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第三章『身代わり王 』
第五十六話 護衛
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話は、ニッグの携帯粘土板を見つけたところに遡る。
「本物の王子はラトゥスゥ!?」
エタの『話』を聞いて真っ先に叫んだのはやはりターハだった。こういうときに率直に感情を表す彼女は話を進めるには都合がいい。
「はい。『荒野の鷲』にいる冒険者でなおかつ年齢などが適合するのは彼しかいません」
「そうは言うがな……いくら身分を隠していると言っても王子がカストラートになんかなるわけねえだろ」
「そうね。あたしもあの声は普通の男じゃ出せないと思うわよ。性別を偽ってるとは思えない」
ラバサルとミミエルの疑問は正しい。
当たり前だが去勢されてしまえば子供は作れない。子供が作れないのならば王位を継ぐ意味は半減してしまう。
下手をすると正式な王位継承権を持っていても国王になれないという事態さえ発生するだろう。
「でも、カストラートだからこそ、誰もラトゥスが王子だとは思わなかった。そうだよね?」
う、と三人は口ごもった。
ニッグと親しい、つまり同じ年齢である可能性が高いと知ってからもラトゥスを王子候補に加えさえしなかったのは彼がカストラートだからだ。
身分を隠すという意味では完全な成功を成し遂げたと言える。
「でも結局どういうことなのよ。あの声をごまかす方法があるって言うの?」
「うん。一度だけだけど……僕はラトゥスの声が低くなった瞬間を知っているんだ」
「ラ、ラトゥスが王子……? そ、そんなはずがありません」
再び場面はイシュタル神殿の入り口に戻る。
ラキアの発言に最も驚いたのはラッザだった。自分のギルドにいるカストラートが王子だったなど想像もしていなかっただろう。ちなみにトエラーはそもそも発言の意味が分からずポカンとしていた。
「ラッザ殿。何故、違うと断言できるのですか?」
「それは……」
まさか王子候補は全員殺されたはずだ、などと言えるはずもないラッザは口ごもったが、以前の三人と全く同じ疑問を口にした。
「彼はギルドに入った時点でカストラートでした。王子がカストラートであるはずがありません」
「そうですね。ですが、その答えはラトゥス……いえ、ラバシュム様にお答えしていただきましょう」
「ラッザさん……すみません。僕はあなたに秘密にしていた掟を持っているんです」
その声を聴いてラッザはぎょっとした。
確かにラトゥスの口調だったが、明確に声が低かった。
まるで男性のように。
「ま、まさか……」
「はい。ラバシュム様は女性になる掟を所有しています」
ラキアの言葉にラッザは頭をしたたか打ち付けられた顔になった。
イシュタル神は戦争と金星の女神。同時に愛と美をも司る。
性別が変わる掟を授かったとしてもおかしくはないだろう。
ことの経緯はこうだ。
毒によって体調を崩したエタは掟の調査をラキアに依頼した。そして一度ラトゥスの声が低くなったことを聞き、さらに詳細にラトゥスの掟について調べるよう再度要請した結果、ラトゥスの腕輪に性別を変える掟が備わっていることが分かったのだ。
後の推測は単純で、エタはそれをラッザとトエラーに説明した。
「ラッザさんとトエラー様はご存じないかもしれませんが……」
空々しい台詞をラキアがのべたのは逃げ道を残すためだろう。あとはそれをラッザに察する余裕があるか。
「『荒野の鷲』には身分を隠して王子が冒険者として在籍していたのです。それがラバシュム様です。ですが、その偽装を完璧にするために女性になる掟を使い、さらに護衛としてニッグさんも同行させた。そうですよね。ラバシュム様」
「うん。……ニッグは僕を守るために……本当によくしてくれたんだ……」
積年の友情を思い起こしたのか、ラトゥスは遠い目をしていた。
「本物の王子はラトゥスゥ!?」
エタの『話』を聞いて真っ先に叫んだのはやはりターハだった。こういうときに率直に感情を表す彼女は話を進めるには都合がいい。
「はい。『荒野の鷲』にいる冒険者でなおかつ年齢などが適合するのは彼しかいません」
「そうは言うがな……いくら身分を隠していると言っても王子がカストラートになんかなるわけねえだろ」
「そうね。あたしもあの声は普通の男じゃ出せないと思うわよ。性別を偽ってるとは思えない」
ラバサルとミミエルの疑問は正しい。
当たり前だが去勢されてしまえば子供は作れない。子供が作れないのならば王位を継ぐ意味は半減してしまう。
下手をすると正式な王位継承権を持っていても国王になれないという事態さえ発生するだろう。
「でも、カストラートだからこそ、誰もラトゥスが王子だとは思わなかった。そうだよね?」
う、と三人は口ごもった。
ニッグと親しい、つまり同じ年齢である可能性が高いと知ってからもラトゥスを王子候補に加えさえしなかったのは彼がカストラートだからだ。
身分を隠すという意味では完全な成功を成し遂げたと言える。
「でも結局どういうことなのよ。あの声をごまかす方法があるって言うの?」
「うん。一度だけだけど……僕はラトゥスの声が低くなった瞬間を知っているんだ」
「ラ、ラトゥスが王子……? そ、そんなはずがありません」
再び場面はイシュタル神殿の入り口に戻る。
ラキアの発言に最も驚いたのはラッザだった。自分のギルドにいるカストラートが王子だったなど想像もしていなかっただろう。ちなみにトエラーはそもそも発言の意味が分からずポカンとしていた。
「ラッザ殿。何故、違うと断言できるのですか?」
「それは……」
まさか王子候補は全員殺されたはずだ、などと言えるはずもないラッザは口ごもったが、以前の三人と全く同じ疑問を口にした。
「彼はギルドに入った時点でカストラートでした。王子がカストラートであるはずがありません」
「そうですね。ですが、その答えはラトゥス……いえ、ラバシュム様にお答えしていただきましょう」
「ラッザさん……すみません。僕はあなたに秘密にしていた掟を持っているんです」
その声を聴いてラッザはぎょっとした。
確かにラトゥスの口調だったが、明確に声が低かった。
まるで男性のように。
「ま、まさか……」
「はい。ラバシュム様は女性になる掟を所有しています」
ラキアの言葉にラッザは頭をしたたか打ち付けられた顔になった。
イシュタル神は戦争と金星の女神。同時に愛と美をも司る。
性別が変わる掟を授かったとしてもおかしくはないだろう。
ことの経緯はこうだ。
毒によって体調を崩したエタは掟の調査をラキアに依頼した。そして一度ラトゥスの声が低くなったことを聞き、さらに詳細にラトゥスの掟について調べるよう再度要請した結果、ラトゥスの腕輪に性別を変える掟が備わっていることが分かったのだ。
後の推測は単純で、エタはそれをラッザとトエラーに説明した。
「ラッザさんとトエラー様はご存じないかもしれませんが……」
空々しい台詞をラキアがのべたのは逃げ道を残すためだろう。あとはそれをラッザに察する余裕があるか。
「『荒野の鷲』には身分を隠して王子が冒険者として在籍していたのです。それがラバシュム様です。ですが、その偽装を完璧にするために女性になる掟を使い、さらに護衛としてニッグさんも同行させた。そうですよね。ラバシュム様」
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