迷宮攻略企業シュメール

第三章『身代わり王 』

第五十三話 暗中闘争

　戦いの口火を切ったのはターハだった。
　近場で拾った手ごろな石を全力で投げる。ただの投石と侮るなかれ。
　最も原始的な闘争は石の投げ合いだという。
　当たり所さえ悪ければ人は死ぬ。
　では人ならぬ怪物はどうか。
　その答えはキングゥが頭を振って避けたことで保留になった。
（でも、避けるのなら当たれば負傷するということ）
　エタは特に指示を出さない。いつも通り戦えばよいという判断だ。
　それを察してミミエルがまず前に出る。大きく銅の槌を振りかぶる。それを迎え撃つために前に出て、熊のように尖った爪をきらめかせるキングゥ。
　お互いの間合いに入る寸前、ミミエルは銅の槌を収納し、身軽になった勢いそのまま足を地面にこすりつけるように滑る。
　急激に姿勢を低くしたミミエルについていけず、キングゥの爪は空を切る。
　恐るべきことにすれ違いざまに取り出した黒曜石のナイフでキングゥの右の足元を切り裂いていた。ぱっと血が飛び散るが明かりが十分ではないおかげでエタはそれをはっきり見ずに済んだ。
　掟の武器を収納して予想外の動きをして不意を突くのはミミエルの常套手段だが、この攻撃を初見で防ぎ切った相手をエタはまだ知らない。
　わずかにキングゥが体を傾ける。左足を失っているので無理もない。
　不十分な体勢から繰り出した攻撃だったため傷は浅いが、それは明確な隙だった。
　ターハとラバサルがお互いの武器を担いで突進する。
　がちんと響く音。
　ターハの棍棒とラバサルの斧はキングゥの両手で受け止められていた。
　二人の剛腕を受け止めるキングゥはやはり怪物である。だが、それさえも陽動である。
　背後に回り込んだミミエルが再び銅の槌を振りかぶる。
　これが攻略企業シュメールの基本戦術。ミミエルが素早く背後を取り、三角の形になるような位置取りで攻撃する。
　だがそれを看破したのか、キングゥはミミエルを見ることもなく……そもそもどこに目があるのかという話だが……一瞬だけ宙に浮いたキングゥは後ろに対して鞭のようにしなる蹴りを放つ。
　それほど前がかりではなかったミミエルはそれを悠々と躱す。
　それに合わせてターハとラバサルも距離を取る。
（……そんなに強くはないかな）
　今まで戦った魔物と比べればキングゥはそれほど強くない。もちろん万全の状態であればもっと強かったのだろう。
　だがこのままなら普通に戦えば勝てる相手だ。
（ただ……）
　気になることがあったエタはミミエルに携帯粘土板を通じて密かに指示を出した。
　爪と武器がかち合う音が地下室に何度も響く。そのたびにキングゥは傷を負っていく。
　やはり、キングゥは思うように戦えていないらしい。幾度かの激突ののち、どう、と膝をつく。
　一気に踏み込もうとした瞬間。
　地下の明かりが消えた。
「ああ！？」
「どうなってる！？」
　ターハとラバサルが叫ぶ。
　それに反応するように強く地面を踏みしめる音。
　ただし。
　その音は二つ。
　次に聞こえたのはごしゃりという何かを叩き潰す音だった。
　二度、三度と同じ音が暗闇に響き渡る。
　そして。
「終わったわよ」
　ミミエルが力を抜いた声を出した。
「がきんちょ？　キングゥを仕留めたのか？」
「ええ。暗闇で動けないあんたたちの代わりにね」
「……エタの指示か？」
「はい。キングゥは目がないみたいだったので、暗闇になれた生物のように耳で周囲を探るんだと思ったんです」
「それに、あたしの背後からの攻撃にも反応してたしね」
「キングゥがここの守護者なら、明かりをつけたり消したりもできるんじゃないかと思ったので」
「わしらにも言ってくれりゃよかっただろうが……」
「以前、目の見えない状態でもミミエルが戦っていたのを思い出したので……」
　相手が不意を打つことを見越して、逆にその動きを逆手に取れるのはミミエルしかいないだろうとの判断だった。
「前々から思ってるんだけどよう……お前ほんとに人間か？」
　ターハが呆れたようにミミエルを見つめている……ような気がした。暗いので表情さえ見えない。
「でもこのままじゃ粘土板を探せ……あら？」
　ぱっと再び明かりがともる。
　とりあえず部屋の中に何があるかくらいわかりそうだ。どうやらこの部屋は意図的に誰かが止めない限り明かりがつく仕組みのようだ。
　ちなみに、キングゥの死体を目にしそうになったエタは慌てて目を逸らした。