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第三章『身代わり王 』
第六話 遠征
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「それで、結局どうやって王子を探すんだ? わしらでギルドに潜入でもするのか?」
「いえ……先に動かれてしまいました。『荒野の鷹』はアラッタの遠征軍に同行するようです。ちなみに遠征は姫の夫が企画したようです」
「アラッタ? どこかしら?」
「もう存在しねえ都市だ。迷宮に飲み込まれたせいで、滅びた」
「確か三百年くらい前から続いている迷宮で、かなり東にあるはずだよな」
「それだけ攻略困難ってことよね。この時期に?」
このごたごたしている時期にわざわざ金も時間もかかる遠征をおこなう理由。
エタでなくとも察しはつくだろう。
「おそらく王子を暗殺しやすい環境を作る、あるいは追い込んで口を割らせるつもりでしょう」
「完全に後手に回ってるわね」
「そうだけど……逆に言えばこれは僕らにとっても好機だ」
「なるほど。外部の企業にも参加できる余地があるのか」
攻略困難な迷宮に挑むともなれば相当大規模な、それこそ戦士の岩山攻略戦に匹敵するほどの作戦になるはずだ。
「僕らも遠征に同行し、同時に王子の護衛と捜索を行います。……ただ、一つ気がかりなのは……」
「ニントルのことね?」
「うん……」
戦士の岩山はそれなりに距離があったが、数日で行って帰ってこれる距離だった。今回はさらに遠く、しかもいつ帰ってこれるかどうかわからない。
前のように誰かお世話する人を雇うというのも難しい。
「少し考えてたんだけど……イシュタル神殿に預けるのはどうかしら」
「イシュタル神殿に……?」
「ええ。あそこならあたしに伝手があるわ」
「ああ、そういえばイシュタル神殿で見習いしてたことがあるんだっけ」
ミミエルは冒険者になる以前、イシュタル神殿で幼馴染と一緒に奉公しており、さらに彼女の母親はもともとイシュタル神殿の聖娼だった。
イシュタル神殿に知人は多いはずだ。
お金で雇った人と暮らすよりも、神殿で暮らす方が幾分温かみのある暮らしができるだろう。
「ニントルはニンリル女神の信者だったはずだけど、そこは大丈夫?」
「イシュタル神殿には別の神の信者もよく訪れるし、そこは問題にならないわよ。見習いとして奉公するっていうなら話は別だけど……少なくとも孤児を見捨てるような場所じゃないわよ」
「それなら、生活費代わりに寄付して、ついでに酒の湧く泉も面倒を見てもらおうかな」
「ちょっと。イシュタル神殿を便利屋使いしないでくれる?」
「いや、でもイシュタル神殿に務めている人なら信用できると思うし……」
じろりと睨むミミエルから目を逸らし弁解するが、前言を撤回するつもりはないらしい。
「まあいいわ。神殿長に連絡を取ってあげる」
携帯粘土板を使って連絡するつもりなのだろう。
「でも、ニントルは納得してくれるでしょうか」
「してくれるだろうし、させなければならん。それがわしらの責任の取り方だ」
ラバサルはわしら、と言った。エタ自身はニントルが一人になったのはエタ一人の責任だと思っている。
だがラバサルだけでなくターハも、ミミエルも、おそらくはシャルラも責任を感じているのだ。
エタはそれに安堵する気持ちがあることを自覚しているが、その安堵そのものを自分の弱さではないかと自問自答もしていた。
もちろんこのような内向きの思考は決して人の精神に良い影響を与えることはないが、エンキ神がごとき英知をもってしても容易く解決できない問題ではあった。
そうこうしているうちにミミエルが神妙な顔をして戻ってきた。
「がきんちょ? どうかしたのかよ」
「……」
ターハのいつもの挑発にもミミエルは無言だった。
「ミミエル? どうかしたの?」
「……神殿長が来ていいって」
「そう、よかっ……」
「ただし、私たち全員に来てほしいらしいわ」
もちろんミミエル以外神殿長と面識はない。神殿長の意図を掴みかねていた。
「いえ……先に動かれてしまいました。『荒野の鷹』はアラッタの遠征軍に同行するようです。ちなみに遠征は姫の夫が企画したようです」
「アラッタ? どこかしら?」
「もう存在しねえ都市だ。迷宮に飲み込まれたせいで、滅びた」
「確か三百年くらい前から続いている迷宮で、かなり東にあるはずだよな」
「それだけ攻略困難ってことよね。この時期に?」
このごたごたしている時期にわざわざ金も時間もかかる遠征をおこなう理由。
エタでなくとも察しはつくだろう。
「おそらく王子を暗殺しやすい環境を作る、あるいは追い込んで口を割らせるつもりでしょう」
「完全に後手に回ってるわね」
「そうだけど……逆に言えばこれは僕らにとっても好機だ」
「なるほど。外部の企業にも参加できる余地があるのか」
攻略困難な迷宮に挑むともなれば相当大規模な、それこそ戦士の岩山攻略戦に匹敵するほどの作戦になるはずだ。
「僕らも遠征に同行し、同時に王子の護衛と捜索を行います。……ただ、一つ気がかりなのは……」
「ニントルのことね?」
「うん……」
戦士の岩山はそれなりに距離があったが、数日で行って帰ってこれる距離だった。今回はさらに遠く、しかもいつ帰ってこれるかどうかわからない。
前のように誰かお世話する人を雇うというのも難しい。
「少し考えてたんだけど……イシュタル神殿に預けるのはどうかしら」
「イシュタル神殿に……?」
「ええ。あそこならあたしに伝手があるわ」
「ああ、そういえばイシュタル神殿で見習いしてたことがあるんだっけ」
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イシュタル神殿に知人は多いはずだ。
お金で雇った人と暮らすよりも、神殿で暮らす方が幾分温かみのある暮らしができるだろう。
「ニントルはニンリル女神の信者だったはずだけど、そこは大丈夫?」
「イシュタル神殿には別の神の信者もよく訪れるし、そこは問題にならないわよ。見習いとして奉公するっていうなら話は別だけど……少なくとも孤児を見捨てるような場所じゃないわよ」
「それなら、生活費代わりに寄付して、ついでに酒の湧く泉も面倒を見てもらおうかな」
「ちょっと。イシュタル神殿を便利屋使いしないでくれる?」
「いや、でもイシュタル神殿に務めている人なら信用できると思うし……」
じろりと睨むミミエルから目を逸らし弁解するが、前言を撤回するつもりはないらしい。
「まあいいわ。神殿長に連絡を取ってあげる」
携帯粘土板を使って連絡するつもりなのだろう。
「でも、ニントルは納得してくれるでしょうか」
「してくれるだろうし、させなければならん。それがわしらの責任の取り方だ」
ラバサルはわしら、と言った。エタ自身はニントルが一人になったのはエタ一人の責任だと思っている。
だがラバサルだけでなくターハも、ミミエルも、おそらくはシャルラも責任を感じているのだ。
エタはそれに安堵する気持ちがあることを自覚しているが、その安堵そのものを自分の弱さではないかと自問自答もしていた。
もちろんこのような内向きの思考は決して人の精神に良い影響を与えることはないが、エンキ神がごとき英知をもってしても容易く解決できない問題ではあった。
そうこうしているうちにミミエルが神妙な顔をして戻ってきた。
「がきんちょ? どうかしたのかよ」
「……」
ターハのいつもの挑発にもミミエルは無言だった。
「ミミエル? どうかしたの?」
「……神殿長が来ていいって」
「そう、よかっ……」
「ただし、私たち全員に来てほしいらしいわ」
もちろんミミエル以外神殿長と面識はない。神殿長の意図を掴みかねていた。
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