191 / 271
第三章『身代わり王 』
第十七話 自由な旅
しおりを挟む
今更ではあるが。
エタは都市生まれの都市育ちである。
起業してからなら野外で寝泊まりすることは珍しくもなくなったが、子供時代はウルクの外に出ることはあまりなかった。
当然ながら、一人旅などこれが初めてだ。
延々と続く行軍の足跡をたどるように歩む。
見晴らしがよく人の往来があった場所の方が獣は寄り付かないだろうとの判断だった。
だが一方で、寝泊まりする場所は遠征軍の足跡からは離れるようにした。行軍ともなれば大なり小なりごみは出る。
その中には食べ残しやゴミもある。
人には食べられなくとも獣や虫ならそれらを食べられるかもしれず、それらがヒョウやオオカミを寄せ付けないとは限らないのだ。この地域なら一番気をつけなければならないのは夜行性のヒョウだ。
だからこそ寝る場所は気を付ける必要があった。
ミミエルやターハならそれらの獣をあっさりと追い払えるだろうが、エタには少し厳しい。
天幕や獣除けの香を使って一人旅を乗り切るしかない……そう思っていたのだが、どうもラバサルが手練手管を使い。ロバをエタの道中に残しておいてくれたのだ。隠してもらっている食料に頼っているとはいえ、やはり持たなければならない荷物は多い。
粗食に耐え、頑健なロバを旅の伴侶とするのは大いに助けになった。……暴れそうになるロバにてこずらされたことも何度かあったのだが。
そうしてはや三日。
思いのほか道のりは順調だった。
『そう。体はもう大丈夫なのね?』
「うん。だるさも重さもない。長く歩いてもあんまり疲れないよ」
『わかったわ。いつも通り、水と食料は隠しておくわよ』
携帯粘土板によって連絡を取りあい、進路や食料の隠し場所を相談するのも幾分慣れてきた。
最初の一日は何度もミミエルから連絡が来てその後でラバサルにたしなめられたらしい。
その様子を想像すると、エタには少しばかり笑みが浮かぶのだった。
「本当に、一人旅なんて初めて……ああ、君もいるけどね」
ロバにかまれないように慎重に撫でる。この家畜は意外と気性が荒い。丁寧に扱わなければならない。
エタは今、とても自由だった。少なくともそう感じていた。
陰謀もなく、責任もなく、ただ歩を進める。
昼の空にはシャマシュ神の怒りのごとき太陽。
夜の空にはナンナ神の涙のごとき月。
歩くたびに風は吹く方向を変え、草と土のにおいを運んでくる。
疲れ果てた体に水がしみると心と体が豊かになる気がする。
地平線の向こうには荒野ではなく森林が広がっている。
「みんなと合流すれば薄暗い陰謀の渦に飛び込むことになる。だから今だけは……この自由を楽しんでいいかな」
穏やかな気持ちで空を見上げ、呟く。
だが彼はまだ知らない。
自由と責任は表裏一体であり、何一つ責任がないということは、何からも守られていないということである。
ここには城壁も、衛兵も、何もない。
身一つで生き抜けるほど世界は優しくなく、エタは貧弱である。
それを実感したのはアラッタまでの道中を八割がた消化し、山間の森林地帯に入り始めた夜のことだった。
エタは都市生まれの都市育ちである。
起業してからなら野外で寝泊まりすることは珍しくもなくなったが、子供時代はウルクの外に出ることはあまりなかった。
当然ながら、一人旅などこれが初めてだ。
延々と続く行軍の足跡をたどるように歩む。
見晴らしがよく人の往来があった場所の方が獣は寄り付かないだろうとの判断だった。
だが一方で、寝泊まりする場所は遠征軍の足跡からは離れるようにした。行軍ともなれば大なり小なりごみは出る。
その中には食べ残しやゴミもある。
人には食べられなくとも獣や虫ならそれらを食べられるかもしれず、それらがヒョウやオオカミを寄せ付けないとは限らないのだ。この地域なら一番気をつけなければならないのは夜行性のヒョウだ。
だからこそ寝る場所は気を付ける必要があった。
ミミエルやターハならそれらの獣をあっさりと追い払えるだろうが、エタには少し厳しい。
天幕や獣除けの香を使って一人旅を乗り切るしかない……そう思っていたのだが、どうもラバサルが手練手管を使い。ロバをエタの道中に残しておいてくれたのだ。隠してもらっている食料に頼っているとはいえ、やはり持たなければならない荷物は多い。
粗食に耐え、頑健なロバを旅の伴侶とするのは大いに助けになった。……暴れそうになるロバにてこずらされたことも何度かあったのだが。
そうしてはや三日。
思いのほか道のりは順調だった。
『そう。体はもう大丈夫なのね?』
「うん。だるさも重さもない。長く歩いてもあんまり疲れないよ」
『わかったわ。いつも通り、水と食料は隠しておくわよ』
