142 / 302
第二章 岩山の試練
第三十八話 進まなくては
しおりを挟む
リリーとの話し合いを終えたエタは近くに待機していたミミエルのもとに向かった。
彼女がリリーを尾行していた理由は二つ。
彼女の居場所を特定することと、もしもトラゾスを見捨てて逃げ出した場合、無理矢理トラゾスが壊滅的な被害を受けたことを見せつけて交渉の席に立たせるつもりだった。
「首尾はどうだったの?」
「上手くいったよ。やっぱりリリーにいろいろと教えた人がいたみたい。その人の居場所も教えてもらった」
その会話はどことなくよそよそしいものであることをお互いに承知しており、距離を探っているようでもあった。
「そ。あいつらが持っていた迷宮の核の場所は?」
「流されたみたいだからはっきりとはわからない。でも、見つけ方なら教えてもらったから運が良ければ見つかるだろうね」
「ふうん。全部順調ってことね」
「うん。だからこれで……戦士の岩山を攻略できるめどがたったったと思う」
「エタ。やる気なのね?」
これまでの行動はすべて戦士の岩山を攻略するためだとわかってはいたが、エタはそれを口にすることを避けているようだった。
しかしここで明言したということは本当に本気で攻略に乗り出すというころだ。
「うん」
「何のために?」
ミミエルのオオカミの瞳は虚飾やごまかしを許さない鋭さがあった。
事実としてギルドから戦士の岩山の攻略を中止する通達を受けており、わざわざ攻略する必要はないのだ。
「あれだけの戦力を投入しても攻略できなかった迷宮を攻略すれば僕らにも箔がつく。その後で優先探索権をギルドに売却すれば角も立たないはず。それに……」
「それに?」
「あの場所を乗り越えないと、僕が先に進めそうにないから」
組織としての利益と個人的な動機。
その両方が一致していると主張した。
そのどちらの比重が大きいかは明言しなかったが、ミミエルは納得したらしい。
「それならいいわ」
ミミエルはいつものように、どこか見下すように、しかし内心を隠すようにしゃべる。
「でもその前にニントルのところに行かなくちゃ」
「それはあんたが行く必要がないでしょ」
「ううん。僕がやらなくちゃいけないことだよ」
ニントルは兄のザムグも、友人のカルムもディスカールも失ってしまった。
その責任を負う……少なくともエタはそう思っていた……エタは彼女からどれだけ責められても受け入れなくてはならない。
「……好きにしなさい。なら日が暮れる前にウルクに戻るわよ」
そのまま歩こうとするミミエルの背中に、エタは葛藤しながらも声をかける。
「ミミエル!」
「何よ。大声出さなくても聞こえてるわよ」
振り向かないまま、返事をする。
それにエタはほっとした。ミミエルの目を見て話せる自信がなかった。
「ありがとう。君のおかげで立ち直れた。それと、君の目を見てお礼を言えないことを許してほしい」
立ち止まったミミエルはやはり、そっけなく答えた。
「あっそ」
そのまままた歩き始める。
ミミエルの表情はエタからは見えなかったが、泣きそうだが、嬉しそうな顔だった。
その晩。
エタはニントルがザムグと住んでいる部屋を訪れた。
白状すれば何度も逃げ出そうとした。
息が詰まりそうで歩きたくなかった。
挫けて目を閉じそうになった。
それでも部屋の前まで来たのは罪悪感か、責任感か。
意を決して部屋の中の住人に声をかけた。
「ニントル? いる? エタだよ。入っていいかな?」
少し間があってから、どうぞと小さく声がした。
部屋の中には以前よりも一回り小さくなった気がする少女、ニントルがいた。
きちんと手入れするようになってからつややかになった黒髪はぼさぼさしており、目元は腫れていた。
それだけで彼女がこの数日どのように過ごしていたのか察することができた。
彼女がリリーを尾行していた理由は二つ。
彼女の居場所を特定することと、もしもトラゾスを見捨てて逃げ出した場合、無理矢理トラゾスが壊滅的な被害を受けたことを見せつけて交渉の席に立たせるつもりだった。
「首尾はどうだったの?」
「上手くいったよ。やっぱりリリーにいろいろと教えた人がいたみたい。その人の居場所も教えてもらった」
その会話はどことなくよそよそしいものであることをお互いに承知しており、距離を探っているようでもあった。
「そ。あいつらが持っていた迷宮の核の場所は?」
「流されたみたいだからはっきりとはわからない。でも、見つけ方なら教えてもらったから運が良ければ見つかるだろうね」
「ふうん。全部順調ってことね」
「うん。だからこれで……戦士の岩山を攻略できるめどがたったったと思う」
「エタ。やる気なのね?」
これまでの行動はすべて戦士の岩山を攻略するためだとわかってはいたが、エタはそれを口にすることを避けているようだった。
しかしここで明言したということは本当に本気で攻略に乗り出すというころだ。
「うん」
「何のために?」
ミミエルのオオカミの瞳は虚飾やごまかしを許さない鋭さがあった。
事実としてギルドから戦士の岩山の攻略を中止する通達を受けており、わざわざ攻略する必要はないのだ。
「あれだけの戦力を投入しても攻略できなかった迷宮を攻略すれば僕らにも箔がつく。その後で優先探索権をギルドに売却すれば角も立たないはず。それに……」
「それに?」
「あの場所を乗り越えないと、僕が先に進めそうにないから」
組織としての利益と個人的な動機。
その両方が一致していると主張した。
そのどちらの比重が大きいかは明言しなかったが、ミミエルは納得したらしい。
「それならいいわ」
ミミエルはいつものように、どこか見下すように、しかし内心を隠すようにしゃべる。
「でもその前にニントルのところに行かなくちゃ」
「それはあんたが行く必要がないでしょ」
「ううん。僕がやらなくちゃいけないことだよ」
ニントルは兄のザムグも、友人のカルムもディスカールも失ってしまった。
その責任を負う……少なくともエタはそう思っていた……エタは彼女からどれだけ責められても受け入れなくてはならない。
「……好きにしなさい。なら日が暮れる前にウルクに戻るわよ」
そのまま歩こうとするミミエルの背中に、エタは葛藤しながらも声をかける。
「ミミエル!」
「何よ。大声出さなくても聞こえてるわよ」
振り向かないまま、返事をする。
それにエタはほっとした。ミミエルの目を見て話せる自信がなかった。
「ありがとう。君のおかげで立ち直れた。それと、君の目を見てお礼を言えないことを許してほしい」
立ち止まったミミエルはやはり、そっけなく答えた。
「あっそ」
そのまままた歩き始める。
ミミエルの表情はエタからは見えなかったが、泣きそうだが、嬉しそうな顔だった。
その晩。
エタはニントルがザムグと住んでいる部屋を訪れた。
白状すれば何度も逃げ出そうとした。
息が詰まりそうで歩きたくなかった。
挫けて目を閉じそうになった。
それでも部屋の前まで来たのは罪悪感か、責任感か。
意を決して部屋の中の住人に声をかけた。
「ニントル? いる? エタだよ。入っていいかな?」
少し間があってから、どうぞと小さく声がした。
部屋の中には以前よりも一回り小さくなった気がする少女、ニントルがいた。
きちんと手入れするようになってからつややかになった黒髪はぼさぼさしており、目元は腫れていた。
それだけで彼女がこの数日どのように過ごしていたのか察することができた。
0
お気に入りに追加
2
あなたにおすすめの小説
婚約破棄からの断罪カウンター
F.conoe
ファンタジー
冤罪押しつけられたから、それなら、と実現してあげた悪役令嬢。
理論ではなく力押しのカウンター攻撃
効果は抜群か…?
(すでに違う婚約破棄ものも投稿していますが、はじめてなんとか書き上げた婚約破棄ものです)
【完結】転生7年!ぼっち脱出して王宮ライフ満喫してたら王国の動乱に巻き込まれた少女戦記 〜愛でたいアイカは救国の姫になる
三矢さくら
ファンタジー
【完結しました】異世界からの召喚に応じて6歳児に転生したアイカは、護ってくれる結界に逆に閉じ込められた結果、山奥でサバイバル生活を始める。
こんなはずじゃなかった!
異世界の山奥で過ごすこと7年。ようやく結界が解けて、山を下りたアイカは王都ヴィアナで【天衣無縫の無頼姫】の異名をとる第3王女リティアと出会う。
珍しい物好きの王女に気に入られたアイカは、なんと侍女に取り立てられて王宮に!
やっと始まった異世界生活は、美男美女ぞろいの王宮生活!
右を見ても左を見ても「愛でたい」美人に美少女! 美男子に美少年ばかり!
アイカとリティア、まだまだ幼い侍女と王女が数奇な運命をたどる異世界王宮ファンタジー戦記。

冤罪をかけられた上に婚約破棄されたので、こんな国出て行ってやります
真理亜
恋愛
「そうですか。では出て行きます」
婚約者である王太子のイーサンから謝罪を要求され、従わないなら国外追放だと脅された公爵令嬢のアイリスは、平然とこう言い放った。
そもそもが冤罪を着せられた上、婚約破棄までされた相手に敬意を表す必要など無いし、そんな王太子が治める国に未練などなかったからだ。
脅しが空振りに終わったイーサンは狼狽えるが、最早後の祭りだった。なんと娘可愛さに公爵自身もまた爵位を返上して国を出ると言い出したのだ。
王国のTOPに位置する公爵家が無くなるなどあってはならないことだ。イーサンは慌てて引き止めるがもう遅かった。

のほほん異世界暮らし
みなと劉
ファンタジー
異世界に転生するなんて、夢の中の話だと思っていた。
それが、目を覚ましたら見知らぬ森の中、しかも手元にはなぜかしっかりとした地図と、ちょっとした冒険に必要な道具が揃っていたのだ。

魅了が解けた貴男から私へ
砂礫レキ
ファンタジー
貴族学園に通う一人の男爵令嬢が第一王子ダレルに魅了の術をかけた。
彼女に操られたダレルは婚約者のコルネリアを憎み罵り続ける。
そして卒業パーティーでとうとう婚約破棄を宣言した。
しかし魅了の術はその場に運良く居た宮廷魔術師に見破られる。
男爵令嬢は処刑されダレルは正気に戻った。
元凶は裁かれコルネリアへの愛を取り戻したダレル。
しかしそんな彼に半年後、今度はコルネリアが婚約破棄を告げた。
三話完結です。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。

三歳で婚約破棄された貧乏伯爵家の三男坊そのショックで現世の記憶が蘇る
マメシバ
ファンタジー
貧乏伯爵家の三男坊のアラン令息
三歳で婚約破棄され
そのショックで前世の記憶が蘇る
前世でも貧乏だったのなんの問題なし
なによりも魔法の世界
ワクワクが止まらない三歳児の
波瀾万丈
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる