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第二章 岩山の試練
第二十九話 トラゾスの真相
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「ウルクの連中、がんがん死んだみたいだぜ!? 欲掻いて私の山に登って、失敗しやがった! ざまあみやがれ! さんざん人のこと見下しといてよお! あああああ、いい、気味、だ! 直接見たかったなああああああ!」
別人のような口調で一息に感情をぶちまけたリリーは信者からもらった木彫りのオオカミを蹴っ飛ばした。
無作法にもほどがあったが、他に誰もいないし、誰かいたとしても咎められなかっただろう。
「信者の奴らも傑作だったなあ! 神の思し召しとか言ったらあっさり信じやがってよおおおお!」
あまりにも叫び、笑いすぎたせいで椅子から転げ落ち、その声は一度途切れた。
「痛てて。て。て、く。く、く、ぷはははははは! あー、やっべ腹痛い」
床に這いつくばる形になるが、それでも彼女は笑いが収まらない。
「あ、くそ、息が、息が! 呼吸しないと、呼吸。ふう、ふうう、ふう」
じたばたしていた足を止めると同時に呼吸も鎮める。
「まあでもこれからが大変だよな。そろそろウルクの連中も私たちを本気でつぶしに来るだろうし……また隠れ潜むしかないか。一応ユーフラテス川のほとりにしばらく住めそうな場所は見つけてあるけどな」
汚らしい笑顔を引き締め、冷静な顔になる。
彼女は運だけで教祖になったわけではない。冷静で狡猾な知性を持っているからこそ、この集団を束ねていられるのだ。
それがたとえ。
「めんどくさいけどまた経典に説話かなんかを書き加えるしかねえな」
自ら捏造し、都合よく歪曲できる宗教の教祖だったとしても。
「えーと、あれだ。私たちを行かせなければ災いが起こる……いや、違うな。いっそのこと全部ウルクの奴らのせいにすっか? んー……だめだ思いつかん。先生がいればな……」
声に尊敬をにじませ、どこか遠いところを見つめるリリー。
しかし、家の外から笛の音が聞こえた。これは『耳なし』がリリーを呼ぶ合図だった。
「ち、通すなっつっただろうが」
悪態をつきながら身だしなみを整え、最後に笑顔の練習をする。
入ってこい、そう声をかけようとしてやめた。
「耳が聞こえないのはこういうとき不便だよな。いちいち私が出なきゃいけねえ」
『耳なし』を傍に置いたのは自分なのに少しでも不満があれば口に出さずにはいられないようだった。
自ら扉まで足を運び、満面の笑顔で外に出た。
『耳なし』はいつも通り調子の外れた声で訪問客を紹介した。
「キょうそ様。誰も通すなとのことでしたがイ前子供が来たら必ず呼べとのことでしたので、オ呼びしました」
目の前にいたのは数人の少年少女だった。
(ああ。そういえば言ったっけ、そんなこと)
リリーにとってはただの人気取りの一環だったが、真に受けた『耳なし』は忠実に任務を実行したらしい。
「みんな。どうしたの?」
心の中を悟られぬよう、笑顔を崩さないまま子供たちに優しく語りかける。
「教祖様。これ、どうぞ」
少年少女らの代表が差し出したのは地味な色合いの花だった。
「まあ! 私のために摘んできてくれたのね! とっても嬉しいわ!」
このようなことを口走ったが内心では。
(なんだ花かよ。せめてもうちょっと派手な奴もってこい。いや、それよりも酒だ、酒)
などと思っていた。
「でもあまりここから離れないでね。あなたたちが心配よ」
花を手渡した少女の頭を撫でる。
それを見た子供たちがうらやましそうな目で見たり、いいなー、と小声で呟いたりしていた。
「そんなもの欲しそうにしなくても、みんなこっちに来なさい」
ぱっと顔を輝かせ、わらわらと子供たちがリリーに群がる。
ほほえましい光景だった。
ほんの少し前にあまたのウルク市民が命を散らしたという事実さえ知らなければ。
「き、教祖様! た、大変です!」
真っ青な顔で走りながら叫んだ男の顔と名前を思い出すのにしばし時間がかかった。
(あー……たしかハリフムだったっけ。鉱山奴隷だった奴)
危急の用であるのは間違いなさそうだった。
「どうかしましたか?」
「ウルクから……教祖様を裁判にかけるために連行すると……役人が来ているようです!」
先に動かれたか。
リリーは内心でそう思いながらも焦ってはいなかった。
別人のような口調で一息に感情をぶちまけたリリーは信者からもらった木彫りのオオカミを蹴っ飛ばした。
無作法にもほどがあったが、他に誰もいないし、誰かいたとしても咎められなかっただろう。
「信者の奴らも傑作だったなあ! 神の思し召しとか言ったらあっさり信じやがってよおおおお!」
あまりにも叫び、笑いすぎたせいで椅子から転げ落ち、その声は一度途切れた。
「痛てて。て。て、く。く、く、ぷはははははは! あー、やっべ腹痛い」
床に這いつくばる形になるが、それでも彼女は笑いが収まらない。
「あ、くそ、息が、息が! 呼吸しないと、呼吸。ふう、ふうう、ふう」
じたばたしていた足を止めると同時に呼吸も鎮める。
「まあでもこれからが大変だよな。そろそろウルクの連中も私たちを本気でつぶしに来るだろうし……また隠れ潜むしかないか。一応ユーフラテス川のほとりにしばらく住めそうな場所は見つけてあるけどな」
汚らしい笑顔を引き締め、冷静な顔になる。
彼女は運だけで教祖になったわけではない。冷静で狡猾な知性を持っているからこそ、この集団を束ねていられるのだ。
それがたとえ。
「めんどくさいけどまた経典に説話かなんかを書き加えるしかねえな」
自ら捏造し、都合よく歪曲できる宗教の教祖だったとしても。
「えーと、あれだ。私たちを行かせなければ災いが起こる……いや、違うな。いっそのこと全部ウルクの奴らのせいにすっか? んー……だめだ思いつかん。先生がいればな……」
声に尊敬をにじませ、どこか遠いところを見つめるリリー。
しかし、家の外から笛の音が聞こえた。これは『耳なし』がリリーを呼ぶ合図だった。
「ち、通すなっつっただろうが」
悪態をつきながら身だしなみを整え、最後に笑顔の練習をする。
入ってこい、そう声をかけようとしてやめた。
「耳が聞こえないのはこういうとき不便だよな。いちいち私が出なきゃいけねえ」
『耳なし』を傍に置いたのは自分なのに少しでも不満があれば口に出さずにはいられないようだった。
自ら扉まで足を運び、満面の笑顔で外に出た。
『耳なし』はいつも通り調子の外れた声で訪問客を紹介した。
「キょうそ様。誰も通すなとのことでしたがイ前子供が来たら必ず呼べとのことでしたので、オ呼びしました」
目の前にいたのは数人の少年少女だった。
(ああ。そういえば言ったっけ、そんなこと)
リリーにとってはただの人気取りの一環だったが、真に受けた『耳なし』は忠実に任務を実行したらしい。
「みんな。どうしたの?」
心の中を悟られぬよう、笑顔を崩さないまま子供たちに優しく語りかける。
「教祖様。これ、どうぞ」
少年少女らの代表が差し出したのは地味な色合いの花だった。
「まあ! 私のために摘んできてくれたのね! とっても嬉しいわ!」
このようなことを口走ったが内心では。
(なんだ花かよ。せめてもうちょっと派手な奴もってこい。いや、それよりも酒だ、酒)
などと思っていた。
「でもあまりここから離れないでね。あなたたちが心配よ」
花を手渡した少女の頭を撫でる。
それを見た子供たちがうらやましそうな目で見たり、いいなー、と小声で呟いたりしていた。
「そんなもの欲しそうにしなくても、みんなこっちに来なさい」
ぱっと顔を輝かせ、わらわらと子供たちがリリーに群がる。
ほほえましい光景だった。
ほんの少し前にあまたのウルク市民が命を散らしたという事実さえ知らなければ。
「き、教祖様! た、大変です!」
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(あー……たしかハリフムだったっけ。鉱山奴隷だった奴)
危急の用であるのは間違いなさそうだった。
「どうかしましたか?」
「ウルクから……教祖様を裁判にかけるために連行すると……役人が来ているようです!」
先に動かれたか。
リリーは内心でそう思いながらも焦ってはいなかった。
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