携帯粘土板によって連絡を取りあい、進路や食料の隠し場所を相談するのも幾分慣れてきた。
最初の一日は何度もミミエルから連絡が来てその後でラバサルにたしなめられたらしい。
その様子を想像すると、エタには少しばかり笑みが浮かぶのだった。
「本当に、一人旅なんて初めて……ああ、君もいるけどね」
ロバにかまれないように慎重に撫でる。この家畜は意外と気性が荒い。丁寧に扱わなければならない。
エタは今、とても自由だった。少なくともそう感じていた。
陰謀もなく、責任もなく、ただ歩を進める。
昼の空にはシャマシュ神の怒りのごとき太陽。
夜の空にはナンナ神の涙のごとき月。
歩くたびに風は吹く方向を変え、草と土のにおいを運んでくる。
疲れ果てた体に水がしみると心と体が豊かになる気がする。
地平線の向こうには荒野ではなく森林が広がっている。
「みんなと合流すれば薄暗い陰謀の渦に飛び込むことになる。だから今だけは……この自由を楽しんでいいかな」
穏やかな気持ちで空を見上げ、呟く。
だが彼はまだ知らない。
自由と責任は表裏一体であり、何一つ責任がないということは、何からも守られていないということである。
ここには城壁も、衛兵も、何もない。
身一つで生き抜けるほど世界は優しくなく、エタは貧弱である。
それを実感したのはアラッタまでの道中を八割がた消化し、山間の森林地帯に入り始めた夜のことだった。
0
お気に入りに追加
2
あなたにおすすめの小説
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
小さなことから〜露出〜えみ〜
サイコロ
恋愛
私の露出…
毎日更新していこうと思います
よろしくおねがいします
感想等お待ちしております
取り入れて欲しい内容なども
書いてくださいね
よりみなさんにお近く
考えやすく
ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。
クラスメイトの美少女と無人島に流された件
桜井正宗
青春
修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。
高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。
どうやら、漂流して流されていたようだった。
帰ろうにも島は『無人島』。
しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。
男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?
家の庭にレアドロップダンジョンが生えた~神話級のアイテムを使って普通のダンジョンで無双します~
芦屋貴緒
ファンタジー
売れないイラストレーターである里見司(さとみつかさ)の家にダンジョンが生えた。
駆除業者も呼ぶことができない金欠ぶりに「ダンジョンで手に入れたものを売ればいいのでは?」と考え潜り始める。
だがそのダンジョンで手に入るアイテムは全て他人に譲渡できないものだったのだ。
彼が財宝を鑑定すると驚愕の事実が判明する。
経験値も金にもならないこのダンジョン。
しかし手に入るものは全て高ランクのダンジョンでも入手困難なレアアイテムばかり。
――じゃあ、アイテムの力で強くなって普通のダンジョンで稼げばよくない?
スライム10,000体討伐から始まるハーレム生活
昼寝部
ファンタジー
この世界は12歳になったら神からスキルを授かることができ、俺も12歳になった時にスキルを授かった。
しかし、俺のスキルは【@&¥#%】と正しく表記されず、役に立たないスキルということが判明した。
そんな中、両親を亡くした俺は妹に不自由のない生活を送ってもらうため、冒険者として活動を始める。
しかし、【@&¥#%】というスキルでは強いモンスターを討伐することができず、3年間冒険者をしてもスライムしか倒せなかった。
そんなある日、俺がスライムを10,000体討伐した瞬間、スキル【@&¥#%】がチートスキルへと変化して……。
これは、ある日突然、最強の冒険者となった主人公が、今まで『スライムしか倒せないゴミ』とバカにしてきた奴らに“ざまぁ”し、美少女たちと幸せな日々を過ごす物語。
悪徳貴族の、イメージ改善、慈善事業
ウィリアム・ブロック
ファンタジー
現代日本から死亡したラスティは貴族に転生する。しかしその世界では貴族はあんまり良く思われていなかった。なのでノブリス・オブリージュを徹底させて、貴族のイメージ改善を目指すのだった。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる