迷宮攻略企業シュメール

秋葉夕雲

文字の大きさ
上 下
189 / 293
第三章『身代わり王 』

第十五話 一つ目

しおりを挟む
 事件から一夜明け、発表されたことは、誰かが採取した食料のせいで食あたりをおこし、数十人が体調不良になり……幾人かは死亡した。
 事の真相はどうあれ、表向きはそれだけだ。この遠征はかなり大掛かりな事業であるがゆえにたった数人死亡したくらいで止まるはずはない。
 だが裏の事情を知る者には極めて重大な事件だった。
 死亡者の中には王子候補の一人、スーファイも含まれていた。

 しばし停滞していた遠征部隊だったが、もうすぐ出発すると触れがあったために、また慌ただしくなっていた。
 しかしその喧騒が遠くに聞こえるほどに天幕の内側は静まり返っていた。
 こういう時最初に口を開くのはたいていラバサルであり、今回もそうだった。
「早くも一人、か。スーファイが本物の王子ってことは……」
 時間が経ち、体調を多少持ち直したエタが答える。
「ない……とは言い切れません。ですが、敵側もそれを判断することはできないでしょう」
 死人に口なし。
 それは立場に関係なく誰にも降り注ぐ理だ。
 もっとも、敵からしてみれば抹殺対象が一つ減り、こちらは護衛がすでに失敗している可能性すら考慮しなければならない。
「僕たちとしては二人のどちらかが王子であると信じるしかありません」
 セパスもしくはニッグ。
 どちらかが王子であるという確証はもちろんない。しかしそう信じなければ立ち行かない時もあるのだ。
「でもエタ。昨日のあれは本当に食あたりのせいなの?」
「どうだろうね。毒を盛ったか……もしくは誰かが掟を使ったのかもしれない。まだ先は長いし、王子の暗殺を狙ってたなんて言えないから事故として処理したいだろうけど」
「人を病気にさせる掟みたいなやつかよ。エタはそれに巻き込まれちまったのか? それとも、本物の王子が若い男って情報しか知らないやつらが先走っちまったのか?」
「そうかもしれませんが……あるいは、怪しまれないために王子候補以外も巻き込んだのかもしれません」
 例えばスーファイだけが毒で死亡すれば、スーファイに視線が集まる。裏事情を知っていれば王子の暗殺だと確信するだろうし、何も知らない人間でも不穏な空気を察するかもしれない。だが、数人死亡したうちの一人なら逆に事故で片づけられる。
 命をまるで駒か何かのように扱う悍ましい所業だが、王族や貴族とはそういう生き物なのかもしれない。
「いずれにせよ。エタ、おめえはここまで……」
「いえ、ラバサルさん。僕はまだここで終わるつもりはありません」
「エタ。いくら何でもそれは無茶よ。その体調じゃ足手まといにしかならないわ」
「うん。だから、数日休む。それでもしも体調が戻らなければここに残っていく人と一緒にウルクに戻る。これならどうかな」
「食い物はどうすんだよ」
「できれば、どこかに隠して僕にだけ見つけられるようにしてくれると助かります」
「携帯粘土板で連絡を取り合えばできなくはないでしょうけど……だったら私も……」
「ううん。これ以上王子候補を暗殺されるのはダメだ。みんなには王子の護衛をしてもらわないと」
 やはりシュメールの面々は渋い顔だった。
 エタが貧弱であるというのももちろんだが、単独行動させるとかなり無茶をするということがそれなりに長い付き合いでわかってきていたからだ。
 一方でこのまま同行させると王子候補と間違われる危険もないとは言えないし、もっと最悪なのはエタがこっそりついてくることだった。
「でも、シャルラには言わないでもらえると助かります。絶対に止めると思うので」
 いっそのこと言いつけて無理矢理止めさせようか。
 そうミミエルたちは思案したが、結局エタの提案を呑むことにしたのだった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

冤罪で追放した男の末路

菜花
ファンタジー
ディアークは参っていた。仲間の一人がディアークを嫌ってるのか、回復魔法を絶対にかけないのだ。命にかかわる嫌がらせをする女はいらんと追放したが、その後冤罪だったと判明し……。カクヨムでも同じ話を投稿しています。

原産地が同じでも結果が違ったお話

よもぎ
ファンタジー
とある国の貴族が通うための学園で、女生徒一人と男子生徒十数人がとある罪により捕縛されることとなった。女生徒は何の罪かも分からず牢で悶々と過ごしていたが、そこにさる貴族家の夫人が訪ねてきて……。 視点が途中で切り替わります。基本的に一人称視点で話が進みます。

【完結】そして、誰もいなくなった

杜野秋人
ファンタジー
「そなたは私の妻として、侯爵夫人として相応しくない!よって婚約を破棄する!」 愛する令嬢を傍らに声高にそう叫ぶ婚約者イグナシオに伯爵家令嬢セリアは誤解だと訴えるが、イグナシオは聞く耳を持たない。それどころか明らかに犯してもいない罪を挙げられ糾弾され、彼女は思わず彼に手を伸ばして取り縋ろうとした。 「触るな!」 だがその手をイグナシオは大きく振り払った。振り払われよろめいたセリアは、受け身も取れないまま仰向けに倒れ、頭を打って昏倒した。 「突き飛ばしたぞ」 「彼が手を上げた」 「誰か衛兵を呼べ!」 騒然となるパーティー会場。すぐさま会場警護の騎士たちに取り囲まれ、彼は「違うんだ、話を聞いてくれ!」と叫びながら愛人の令嬢とともに連行されていった。 そして倒れたセリアもすぐさま人が集められ運び出されていった。 そして誰もいなくなった。 彼女と彼と愛人と、果たして誰が悪かったのか。 これはとある悲しい、婚約破棄の物語である。 ◆小説家になろう様でも公開しています。話数の関係上あちらの方が進みが早いです。 3/27、なろう版完結。あちらは全8話です。 3/30、小説家になろうヒューマンドラマランキング日間1位になりました! 4/1、完結しました。全14話。

ある国立学院内の生徒指導室にて

よもぎ
ファンタジー
とある王国にある国立学院、その指導室に呼び出しを受けた生徒が数人。男女それぞれの指導担当が「指導」するお話。 生徒指導の担当目線で話が進みます。

ある平民生徒のお話

よもぎ
ファンタジー
とある国立学園のサロンにて、王族と平民生徒は相対していた。 伝えられたのはとある平民生徒が死んだということ。その顛末。 それを黙って聞いていた平民生徒は訥々と語りだす――

「おまえを愛することはない!」と言ってやったのに、なぜ無視するんだ!

七辻ゆゆ
ファンタジー
俺を見ない、俺の言葉を聞かない、そして触れられない。すり抜ける……なぜだ? 俺はいったい、どうなっているんだ。 真実の愛を取り戻したいだけなのに。

学園長からのお話です

ラララキヲ
ファンタジー
 学園長の声が学園に響く。 『昨日、平民の女生徒の食べていたお菓子を高位貴族の令息5人が取り囲んで奪うという事がありました』  昨日ピンク髪の女生徒からクッキーを貰った自覚のある王太子とその側近4人は項垂れながらその声を聴いていた。  学園長の話はまだまだ続く…… ◇テンプレ乙女ゲームになりそうな登場人物(しかし出てこない) ◇ふんわり世界観。ゆるふわ設定。 ◇なろうにも上げています。

もう、終わった話ですし

志位斗 茂家波
ファンタジー
一国が滅びた。 その知らせを聞いても、私には関係の無い事。 だってね、もう分っていたことなのよね‥‥‥ ‥‥‥たまにやりたくなる、ありきたりな婚約破棄ざまぁ(?)もの 少々物足りないような気がするので、気が向いたらオマケ書こうかな?

処理中です...