179 / 293
第三章『身代わり王 』
第八話 父の名
しおりを挟む
「まず、あなた方が育てているというニントルという少女。彼女を預かることに異存はありません。イシュタル神殿にとって寡婦と孤児の世話は最優先で行うべき仕事です」
きっぱりと断言するラキアにエタはほっとした。
かつてミミエルの母を見捨てず、彼女自身も何かと気にかけてくれたラキアならばニントルを悪いようにはしないだろう。
しかしそれだけなら、わざわざシュメール全員をこの場に集めた意味が分からない。……いや、むしろ意味など一つしかないだろう。
「ご厚意に感謝しますラキア様。ですが、何故我々をこの場に集めたのですか?」
ラキアは真面目だが、やはり穏やかな顔つきを崩さない。
だからこそぴりっとした圧力を感じる。
「あなた方は国王陛下が亡くなった件についてどの程度ご存じですか」
「……どちらの、ですか?」
「もちろん、身代わり王ではない方の」
「ラキア様。あなたは……どなたからそれをお聞きになったのですか」
「年を取れば意外と遠くまで人の声が聞こえるようになるものですよ」
しれっとごまかすラキア。
相手はイシュタル神殿の長だ。エタには思いもよらない伝手があるのかもしれない。
「では、イシュタル神殿は次の王をお定めになったのですか?」
「ええ。次の王はラバシュム様を置いて他にはいません。彼もまたイシュタルの信徒ですから」
(言い換えれば王族の中にイシュタル神の信徒ではない人が混じっているということ?)
ウルクの都市神はイシュタルであり、最も勢力が強いのはイシュタル神の信徒だ。
だが、王が例えばエンリル神の信徒であれば立場を脅かす可能性もなくはない。そういう意味でラキアは立場的にラバシュムを推薦せざるを得ない立場であると言える。
「ですが、今彼はどこにいるのでしょうか」
「ご存じありませんか? 彼は『荒野の鷹』というギルドに所属しているそうです」
これでリムズからの『噂話』はほぼ確実な証言であることになった。もちろん、リムズとラキアが裏でつながっていない限りは。
「それ以上のことはわからないのですか?」
「残念ながら。敵にせよ、味方にせよ、それは同じでしょう。前国王陛下は大変慎重なお方でしたから。幼少のころならともかく、今の彼の顔を知っている人さえほとんどいないでしょう」
「しかしそれではどう見つけたものでしょうか」
「ええ。おそらく敵側もそれで困っていることでしょう。ですが、私だけはそうではありません」
「それはいったい……?」
「私は、他人の『父親の名前を明かす掟』を持っています」
「「「「!!!!」」」」
これにはエタを含めた全員が驚きに包まれた。
今まさに欲している掟だった。それと同時に、王子を排したい側からすれば絶対に敵側に存在してほしくない掟だ。
もしもこの事実が知られれば、命を狙われることになってもおかしくない。
「なお、この事実を知っている人は神殿の関係者でもごく一部。それ以外なら、あなた方だけです」
「ぼ、僕らに教えていただけるのは光栄ですが……何故、そこまで……?」
「さるお方からの御推薦、とだけ申し上げておきましょう」
さるお方。考えられるとすれば。
(アトラハシス様……? あのお方以外考えられないけれど……)
もしもそうだとすれば、エタは逃げられない。アトラハシスには返せないほどの恩があるのだ。
「では、あなた方もラバシュム様を守るために行動しているのですか?」
エタは核心となる言葉を言った。いや、言わされたというべきか。
「もちろんです。王位とは正当なるお方が継ぐべきであり、不当な男が継ぐべきではありません。そして、私個人としても、何の罪もない少年を不要に傷つける事態に指をくわえてみているわけにはいかないのです」
決然としたラキアの力強い声と目にエタは無言でうなずいていた。
きっぱりと断言するラキアにエタはほっとした。
かつてミミエルの母を見捨てず、彼女自身も何かと気にかけてくれたラキアならばニントルを悪いようにはしないだろう。
しかしそれだけなら、わざわざシュメール全員をこの場に集めた意味が分からない。……いや、むしろ意味など一つしかないだろう。
「ご厚意に感謝しますラキア様。ですが、何故我々をこの場に集めたのですか?」
ラキアは真面目だが、やはり穏やかな顔つきを崩さない。
だからこそぴりっとした圧力を感じる。
「あなた方は国王陛下が亡くなった件についてどの程度ご存じですか」
「……どちらの、ですか?」
「もちろん、身代わり王ではない方の」
「ラキア様。あなたは……どなたからそれをお聞きになったのですか」
「年を取れば意外と遠くまで人の声が聞こえるようになるものですよ」
しれっとごまかすラキア。
相手はイシュタル神殿の長だ。エタには思いもよらない伝手があるのかもしれない。
「では、イシュタル神殿は次の王をお定めになったのですか?」
「ええ。次の王はラバシュム様を置いて他にはいません。彼もまたイシュタルの信徒ですから」
(言い換えれば王族の中にイシュタル神の信徒ではない人が混じっているということ?)
ウルクの都市神はイシュタルであり、最も勢力が強いのはイシュタル神の信徒だ。
だが、王が例えばエンリル神の信徒であれば立場を脅かす可能性もなくはない。そういう意味でラキアは立場的にラバシュムを推薦せざるを得ない立場であると言える。
「ですが、今彼はどこにいるのでしょうか」
「ご存じありませんか? 彼は『荒野の鷹』というギルドに所属しているそうです」
これでリムズからの『噂話』はほぼ確実な証言であることになった。もちろん、リムズとラキアが裏でつながっていない限りは。
「それ以上のことはわからないのですか?」
「残念ながら。敵にせよ、味方にせよ、それは同じでしょう。前国王陛下は大変慎重なお方でしたから。幼少のころならともかく、今の彼の顔を知っている人さえほとんどいないでしょう」
「しかしそれではどう見つけたものでしょうか」
「ええ。おそらく敵側もそれで困っていることでしょう。ですが、私だけはそうではありません」
「それはいったい……?」
「私は、他人の『父親の名前を明かす掟』を持っています」
「「「「!!!!」」」」
これにはエタを含めた全員が驚きに包まれた。
今まさに欲している掟だった。それと同時に、王子を排したい側からすれば絶対に敵側に存在してほしくない掟だ。
もしもこの事実が知られれば、命を狙われることになってもおかしくない。
「なお、この事実を知っている人は神殿の関係者でもごく一部。それ以外なら、あなた方だけです」
「ぼ、僕らに教えていただけるのは光栄ですが……何故、そこまで……?」
「さるお方からの御推薦、とだけ申し上げておきましょう」
さるお方。考えられるとすれば。
(アトラハシス様……? あのお方以外考えられないけれど……)
もしもそうだとすれば、エタは逃げられない。アトラハシスには返せないほどの恩があるのだ。
「では、あなた方もラバシュム様を守るために行動しているのですか?」
エタは核心となる言葉を言った。いや、言わされたというべきか。
「もちろんです。王位とは正当なるお方が継ぐべきであり、不当な男が継ぐべきではありません。そして、私個人としても、何の罪もない少年を不要に傷つける事態に指をくわえてみているわけにはいかないのです」
決然としたラキアの力強い声と目にエタは無言でうなずいていた。
0
お気に入りに追加
2
あなたにおすすめの小説


家出したとある辺境夫人の話
あゆみノワ@書籍『完全別居の契約婚〜』
恋愛
『突然ではございますが、私はあなたと離縁し、このお屋敷を去ることにいたしました』
これは、一通の置き手紙からはじまった一組の心通わぬ夫婦のお語。
※ちゃんとハッピーエンドです。ただし、主人公にとっては。
※他サイトでも掲載します。



だってお義姉様が
砂月ちゃん
恋愛
『だってお義姉様が…… 』『いつもお屋敷でお義姉様にいじめられているの!』と言って、高位貴族令息達に助けを求めて来た可憐な伯爵令嬢。
ところが正義感あふれる彼らが、その意地悪な義姉に会いに行ってみると……
他サイトでも掲載中。

主人公の恋敵として夫に処刑される王妃として転生した私は夫になる男との結婚を阻止します
白雪の雫
ファンタジー
突然ですが質問です。
あなたは【真実の愛】を信じますか?
そう聞かれたら私は『いいえ!』『No!』と答える。
だって・・・そうでしょ?
ジュリアーノ王太子の(名目上の)父親である若かりし頃の陛下曰く「私と彼女は真実の愛で結ばれている」という何が何だか訳の分からない理屈で、婚約者だった大臣の姫ではなく平民の女を妃にしたのよ!?
それだけではない。
何と平民から王妃になった女は庭師と不倫して不義の子を儲け、その不義の子ことジュリアーノは陛下が側室にも成れない身分の低い女が産んだ息子のユーリアを後宮に入れて妃のように扱っているのよーーーっ!!!
私とジュリアーノの結婚は王太子の後見になって欲しいと陛下から土下座をされてまで請われたもの。
それなのに・・・ジュリアーノは私を後宮の片隅に追いやりユーリアと毎晩「アッー!」をしている。
しかも!
ジュリアーノはユーリアと「アッー!」をするにしてもベルフィーネという存在が邪魔という理由だけで、正式な王太子妃である私を車裂きの刑にしやがるのよ!!!
マジかーーーっ!!!
前世は腐女子であるが会社では働く女性向けの商品開発に携わっていた私は【夢色の恋人達】というBLゲームの、悪役と位置づけられている王太子妃のベルフィーネに転生していたのよーーーっ!!!
思い付きで書いたので、ガバガバ設定+矛盾がある+ご都合主義。
世界観、建築物や衣装等は古代ギリシャ・ローマ神話、古代バビロニアをベースにしたファンタジー、ベルフィーネの一人称は『私』と書いて『わたくし』です。

(完結)私より妹を優先する夫
青空一夏
恋愛
私はキャロル・トゥー。トゥー伯爵との間に3歳の娘がいる。私達は愛し合っていたし、子煩悩の夫とはずっと幸せが続く、そう思っていた。
ところが、夫の妹が離婚して同じく3歳の息子を連れて出戻ってきてから夫は変わってしまった。
ショートショートですが、途中タグの追加や変更がある場合があります。

「魔道具の燃料でしかない」と言われた聖女が追い出されたので、結界は消えます
七辻ゆゆ
ファンタジー
聖女ミュゼの仕事は魔道具に力を注ぐだけだ。そうして国を覆う大結界が発動している。
「ルーチェは魔道具に力を注げる上、癒やしの力まで持っている、まさに聖女だ。燃料でしかない平民のおまえとは比べようもない」
そう言われて、ミュゼは城を追い出された。
しかし城から出たことのなかったミュゼが外の世界に恐怖した結果、自力で結界を張れるようになっていた。
そしてミュゼが力を注がなくなった大結界は力を失い……
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる