253 / 266
第三章『身代わり王 』
第三十六話 身代わりの王
しおりを挟む
ラバシュムが暗殺されかけるという大騒動からはや五日。
新王であるラバシュムの正式なお披露目となった。
ジッグラトの上から顔を出すという芸も何もない儀式未満の行為でしかないが、王であるのならば数多くの儀式をこなすことは避けられない。
その第一歩としては順当とも言えた。
その直前にエタが新王と拝謁する名誉を賜ったのは今回の騒動で王と知己を得るという最大の目的を達成したことを意味する。
ラバシュムと二人きりで向かい合っているのも信頼の証だろう。
ラバシュムは簡素ながらもよく見れば極めて上質である衣服に身を包み、いくつかの装飾品は整った顔立ちをさらに美しくさせていた。
……ただ、勇ましさや男らしさとは反対の方向だったので、人によっては受けが悪いかもしれない。
「王位継承、改めてお祝い申し上げます」
「エタ。そんな風にかしこまった口調はやめてくれない?」
ニッグが亡くなった衝撃も癒えたのか、以前のような快活な口ぶりに戻っていた。
「そういうわけにはいきません。あなたはこの国の王なのですから」
「もう……せめて一人くらい砕けて話せる人が欲しいんだよ」
「……まあ、そういうことなら」
エタが口調を柔らかくするとラバシュムは微笑んだ。
「でもすごいことになったね。歌手をしていたら、次は王様なんだもの」
「うん。すごく激動だね」
しばし、長いようで短い冒険を二人で思い起こした。ふと思いついたようにエタは尋ねる。
「そういえばアトラハシス様がおっしゃっていたんだけど、君がいたころのジッグラトではタンムズ神の像も安置されていたって本当?」
「うん、そうだよ。あの頃にはまだあったんだ」
何気ないように、友人のように。
「そうなんだ。やっぱり君は王子じゃないんだね」
エタは真実を告げた。
わずかな静寂。
顔を真っ青にしたラバシュムは次にはっとした。
「今のは……かまかけ?」
「半分はそうだね。あとは推測かな」
「その推測を聞かせてもらえる?」
ラバシュム……そう呼ぶべきなのかわからない少年は観念するような、やけになっているような、冷静で沈んだ顔だった。
「身代わり王だよ」
この騒動の出発点。
出口のない円環のように終点であるはずのこの場所へ話題は戻ってきた。
「身代わり王を建てるように、王子にもまた身代わりがいなければおかしい。だからたぶん、ニッグこそが血筋としては正しい王で、君は身代わりなんだ」
「でも、『父の名を明かす掟』はどうなるの? あれには確かに僕の名前があったんだよね」
「身代わりを建てる際の手順を調べたところ、王族に伝わる粘土板を使用するらしいよ。それほどのものなら、ラキア様の掟さえごまかせるかもしれない」
もっとも、あのラキア様なら『彼』がラバシュムでないことに気づいていてもおかしくはない。そのうえであの芝居に協力したのかもしれない。
「……君意外にこれを知る人はいるのかな」
「わからない。でもたぶん、アトラハシス様は気づいているはず。前王の腹心だった何人かに暇を与えているからね」
王子が入れ替わっているという事実を知るものは少ないほうがいいという判断だろう。
ただ、これはあまり疑われることはないだろう。
前王の影響を排除するために人事を一新することは決して珍しくない。だが、本当に驚くべきなのは。
「そんなことをしても、政務は回るんだね」
この騒動で少なくない人が危機に陥り、あるいは命を落とした。
それでもラルサの運営は揺るがない。
まるで。
「王様なんて、誰でもいいみたいだ」
ラバシュムの発言はおそらく正しい。
王という機能さえ発揮するのならそれが連綿と受け継がれてきた血筋でなくても構わない。少なくともアトラハシスやラキアはそう考えている。
一体どれほどの虚偽が重なってこの国はなり立っているのか。それを思えば吐き気が込み上げてきそうだが、それにエタ自身が関わっていることがより気分を憂鬱にさせた。
「ニッグ……ううん、ラバシュムは多分、それが嫌だったんだと思う。僕は庭師の息子でね。彼が身分を隠して『荒野の鷲』に加入した時、彼の従僕として僕も一緒にギルドに加わったんだ。今思うとその時点で僕を身代わり王子にするつもりだったのかもしれない」
