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第三章『身代わり王 』
第五十八話 死角からの刃
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放たれた矢が合図だったのか、顔を布で覆った何者かが幾人も踊りこんできた。
シュメールの面々とシャルラ、リムズがラバシュムの前に立ちふさがる。
誰がどう考えてもラバシュムの命を狙う刺客だとしか思えなかったからだ。
飛び道具が届く間合いでお互いににらみ合う。そこで大音声を響かせたのはラキアだった。
「控えなさい! ここは神聖なるイシュタル神の御許であり、この方はイシュタル様がお認めになられた正統なる王です! あなた方は今まさに神に唾を吐いているのですよ!」
普段のおおらかな様子からは想像もできないほど威厳のある声はまさに神官長にふさわしかった。
刺客たちも一瞬たじろいだ様子を見せたが、後方にいる男が。
「殺せ!」
そう叫ぶと自らの任務を思い出したかのように武器を構え、ラバシュムとその護衛であるエタたちに向かって突進してきた。
もちろん迎え撃つが、それとは逆にラキアはラバシュムの腕を掴む。
「ラバシュム様はこちらへ。皆様、どうぞよろしくお願いいたします」
「はい!」
真っ先に威勢よく返事したミミエルは瞬時に大槌を繰り出し、獣のように身を低くすると大槌で足払いを放つ。
……勢いあまって敵の足首を叩き折ってしまっていた。それに慄いた刺客たちがひるんだ。
「シャルラ。お前はラバシュム様とラキア様を護衛しなさい。王の義弟の手から守るのだ」
リムズが冷静に指示を出し、シャルラもそれに従った。
ラキアとシャルラ、ラバシュムは剣劇の音を背後にイシュタルが鎮座するべき白色神殿の中に進む。
信者たちが普段礼拝する場所を通り過ぎ、入り組んだ室内を進む。
ラキアは体格と年齢に見合わぬほどスイスイと歩を進める。ラバシュムはもちろん、鍛えているシャルラでさえついていくのが精いっぱいだった。
「ラキアさん、どちらへ……?」
「イシュタル神殿の奥には隠し部屋がございます。そちらまで走りましょう。それと、かしこまらずとも構いません。あなたはこの国の王なのですから堂々としていてくださいまし」
たった今王になったばかりの少年は頼りなさげに頷いた。
今の彼にとって目まぐるしく変わるこの状況は荒波のように思えたことだろう。
そして波とは不意に高くなるように。
柱の影から頭巾を目深にかぶった何者かが現れた。
「え」
ラバシュムがこぼす間の抜けた声。走りこむ刺客。
「あら」
だがラキアは、動きそのものは緩やかにしか見えないが戦の神、マルドゥック神のごとき速さでラバシュムと刺客との間に割り込んだ。
「ラキア様!」
「心配なさらないで。わたくしもイシュタル神の信徒のはしくれ。不信心ものに遅れなどとりません」
さっと手を振ると棍がその手に現れる。
何かしかの掟を宿した武器なのだろう。
「ラバシュム様! こちらに!」
その意をくんでシャルラがラバシュムの腕を引っ張る。
廊下の角を曲がり、このメソポタミアでは珍しい格子戸をくぐり、中に入ると同時に閂をかける。
息を切らせた二人は同時にそれを整えることに務める。特にラバシュムはへたり込み、項垂れる。
「どうして。みんな……僕なんかを……」
彼は今まで、ずっと長い間カストラートとして生きてきた。そんな自分に身を挺して守る価値があるのか。そう自問するのは無理もない。
「それは……」
シャルラは言い淀む。
ためらう。
何を?
彼女が手に持つ銅の短刀を振り下ろすことを。
「それはあなたが、国王だからです」
逡巡を振り切った彼女は守るべきはずの国王に向けて、凶刃をきらめかせた。
シュメールの面々とシャルラ、リムズがラバシュムの前に立ちふさがる。
誰がどう考えてもラバシュムの命を狙う刺客だとしか思えなかったからだ。
飛び道具が届く間合いでお互いににらみ合う。そこで大音声を響かせたのはラキアだった。
「控えなさい! ここは神聖なるイシュタル神の御許であり、この方はイシュタル様がお認めになられた正統なる王です! あなた方は今まさに神に唾を吐いているのですよ!」
普段のおおらかな様子からは想像もできないほど威厳のある声はまさに神官長にふさわしかった。
刺客たちも一瞬たじろいだ様子を見せたが、後方にいる男が。
「殺せ!」
そう叫ぶと自らの任務を思い出したかのように武器を構え、ラバシュムとその護衛であるエタたちに向かって突進してきた。
もちろん迎え撃つが、それとは逆にラキアはラバシュムの腕を掴む。
「ラバシュム様はこちらへ。皆様、どうぞよろしくお願いいたします」
「はい!」
真っ先に威勢よく返事したミミエルは瞬時に大槌を繰り出し、獣のように身を低くすると大槌で足払いを放つ。
……勢いあまって敵の足首を叩き折ってしまっていた。それに慄いた刺客たちがひるんだ。
「シャルラ。お前はラバシュム様とラキア様を護衛しなさい。王の義弟の手から守るのだ」
リムズが冷静に指示を出し、シャルラもそれに従った。
ラキアとシャルラ、ラバシュムは剣劇の音を背後にイシュタルが鎮座するべき白色神殿の中に進む。
信者たちが普段礼拝する場所を通り過ぎ、入り組んだ室内を進む。
ラキアは体格と年齢に見合わぬほどスイスイと歩を進める。ラバシュムはもちろん、鍛えているシャルラでさえついていくのが精いっぱいだった。
「ラキアさん、どちらへ……?」
「イシュタル神殿の奥には隠し部屋がございます。そちらまで走りましょう。それと、かしこまらずとも構いません。あなたはこの国の王なのですから堂々としていてくださいまし」
たった今王になったばかりの少年は頼りなさげに頷いた。
今の彼にとって目まぐるしく変わるこの状況は荒波のように思えたことだろう。
そして波とは不意に高くなるように。
柱の影から頭巾を目深にかぶった何者かが現れた。
「え」
ラバシュムがこぼす間の抜けた声。走りこむ刺客。
「あら」
だがラキアは、動きそのものは緩やかにしか見えないが戦の神、マルドゥック神のごとき速さでラバシュムと刺客との間に割り込んだ。
「ラキア様!」
「心配なさらないで。わたくしもイシュタル神の信徒のはしくれ。不信心ものに遅れなどとりません」
さっと手を振ると棍がその手に現れる。
何かしかの掟を宿した武器なのだろう。
「ラバシュム様! こちらに!」
その意をくんでシャルラがラバシュムの腕を引っ張る。
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「どうして。みんな……僕なんかを……」
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「それは……」
シャルラは言い淀む。
ためらう。
何を?
彼女が手に持つ銅の短刀を振り下ろすことを。
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