155 / 260
第二章 岩山の試練
第四十七話 船頭多くして船山を登る
しおりを挟む
「疑問なんだが、なんで今までの連中はその手を試さなかったんだ? いくらでも時間はあったはずじゃねえか」
リリーの疑問はもっともだったが、それに対する回答をエタはすでに想像していた。
「まずそもそも火を用意することが簡単じゃないよ。ゆっくりかまどを用意していたら他の石の戦士に攻撃されるよ。ここは高山の掟があるから大丈夫だけどね」
「じゃあ迷宮の外に運べばいいだろ」
「迷宮で生まれたものを迷宮の外に出すと死んでしまう。石の戦士の厄介なところはその方法で倒してもまた迷宮のどこかに復活することだね」
「だから正しい倒し方じゃないといけねえってことか。ふん。頭でっかちのやりそうなことだ」
罵倒だがどこか感心しているようにも受け取れる言葉だ。
だが確かにリリーの言っていることは正しい。
この石の戦士たちは正しい倒し方でなければいずれ復活する。一体だけ倒されていた石の戦士はおそらく何らかの形で気づかないうちに正しい倒し方をされたのだろう。
もしかしたらこの『石膏』の核のようにこの迷宮のどこかに核が転がっているかもしれない。
「エタ。これで一体目だけど、次はどの石の戦士と戦うの?」
「そうだね。次は……イナゴ船を狙おうと思う」
個の力が強い石の戦士としては例外的に数で戦う厄介な敵。
それを打ち砕くための策はあった。
朝焼けのぴしりとした空気を攪拌するようにシャルラは大きく息を吐いた。
そして大きく息を吸う。
矢を番え、構え、弓がたわみ、弦がぴんと張る。
誰一人として口を利かない。
シャルラは大勢の仲間に囲まれていても、目に見えているのはイナゴ船だけ。
極限まで集中力が研ぎ澄まされ、そして矢は放たれる。
マルドゥク神が力を貸したかのような矢はイナゴ船のまだら模様の船首、そのうち白っぽい部分の外側を正確に射抜いた。
本来ならイナゴ船からイナゴが分離するはずである。だが、先が削れた船首からはなにも這い出してこなかった。
『当たったわ!』
『よくやったじゃないお嬢様。五回も外した時はどうなることかと思ったけど』
『もう! あてこすらないで! イナゴ船の分離体を倒してくれたのは感謝してるわよ!』
今回の作戦は単純だ。
イナゴ船に正面から挑めば文字通り雲霞のごとく湧いてくる分離体のイナゴに圧殺される。
だが、分離体を出さない方法をすでにエタは見つけていた。
イナゴ船のまだら模様の白っぽい部分を正確に狙うことだ。
ただし、いきなり近づいても自然にイナゴ船から剝離したイナゴに攻撃される。だからこそ遠距離から正確に狙撃できるシャルラだけが頼りだった。
「このままできる限り弱らせよう。シャルラ。頼める?」
『ええ。任せて』
『安心なさい。外しても私が何とかしてあげるわ』
ちなみにエタはシャルラ、ミミエル、ターハ、ラバサルの戦闘組と別れ、見晴らしのいい丘から指示を出している。
「なあ」
こうなったのはエタがそもそも戦えないことに加え、鉱山の掟の核を持ち運ばなくてはならなかったためだ。
「おい」
高山の核が近くにあると石の戦士は離れようとする。
それはありがたいのだが、近づかなければ弓を射られない。
「こら」
そのためエタたちが高山の核を持ち運び、他の面々はシャルラの護衛に注力する。
イナゴ船の分離体は高山の核があっても攻撃してくることがあるらしく、護衛は欠かせない。
「聞いてんのかよ!」
「リリー、どうかしたの?」
「どうかしたの? じゃねえよ! なんで私がこんなことしなくちゃならねえんだ!」
「自分で決めたことでしょう?」
リリーの現在の格好は極めて不思議だ。
両手を縛られているのはもちろんだが、腰のあたりにもひもが結ばれており、それは小さな荷車につながっている。
荷車に乗っているのは高山の核だ。
エタが核を持ち運ぶと手がふさがるため、リリーに持たせるべきだとの声が上がり、ラバサルが余った木材で荷車をつくったのだ。
あまりにも不格好だったため、リリーは抵抗したが、杉の家具などを譲ることを条件に不承不承同行を決めたらしい。
「くそ。教祖として敬われていた私がなんでこんな雑用みたいなまねを……」
ぶつぶつと呟いていたが、リリーは強く反発しない。
多分、リリーにも負い目があるのだ。
いや、負い目ができてしまったのだろう。
リリーの前でザムグたちのことを口にしたことはないが、エタたちと行動を共にしているうちに前回の戦いで犠牲になった誰かがいることは察しているに違いない。
見ず知らずの人間よりも同じ釜の飯を食った人間に情が湧くのは無理もない。
だからと言ってお互いに許すつもりもない。
薄く張ったかさぶたを剥がし続けるような痛みだけが残っている。
感傷を振り払ったエタは十分にイナゴ船を弱らせたと判断し、接近戦を仕掛けるよう命令した。
リリーの疑問はもっともだったが、それに対する回答をエタはすでに想像していた。
「まずそもそも火を用意することが簡単じゃないよ。ゆっくりかまどを用意していたら他の石の戦士に攻撃されるよ。ここは高山の掟があるから大丈夫だけどね」
「じゃあ迷宮の外に運べばいいだろ」
「迷宮で生まれたものを迷宮の外に出すと死んでしまう。石の戦士の厄介なところはその方法で倒してもまた迷宮のどこかに復活することだね」
「だから正しい倒し方じゃないといけねえってことか。ふん。頭でっかちのやりそうなことだ」
罵倒だがどこか感心しているようにも受け取れる言葉だ。
だが確かにリリーの言っていることは正しい。
この石の戦士たちは正しい倒し方でなければいずれ復活する。一体だけ倒されていた石の戦士はおそらく何らかの形で気づかないうちに正しい倒し方をされたのだろう。
もしかしたらこの『石膏』の核のようにこの迷宮のどこかに核が転がっているかもしれない。
「エタ。これで一体目だけど、次はどの石の戦士と戦うの?」
「そうだね。次は……イナゴ船を狙おうと思う」
個の力が強い石の戦士としては例外的に数で戦う厄介な敵。
それを打ち砕くための策はあった。
朝焼けのぴしりとした空気を攪拌するようにシャルラは大きく息を吐いた。
そして大きく息を吸う。
矢を番え、構え、弓がたわみ、弦がぴんと張る。
誰一人として口を利かない。
シャルラは大勢の仲間に囲まれていても、目に見えているのはイナゴ船だけ。
極限まで集中力が研ぎ澄まされ、そして矢は放たれる。
マルドゥク神が力を貸したかのような矢はイナゴ船のまだら模様の船首、そのうち白っぽい部分の外側を正確に射抜いた。
本来ならイナゴ船からイナゴが分離するはずである。だが、先が削れた船首からはなにも這い出してこなかった。
『当たったわ!』
『よくやったじゃないお嬢様。五回も外した時はどうなることかと思ったけど』
『もう! あてこすらないで! イナゴ船の分離体を倒してくれたのは感謝してるわよ!』
今回の作戦は単純だ。
イナゴ船に正面から挑めば文字通り雲霞のごとく湧いてくる分離体のイナゴに圧殺される。
だが、分離体を出さない方法をすでにエタは見つけていた。
イナゴ船のまだら模様の白っぽい部分を正確に狙うことだ。
ただし、いきなり近づいても自然にイナゴ船から剝離したイナゴに攻撃される。だからこそ遠距離から正確に狙撃できるシャルラだけが頼りだった。
「このままできる限り弱らせよう。シャルラ。頼める?」
『ええ。任せて』
『安心なさい。外しても私が何とかしてあげるわ』
ちなみにエタはシャルラ、ミミエル、ターハ、ラバサルの戦闘組と別れ、見晴らしのいい丘から指示を出している。
「なあ」
こうなったのはエタがそもそも戦えないことに加え、鉱山の掟の核を持ち運ばなくてはならなかったためだ。
「おい」
高山の核が近くにあると石の戦士は離れようとする。
それはありがたいのだが、近づかなければ弓を射られない。
「こら」
そのためエタたちが高山の核を持ち運び、他の面々はシャルラの護衛に注力する。
イナゴ船の分離体は高山の核があっても攻撃してくることがあるらしく、護衛は欠かせない。
「聞いてんのかよ!」
「リリー、どうかしたの?」
「どうかしたの? じゃねえよ! なんで私がこんなことしなくちゃならねえんだ!」
「自分で決めたことでしょう?」
リリーの現在の格好は極めて不思議だ。
両手を縛られているのはもちろんだが、腰のあたりにもひもが結ばれており、それは小さな荷車につながっている。
荷車に乗っているのは高山の核だ。
エタが核を持ち運ぶと手がふさがるため、リリーに持たせるべきだとの声が上がり、ラバサルが余った木材で荷車をつくったのだ。
あまりにも不格好だったため、リリーは抵抗したが、杉の家具などを譲ることを条件に不承不承同行を決めたらしい。
「くそ。教祖として敬われていた私がなんでこんな雑用みたいなまねを……」
ぶつぶつと呟いていたが、リリーは強く反発しない。
多分、リリーにも負い目があるのだ。
いや、負い目ができてしまったのだろう。
リリーの前でザムグたちのことを口にしたことはないが、エタたちと行動を共にしているうちに前回の戦いで犠牲になった誰かがいることは察しているに違いない。
見ず知らずの人間よりも同じ釜の飯を食った人間に情が湧くのは無理もない。
だからと言ってお互いに許すつもりもない。
薄く張ったかさぶたを剥がし続けるような痛みだけが残っている。
感傷を振り払ったエタは十分にイナゴ船を弱らせたと判断し、接近戦を仕掛けるよう命令した。
0
お気に入りに追加
2
あなたにおすすめの小説
異世界ラーメン
さいとう みさき
ファンタジー
その噂は酒場でささやかれていた。
迷宮の奥深くに、森の奥深くに、そして遺跡の奥深くにその屋台店はあると言う。
異世界人がこの世界に召喚され、何故かそんな辺鄙な所で屋台店を開いていると言う。
しかし、その屋台店に数々の冒険者は救われ、そしてそこで食べた「らーめん」なる摩訶不思議なシチューに長細い何かが入った食べ物に魅了される。
「もう一度あの味を!」
そう言って冒険者たちはまたその屋台店を探して冒険に出るのだった。
ボッチな俺は自宅に出来たダンジョン攻略に励む
佐原
ファンタジー
ボッチの高校生佐藤颯太は庭の草刈りをしようと思い、倉庫に鎌を取りに行くと倉庫は洞窟みたいなっていた。
その洞窟にはファンタジーのようなゴブリンやスライムが居て主人公は自身が強くなって行くことでボッチを卒業する日が来る?
それから世界中でダンジョンが出現し主人公を取り巻く環境も変わっていく。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
特殊部隊の俺が転生すると、目の前で絶世の美人母娘が犯されそうで助けたら、とんでもないヤンデレ貴族だった
なるとし
ファンタジー
鷹取晴翔(たかとりはると)は陸上自衛隊のとある特殊部隊に所属している。だが、ある日、訓練の途中、不慮の事故に遭い、異世界に転生することとなる。
特殊部隊で使っていた武器や防具などを召喚できる特殊能力を謎の存在から授かり、目を開けたら、絶世の美女とも呼ばれる母娘が男たちによって犯されそうになっていた。
武装状態の鷹取晴翔は、持ち前の優秀な身体能力と武器を使い、その母娘と敷地にいる使用人たちを救う。
だけど、その母と娘二人は、
とおおおおんでもないヤンデレだった……
第3回次世代ファンタジーカップに出すために一部を修正して投稿したものです。
勇者召喚に巻き込まれ、異世界転移・貰えたスキルも鑑定だけ・・・・だけど、何かあるはず!
よっしぃ
ファンタジー
9月11日、12日、ファンタジー部門2位達成中です!
僕はもうすぐ25歳になる常山 順平 24歳。
つねやま じゅんぺいと読む。
何処にでもいる普通のサラリーマン。
仕事帰りの電車で、吊革に捕まりうつらうつらしていると・・・・
突然気分が悪くなり、倒れそうになる。
周りを見ると、周りの人々もどんどん倒れている。明らかな異常事態。
何が起こったか分からないまま、気を失う。
気が付けば電車ではなく、どこかの建物。
周りにも人が倒れている。
僕と同じようなリーマンから、数人の女子高生や男子学生、仕事帰りの若い女性や、定年近いおっさんとか。
気が付けば誰かがしゃべってる。
どうやらよくある勇者召喚とやらが行われ、たまたま僕は異世界転移に巻き込まれたようだ。
そして・・・・帰るには、魔王を倒してもらう必要がある・・・・と。
想定外の人数がやって来たらしく、渡すギフト・・・・スキルらしいけど、それも数が限られていて、勇者として召喚した人以外、つまり巻き込まれて転移したその他大勢は、1人1つのギフト?スキルを。あとは支度金と装備一式を渡されるらしい。
どうしても無理な人は、戻ってきたら面倒を見ると。
一方的だが、日本に戻るには、勇者が魔王を倒すしかなく、それを待つのもよし、自ら勇者に協力するもよし・・・・
ですが、ここで問題が。
スキルやギフトにはそれぞれランク、格、強さがバラバラで・・・・
より良いスキルは早い者勝ち。
我も我もと群がる人々。
そんな中突き飛ばされて倒れる1人の女性が。
僕はその女性を助け・・・同じように突き飛ばされ、またもや気を失う。
気が付けば2人だけになっていて・・・・
スキルも2つしか残っていない。
一つは鑑定。
もう一つは家事全般。
両方とも微妙だ・・・・
彼女の名は才村 友郁
さいむら ゆか。 23歳。
今年社会人になりたて。
取り残された2人が、すったもんだで生き残り、最終的には成り上がるお話。
ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。
おっさんの神器はハズレではない
兎屋亀吉
ファンタジー
今日も元気に満員電車で通勤途中のおっさんは、突然異世界から召喚されてしまう。一緒に召喚された大勢の人々と共に、女神様から一人3つの神器をいただけることになったおっさん。はたしておっさんは何を選ぶのか。おっさんの選んだ神器の能力とは。
劣等生のハイランカー
双葉 鳴|◉〻◉)
ファンタジー
ダンジョンが当たり前に存在する世界で、貧乏学生である【海斗】は一攫千金を夢見て探索者の仮免許がもらえる周王学園への入学を目指す!
無事内定をもらえたのも束の間。案内されたクラスはどいつもこいつも金欲しさで集まった探索者不適合者たち。通称【Fクラス】。
カーストの最下位を指し示すと同時、そこは生徒からサンドバッグ扱いをされる掃き溜めのようなクラスだった。
唯一生き残れる道は【才能】の覚醒のみ。
学園側に【将来性】を示せねば、一方的に搾取される未来が待ち受けていた。
クラスメイトは全員ライバル!
卒業するまで、一瞬たりとも油断できない生活の幕開けである!
そんな中【海斗】の覚醒した【才能】はダンジョンの中でしか発現せず、ダンジョンの外に出れば一般人になり変わる超絶ピーキーな代物だった。
それでも【海斗】は大金を得るためダンジョンに潜り続ける。
難病で眠り続ける、余命いくばくかの妹の命を救うために。
かくして、人知れず大量のTP(トレジャーポイント)を荒稼ぎする【海斗】の前に不審に思った人物が現れる。
「おかしいですね、一学期でこの成績。学年主席の私よりも高ポイント。この人は一体誰でしょうか?」
学年主席であり【氷姫】の二つ名を冠する御堂凛華から注目を浴びる。
「おいおいおい、このポイントを叩き出した【MNO】って一体誰だ? プロでもここまで出せるやつはいねーぞ?」
時を同じくゲームセンターでハイスコアを叩き出した生徒が現れた。
制服から察するに、近隣の周王学園生であることは割ている。
そんな噂は瞬く間に【学園にヤバい奴がいる】と掲示板に載せられ存在しない生徒【ゴースト】の噂が囁かれた。
(各20話編成)
1章:ダンジョン学園【完結】
2章:ダンジョンチルドレン【完結】
3章:大罪の権能【完結】
4章:暴食の力【完結】
5章:暗躍する嫉妬【完結】
6章:奇妙な共闘【完結】
7章:最弱種族の下剋上【完結】
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる