迷宮攻略企業シュメール

秋葉夕雲

文字の大きさ
上 下
135 / 266
第二章 岩山の試練

第三十三話 白と土の世界

しおりを挟む
 供すら連れず、しかし役人に引き連れられてウルクの城門をくぐったリリーは一部の視線が自分に注がれている気がした。
 それはこの地になじまない金色の髪のせいなのか、あるいはトラゾスの教祖という立場が原因なのか。
 どちらにしろ彼女が思うことは変わらない。
(気持ち悪い。私のことをなめつける視線。あれだけ私を辱めやがって、そのくせのうのうと暮らしている奴がむかつく)
 表情は穏やかに。内心では過去の仕打ちに呪詛を吐く。
 それが彼女の常である。
 今日ここに来たのは裁判を受けさせられるためだ。
 役人は要請と言っていたが拒否権がないのは明らかだった。それもまた彼女が反感を抱える理由の一つ。
(こいつらは城壁の外にいる奴らを見下している。そして帰る家の無いやつらを人間だとすら思ってねえ)
 メソポタミアは地球において最古の文明の一つとされるが、その理由の一つは定住文化を発達させたことにある。
 だがそれゆえに定住しない遊牧民などは侮蔑の対象となっており、同時に流民に対してもあたりが厳しかった。
 そういう差別がルールとして認められていた時代だったのだ。
 怒りを心の中で募らせていたリリーは一人の少女……ミミエルに声をかけられた。
「ねえ」
「はい? なんでしょうか」
 瞬時に切り替えて笑顔で応対する。
 リリーを連行する役人が邪魔をするなとばかりに立ちふさがる。
「一言だけいいかしら」
 だがミミエルは動じずに冷酷な視線だけを向ける。
「どうぞ。どのような言葉でも聞き逃しません」
「あんた、あたしのこと覚えてる?」
 わずかばかりの間。
「いえ。どこかでお会いしたでしょうか?」
 それは本気だったのか。それとも挑発か何かだったのか。
 判然としなかったがミミエルは、そう、と一言だけ残して去っていった。
「おい。早く来い」
 役人にせかされ、リリーは内心で舌を出す。それきり先ほど話しかけられた少女のことは気にならなくなった。

 リリーが連れられて向かう先はやはり、ジッグラトだった。
 山のようにそびえる白い神殿の中に入るのは初めてだったが、奴隷だったころに何度も遠目に見ており、いつか壊してやると心の中で息巻いたものだった。
(いや、いくら何でもそりゃ無茶だろ)
 若さゆえのおごりと言うべきか。
 ウルクの外に出て、ある程度の権力を持ったからこそ、その強大さがようやく理解できた。
 都市国家の中枢であるジッグラト、あるいはその組織機構を破壊するなど不可能なのだ。
(だったらお互い無視すりゃいいんだ。不可侵。ただし金の取引はする。それくらいでいいんだよ)
 丸くなったのか、大人になったのか。それは彼女にもわからないが、誰しも現実に折り合いをつけなければならないのだ。



 ジッグラトの内部に入り、山を登るように階段を歩む。
 彼女はジッグラトの内部が金銀財宝で埋め尽くされていると思っていたが、意外にも質素だった。
 王が倹約家なのか、それとも単純に金が足りないのか。
 それでもこの床の絨毯の感触は一流だな、と羨望と妬みが入り混じった感情を抱いた。
 やがて謁見の間にたどり着いた。
 待っていたのは丁寧に編み込まれた豊かなひげと髪を蓄えた白い老人だった。その隣にある玉座は空だった。
(あのじいさんがアトラハシス? 賢者様自らお出迎えとは殊勝じゃねえか。さすがに王様は……ああ、今は人前に出られねえんだったっけ)
 王に目通りすることは無理だったが、まさか現在のウルクの最高権力者であるアトラハシスが現れたのはリリーにとっても予想外だった。
 せいぜい書記官の一人や二人に詰問されるくらいだろうと高をくくっていた。
(そんだけこの事件を重要視してるってことか? それとも強引に私を捕まえるつもりか?)
 白い老人の一挙手一投足を見逃さぬように、しかし疑っていることを悟られぬように慎重に相手を探っていた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

凡人がおまけ召喚されてしまった件

根鳥 泰造
ファンタジー
 勇者召喚に巻き込まれて、異世界にきてしまった祐介。最初は勇者の様に大切に扱われていたが、ごく普通の才能しかないので、冷遇されるようになり、ついには王宮から追い出される。  仕方なく冒険者登録することにしたが、この世界では希少なヒーラー適正を持っていた。一年掛けて治癒魔法を習得し、治癒剣士となると、引く手あまたに。しかも、彼は『強欲』という大罪スキルを持っていて、倒した敵のスキルを自分のものにできるのだ。  それらのお蔭で、才能は凡人でも、数多のスキルで能力を補い、熟練度は飛びぬけ、高難度クエストも熟せる有名冒険者となる。そして、裏では気配消去や不可視化スキルを活かして、暗殺という裏の仕事も始めた。  異世界に来て八年後、その暗殺依頼で、召喚勇者の暗殺を受けたのだが、それは祐介を捕まえるための罠だった。祐介が暗殺者になっていると知った勇者が、改心させよう企てたもので、その後は勇者一行に加わり、魔王討伐の旅に同行することに。  最初は脅され渋々同行していた祐介も、勇者や仲間の思いをしり、どんどん勇者が好きになり、勇者から告白までされる。  だが、魔王を討伐を成し遂げるも、魔王戦で勇者は祐介を庇い、障害者になる。  祐介は、勇者の嘘で、病院を作り、医師の道を歩みだすのだった。

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

俺が死んでから始まる物語

石のやっさん
ファンタジー
パーティでお荷物扱いされていたポーター(荷物運び)のセレスは、とうとう勇者でありパーティーリーダーのリヒトにクビを宣告されてしまう。幼馴染も恋人も全部リヒトの物で、居場所がどこにもないことは自分でも解っていた。 だが、それでもセレスはパーティに残りたかったので土下座までしてリヒトに情けなくもしがみついた。 余りにしつこいセレスに頭に来たリヒトはつい剣の柄でセレスを殴った…そして、セレスは亡くなった。 そこからこの話は始まる。 セレスには誰にも言った事が無い『秘密』があり、その秘密のせいで、死ぬことは怖く無かった…死から始まるファンタジー此処に開幕

王が気づいたのはあれから十年後

基本二度寝
恋愛
王太子は妃の肩を抱き、反対の手には息子の手を握る。 妃はまだ小さい娘を抱えて、夫に寄り添っていた。 仲睦まじいその王族家族の姿は、国民にも評判がよかった。 側室を取ることもなく、子に恵まれた王家。 王太子は妃を優しく見つめ、妃も王太子を愛しく見つめ返す。 王太子は今日、父から王の座を譲り受けた。 新たな国王の誕生だった。

冤罪を掛けられて大切な家族から見捨てられた

ああああ
恋愛
優は大切にしていた妹の友達に冤罪を掛けられてしまう。 そして冤罪が判明して戻ってきたが

【完結】転生7年!ぼっち脱出して王宮ライフ満喫してたら王国の動乱に巻き込まれた少女戦記 〜愛でたいアイカは救国の姫になる

三矢さくら
ファンタジー
【完結しました】異世界からの召喚に応じて6歳児に転生したアイカは、護ってくれる結界に逆に閉じ込められた結果、山奥でサバイバル生活を始める。 こんなはずじゃなかった! 異世界の山奥で過ごすこと7年。ようやく結界が解けて、山を下りたアイカは王都ヴィアナで【天衣無縫の無頼姫】の異名をとる第3王女リティアと出会う。 珍しい物好きの王女に気に入られたアイカは、なんと侍女に取り立てられて王宮に! やっと始まった異世界生活は、美男美女ぞろいの王宮生活! 右を見ても左を見ても「愛でたい」美人に美少女! 美男子に美少年ばかり! アイカとリティア、まだまだ幼い侍女と王女が数奇な運命をたどる異世界王宮ファンタジー戦記。

おっさんの神器はハズレではない

兎屋亀吉
ファンタジー
今日も元気に満員電車で通勤途中のおっさんは、突然異世界から召喚されてしまう。一緒に召喚された大勢の人々と共に、女神様から一人3つの神器をいただけることになったおっさん。はたしておっさんは何を選ぶのか。おっさんの選んだ神器の能力とは。

処理中です...