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第二章 岩山の試練
第三十三話 白と土の世界
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供すら連れず、しかし役人に引き連れられてウルクの城門をくぐったリリーは一部の視線が自分に注がれている気がした。
それはこの地になじまない金色の髪のせいなのか、あるいはトラゾスの教祖という立場が原因なのか。
どちらにしろ彼女が思うことは変わらない。
(気持ち悪い。私のことをなめつける視線。あれだけ私を辱めやがって、そのくせのうのうと暮らしている奴がむかつく)
表情は穏やかに。内心では過去の仕打ちに呪詛を吐く。
それが彼女の常である。
今日ここに来たのは裁判を受けさせられるためだ。
役人は要請と言っていたが拒否権がないのは明らかだった。それもまた彼女が反感を抱える理由の一つ。
(こいつらは城壁の外にいる奴らを見下している。そして帰る家の無いやつらを人間だとすら思ってねえ)
メソポタミアは地球において最古の文明の一つとされるが、その理由の一つは定住文化を発達させたことにある。
だがそれゆえに定住しない遊牧民などは侮蔑の対象となっており、同時に流民に対してもあたりが厳しかった。
そういう差別がルールとして認められていた時代だったのだ。
怒りを心の中で募らせていたリリーは一人の少女……ミミエルに声をかけられた。
「ねえ」
「はい? なんでしょうか」
瞬時に切り替えて笑顔で応対する。
リリーを連行する役人が邪魔をするなとばかりに立ちふさがる。
「一言だけいいかしら」
だがミミエルは動じずに冷酷な視線だけを向ける。
「どうぞ。どのような言葉でも聞き逃しません」
「あんた、あたしのこと覚えてる?」
わずかばかりの間。
「いえ。どこかでお会いしたでしょうか?」
それは本気だったのか。それとも挑発か何かだったのか。
判然としなかったがミミエルは、そう、と一言だけ残して去っていった。
「おい。早く来い」
役人にせかされ、リリーは内心で舌を出す。それきり先ほど話しかけられた少女のことは気にならなくなった。
リリーが連れられて向かう先はやはり、ジッグラトだった。
山のようにそびえる白い神殿の中に入るのは初めてだったが、奴隷だったころに何度も遠目に見ており、いつか壊してやると心の中で息巻いたものだった。
(いや、いくら何でもそりゃ無茶だろ)
若さゆえのおごりと言うべきか。
ウルクの外に出て、ある程度の権力を持ったからこそ、その強大さがようやく理解できた。
都市国家の中枢であるジッグラト、あるいはその組織機構を破壊するなど不可能なのだ。
(だったらお互い無視すりゃいいんだ。不可侵。ただし金の取引はする。それくらいでいいんだよ)
丸くなったのか、大人になったのか。それは彼女にもわからないが、誰しも現実に折り合いをつけなければならないのだ。
ジッグラトの内部に入り、山を登るように階段を歩む。
彼女はジッグラトの内部が金銀財宝で埋め尽くされていると思っていたが、意外にも質素だった。
王が倹約家なのか、それとも単純に金が足りないのか。
それでもこの床の絨毯の感触は一流だな、と羨望と妬みが入り混じった感情を抱いた。
やがて謁見の間にたどり着いた。
待っていたのは丁寧に編み込まれた豊かなひげと髪を蓄えた白い老人だった。その隣にある玉座は空だった。
(あのじいさんがアトラハシス? 賢者様自らお出迎えとは殊勝じゃねえか。さすがに王様は……ああ、今は人前に出られねえんだったっけ)
王に目通りすることは無理だったが、まさか現在のウルクの最高権力者であるアトラハシスが現れたのはリリーにとっても予想外だった。
せいぜい書記官の一人や二人に詰問されるくらいだろうと高をくくっていた。
(そんだけこの事件を重要視してるってことか? それとも強引に私を捕まえるつもりか?)
白い老人の一挙手一投足を見逃さぬように、しかし疑っていることを悟られぬように慎重に相手を探っていた。
それはこの地になじまない金色の髪のせいなのか、あるいはトラゾスの教祖という立場が原因なのか。
どちらにしろ彼女が思うことは変わらない。
(気持ち悪い。私のことをなめつける視線。あれだけ私を辱めやがって、そのくせのうのうと暮らしている奴がむかつく)
表情は穏やかに。内心では過去の仕打ちに呪詛を吐く。
それが彼女の常である。
今日ここに来たのは裁判を受けさせられるためだ。
役人は要請と言っていたが拒否権がないのは明らかだった。それもまた彼女が反感を抱える理由の一つ。
(こいつらは城壁の外にいる奴らを見下している。そして帰る家の無いやつらを人間だとすら思ってねえ)
メソポタミアは地球において最古の文明の一つとされるが、その理由の一つは定住文化を発達させたことにある。
だがそれゆえに定住しない遊牧民などは侮蔑の対象となっており、同時に流民に対してもあたりが厳しかった。
そういう差別がルールとして認められていた時代だったのだ。
怒りを心の中で募らせていたリリーは一人の少女……ミミエルに声をかけられた。
「ねえ」
「はい? なんでしょうか」
瞬時に切り替えて笑顔で応対する。
リリーを連行する役人が邪魔をするなとばかりに立ちふさがる。
「一言だけいいかしら」
だがミミエルは動じずに冷酷な視線だけを向ける。
「どうぞ。どのような言葉でも聞き逃しません」
「あんた、あたしのこと覚えてる?」
わずかばかりの間。
「いえ。どこかでお会いしたでしょうか?」
それは本気だったのか。それとも挑発か何かだったのか。
判然としなかったがミミエルは、そう、と一言だけ残して去っていった。
「おい。早く来い」
役人にせかされ、リリーは内心で舌を出す。それきり先ほど話しかけられた少女のことは気にならなくなった。
リリーが連れられて向かう先はやはり、ジッグラトだった。
山のようにそびえる白い神殿の中に入るのは初めてだったが、奴隷だったころに何度も遠目に見ており、いつか壊してやると心の中で息巻いたものだった。
(いや、いくら何でもそりゃ無茶だろ)
若さゆえのおごりと言うべきか。
ウルクの外に出て、ある程度の権力を持ったからこそ、その強大さがようやく理解できた。
都市国家の中枢であるジッグラト、あるいはその組織機構を破壊するなど不可能なのだ。
(だったらお互い無視すりゃいいんだ。不可侵。ただし金の取引はする。それくらいでいいんだよ)
丸くなったのか、大人になったのか。それは彼女にもわからないが、誰しも現実に折り合いをつけなければならないのだ。
ジッグラトの内部に入り、山を登るように階段を歩む。
彼女はジッグラトの内部が金銀財宝で埋め尽くされていると思っていたが、意外にも質素だった。
王が倹約家なのか、それとも単純に金が足りないのか。
それでもこの床の絨毯の感触は一流だな、と羨望と妬みが入り混じった感情を抱いた。
やがて謁見の間にたどり着いた。
待っていたのは丁寧に編み込まれた豊かなひげと髪を蓄えた白い老人だった。その隣にある玉座は空だった。
(あのじいさんがアトラハシス? 賢者様自らお出迎えとは殊勝じゃねえか。さすがに王様は……ああ、今は人前に出られねえんだったっけ)
王に目通りすることは無理だったが、まさか現在のウルクの最高権力者であるアトラハシスが現れたのはリリーにとっても予想外だった。
せいぜい書記官の一人や二人に詰問されるくらいだろうと高をくくっていた。
(そんだけこの事件を重要視してるってことか? それとも強引に私を捕まえるつもりか?)
白い老人の一挙手一投足を見逃さぬように、しかし疑っていることを悟られぬように慎重に相手を探っていた。
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