210 / 302
第三章『身代わり王 』
第三十話 二人目
しおりを挟む
頭がきりきりと痛む。
エタは寝不足だとよくこのような痛みにさらされることがあった。
よくよく考えればオオカミに襲われてからほとんど眠っていないので、体調が悪化するのも当然だった。
ただし、休んでいられる状況でもなかった。
とにかく被害の確認と犠牲者の計上が何よりも先だったのだ。ましてやエタは生き延びさせるためとはいえ戦いに扇動したような立場だったので、ひと眠りする暇さえなかった。
「エタ。戦った奴らの給与の計算は終わったか?」
「はい。ニスキツルからも出すとリムズさんは言ってくれていますし、本営にもある程度支給させる算段でした。僕らが支払える金額にはなるでしょう。問題は犠牲になった人の見舞金ですね」
「そっちはわしが個別に説得する。当然だが、友人を騙るような奴らもいるだろうからな」
当たり前だが死亡した相手に給料は払えないが、見舞金などを遺族に払わなければならない。
しかし人数が多いため、中にはあくどいことを企む卑劣な輩もいるだろう。実際にエタも。
『あいつは俺の親友だった! どうしてくれる!』
などと涙ながらに訴える冒険者を見たが、その親友とやらの名前を尋ねたところ答えられなかったというのだから呆れたくなる。
この手の人付き合いはラバサルの得手とするところだったが、ターハはともかくミミエルは得意ではない。
そのため二人には別の仕事を頼んでいた。
「それで、ミミエルとターハさんはどうですか? 王子候補はどうなりましたか?」
セパスとニッグの安否を確認してほしかったのだ。
だがラバサルは普段の仏頂面よりもずっと渋い顔になっており、それだけでおおよその事態は察した。
「セパスが死んだらしい。どうやらクサリクたちに襲われた……となっている」
「実際にはどうなんですか?」
「はっきりとしたことはわからんが、死体を見たターハとミミエル曰く、槍でできた傷じゃねえらしい」
クサリクの武器は見た限り槍しかなかった。たまたま石斧や剣を持っている個体がいないとも限らないが、やはり楽観的になるべきではないだろう。
「とりあえずセパスさんは暗殺されたと仮定しておきましょう」
声をより低めて会話する。
「なら、これからはニッグを護衛するってことでいいか?」
「そうですね。もう、彼が本物の王子であると断定してしまいましょう」
最悪の消去法だったが、もはやそうするしかやる気を保てそうになかった。
ただし。
エタはラバサルどころか他の誰にも言っていない可能性を検討し始めていた。
もしもこれが正しければこれまでの努力は何の意味もないものになってしまうのだが……。
(いや、でも、そうなら……やっぱり虚偽こそが真実?)
「エタ? どうかしたか?」
「え、ああ、すみません。ちょっと考え事をしていました。多分、アラッタの攻略は明日からになるでしょうから、今日はなるべく休みましょう」
「こんな状況でも遠征はやめられねえのか。王子を殺したいって奴だけじゃねえだろうに」
「アトラハシス様がおっしゃっていましたが、人間は一度ことを始めるとそれが余計に損を招くと分かっていても止められないそうです」
数千年後の世界において、コンコルド効果という心理現象である。
人間が人間である限り、どれほどの時を経ても決して変えられない業の一つでもあるのだろう。
エタは寝不足だとよくこのような痛みにさらされることがあった。
よくよく考えればオオカミに襲われてからほとんど眠っていないので、体調が悪化するのも当然だった。
ただし、休んでいられる状況でもなかった。
とにかく被害の確認と犠牲者の計上が何よりも先だったのだ。ましてやエタは生き延びさせるためとはいえ戦いに扇動したような立場だったので、ひと眠りする暇さえなかった。
「エタ。戦った奴らの給与の計算は終わったか?」
「はい。ニスキツルからも出すとリムズさんは言ってくれていますし、本営にもある程度支給させる算段でした。僕らが支払える金額にはなるでしょう。問題は犠牲になった人の見舞金ですね」
「そっちはわしが個別に説得する。当然だが、友人を騙るような奴らもいるだろうからな」
当たり前だが死亡した相手に給料は払えないが、見舞金などを遺族に払わなければならない。
しかし人数が多いため、中にはあくどいことを企む卑劣な輩もいるだろう。実際にエタも。
『あいつは俺の親友だった! どうしてくれる!』
などと涙ながらに訴える冒険者を見たが、その親友とやらの名前を尋ねたところ答えられなかったというのだから呆れたくなる。
この手の人付き合いはラバサルの得手とするところだったが、ターハはともかくミミエルは得意ではない。
そのため二人には別の仕事を頼んでいた。
「それで、ミミエルとターハさんはどうですか? 王子候補はどうなりましたか?」
セパスとニッグの安否を確認してほしかったのだ。
だがラバサルは普段の仏頂面よりもずっと渋い顔になっており、それだけでおおよその事態は察した。
「セパスが死んだらしい。どうやらクサリクたちに襲われた……となっている」
「実際にはどうなんですか?」
「はっきりとしたことはわからんが、死体を見たターハとミミエル曰く、槍でできた傷じゃねえらしい」
クサリクの武器は見た限り槍しかなかった。たまたま石斧や剣を持っている個体がいないとも限らないが、やはり楽観的になるべきではないだろう。
「とりあえずセパスさんは暗殺されたと仮定しておきましょう」
声をより低めて会話する。
「なら、これからはニッグを護衛するってことでいいか?」
「そうですね。もう、彼が本物の王子であると断定してしまいましょう」
最悪の消去法だったが、もはやそうするしかやる気を保てそうになかった。
ただし。
エタはラバサルどころか他の誰にも言っていない可能性を検討し始めていた。
もしもこれが正しければこれまでの努力は何の意味もないものになってしまうのだが……。
(いや、でも、そうなら……やっぱり虚偽こそが真実?)
「エタ? どうかしたか?」
「え、ああ、すみません。ちょっと考え事をしていました。多分、アラッタの攻略は明日からになるでしょうから、今日はなるべく休みましょう」
「こんな状況でも遠征はやめられねえのか。王子を殺したいって奴だけじゃねえだろうに」
「アトラハシス様がおっしゃっていましたが、人間は一度ことを始めるとそれが余計に損を招くと分かっていても止められないそうです」
数千年後の世界において、コンコルド効果という心理現象である。
人間が人間である限り、どれほどの時を経ても決して変えられない業の一つでもあるのだろう。
0
お気に入りに追加
2
あなたにおすすめの小説
婚約破棄からの断罪カウンター
F.conoe
ファンタジー
冤罪押しつけられたから、それなら、と実現してあげた悪役令嬢。
理論ではなく力押しのカウンター攻撃
効果は抜群か…?
(すでに違う婚約破棄ものも投稿していますが、はじめてなんとか書き上げた婚約破棄ものです)

冤罪をかけられた上に婚約破棄されたので、こんな国出て行ってやります
真理亜
恋愛
「そうですか。では出て行きます」
婚約者である王太子のイーサンから謝罪を要求され、従わないなら国外追放だと脅された公爵令嬢のアイリスは、平然とこう言い放った。
そもそもが冤罪を着せられた上、婚約破棄までされた相手に敬意を表す必要など無いし、そんな王太子が治める国に未練などなかったからだ。
脅しが空振りに終わったイーサンは狼狽えるが、最早後の祭りだった。なんと娘可愛さに公爵自身もまた爵位を返上して国を出ると言い出したのだ。
王国のTOPに位置する公爵家が無くなるなどあってはならないことだ。イーサンは慌てて引き止めるがもう遅かった。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。

魅了が解けた貴男から私へ
砂礫レキ
ファンタジー
貴族学園に通う一人の男爵令嬢が第一王子ダレルに魅了の術をかけた。
彼女に操られたダレルは婚約者のコルネリアを憎み罵り続ける。
そして卒業パーティーでとうとう婚約破棄を宣言した。
しかし魅了の術はその場に運良く居た宮廷魔術師に見破られる。
男爵令嬢は処刑されダレルは正気に戻った。
元凶は裁かれコルネリアへの愛を取り戻したダレル。
しかしそんな彼に半年後、今度はコルネリアが婚約破棄を告げた。
三話完結です。

のほほん異世界暮らし
みなと劉
ファンタジー
異世界に転生するなんて、夢の中の話だと思っていた。
それが、目を覚ましたら見知らぬ森の中、しかも手元にはなぜかしっかりとした地図と、ちょっとした冒険に必要な道具が揃っていたのだ。

三歳で婚約破棄された貧乏伯爵家の三男坊そのショックで現世の記憶が蘇る
マメシバ
ファンタジー
貧乏伯爵家の三男坊のアラン令息
三歳で婚約破棄され
そのショックで前世の記憶が蘇る
前世でも貧乏だったのなんの問題なし
なによりも魔法の世界
ワクワクが止まらない三歳児の
波瀾万丈

ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる