迷宮攻略企業シュメール

秋葉夕雲

文字の大きさ
上 下
216 / 293
第三章『身代わり王 』

第三十五話 予言

しおりを挟む
 夕刻まで続いたアラッタへの攻撃は大した戦果を挙げずに終わった。
 意気消沈して野営地まで冒険者や兵たちは野営地まで戻る。
 しかし、その野営地の前で大音声が響いた。
「遠征軍指揮官、トエラー様よりお言葉がある! ありがたく頂戴するように!」
 無論、あまりいい反応はなかった。今日の城攻めはほとんど成果を上げられなかったのだ。直接罵るような声はないが、不満げな表情を浮かべたり、小声で悪態をつくものは少なくなかった。
 用意された壇上に上がった威風堂々たるトエラーの姿を見れば、ざわめきは収まった。見た目とはそれだけで大いなる神秘を纏うのだろう。
 もちろん、トエラーの内心が恐怖と焦燥でいっぱいであることに気づいているものはほとんどいなかった。
「皆の者! 初日の奮戦ご苦労であった! そして犠牲となったものたちの献身、痛み入る!」
 一度言葉を区切ったトエラーは一枚の粘土板を取り出した。
「我らの奮戦を称え、ウルクのイシュタル神殿よりお褒めの言葉を賜っている!」
 トエラーはさらに音吐朗々とイシュタル神殿からの賛辞を読み上げた。それに涙を流したものも少なくない。
 ウルクの市民にとって神とは偉大なる主人であり、神に最も近い神殿に仕える者たちは無条件の忠誠の対象なのである。
 とはいえ、友人知人が死亡したものたちはやや苦々しい表情だった。
「さらに、この戦いに我らの勝利をもたらすための予言を託してくださった! 拝聴せよ!」
 これには今まで鼻白んでいたものたちも驚いた。
 イシュタル神殿の予言など、そうそう聞けるものではないはずだ。
 固唾をのんで耳をとがらせた。
「川の岸辺に魚がいる。魚は虫、苔、石を食べる。その向こうには神の池があり、木々の中に一際大きい木がある。魚に餌を与え、木の器をつくり、池の水を汲み、神々に捧げれば、アラッタの力は弱まり、により我々は勝利を得るだろう」
 まるで謎かけのような予言に誰もが首をひねった。
 魚、川、池。木の器。
 それらの言葉が木霊のように人々の間を巡った。神々の予言ならばこそ、我々の知恵が試されているのだ、と奮い立つ者もいた。
 事実、古の予言は余人に容易く理解できるものではなく、百年後にその意味が分かったとされるものもある。
「我々は予言に従い、川で魚を捕らえ、木を切り倒し、器を作る! これらの作業は明日中に終わらせる!」
 トエラーの短絡的極まりない解釈には疑問の声が上がりかけたが、何の躊躇もなく断言されてしまうと人は反対意見を出しづらくなってしまうものだ。
 ましてやそれが一軍を預かる指揮官から発せられたとなれば無理もない。
 結局明日は戦闘せず、休息と神々への捧げものの準備に取り掛かることとなった。

「わしらはどうするんだ?」
 ラバサルが全員を代表して、エタに尋ねる。
「器づくりに参加しましょう。今日僕たちは働いていませんから余力があります。それに、やっておかないといけないこともあります」
「エタぁ? お前なんか企んでるだろ」
 エタの妙に確信のある言葉にターハが突っかかってくる。
 エタは否定しなかった。
「考えはありますが、まだ上手くいくかどうかはわかりませんので。ひとまず真面目に仕事しましょう」
 三人はすまし顔のエタが邪知甘寧を張り巡らす悪霊パズズのように見えた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

冤罪で追放した男の末路

菜花
ファンタジー
ディアークは参っていた。仲間の一人がディアークを嫌ってるのか、回復魔法を絶対にかけないのだ。命にかかわる嫌がらせをする女はいらんと追放したが、その後冤罪だったと判明し……。カクヨムでも同じ話を投稿しています。

原産地が同じでも結果が違ったお話

よもぎ
ファンタジー
とある国の貴族が通うための学園で、女生徒一人と男子生徒十数人がとある罪により捕縛されることとなった。女生徒は何の罪かも分からず牢で悶々と過ごしていたが、そこにさる貴族家の夫人が訪ねてきて……。 視点が途中で切り替わります。基本的に一人称視点で話が進みます。

【完結】そして、誰もいなくなった

杜野秋人
ファンタジー
「そなたは私の妻として、侯爵夫人として相応しくない!よって婚約を破棄する!」 愛する令嬢を傍らに声高にそう叫ぶ婚約者イグナシオに伯爵家令嬢セリアは誤解だと訴えるが、イグナシオは聞く耳を持たない。それどころか明らかに犯してもいない罪を挙げられ糾弾され、彼女は思わず彼に手を伸ばして取り縋ろうとした。 「触るな!」 だがその手をイグナシオは大きく振り払った。振り払われよろめいたセリアは、受け身も取れないまま仰向けに倒れ、頭を打って昏倒した。 「突き飛ばしたぞ」 「彼が手を上げた」 「誰か衛兵を呼べ!」 騒然となるパーティー会場。すぐさま会場警護の騎士たちに取り囲まれ、彼は「違うんだ、話を聞いてくれ!」と叫びながら愛人の令嬢とともに連行されていった。 そして倒れたセリアもすぐさま人が集められ運び出されていった。 そして誰もいなくなった。 彼女と彼と愛人と、果たして誰が悪かったのか。 これはとある悲しい、婚約破棄の物語である。 ◆小説家になろう様でも公開しています。話数の関係上あちらの方が進みが早いです。 3/27、なろう版完結。あちらは全8話です。 3/30、小説家になろうヒューマンドラマランキング日間1位になりました! 4/1、完結しました。全14話。

ある国立学院内の生徒指導室にて

よもぎ
ファンタジー
とある王国にある国立学院、その指導室に呼び出しを受けた生徒が数人。男女それぞれの指導担当が「指導」するお話。 生徒指導の担当目線で話が進みます。

ある平民生徒のお話

よもぎ
ファンタジー
とある国立学園のサロンにて、王族と平民生徒は相対していた。 伝えられたのはとある平民生徒が死んだということ。その顛末。 それを黙って聞いていた平民生徒は訥々と語りだす――

「おまえを愛することはない!」と言ってやったのに、なぜ無視するんだ!

七辻ゆゆ
ファンタジー
俺を見ない、俺の言葉を聞かない、そして触れられない。すり抜ける……なぜだ? 俺はいったい、どうなっているんだ。 真実の愛を取り戻したいだけなのに。

学園長からのお話です

ラララキヲ
ファンタジー
 学園長の声が学園に響く。 『昨日、平民の女生徒の食べていたお菓子を高位貴族の令息5人が取り囲んで奪うという事がありました』  昨日ピンク髪の女生徒からクッキーを貰った自覚のある王太子とその側近4人は項垂れながらその声を聴いていた。  学園長の話はまだまだ続く…… ◇テンプレ乙女ゲームになりそうな登場人物(しかし出てこない) ◇ふんわり世界観。ゆるふわ設定。 ◇なろうにも上げています。

もう、終わった話ですし

志位斗 茂家波
ファンタジー
一国が滅びた。 その知らせを聞いても、私には関係の無い事。 だってね、もう分っていたことなのよね‥‥‥ ‥‥‥たまにやりたくなる、ありきたりな婚約破棄ざまぁ(?)もの 少々物足りないような気がするので、気が向いたらオマケ書こうかな?

処理中です...