「……」
「僕は彼の部下のようなものだったけど……それでも彼は良くしてくれたんだ。身代わり王子になることが決まった時、一番反発したのは彼だったよ。決して……僕の両親じゃなかった」
おそらく目の前の『ラバシュム』にとって最も悲しかったのは両親が自分の命を捧げることをためらわなかったことだろう。それと同時に、本物のラバシュムの優しさに感銘を受けたに違いない。
「でも身代わりの話は覆らなかった。その代わり、彼とある約束をした」
「約束? 何を?」
「できるだけ僕の身分を隠すこと。もし彼が王になればこっそり僕を逃がすこと。もしも彼が死んだら……僕は自由になっていいって」
『ニッグ』は死の間際、確かそんなことを言っていた。
だから彼は……嘘を言っていない気がする。
「でも、君は王になるの?」
「うん。やっぱり、王の娘婿にも、リムズにも、この国は任せられないし、なにより、ラバシュムの名を後世の人々に忘れてほしくないよ」
当然ながら、『彼』の言葉がすべて真実である保証はない。
これほど偽りに塗れた事件に巻き込まれればこの世のすべてを疑わなければならないとさえ思ってしまいそうだ。
(だからこそ……信じられる人は自分で決めたい)
決意を胸に、言葉に出す。
「うん。僕もできるだけ君を応援する。この秘密は冥界までもっていく」
「ありがとう、エタ」
王となった彼は外に向かう。その前に、ふと思い出したように彼は告げた。
「そうだ。僕の生まれた時の名前、教えておくね。ニッグじゃないんだ。きっと君の他には誰も呼んでくれないだろうから。僕はラバシュムでも、ラトゥスでもない。僕の名前は……」
第三章『身代わり王子』 完
解説 身代わり王
この章で取り上げてきた身代わり王ですが、身代わりとなった人間が生き残った例も存在します。
その人は正式な王となり、文字通りその名を歴史に刻むことになりました。
あとがき
第三章はこれで終了になります。
来週中には次の章を投稿する予定です。
第三章のサブタイトルの鍵括弧には不自然な余白があります。本当のサブタイトルを隠すための仕掛けですが、気づいていた方はいらっしゃるでしょうか。
新王であるラバシュムの正式なお披露目となった。
ジッグラトの上から顔を出すという芸も何もない儀式未満の行為でしかないが、王であるのならば数多くの儀式をこなすことは避けられない。
その第一歩としては順当とも言えた。
その直前にエタが新王と拝謁する名誉を賜ったのは今回の騒動で王と知己を得るという最大の目的を達成したことを意味する。
ラバシュムと二人きりで向かい合っているのも信頼の証だろう。
ラバシュムは簡素ながらもよく見れば極めて上質である衣服に身を包み、いくつかの装飾品は整った顔立ちをさらに美しくさせていた。
……ただ、勇ましさや男らしさとは反対の方向だったので、人によっては受けが悪いかもしれない。
「王位継承、改めてお祝い申し上げます」
「エタ。そんな風にかしこまった口調はやめてくれない?」
ニッグが亡くなった衝撃も癒えたのか、以前のような快活な口ぶりに戻っていた。
「そういうわけにはいきません。あなたはこの国の王なのですから」
「もう……せめて一人くらい砕けて話せる人が欲しいんだよ」
「……まあ、そういうことなら」
エタが口調を柔らかくするとラバシュムは微笑んだ。
「でもすごいことになったね。歌手をしていたら、次は王様なんだもの」
「うん。すごく激動だね」
しばし、長いようで短い冒険を二人で思い起こした。ふと思いついたようにエタは尋ねる。
「そういえばアトラハシス様がおっしゃっていたんだけど、君がいたころのジッグラトではタンムズ神の像も安置されていたって本当?」
「うん、そうだよ。あの頃にはまだあったんだ」
何気ないように、友人のように。
「そうなんだ。やっぱり君は王子じゃないんだね」
エタは真実を告げた。
わずかな静寂。
顔を真っ青にしたラバシュムは次にはっとした。
「今のは……かまかけ?」
「半分はそうだね。あとは推測かな」
「その推測を聞かせてもらえる?」
ラバシュム……そう呼ぶべきなのかわからない少年は観念するような、やけになっているような、冷静で沈んだ顔だった。
「身代わり王だよ」
この騒動の出発点。
出口のない円環のように終点であるはずのこの場所へ話題は戻ってきた。
「身代わり王を建てるように、王子にもまた身代わりがいなければおかしい。だからたぶん、ニッグこそが血筋としては正しい王で、君は身代わりなんだ」
「でも、『父の名を明かす掟』はどうなるの? あれには確かに僕の名前があったんだよね」
「身代わりを建てる際の手順を調べたところ、王族に伝わる粘土板を使用するらしいよ。それほどのものなら、ラキア様の掟さえごまかせるかもしれない」
もっとも、あのラキア様なら『彼』がラバシュムでないことに気づいていてもおかしくはない。そのうえであの芝居に協力したのかもしれない。
「……君意外にこれを知る人はいるのかな」
「わからない。でもたぶん、アトラハシス様は気づいているはず。前王の腹心だった何人かに暇を与えているからね」
王子が入れ替わっているという事実を知るものは少ないほうがいいという判断だろう。
ただ、これはあまり疑われることはないだろう。
前王の影響を排除するために人事を一新することは決して珍しくない。だが、本当に驚くべきなのは。
「そんなことをしても、政務は回るんだね」
この騒動で少なくない人が危機に陥り、あるいは命を落とした。
それでもラルサの運営は揺るがない。
まるで。
「王様なんて、誰でもいいみたいだ」
ラバシュムの発言はおそらく正しい。
王という機能さえ発揮するのならそれが連綿と受け継がれてきた血筋でなくても構わない。少なくともアトラハシスやラキアはそう考えている。
一体どれほどの虚偽が重なってこの国はなり立っているのか。それを思えば吐き気が込み上げてきそうだが、それにエタ自身が関わっていることがより気分を憂鬱にさせた。
「ニッグ……ううん、ラバシュムは多分、それが嫌だったんだと思う。僕は庭師の息子でね。彼が身分を隠して『荒野の鷲』に加入した時、彼の従僕として僕も一緒にギルドに加わったんだ。今思うとその時点で僕を身代わり王子にするつもりだったのかもしれない」
「……」
「僕は彼の部下のようなものだったけど……それでも彼は良くしてくれたんだ。身代わり王子になることが決まった時、一番反発したのは彼だったよ。決して……僕の両親じゃなかった」
おそらく目の前の『ラバシュム』にとって最も悲しかったのは両親が自分の命を捧げることをためらわなかったことだろう。それと同時に、本物のラバシュムの優しさに感銘を受けたに違いない。
「でも身代わりの話は覆らなかった。その代わり、彼とある約束をした」
「約束? 何を?」
「できるだけ僕の身分を隠すこと。もし彼が王になればこっそり僕を逃がすこと。もしも彼が死んだら……僕は自由になっていいって」
『ニッグ』は死の間際、確かそんなことを言っていた。
だから彼は……嘘を言っていない気がする。
「でも、君は王になるの?」
「うん。やっぱり、王の娘婿にも、リムズにも、この国は任せられないし、なにより、ラバシュムの名を後世の人々に忘れてほしくないよ」
当然ながら、『彼』の言葉がすべて真実である保証はない。
これほど偽りに塗れた事件に巻き込まれればこの世のすべてを疑わなければならないとさえ思ってしまいそうだ。
(だからこそ……信じられる人は自分で決めたい)
決意を胸に、言葉に出す。
「うん。僕もできるだけ君を応援する。この秘密は冥界までもっていく」
「ありがとう、エタ」
王となった彼は外に向かう。その前に、ふと思い出したように彼は告げた。
「そうだ。僕の生まれた時の名前、教えておくね。ニッグじゃないんだ。きっと君の他には誰も呼んでくれないだろうから。僕はラバシュムでも、ラトゥスでもない。僕の名前は……」
第三章『身代わり王子』 完
解説 身代わり王
この章で取り上げてきた身代わり王ですが、身代わりとなった人間が生き残った例も存在します。
その人は正式な王となり、文字通りその名を歴史に刻むことになりました。
あとがき
第三章はこれで終了になります。
来週中には次の章を投稿する予定です。
第三章のサブタイトルの鍵括弧には不自然な余白があります。本当のサブタイトルを隠すための仕掛けですが、気づいていた方はいらっしゃるでしょうか。
0
お気に入りに追加
2
あなたにおすすめの小説
凡人がおまけ召喚されてしまった件
根鳥 泰造
ファンタジー
勇者召喚に巻き込まれて、異世界にきてしまった祐介。最初は勇者の様に大切に扱われていたが、ごく普通の才能しかないので、冷遇されるようになり、ついには王宮から追い出される。
仕方なく冒険者登録することにしたが、この世界では希少なヒーラー適正を持っていた。一年掛けて治癒魔法を習得し、治癒剣士となると、引く手あまたに。しかも、彼は『強欲』という大罪スキルを持っていて、倒した敵のスキルを自分のものにできるのだ。
それらのお蔭で、才能は凡人でも、数多のスキルで能力を補い、熟練度は飛びぬけ、高難度クエストも熟せる有名冒険者となる。そして、裏では気配消去や不可視化スキルを活かして、暗殺という裏の仕事も始めた。
異世界に来て八年後、その暗殺依頼で、召喚勇者の暗殺を受けたのだが、それは祐介を捕まえるための罠だった。祐介が暗殺者になっていると知った勇者が、改心させよう企てたもので、その後は勇者一行に加わり、魔王討伐の旅に同行することに。
最初は脅され渋々同行していた祐介も、勇者や仲間の思いをしり、どんどん勇者が好きになり、勇者から告白までされる。
だが、魔王を討伐を成し遂げるも、魔王戦で勇者は祐介を庇い、障害者になる。
祐介は、勇者の嘘で、病院を作り、医師の道を歩みだすのだった。
小さなことから〜露出〜えみ〜
サイコロ
恋愛
私の露出…
毎日更新していこうと思います
よろしくおねがいします
感想等お待ちしております
取り入れて欲しい内容なども
書いてくださいね
よりみなさんにお近く
考えやすく
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
王が気づいたのはあれから十年後
基本二度寝
恋愛
王太子は妃の肩を抱き、反対の手には息子の手を握る。
妃はまだ小さい娘を抱えて、夫に寄り添っていた。
仲睦まじいその王族家族の姿は、国民にも評判がよかった。
側室を取ることもなく、子に恵まれた王家。
王太子は妃を優しく見つめ、妃も王太子を愛しく見つめ返す。
王太子は今日、父から王の座を譲り受けた。
新たな国王の誕生だった。
俺が死んでから始まる物語
石のやっさん
ファンタジー
パーティでお荷物扱いされていたポーター(荷物運び)のセレスは、とうとう勇者でありパーティーリーダーのリヒトにクビを宣告されてしまう。幼馴染も恋人も全部リヒトの物で、居場所がどこにもないことは自分でも解っていた。
だが、それでもセレスはパーティに残りたかったので土下座までしてリヒトに情けなくもしがみついた。
余りにしつこいセレスに頭に来たリヒトはつい剣の柄でセレスを殴った…そして、セレスは亡くなった。
そこからこの話は始まる。
セレスには誰にも言った事が無い『秘密』があり、その秘密のせいで、死ぬことは怖く無かった…死から始まるファンタジー此処に開幕
【一話完結】断罪が予定されている卒業パーティーに欠席したら、みんな死んでしまいました
ツカノ
ファンタジー
とある国の王太子が、卒業パーティーの日に最愛のスワロー・アーチェリー男爵令嬢を虐げた婚約者のロビン・クック公爵令嬢を断罪し婚約破棄をしようとしたが、何故か公爵令嬢は現れない。これでは断罪どころか婚約破棄ができないと王太子が焦り始めた時、招かれざる客が現れる。そして、招かれざる客の登場により、彼らの運命は転がる石のように急転直下し、恐怖が始まったのだった。さて彼らの運命は、如何。
英雄一家は国を去る【一話完結】
青緑
ファンタジー
婚約者との舞踏会中、火急の知らせにより領地へ帰り、3年かけて魔物大発生を収めたテレジア。3年振りに王都へ戻ったが、国の一大事から護った一家へ言い渡されたのは、テレジアの婚約破棄だった。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる