迷宮攻略企業シュメール

秋葉夕雲

文字の大きさ
上 下
246 / 293
第三章『身代わり王 』

第五十八話 死角からの刃

しおりを挟む
 放たれた矢が合図だったのか、顔を布で覆った何者かが幾人も踊りこんできた。
 シュメールの面々とシャルラ、リムズがラバシュムの前に立ちふさがる。
 誰がどう考えてもラバシュムの命を狙う刺客だとしか思えなかったからだ。
 飛び道具が届く間合いでお互いににらみ合う。そこで大音声を響かせたのはラキアだった。
「控えなさい! ここは神聖なるイシュタル神の御許であり、この方はイシュタル様がお認めになられた正統なる王です! あなた方は今まさに神に唾を吐いているのですよ!」
 普段のおおらかな様子からは想像もできないほど威厳のある声はまさに神官長にふさわしかった。
 刺客たちも一瞬たじろいだ様子を見せたが、後方にいる男が。
「殺せ!」
 そう叫ぶと自らの任務を思い出したかのように武器を構え、ラバシュムとその護衛であるエタたちに向かって突進してきた。
 もちろん迎え撃つが、それとは逆にラキアはラバシュムの腕を掴む。
「ラバシュム様はこちらへ。皆様、どうぞよろしくお願いいたします」
「はい!」
 真っ先に威勢よく返事したミミエルは瞬時に大槌を繰り出し、獣のように身を低くすると大槌で足払いを放つ。
 ……勢いあまって敵の足首を叩き折ってしまっていた。それに慄いた刺客たちがひるんだ。
「シャルラ。お前はラバシュム様とラキア様を護衛しなさい。王の義弟の手から守るのだ」
 リムズが冷静に指示を出し、シャルラもそれに従った。



 ラキアとシャルラ、ラバシュムは剣劇の音を背後にイシュタルが鎮座するべき白色神殿の中に進む。
 信者たちが普段礼拝する場所を通り過ぎ、入り組んだ室内を進む。
 ラキアは体格と年齢に見合わぬほどスイスイと歩を進める。ラバシュムはもちろん、鍛えているシャルラでさえついていくのが精いっぱいだった。
「ラキアさん、どちらへ……?」
「イシュタル神殿の奥には隠し部屋がございます。そちらまで走りましょう。それと、かしこまらずとも構いません。あなたはこの国の王なのですから堂々としていてくださいまし」
 たった今王になったばかりの少年は頼りなさげに頷いた。
 今の彼にとって目まぐるしく変わるこの状況は荒波のように思えたことだろう。
 そして波とは不意に高くなるように。
 柱の影から頭巾を目深にかぶった何者かが現れた。
「え」
 ラバシュムがこぼす間の抜けた声。走りこむ刺客。
「あら」
 だがラキアは、動きそのものは緩やかにしか見えないが戦の神、マルドゥック神のごとき速さでラバシュムと刺客との間に割り込んだ。
「ラキア様!」
「心配なさらないで。わたくしもイシュタル神の信徒のはしくれ。不信心ものに遅れなどとりません」
 さっと手を振ると棍がその手に現れる。
 何かしかの掟を宿した武器なのだろう。
「ラバシュム様! こちらに!」
 その意をくんでシャルラがラバシュムの腕を引っ張る。
 廊下の角を曲がり、このメソポタミアでは珍しい格子戸をくぐり、中に入ると同時に閂をかける。
 息を切らせた二人は同時にそれを整えることに務める。特にラバシュムはへたり込み、項垂れる。
「どうして。みんな……僕なんかを……」
 彼は今まで、ずっと長い間カストラートとして生きてきた。そんな自分に身を挺して守る価値があるのか。そう自問するのは無理もない。
「それは……」
 シャルラは言い淀む。
 ためらう。
 何を?
 彼女が手に持つ銅の短刀を振り下ろすことを。
「それはあなたが、国王だからです」
 逡巡を振り切った彼女は守るべきはずの国王に向けて、凶刃をきらめかせた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

だってお義姉様が

砂月ちゃん
恋愛
『だってお義姉様が…… 』『いつもお屋敷でお義姉様にいじめられているの!』と言って、高位貴族令息達に助けを求めて来た可憐な伯爵令嬢。 ところが正義感あふれる彼らが、その意地悪な義姉に会いに行ってみると…… 他サイトでも掲載中。

余命1年の侯爵夫人

悠木矢彩
恋愛
余命を宣告されたその日に、主人に離婚を言い渡されました

家出したとある辺境夫人の話

あゆみノワ@書籍『完全別居の契約婚〜』
恋愛
『突然ではございますが、私はあなたと離縁し、このお屋敷を去ることにいたしました』 これは、一通の置き手紙からはじまった一組の心通わぬ夫婦のお語。 ※ちゃんとハッピーエンドです。ただし、主人公にとっては。 ※他サイトでも掲載します。

主人公の恋敵として夫に処刑される王妃として転生した私は夫になる男との結婚を阻止します

白雪の雫
ファンタジー
突然ですが質問です。 あなたは【真実の愛】を信じますか? そう聞かれたら私は『いいえ!』『No!』と答える。 だって・・・そうでしょ? ジュリアーノ王太子の(名目上の)父親である若かりし頃の陛下曰く「私と彼女は真実の愛で結ばれている」という何が何だか訳の分からない理屈で、婚約者だった大臣の姫ではなく平民の女を妃にしたのよ!? それだけではない。 何と平民から王妃になった女は庭師と不倫して不義の子を儲け、その不義の子ことジュリアーノは陛下が側室にも成れない身分の低い女が産んだ息子のユーリアを後宮に入れて妃のように扱っているのよーーーっ!!! 私とジュリアーノの結婚は王太子の後見になって欲しいと陛下から土下座をされてまで請われたもの。 それなのに・・・ジュリアーノは私を後宮の片隅に追いやりユーリアと毎晩「アッー!」をしている。 しかも! ジュリアーノはユーリアと「アッー!」をするにしてもベルフィーネという存在が邪魔という理由だけで、正式な王太子妃である私を車裂きの刑にしやがるのよ!!! マジかーーーっ!!! 前世は腐女子であるが会社では働く女性向けの商品開発に携わっていた私は【夢色の恋人達】というBLゲームの、悪役と位置づけられている王太子妃のベルフィーネに転生していたのよーーーっ!!! 思い付きで書いたので、ガバガバ設定+矛盾がある+ご都合主義。 世界観、建築物や衣装等は古代ギリシャ・ローマ神話、古代バビロニアをベースにしたファンタジー、ベルフィーネの一人称は『私』と書いて『わたくし』です。

大好きなおねえさまが死んだ

Ruhuna
ファンタジー
大好きなエステルおねえさまが死んでしまった まだ18歳という若さで

なんでも奪っていく妹とテセウスの船

七辻ゆゆ
ファンタジー
レミアお姉さまがいなくなった。 全部私が奪ったから。お姉さまのものはぜんぶ、ぜんぶ、もう私のもの。

(完結)私より妹を優先する夫

青空一夏
恋愛
私はキャロル・トゥー。トゥー伯爵との間に3歳の娘がいる。私達は愛し合っていたし、子煩悩の夫とはずっと幸せが続く、そう思っていた。 ところが、夫の妹が離婚して同じく3歳の息子を連れて出戻ってきてから夫は変わってしまった。 ショートショートですが、途中タグの追加や変更がある場合があります。

てめぇの所為だよ

章槻雅希
ファンタジー
王太子ウルリコは政略によって結ばれた婚約が気に食わなかった。それを隠そうともせずに臨んだ婚約者エウフェミアとの茶会で彼は自分ばかりが貧乏くじを引いたと彼女を責める。しかし、見事に返り討ちに遭うのだった。 『小説家になろう』様・『アルファポリス』様の重複投稿、自サイトにも掲載。

処理中です...