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第三章『身代わり王 』
第十五話 一つ目
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事件から一夜明け、発表されたことは、誰かが採取した食料のせいで食あたりをおこし、数十人が体調不良になり……幾人かは死亡した。
事の真相はどうあれ、表向きはそれだけだ。この遠征はかなり大掛かりな事業であるがゆえにたった数人死亡したくらいで止まるはずはない。
だが裏の事情を知る者には極めて重大な事件だった。
死亡者の中には王子候補の一人、スーファイも含まれていた。
しばし停滞していた遠征部隊だったが、もうすぐ出発すると触れがあったために、また慌ただしくなっていた。
しかしその喧騒が遠くに聞こえるほどに天幕の内側は静まり返っていた。
こういう時最初に口を開くのはたいていラバサルであり、今回もそうだった。
「早くも一人、か。スーファイが本物の王子ってことは……」
時間が経ち、体調を多少持ち直したエタが答える。
「ない……とは言い切れません。ですが、敵側もそれを判断することはできないでしょう」
死人に口なし。
それは立場に関係なく誰にも降り注ぐ理だ。
もっとも、敵からしてみれば抹殺対象が一つ減り、こちらは護衛がすでに失敗している可能性すら考慮しなければならない。
「僕たちとしては二人のどちらかが王子であると信じるしかありません」
セパスもしくはニッグ。
どちらかが王子であるという確証はもちろんない。しかしそう信じなければ立ち行かない時もあるのだ。
「でもエタ。昨日のあれは本当に食あたりのせいなの?」
「どうだろうね。毒を盛ったか……もしくは誰かが掟を使ったのかもしれない。まだ先は長いし、王子の暗殺を狙ってたなんて言えないから事故として処理したいだろうけど」
「人を病気にさせる掟みたいなやつかよ。エタはそれに巻き込まれちまったのか? それとも、本物の王子が若い男って情報しか知らないやつらが先走っちまったのか?」
「そうかもしれませんが……あるいは、怪しまれないために王子候補以外も巻き込んだのかもしれません」
例えばスーファイだけが毒で死亡すれば、スーファイに視線が集まる。裏事情を知っていれば王子の暗殺だと確信するだろうし、何も知らない人間でも不穏な空気を察するかもしれない。だが、数人死亡したうちの一人なら逆に事故で片づけられる。
命をまるで駒か何かのように扱う悍ましい所業だが、王族や貴族とはそういう生き物なのかもしれない。
「いずれにせよ。エタ、おめえはここまで……」
「いえ、ラバサルさん。僕はまだここで終わるつもりはありません」
「エタ。いくら何でもそれは無茶よ。その体調じゃ足手まといにしかならないわ」
「うん。だから、数日休む。それでもしも体調が戻らなければここに残っていく人と一緒にウルクに戻る。これならどうかな」
「食い物はどうすんだよ」
「できれば、どこかに隠して僕にだけ見つけられるようにしてくれると助かります」
「携帯粘土板で連絡を取り合えばできなくはないでしょうけど……だったら私も……」
「ううん。これ以上王子候補を暗殺されるのはダメだ。みんなには王子の護衛をしてもらわないと」
やはりシュメールの面々は渋い顔だった。
エタが貧弱であるというのももちろんだが、単独行動させるとかなり無茶をするということがそれなりに長い付き合いでわかってきていたからだ。
一方でこのまま同行させると王子候補と間違われる危険もないとは言えないし、もっと最悪なのはエタがこっそりついてくることだった。
「でも、シャルラには言わないでもらえると助かります。絶対に止めると思うので」
いっそのこと言いつけて無理矢理止めさせようか。
そうミミエルたちは思案したが、結局エタの提案を呑むことにしたのだった。
事の真相はどうあれ、表向きはそれだけだ。この遠征はかなり大掛かりな事業であるがゆえにたった数人死亡したくらいで止まるはずはない。
だが裏の事情を知る者には極めて重大な事件だった。
死亡者の中には王子候補の一人、スーファイも含まれていた。
しばし停滞していた遠征部隊だったが、もうすぐ出発すると触れがあったために、また慌ただしくなっていた。
しかしその喧騒が遠くに聞こえるほどに天幕の内側は静まり返っていた。
こういう時最初に口を開くのはたいていラバサルであり、今回もそうだった。
「早くも一人、か。スーファイが本物の王子ってことは……」
時間が経ち、体調を多少持ち直したエタが答える。
「ない……とは言い切れません。ですが、敵側もそれを判断することはできないでしょう」
死人に口なし。
それは立場に関係なく誰にも降り注ぐ理だ。
もっとも、敵からしてみれば抹殺対象が一つ減り、こちらは護衛がすでに失敗している可能性すら考慮しなければならない。
「僕たちとしては二人のどちらかが王子であると信じるしかありません」
セパスもしくはニッグ。
どちらかが王子であるという確証はもちろんない。しかしそう信じなければ立ち行かない時もあるのだ。
「でもエタ。昨日のあれは本当に食あたりのせいなの?」
「どうだろうね。毒を盛ったか……もしくは誰かが掟を使ったのかもしれない。まだ先は長いし、王子の暗殺を狙ってたなんて言えないから事故として処理したいだろうけど」
「人を病気にさせる掟みたいなやつかよ。エタはそれに巻き込まれちまったのか? それとも、本物の王子が若い男って情報しか知らないやつらが先走っちまったのか?」
「そうかもしれませんが……あるいは、怪しまれないために王子候補以外も巻き込んだのかもしれません」
例えばスーファイだけが毒で死亡すれば、スーファイに視線が集まる。裏事情を知っていれば王子の暗殺だと確信するだろうし、何も知らない人間でも不穏な空気を察するかもしれない。だが、数人死亡したうちの一人なら逆に事故で片づけられる。
命をまるで駒か何かのように扱う悍ましい所業だが、王族や貴族とはそういう生き物なのかもしれない。
「いずれにせよ。エタ、おめえはここまで……」
「いえ、ラバサルさん。僕はまだここで終わるつもりはありません」
「エタ。いくら何でもそれは無茶よ。その体調じゃ足手まといにしかならないわ」
「うん。だから、数日休む。それでもしも体調が戻らなければここに残っていく人と一緒にウルクに戻る。これならどうかな」
「食い物はどうすんだよ」
「できれば、どこかに隠して僕にだけ見つけられるようにしてくれると助かります」
「携帯粘土板で連絡を取り合えばできなくはないでしょうけど……だったら私も……」
「ううん。これ以上王子候補を暗殺されるのはダメだ。みんなには王子の護衛をしてもらわないと」
やはりシュメールの面々は渋い顔だった。
エタが貧弱であるというのももちろんだが、単独行動させるとかなり無茶をするということがそれなりに長い付き合いでわかってきていたからだ。
一方でこのまま同行させると王子候補と間違われる危険もないとは言えないし、もっと最悪なのはエタがこっそりついてくることだった。
「でも、シャルラには言わないでもらえると助かります。絶対に止めると思うので」
いっそのこと言いつけて無理矢理止めさせようか。
そうミミエルたちは思案したが、結局エタの提案を呑むことにしたのだった。
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