194 / 266
第三章『身代わり王 』
第十九話 大いなる鳥
しおりを挟む
必死の形相で走り続け、息が切れたのちも一晩中歩き続けて気づけば夜が明けていた。
清々しさはなく、ただただ腹に石を詰められたような疲労感だけが残っている。
「……少しだけ、休まないといけないな」
木のうろの近くで腰を休める。
どうも本来の道から外れ、山に登ってしまっていたようだ。
見上げると首が痛くなるほど背の高い巨木が立ち並んでいる。
かつて巨大蟻が闊歩していたまだらの森の木々も巨大だったが、この森の樹木はそれを優に上回っていた。
「……ぼうっとしている場合じゃない。連絡しておかないと」
エタは一気に窮地に陥ってしまった。最悪の場合、シュメールの面々に迎えに来てもらうという手もある。
啖呵を切っておいて情けない話だが、命には代えられない。
おそらく遠征軍はアラッタまであと少しのところにいるはずであり、アラッタの都市を攻め落とす戦いに入ってしまえば離脱するのは困難だろう。
連絡するべく携帯粘土板を操作する。
だが。
「携帯粘土板が通じない……? まさか、ここは迷宮の内部!?」
携帯粘土板は地に足がつくところであれば繋がらないことはない。だが、迷宮の掟の性質によっては迷宮の中では携帯粘土板で連絡を取れないことがあると聞いたことがある。
そうなるとエタはいつの間にか迷宮に迷い込んだことになる。
もしそうなら今のエタは獅子の口に自ら飛び込んだネズミよりも無防備だ。
「はやく、ここから離れない……!?」
鈍い地響きを感じたエタはとっさに身を隠す。
戦いになれる様子は一向にないが、身を隠すことと逃げることに関してはそれなりに場数を踏んだ戦士とも張り合えるとラバサルに褒められたことがある。
もちろん、エタは喜ぶ気になれなかった。
そんなエタの気持ちなど無視してエタの数歩先を巨大な牡鹿が走り去っていった。
「何かから逃げてる……?」
なんとなくだが今の牡鹿は怯えているようだった。
あの巨大な牡鹿でさえ怯える何かがここに入るということ。そこに突如として地を揺るがすような咆哮が木霊した。
「ラアアアアアアルク!」
エタは思わず声の方向に振り向いたが、何もいない。そこで上空に視点を移すと太陽を遮らんばかりに巨大な翼を広げた鳥がいた。
一際巨大な樹木の上から現れた、槍のごとき鉤爪、くちばしにはなぜかサメのような歯。
胴体にはところどころに球模様がちりばめられ、黄金の瞳は獲物を探るためにぎょろぎょろと動いている。
「ア、アンズー鳥? 本物?」
アンズー鳥とは神に仕える随獣とも、神にあだなす悪獣ともされている。
迷宮の中で発見されることが多いが、迷宮の外でも発見されている。それどころかワシの頭をしているとも、ライオンの頭をしているとも、姿かたちさえ定かではないが、このアンズー鳥はワシの頭だった。
牡鹿はアンズー鳥を恐れて逃げ出したのだろう。
エタも今すぐ逃げ出したい気持ちになった。
ひざはぶるぶると震え、汗が滴り落ちる。
(いや、落ち着け。アンズー鳥は愚かな人間を嫌うと聞く。むしろ、敬意をもって接すれば相手を認める、とも。うかつに動くべきじゃない)
深呼吸をして、木の隙間から様子を窺う。しばし滞空していたアンズー鳥が空を切り裂くように雄大に羽ばたくと二羽のアンズー鳥は飛び立った。
「二羽? あのアンズー鳥……もしかして、夫婦?」
しばし悩んだが、巨大な木の下に向かうことにした。
清々しさはなく、ただただ腹に石を詰められたような疲労感だけが残っている。
「……少しだけ、休まないといけないな」
木のうろの近くで腰を休める。
どうも本来の道から外れ、山に登ってしまっていたようだ。
見上げると首が痛くなるほど背の高い巨木が立ち並んでいる。
かつて巨大蟻が闊歩していたまだらの森の木々も巨大だったが、この森の樹木はそれを優に上回っていた。
「……ぼうっとしている場合じゃない。連絡しておかないと」
エタは一気に窮地に陥ってしまった。最悪の場合、シュメールの面々に迎えに来てもらうという手もある。
啖呵を切っておいて情けない話だが、命には代えられない。
おそらく遠征軍はアラッタまであと少しのところにいるはずであり、アラッタの都市を攻め落とす戦いに入ってしまえば離脱するのは困難だろう。
連絡するべく携帯粘土板を操作する。
だが。
「携帯粘土板が通じない……? まさか、ここは迷宮の内部!?」
携帯粘土板は地に足がつくところであれば繋がらないことはない。だが、迷宮の掟の性質によっては迷宮の中では携帯粘土板で連絡を取れないことがあると聞いたことがある。
そうなるとエタはいつの間にか迷宮に迷い込んだことになる。
もしそうなら今のエタは獅子の口に自ら飛び込んだネズミよりも無防備だ。
「はやく、ここから離れない……!?」
鈍い地響きを感じたエタはとっさに身を隠す。
戦いになれる様子は一向にないが、身を隠すことと逃げることに関してはそれなりに場数を踏んだ戦士とも張り合えるとラバサルに褒められたことがある。
もちろん、エタは喜ぶ気になれなかった。
そんなエタの気持ちなど無視してエタの数歩先を巨大な牡鹿が走り去っていった。
「何かから逃げてる……?」
なんとなくだが今の牡鹿は怯えているようだった。
あの巨大な牡鹿でさえ怯える何かがここに入るということ。そこに突如として地を揺るがすような咆哮が木霊した。
「ラアアアアアアルク!」
エタは思わず声の方向に振り向いたが、何もいない。そこで上空に視点を移すと太陽を遮らんばかりに巨大な翼を広げた鳥がいた。
一際巨大な樹木の上から現れた、槍のごとき鉤爪、くちばしにはなぜかサメのような歯。
胴体にはところどころに球模様がちりばめられ、黄金の瞳は獲物を探るためにぎょろぎょろと動いている。
「ア、アンズー鳥? 本物?」
アンズー鳥とは神に仕える随獣とも、神にあだなす悪獣ともされている。
迷宮の中で発見されることが多いが、迷宮の外でも発見されている。それどころかワシの頭をしているとも、ライオンの頭をしているとも、姿かたちさえ定かではないが、このアンズー鳥はワシの頭だった。
牡鹿はアンズー鳥を恐れて逃げ出したのだろう。
エタも今すぐ逃げ出したい気持ちになった。
ひざはぶるぶると震え、汗が滴り落ちる。
(いや、落ち着け。アンズー鳥は愚かな人間を嫌うと聞く。むしろ、敬意をもって接すれば相手を認める、とも。うかつに動くべきじゃない)
深呼吸をして、木の隙間から様子を窺う。しばし滞空していたアンズー鳥が空を切り裂くように雄大に羽ばたくと二羽のアンズー鳥は飛び立った。
「二羽? あのアンズー鳥……もしかして、夫婦?」
しばし悩んだが、巨大な木の下に向かうことにした。
0
お気に入りに追加
2
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
凡人がおまけ召喚されてしまった件
根鳥 泰造
ファンタジー
勇者召喚に巻き込まれて、異世界にきてしまった祐介。最初は勇者の様に大切に扱われていたが、ごく普通の才能しかないので、冷遇されるようになり、ついには王宮から追い出される。
仕方なく冒険者登録することにしたが、この世界では希少なヒーラー適正を持っていた。一年掛けて治癒魔法を習得し、治癒剣士となると、引く手あまたに。しかも、彼は『強欲』という大罪スキルを持っていて、倒した敵のスキルを自分のものにできるのだ。
それらのお蔭で、才能は凡人でも、数多のスキルで能力を補い、熟練度は飛びぬけ、高難度クエストも熟せる有名冒険者となる。そして、裏では気配消去や不可視化スキルを活かして、暗殺という裏の仕事も始めた。
異世界に来て八年後、その暗殺依頼で、召喚勇者の暗殺を受けたのだが、それは祐介を捕まえるための罠だった。祐介が暗殺者になっていると知った勇者が、改心させよう企てたもので、その後は勇者一行に加わり、魔王討伐の旅に同行することに。
最初は脅され渋々同行していた祐介も、勇者や仲間の思いをしり、どんどん勇者が好きになり、勇者から告白までされる。
だが、魔王を討伐を成し遂げるも、魔王戦で勇者は祐介を庇い、障害者になる。
祐介は、勇者の嘘で、病院を作り、医師の道を歩みだすのだった。
俺が死んでから始まる物語
石のやっさん
ファンタジー
パーティでお荷物扱いされていたポーター(荷物運び)のセレスは、とうとう勇者でありパーティーリーダーのリヒトにクビを宣告されてしまう。幼馴染も恋人も全部リヒトの物で、居場所がどこにもないことは自分でも解っていた。
だが、それでもセレスはパーティに残りたかったので土下座までしてリヒトに情けなくもしがみついた。
余りにしつこいセレスに頭に来たリヒトはつい剣の柄でセレスを殴った…そして、セレスは亡くなった。
そこからこの話は始まる。
セレスには誰にも言った事が無い『秘密』があり、その秘密のせいで、死ぬことは怖く無かった…死から始まるファンタジー此処に開幕
王が気づいたのはあれから十年後
基本二度寝
恋愛
王太子は妃の肩を抱き、反対の手には息子の手を握る。
妃はまだ小さい娘を抱えて、夫に寄り添っていた。
仲睦まじいその王族家族の姿は、国民にも評判がよかった。
側室を取ることもなく、子に恵まれた王家。
王太子は妃を優しく見つめ、妃も王太子を愛しく見つめ返す。
王太子は今日、父から王の座を譲り受けた。
新たな国王の誕生だった。
【完結】転生7年!ぼっち脱出して王宮ライフ満喫してたら王国の動乱に巻き込まれた少女戦記 〜愛でたいアイカは救国の姫になる
三矢さくら
ファンタジー
【完結しました】異世界からの召喚に応じて6歳児に転生したアイカは、護ってくれる結界に逆に閉じ込められた結果、山奥でサバイバル生活を始める。
こんなはずじゃなかった!
異世界の山奥で過ごすこと7年。ようやく結界が解けて、山を下りたアイカは王都ヴィアナで【天衣無縫の無頼姫】の異名をとる第3王女リティアと出会う。
珍しい物好きの王女に気に入られたアイカは、なんと侍女に取り立てられて王宮に!
やっと始まった異世界生活は、美男美女ぞろいの王宮生活!
右を見ても左を見ても「愛でたい」美人に美少女! 美男子に美少年ばかり!
アイカとリティア、まだまだ幼い侍女と王女が数奇な運命をたどる異世界王宮ファンタジー戦記。
おっさんの神器はハズレではない
兎屋亀吉
ファンタジー
今日も元気に満員電車で通勤途中のおっさんは、突然異世界から召喚されてしまう。一緒に召喚された大勢の人々と共に、女神様から一人3つの神器をいただけることになったおっさん。はたしておっさんは何を選ぶのか。おっさんの選んだ神器の能力とは。
特殊部隊の俺が転生すると、目の前で絶世の美人母娘が犯されそうで助けたら、とんでもないヤンデレ貴族だった
なるとし
ファンタジー
鷹取晴翔(たかとりはると)は陸上自衛隊のとある特殊部隊に所属している。だが、ある日、訓練の途中、不慮の事故に遭い、異世界に転生することとなる。
特殊部隊で使っていた武器や防具などを召喚できる特殊能力を謎の存在から授かり、目を開けたら、絶世の美女とも呼ばれる母娘が男たちによって犯されそうになっていた。
武装状態の鷹取晴翔は、持ち前の優秀な身体能力と武器を使い、その母娘と敷地にいる使用人たちを救う。
だけど、その母と娘二人は、
とおおおおんでもないヤンデレだった……
第3回次世代ファンタジーカップに出すために一部を修正して投稿したものです。
小さなことから〜露出〜えみ〜
サイコロ
恋愛
私の露出…
毎日更新していこうと思います
よろしくおねがいします
感想等お待ちしております
取り入れて欲しい内容なども
書いてくださいね
よりみなさんにお近く
考えやすく
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる