迷宮攻略企業シュメール

秋葉夕雲

文字の大きさ
上 下
177 / 293
第三章『身代わり王 』

第六話 遠征

しおりを挟む
「それで、結局どうやって王子を探すんだ? わしらでギルドに潜入でもするのか?」
「いえ……先に動かれてしまいました。『荒野の鷹』はアラッタの遠征軍に同行するようです。ちなみに遠征は姫の夫が企画したようです」
「アラッタ? どこかしら?」
「もう存在しねえ都市だ。迷宮に飲み込まれたせいで、滅びた」
「確か三百年くらい前から続いている迷宮で、かなり東にあるはずだよな」
「それだけ攻略困難ってことよね。この時期に?」
 このごたごたしている時期にわざわざ金も時間もかかる遠征をおこなう理由。
 エタでなくとも察しはつくだろう。
「おそらく王子を暗殺しやすい環境を作る、あるいは追い込んで口を割らせるつもりでしょう」
「完全に後手に回ってるわね」
「そうだけど……逆に言えばこれは僕らにとっても好機だ」
「なるほど。外部の企業にも参加できる余地があるのか」
 攻略困難な迷宮に挑むともなれば相当大規模な、それこそ戦士の岩山攻略戦に匹敵するほどの作戦になるはずだ。
「僕らも遠征に同行し、同時に王子の護衛と捜索を行います。……ただ、一つ気がかりなのは……」
「ニントルのことね?」
「うん……」
 戦士の岩山はそれなりに距離があったが、数日で行って帰ってこれる距離だった。今回はさらに遠く、しかもいつ帰ってこれるかどうかわからない。
 前のように誰かお世話する人を雇うというのも難しい。
「少し考えてたんだけど……イシュタル神殿に預けるのはどうかしら」
「イシュタル神殿に……?」
「ええ。あそこならあたしに伝手があるわ」
「ああ、そういえばイシュタル神殿で見習いしてたことがあるんだっけ」
 ミミエルは冒険者になる以前、イシュタル神殿で幼馴染と一緒に奉公しており、さらに彼女の母親はもともとイシュタル神殿の聖娼だった。
 イシュタル神殿に知人は多いはずだ。
 お金で雇った人と暮らすよりも、神殿で暮らす方が幾分温かみのある暮らしができるだろう。
「ニントルはニンリル女神の信者だったはずだけど、そこは大丈夫?」
「イシュタル神殿には別の神の信者もよく訪れるし、そこは問題にならないわよ。見習いとして奉公するっていうなら話は別だけど……少なくとも孤児を見捨てるような場所じゃないわよ」
「それなら、生活費代わりに寄付して、ついでに酒の湧く泉も面倒を見てもらおうかな」
「ちょっと。イシュタル神殿を便利屋使いしないでくれる?」
「いや、でもイシュタル神殿に務めている人なら信用できると思うし……」
 じろりと睨むミミエルから目を逸らし弁解するが、前言を撤回するつもりはないらしい。
「まあいいわ。神殿長に連絡を取ってあげる」
 携帯粘土板を使って連絡するつもりなのだろう。
「でも、ニントルは納得してくれるでしょうか」
「してくれるだろうし、させなければならん。それがわしらの責任の取り方だ」
 ラバサルはわしら、と言った。エタ自身はニントルが一人になったのはエタ一人の責任だと思っている。
 だがラバサルだけでなくターハも、ミミエルも、おそらくはシャルラも責任を感じているのだ。
 エタはそれに安堵する気持ちがあることを自覚しているが、その安堵そのものを自分の弱さではないかと自問自答もしていた。
 もちろんこのような内向きの思考は決して人の精神に良い影響を与えることはないが、エンキ神がごとき英知をもってしても容易く解決できない問題ではあった。
 そうこうしているうちにミミエルが神妙な顔をして戻ってきた。
「がきんちょ? どうかしたのかよ」
「……」
 ターハのいつもの挑発にもミミエルは無言だった。
「ミミエル? どうかしたの?」
「……神殿長が来ていいって」
「そう、よかっ……」
「ただし、私たち全員に来てほしいらしいわ」
 もちろんミミエル以外神殿長と面識はない。神殿長の意図を掴みかねていた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

冤罪で追放した男の末路

菜花
ファンタジー
ディアークは参っていた。仲間の一人がディアークを嫌ってるのか、回復魔法を絶対にかけないのだ。命にかかわる嫌がらせをする女はいらんと追放したが、その後冤罪だったと判明し……。カクヨムでも同じ話を投稿しています。

原産地が同じでも結果が違ったお話

よもぎ
ファンタジー
とある国の貴族が通うための学園で、女生徒一人と男子生徒十数人がとある罪により捕縛されることとなった。女生徒は何の罪かも分からず牢で悶々と過ごしていたが、そこにさる貴族家の夫人が訪ねてきて……。 視点が途中で切り替わります。基本的に一人称視点で話が進みます。

【完結】そして、誰もいなくなった

杜野秋人
ファンタジー
「そなたは私の妻として、侯爵夫人として相応しくない!よって婚約を破棄する!」 愛する令嬢を傍らに声高にそう叫ぶ婚約者イグナシオに伯爵家令嬢セリアは誤解だと訴えるが、イグナシオは聞く耳を持たない。それどころか明らかに犯してもいない罪を挙げられ糾弾され、彼女は思わず彼に手を伸ばして取り縋ろうとした。 「触るな!」 だがその手をイグナシオは大きく振り払った。振り払われよろめいたセリアは、受け身も取れないまま仰向けに倒れ、頭を打って昏倒した。 「突き飛ばしたぞ」 「彼が手を上げた」 「誰か衛兵を呼べ!」 騒然となるパーティー会場。すぐさま会場警護の騎士たちに取り囲まれ、彼は「違うんだ、話を聞いてくれ!」と叫びながら愛人の令嬢とともに連行されていった。 そして倒れたセリアもすぐさま人が集められ運び出されていった。 そして誰もいなくなった。 彼女と彼と愛人と、果たして誰が悪かったのか。 これはとある悲しい、婚約破棄の物語である。 ◆小説家になろう様でも公開しています。話数の関係上あちらの方が進みが早いです。 3/27、なろう版完結。あちらは全8話です。 3/30、小説家になろうヒューマンドラマランキング日間1位になりました! 4/1、完結しました。全14話。

ある国立学院内の生徒指導室にて

よもぎ
ファンタジー
とある王国にある国立学院、その指導室に呼び出しを受けた生徒が数人。男女それぞれの指導担当が「指導」するお話。 生徒指導の担当目線で話が進みます。

ある平民生徒のお話

よもぎ
ファンタジー
とある国立学園のサロンにて、王族と平民生徒は相対していた。 伝えられたのはとある平民生徒が死んだということ。その顛末。 それを黙って聞いていた平民生徒は訥々と語りだす――

「おまえを愛することはない!」と言ってやったのに、なぜ無視するんだ!

七辻ゆゆ
ファンタジー
俺を見ない、俺の言葉を聞かない、そして触れられない。すり抜ける……なぜだ? 俺はいったい、どうなっているんだ。 真実の愛を取り戻したいだけなのに。

学園長からのお話です

ラララキヲ
ファンタジー
 学園長の声が学園に響く。 『昨日、平民の女生徒の食べていたお菓子を高位貴族の令息5人が取り囲んで奪うという事がありました』  昨日ピンク髪の女生徒からクッキーを貰った自覚のある王太子とその側近4人は項垂れながらその声を聴いていた。  学園長の話はまだまだ続く…… ◇テンプレ乙女ゲームになりそうな登場人物(しかし出てこない) ◇ふんわり世界観。ゆるふわ設定。 ◇なろうにも上げています。

(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」

音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。 本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。 しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。 *6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。

処理中です...