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第二章 岩山の試練
第五十七話 燃え落ちた景色
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すでに力尽きかけていたサマンアンナ神はその炎で完全に息の音が途絶えた。
その証拠にどろどろと粘土になって溶けていく。やはりサマンアンナ神は魔物ではなく、魔人だったのだろう。
石の戦士ならあるはずの核がない。
「これで終わり……いや待て、まだ他の石の戦士がいるよな? なんでまだ来てないんだよ?」
ターハがきょろきょろと周囲を見回すと他の面々もそれにならう。
「多分、迷宮の核が損傷したからでしょう。その場合一時的に魔物の行動が鈍くなることがあります」
前回のまだらの森のように迷宮に住む魔物が生き物なら動き回ることもあるらしいが、完全に生物から離れていると迷宮の核の疲弊をもろに受けるらしい。
「まだ時間の余裕はあるってことよね。あの調子だと燃え尽きてもおかしくなさそうだけどね」
ミミエルの視線の先にはまだ立ち上る火柱。
少なくともあれが収まるまでは誰一人近づけそうにない。
「ひとまずもう踏破はできたと思っていいでしょう」
ふう、と息をつく。
言葉にしたことで実感がわいてきたようだ。
「お前らさあ。いつもこんなことやってんのか?」
呆れたように、そしてげっそりしていたのはリリーだ。
「いつもこんなに危険じゃないよ」
「あたしたちがこんなに危険な橋を渡ったのは二回だけよ」
「一回だけで十分だろ……」
薄気味悪い生き物を見るような目だった。
「わしは以前にも何度かあるぞ」
「ラバサルのおっさんは意外としぶといよな」
「ほめてるんですかそれ……? 私も父さんの手伝いをしてる時はこんなに危険なことはしてなかったかなあ」
「……こいつらがおかしいのか? それとも都市国家の連中はやっぱりどっかおかしいのか……?」
ぶつぶつと独り言をつぶやき続けるリリーだった。
なお、サマンアンナ神に加工された人間の遺品は可能な限り回収した。もはや誰が誰なのかはわからなかったが、そうすることがせめてもの弔いだと思ったからだ。
しばらく待ち、鎮火してから様子を見に行くと太陽を司るシャマシュ神がこの場にいたかのように岩と金属が溶け落ちていた。
水でもかけようかと誰かが言ったが、焼けている石に水をかけても無駄だともうしばらく待つしかなかった。
ようやく金属の小屋が溶け落ち、露出した迷宮の核に触れられるようになるころには日が落ちていた。
「夜の道はあぶねえけど、下手にここに居座ると石の戦士が襲ってくるかもしれねえんだよな」
「核の損傷はかなりひどかったからすぐに魔物は動き出さないけど……夜が明けるとどうなるかはわからないかな」
「んじゃさっさと帰るか」
かなり夜目が利くミミエルが先頭に立ち、リリーが道を示し、天測ができるエタが方向を補正するという方法で戦士の岩山を下山した。
何とかもともとトラゾスの逗留地だった場所につく頃には全員がへとへとになり、泥のように眠った。
二人を除いては。
深い眠りに落ちたエタにゆらりと迫る黒い影。
彼が身を横たえた場所まであと三歩というところで。
「動かないでくれる?」
ミミエルがリリーの首元に黒曜石のナイフを突きつけていた。
「まじかよ。いつ背後に立ったんだ? いや、そもそも眠ってなかったのか」
「ええ。もしもあんたが報復でもするなら今かと思ってね」
「悲しいぜ。全く信用されてねえなんてな。一緒に命を懸けて戦った仲じゃねえか」
「でもあんたはザムグの仇よ。その気はなかったとしてもね。私は許さないわ」
「はあ? それを言うならお前らだって私の信者どもの仇だぜ? ま、復讐なんてしねえけどな。つうか、こいつ生きてた方が苦しむだろ」
どうせ苦しむなら自分が手を下す必要もない。それがリリーの結論であり、おそらくは事実だ。
リリーは両手を上げ、ゆっくりとミミエルからも、エタからも離れていく。
「お前もお前だよ。こんな奴に付き合ってるといつか死ぬぜ」
「安心しなさい。死ぬときはエタを守って死ぬわ」
「……」
その目が一切の嘘をついていないと輝いていた。
思わずリリーは後ずさる。彼女が他人に心の底から恐怖を感じたのは久しぶりだった。
「お前がいちばんいかれてるかもな」
ぽそりと呟いた。それが他の誰かの耳に届いたのかは知るすべもなかった。
その証拠にどろどろと粘土になって溶けていく。やはりサマンアンナ神は魔物ではなく、魔人だったのだろう。
石の戦士ならあるはずの核がない。
「これで終わり……いや待て、まだ他の石の戦士がいるよな? なんでまだ来てないんだよ?」
ターハがきょろきょろと周囲を見回すと他の面々もそれにならう。
「多分、迷宮の核が損傷したからでしょう。その場合一時的に魔物の行動が鈍くなることがあります」
前回のまだらの森のように迷宮に住む魔物が生き物なら動き回ることもあるらしいが、完全に生物から離れていると迷宮の核の疲弊をもろに受けるらしい。
「まだ時間の余裕はあるってことよね。あの調子だと燃え尽きてもおかしくなさそうだけどね」
ミミエルの視線の先にはまだ立ち上る火柱。
少なくともあれが収まるまでは誰一人近づけそうにない。
「ひとまずもう踏破はできたと思っていいでしょう」
ふう、と息をつく。
言葉にしたことで実感がわいてきたようだ。
「お前らさあ。いつもこんなことやってんのか?」
呆れたように、そしてげっそりしていたのはリリーだ。
「いつもこんなに危険じゃないよ」
「あたしたちがこんなに危険な橋を渡ったのは二回だけよ」
「一回だけで十分だろ……」
薄気味悪い生き物を見るような目だった。
「わしは以前にも何度かあるぞ」
「ラバサルのおっさんは意外としぶといよな」
「ほめてるんですかそれ……? 私も父さんの手伝いをしてる時はこんなに危険なことはしてなかったかなあ」
「……こいつらがおかしいのか? それとも都市国家の連中はやっぱりどっかおかしいのか……?」
ぶつぶつと独り言をつぶやき続けるリリーだった。
なお、サマンアンナ神に加工された人間の遺品は可能な限り回収した。もはや誰が誰なのかはわからなかったが、そうすることがせめてもの弔いだと思ったからだ。
しばらく待ち、鎮火してから様子を見に行くと太陽を司るシャマシュ神がこの場にいたかのように岩と金属が溶け落ちていた。
水でもかけようかと誰かが言ったが、焼けている石に水をかけても無駄だともうしばらく待つしかなかった。
ようやく金属の小屋が溶け落ち、露出した迷宮の核に触れられるようになるころには日が落ちていた。
「夜の道はあぶねえけど、下手にここに居座ると石の戦士が襲ってくるかもしれねえんだよな」
「核の損傷はかなりひどかったからすぐに魔物は動き出さないけど……夜が明けるとどうなるかはわからないかな」
「んじゃさっさと帰るか」
かなり夜目が利くミミエルが先頭に立ち、リリーが道を示し、天測ができるエタが方向を補正するという方法で戦士の岩山を下山した。
何とかもともとトラゾスの逗留地だった場所につく頃には全員がへとへとになり、泥のように眠った。
二人を除いては。
深い眠りに落ちたエタにゆらりと迫る黒い影。
彼が身を横たえた場所まであと三歩というところで。
「動かないでくれる?」
ミミエルがリリーの首元に黒曜石のナイフを突きつけていた。
「まじかよ。いつ背後に立ったんだ? いや、そもそも眠ってなかったのか」
「ええ。もしもあんたが報復でもするなら今かと思ってね」
「悲しいぜ。全く信用されてねえなんてな。一緒に命を懸けて戦った仲じゃねえか」
「でもあんたはザムグの仇よ。その気はなかったとしてもね。私は許さないわ」
「はあ? それを言うならお前らだって私の信者どもの仇だぜ? ま、復讐なんてしねえけどな。つうか、こいつ生きてた方が苦しむだろ」
どうせ苦しむなら自分が手を下す必要もない。それがリリーの結論であり、おそらくは事実だ。
リリーは両手を上げ、ゆっくりとミミエルからも、エタからも離れていく。
「お前もお前だよ。こんな奴に付き合ってるといつか死ぬぜ」
「安心しなさい。死ぬときはエタを守って死ぬわ」
「……」
その目が一切の嘘をついていないと輝いていた。
思わずリリーは後ずさる。彼女が他人に心の底から恐怖を感じたのは久しぶりだった。
「お前がいちばんいかれてるかもな」
ぽそりと呟いた。それが他の誰かの耳に届いたのかは知るすべもなかった。
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