迷宮攻略企業シュメール

秋葉夕雲

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第二章 岩山の試練

第四十九話 金属

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 イナゴ船を倒し、核を取り出したのちは極めて慎重にそれを運んだ。
 何しろもしもわずかでもひびが入ればそこから分離体が増える危険がある。
 葦を編むニンガル女神のように慎重に。
 種を運ぶニンリル女神のように優しく。
 絶対に核を傷つけぬように運んだ。
 これで二体目の石の戦士を倒した。残りは八体。

 それからの戦士の岩山の攻略は順調だった。
 強き銅を数日かけて塩水で緑青色に錆びさせ、核もまた、塩水で錆びさせ、復活しないようにした。
 銀が元になった石の戦士、七つ頭の蛇を黒色に錆びさせるために遠方から取り寄せた温泉の水を使った。
 六つ頭の牡山羊は錫が元となった石の戦士で、こちらは大量のお酢をかけることで変質させた。
 これらは金属を化学変化によって腐食させる行為だったが、化学知識を有さずとも経験と先人の知識を駆使すれば石の戦士を打倒できたのだ。

 史実においても、メソポタミアの人々は豊富な鉱石の知識を持っていた可能性が高い。
 忘れてはならないのはメソポタミアが肥沃な三日月地帯であるが、鉱石にはあまり恵まれていなかったという事実である。
 銅や銀など、比較的加工しやすい金属を交易で入手することの方が多かったと推測されている。
 つまり、メソポタミアが発展する過程において、重要な資源を取り扱う知識や技術を蓄えていたはずである。



『では報告は以上だ。君たちは順調かね?』
「はい。おかげさまで」
『結構。健闘を期待している』
 リムズとの通話を終えるとエタはふうと息を吐いた。
「父さんはなんて?」
 そんなエタに声をかけたのはシャルラだった。
「ウルクの冒険者ギルドには何も動きがないって。もう少しちょっかいをかけてくるかと思っていたけど……反応がないね」
「私たちが戦士の岩山を攻略できるなんて思ってないんじゃないかしら」
「それはそうなんだけど……あれだけの損害を出した冒険者ギルドが何もしないのがちょっと不気味だね」
 シュメールという企業の運営に携わりわかったことだが組織というのは体面を気にする。
 それゆえに時として不合理な行動をとることが少なくない。
 採算の合わない企画を続けたり、無意味に他組織と敵対したり……人間と同じように、あるいはそれ以上に合理的でない行動をとることも少なくない。
 だから冒険者ギルドが戦士の岩山になにもしようとしないのは合理的かもしれないが、おかしなことなのだ。
 あるいは……それどころではないほど重大な事件が起こっているのか。
「でも僕らにとってはありがたいことだ。このまま石の戦士の数を減らそう」
「いや、そいつは難しいかもしれねえ」
 横合いから口をはさんだのは偵察に出ていたはずのラバサルだった。
「難しいって……何かあったんですか?」
「石の戦士たちの動きが変わった。どうも迷宮の外側を動き回るよりも内側を巡回する動きになってる」
「迷宮が守りを固めてきたということですか……」
 石の戦士の数が減ったことにより領地を広げるより、自分の核を守ることを優先したのだろう。人間同士の戦争でも同じようなことはある。
「石の戦士を減らすのは難しくなりますね」
 動く範囲が狭くなれば石の戦士と戦っている間に別の石の戦士が割り込んでくる可能性が高くなる。
 今まで順調に戦えたのは弱点を突くことと、絶対に一体の石の戦士としか戦わなかったことだ。
 もしもすべての石の戦士と同時に戦うことになれば勝ち目は微塵もない。
「だが核までの道のりは短くなった」
 ラバサルの指摘は正しい。
 石の戦士の巡回範囲が狭くなれば近づくのは容易だし、核の位置を特定するのも容易だろう。
「どうするの? このまま私たちで核を狙いに行く?」
 下手に戦えない以上、本丸を一気に狙うのはアリだ。
 戦いにくくはなったが、これはこちらが優勢であるという証明でもある。
 だが。
「いえ。あと一体だけ石の戦士を倒しましょう。多分、これが一番重要な戦いになります」
 言い換えれば、あと二戦で核を狙う戦いが始まる。
 戦士の岩山の攻略はいよいよ大詰めを迎えつつあった。
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