出されても暮らしていける知識を与えることなのか」
「そうだね。本当に万が一の場合に備えて、生き残る術を教えてほしい」
「私の言うことを聞く奴がいるのかよ」
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リリーもそれで根負けしたのだろう。
「わあったよ。報酬くらいはもらうぞ」
「もちろん」
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実際に似たようなものなので不快には思わなかった。
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