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第二章 岩山の試練
第五十一話 番人
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エレシュキガル神が住まう冥界のごとき暗闇を照らす一本の松明。
人がなんとか通れる広さがある洞穴の壁をつたい、慎重に歩を進めていく。
「本当にここが迷宮の奥につながってるの?」
「間違いねえよ。実際に一番奥にいる石の戦士を見た奴がいる」
リリーの案内で向かったのは岩の間に隠れていた洞穴だった。あらかじめ知らされていなければとても見つけられなかっただろう。
「ただ、高山の核はここに置いていけ。これ以上近づくと石の戦士たちが向かってくるぜ」
前回の攻略で壊滅の憂き目にあった方法を利用して安全に攻略できるというのは気持ちが悪かったが、そんなことを気にしていては今までの道のりが無駄になる。
ありがたく使うべきだ。
「出口だ」
リリーの指さす方向に光が見えた。
暗闇に慣れた目には針のようにちくちく刺さる。
わずかに歩みを遅くし、目を慣らす。
例えばだが。
陣地防衛においてあえて攻めやすそうな場所を残しておくというのは守る側の戦術としてありえる。
敵に攻めさせることで敵兵力の損耗を狙うという戦術だ。
つまりあえて脆い場所を残しておくというのは心理戦のひとつだ。
洞窟から出た一行の暗闇に慣れた目には陽光に照らされた岩山が白く輝いている錯覚を感じる。
わずかに、地面に黒い影が映ったのを見逃さなかったのはミミエルだった。
「上!」
とっさに叫び、ミミエルはエタとサリーを強引に引っ張る。
それ以外の人員はミミエルの叫びに従って考えるよりも先に前に飛んでいた。
今までいた地面を黒い影が覆いつくし、重い地響きが大地を揺らす。その影響で洞窟の入り口が崩れ落ちた。
振り向いたエタの目に入ったのは土気色の巨大なトカゲを基調としたさまざまな動物が組み合わされた姿。
「竜!」
全員が戦闘態勢に移行する。
だがミミエルは一歩先を考えていた。
「エタ! どうするの!? 戦うの!? それとも迷宮の核に直行するの!?」
ここで戦えば他の石の戦士が集まってくるかもしれないが、核に直行すればそうはならない。
しかしそれは核を守っている石の戦士と『竜』を同時に相手にすることになる。
退路は断たれた。
迅速に決断しなければならない。
エタは。
(ああよかった)
安堵していた。
(すぐに倒せる石の戦士が来てくれて)
その心に、果たしてザムグたちの仇討ちという感情はなかったのか。それとも考えないようにしたのか。
それらをすべて押しのけて肺に息を取り込み、叫んだ。
「戦います! この石の戦士の弱点はわかっています! 皆さんはできるだけ気を引いてください!」
ミミエルが銅の槌を取り出し、ターハが棍棒を構え、シャルラが矢を番え、ラバサルが鞄をそっと置いてから斧を出現させた。
当然のようにミミエルが先陣を切り、シャルラの矢がそれを追い越す。
矢は弾かれ、わずかに傷をつけただけで地面に落ちた。
すさまじい速度で走りこむミミエルに向けて右足を振り下ろす。半身をずらして躱したミミエルはつま先を削るような一撃を繰り出した。
それは狙い通りだったが、『竜』は意に介せず、逆にミミエルに牙を向ける。
ミミエルはぎりぎりでそれを躱し、竜はそれを追う。
そこに横合いからターハとラバサルが挟み込むように攻撃する。
これもいつもの連携の一つだ。
しかし首元を狙った二人の攻撃は致命傷にならない。
そうなる理由の一つに相手の攻撃が強すぎることにある。万が一渾身の一撃でも仕留めきれなければそれは隙となって自分に跳ね返る。わずかな隙で一撃を浴びてしまえばもちろん重傷になるだろう。
攻撃力と防御力に差がありすぎる。
この状況を打破するとすれば。
確実に相手を仕留めることのできる一撃だ。
全員が気を引いてくれている隙に、エタは『竜』の背後に回り込む。味方さえもエタの動向を気にしていなかった。
そもそもエタ自身が先陣を切ることはあり得ない。エタがこと戦闘で役に立たないことは全員が承知しているからだ。
だが。
今回だけは別だ。
起死回生の一手はすでにエタの手に握られていた。
人がなんとか通れる広さがある洞穴の壁をつたい、慎重に歩を進めていく。
「本当にここが迷宮の奥につながってるの?」
「間違いねえよ。実際に一番奥にいる石の戦士を見た奴がいる」
リリーの案内で向かったのは岩の間に隠れていた洞穴だった。あらかじめ知らされていなければとても見つけられなかっただろう。
「ただ、高山の核はここに置いていけ。これ以上近づくと石の戦士たちが向かってくるぜ」
前回の攻略で壊滅の憂き目にあった方法を利用して安全に攻略できるというのは気持ちが悪かったが、そんなことを気にしていては今までの道のりが無駄になる。
ありがたく使うべきだ。
「出口だ」
リリーの指さす方向に光が見えた。
暗闇に慣れた目には針のようにちくちく刺さる。
わずかに歩みを遅くし、目を慣らす。
例えばだが。
陣地防衛においてあえて攻めやすそうな場所を残しておくというのは守る側の戦術としてありえる。
敵に攻めさせることで敵兵力の損耗を狙うという戦術だ。
つまりあえて脆い場所を残しておくというのは心理戦のひとつだ。
洞窟から出た一行の暗闇に慣れた目には陽光に照らされた岩山が白く輝いている錯覚を感じる。
わずかに、地面に黒い影が映ったのを見逃さなかったのはミミエルだった。
「上!」
とっさに叫び、ミミエルはエタとサリーを強引に引っ張る。
それ以外の人員はミミエルの叫びに従って考えるよりも先に前に飛んでいた。
今までいた地面を黒い影が覆いつくし、重い地響きが大地を揺らす。その影響で洞窟の入り口が崩れ落ちた。
振り向いたエタの目に入ったのは土気色の巨大なトカゲを基調としたさまざまな動物が組み合わされた姿。
「竜!」
全員が戦闘態勢に移行する。
だがミミエルは一歩先を考えていた。
「エタ! どうするの!? 戦うの!? それとも迷宮の核に直行するの!?」
ここで戦えば他の石の戦士が集まってくるかもしれないが、核に直行すればそうはならない。
しかしそれは核を守っている石の戦士と『竜』を同時に相手にすることになる。
退路は断たれた。
迅速に決断しなければならない。
エタは。
(ああよかった)
安堵していた。
(すぐに倒せる石の戦士が来てくれて)
その心に、果たしてザムグたちの仇討ちという感情はなかったのか。それとも考えないようにしたのか。
それらをすべて押しのけて肺に息を取り込み、叫んだ。
「戦います! この石の戦士の弱点はわかっています! 皆さんはできるだけ気を引いてください!」
ミミエルが銅の槌を取り出し、ターハが棍棒を構え、シャルラが矢を番え、ラバサルが鞄をそっと置いてから斧を出現させた。
当然のようにミミエルが先陣を切り、シャルラの矢がそれを追い越す。
矢は弾かれ、わずかに傷をつけただけで地面に落ちた。
すさまじい速度で走りこむミミエルに向けて右足を振り下ろす。半身をずらして躱したミミエルはつま先を削るような一撃を繰り出した。
それは狙い通りだったが、『竜』は意に介せず、逆にミミエルに牙を向ける。
ミミエルはぎりぎりでそれを躱し、竜はそれを追う。
そこに横合いからターハとラバサルが挟み込むように攻撃する。
これもいつもの連携の一つだ。
しかし首元を狙った二人の攻撃は致命傷にならない。
そうなる理由の一つに相手の攻撃が強すぎることにある。万が一渾身の一撃でも仕留めきれなければそれは隙となって自分に跳ね返る。わずかな隙で一撃を浴びてしまえばもちろん重傷になるだろう。
攻撃力と防御力に差がありすぎる。
この状況を打破するとすれば。
確実に相手を仕留めることのできる一撃だ。
全員が気を引いてくれている隙に、エタは『竜』の背後に回り込む。味方さえもエタの動向を気にしていなかった。
そもそもエタ自身が先陣を切ることはあり得ない。エタがこと戦闘で役に立たないことは全員が承知しているからだ。
だが。
今回だけは別だ。
起死回生の一手はすでにエタの手に握られていた。
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